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[004]
[004]
アイソトープ「監獄編」
. Dr.Tajiri's comment . .
. このレポートを書いてくれたのは、愛知県在住のニックネーム「ゆかちん」さんです。
手術を受けたのは甲状腺眼症の専門眼科病院です。
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はじめに 今までの経過
5月10日水曜日 4年前に甲状腺を3/4切除しました(手術は小さいものも入れると3回してます)。今回、前医でエコーの結果、リンパ節にしこりを発見され、そのしこりだけの切除を勧められたのですが不安になり、こちらのBBSで相談したところ甲状腺専門医の診察を勧められました。

その後、『全国の甲状腺専門医』コーナーで専門医を見つけ診察に行くと3日後に入院、入院1週間後に手術となりました。
(詳しくはバックナンバーの[002]甲状腺癌再発への挑戦!!をお読みください)

手術から約2ヶ月後、2週間のアイソトープ治療となりました。
今回はアイソトープ入院&治療のレポートとなります。

ちなみに前回の入院レポートは○クシーレを利用しほぼ毎日書いていたのですが今回は特殊病棟と言うことで持ち物にかなりの制限をうるさく言われた為、退院後まとめて書くことになりました。

かなり、私情のはいる内容となりますがレポートを読んでだいたいの治療の流れがわかっていただければ幸いです。
5月10日水曜日 入院日
  毎朝仕事に行く時間に起床。
2週間前からチロナミンを中止しヨード制限食で苦しんでいたけれど今日から病院の食事を全部食べれば気にせずに済むから安心だ〜!!なんて思いながら職場の人から譲ってもらった分厚いマンガの本10冊と身の回りのものと指示された食品、物品を持って母の運転で病院に向かう。気掛かりなのは入院前に見つけた右の首のしこり。主治医にメールで相談すると今回入院の科の先生に言っておくので診てもらってという返事が来ていたからびくびくしながら受付を済ませ核医学科に向かう。

核医学科は何故か地下に存在し、アイソトープ病棟はさらにその奥にある…寒々しい雰囲気の中、病室に案内される。
2人部屋とは聞いていたけど、考えてみると同室の人と気があわなかったら最悪だ…なんて思いながら部屋に入るとベットの上に寝具が有るのは一つだけ!!なんと4床のベットが有るけど入院患者は私1人だけと言うのだ!!ラッキー!看護婦さんもわたしの専属だわ!などと浮かれていたけれど、前回の入院時、貸しテレビで一日中見放題だったのにカード式テレビに変わってる…最悪…いったい2週間でいくらかかるのだろう…

しかも、10冊持ってきたマンガは『治療の辛さから到底読めないだろう』と言われ半分にされる…荷物も放射能洩れをうるさく言われ母に1/3ほど持って帰ってもらうことになる。
なんて制限のうるさいところなんでしょう…でも、これで終わりだからね〜なんてお気楽に考えていた。

ふと、担当医を見てみると外来で診てもらっていた先生とは違う先生の名前が2人書いてある。前回の入院の時も違ってて大学病院のしくみを大家さんから聞いていたのでまたそのパターンね…と思っていた。

昼食が出され、さて、食事〜!!と喜んで食べようとすると…食事の副菜にかつお節がかかっている…入院前の栄養指導できつく止められていたのに…何故?

結局そのおかずは手をつけず、他のモノでお腹をいっぱいにさせようと思いながらも怪しいモノが多く結局自宅からの梅干しで御飯を食べた。安心して食事…期待は大きく外れてしまった…

特に何をするでもないので遅くなっては母も大変だろうと思い、母にもう帰っていいよ、と帰ってもらう。

その後、主治医から今回の治療についての説明を受ける。今回の主治医は私よりは年上であろうと思われた。
首のしこりについてエコーをとってもらうと頸動脈以外に変なものは見つからないと言われ一安心する。
しかし、今後のアイソトープの実施回数予想をしてもらうと主治医は3回というとてつもない数字を言うので外来では1回と聞いている!と反論すると最終的に今回の治療成績から判断するから…と言われる。
前回の手術の後遺症である左手のリハビリを再開するため主治医にお願いするが今までそんなこと施たことがないらしく主治医は戸惑っていた。でも、翌日からなんとかリハビリも開始できそうだ。
アイソトープ治療についての入院診療計画書をもらう。

明日からいろいろな検査が始まりそうだ。
5月11日木曜日 検査開始
  昨晩、首のしこりについては不安も解消させ、アイソトープ治療の回数についてブルーになりつつもぐっすり睡眠のとれた私…

看護婦さんは夜勤も1人。どうやら年輩の看護婦さんが多い(と言っても全部で6人しかいない)やはり、放射線の影響を考えて人選しているのだろう…などと勝手に思いつつ、看護婦さんに実際を聞いてみようと思いながら看護婦さんウォッチングを続けることにした。

今日はタリウムスキャン、胸部X線写真、心電図、リハビリの予定。
タリウムってなにさ?カリウムなら知ってるけど…なんて思いながら朝食を食べる。前回入院時と朝食内容は一緒だわ…などと思いつつ、目ざましテレビをみながらの食事。

リハビリに呼ばれ、まずは整形の医師(理学療法医)が回復度を診てくれた。『前回よりよくなってるけど、完璧じゃないねえ、でも今はそんなに効果があがらないかもしれないよ?甲状腺の薬を止めているから筋肉をかえって痛めてしまうかもしれないので気をつけてね』と一言いただきその日からリハビリを始めることになった。

そうこうして、X線、心電図を終え、いよいよタリウムスキャンのため注射の部屋に行ってと言われる。

タリウムってなにさ?と思いながら名前を呼ばれて注射の部屋に入る。
『じゃあ○○なおさん(私の本名)…あれ?もしかして僕の担当の患者さん?担当の××です。昨日はお部屋に伺えずすみません、あとで伺いますね』といわれ、『こちらこそ、よろしくお願いします』と話す。…若い。いいとこの坊ちゃん風だ。
生年月日の確認をし、注射しますね、と言われる。怪しい金属の入れ物から注射される。何が中にはいっているのやら?

一旦、部屋に戻って後で撮影します、といわれ部屋に戻る。
しばらくして撮影の部屋と言うところに移動し、窮屈な体勢でCTみたいな機械に通る。こんなの初めて〜!!緊張しないでと言われても体勢が辛かったな。

夕食後、タリウムの注射をした担当医2がやってきて今日の結果を話してくれたけれど首の部分が筋肉で真っ黒になってしまっていて病巣が存在しているのかどうか解らなかったと言われる。
リハビリのせいかも…という話だったけれどどうだったのかな?ホントのところは?

昨日のブルーになった治療回数について聞いてみることにした。
担当医1は3回、外来担当医は1回と言うけれどどう思います?と聞くと2回!と答えた…もしかして2人の間取ったんじゃ?しかし、担当医2も治療結果が出るまで解りませんよ、と言って消えて行った…

さて、明日は骨スキャンであります。
5月12日金曜日 骨スキャン
  いつものように起床してトイレを済ませて体重測定。
結構いい体重計がおいてあるので(デジタル200g単位)毎朝測定が私の日課(ちなみに職場では体脂肪もチェックしている)。しかし…体重は増加傾向にある。生理前だから増加傾向なのか?それともチロナミン中止のために甲状腺機能が低下しているせいなのか?う〜ん、どっち?等と思いながら朝食を摂取。もちろん、テレビはめざましテレビ。

食べられるものがないので(口にあわない…)あっという間に終わってしまう。ゆで卵が一つ、皮付きのまま登場するがアジ塩を添えられてもねえ…グルタミン酸ナトリウムじゃん!!はあ、味気ないゆで卵って最悪だわ…。
しかし、日曜日の朝御飯は菓子パン詰め合わせ!!それだけが楽しみな私であった。

さて、リハビリも毎日の日課のひとつ。私にはどんな効果が出ているのかよく解らないけれど理学療法士の先生がいうにはいいカンジに筋肉が柔らかくなってきているのだそう。さすがだ…しかし、来週から3日間は私は監獄生活…その間は自己リハビリやってねといわれた。
ちなみに理学療法士の先生(男性)は多分私と同年代。偉いことに卒業後の勤務先はず〜っと変わっていないのだそうだ。素晴らしいね。感心してしまいます。
その理学療法士の先生に今日で実習最後の学生さん(女の子)がついている。彼女は実家は岐阜と言っていたが卒業後はどうするんだかねえ?と疑問に思ったが彼女には直接話せないので理学療法士の先生に理学療法士の就職先について質問してみる。…なるほど。いろいろあるのだね。ひとつ勉強になりました。
リハビリが終わって学生さんに『これからがんばってね』と一声かけてリハビリ終了。だるいカンジはとれないなあ。でもこれってリハビリのせいなの?それともチロナミン中止のせい?まだまだ疑問は続く…

さて、骨スキャン。本日のメインイベントがやってきた。
正式名は『骨シンチグラフィ』とか言うらしい(説明書きにはそう書いてある)。ちょっと本文の一部をそのまま書いておきましょう。
『この検査は骨シンチグラフィと呼ばれるもので、骨の異常を早期に発見したり、治療経過をみたり、代謝の乗来を見るために行われます。注射した放射性医薬品は、次第に骨に集まりますので。3〜4時間くらいで写真(シンチグラム)がとれるようになります、薬の副作用はなく、しばらくカメラの下で寝ているだけの簡単な検査です。約15分位で検査が終わりますが、必要により一部の写真を追加したり、断層の写真を撮る検査を追加することがあります』だそうで、この後には水分摂取の注意点や撮影の時間などについて書かれていた。
気になったのは『きれいな画像を取るために必要なので検査の直前に排尿してください』ということ。はて?骨と尿との関係って?等と思いながら注射され病室でテレビをみて撮影まで待つ(ひたすら)。

注射から約3時間後、看護婦さんに呼ばれて撮影室に。
台の上に寝てレントゲン技師さんからの説明を受ける。グィ〜ンという大きな音を聞きながら撮影開始(されているのだと思う)。
いつも思うことは目は閉じていた方がいいのか、あけていて構わないのか?でも、撮影時間が長いとうつらうつらしちゃうけど。

撮影が終わって部屋に戻ってまたもやテレビをみていると担当医1がやってきた。今日の骨スキャンの小さい写真を持って説明してくれる。
かなり、きれいな骨の写真だそうで、骨、肺に転移は見られてません、とのこと。タリウムスキャンの結果が解らないのが厳しいねえ、といわれたけれど治療結果で解るらしいので(最終的には)いいでしょうと言われる。
そういえば治療計画の中で放射性ヨードの量が105mciと書かれていたので量について質問する。この量はどこから求められているのか?それより多い量を飲んだほうか効果が高いのではないのか?などと質問するがこの量は妥当な量なのだそうだ。
まあ、骨にも肺にも転移がないということでとりあえずラッキー。

ラッキーついでにこの日の夕食は鶏の空揚げ、混ぜ御飯ということもあって珍しく完食しました。

昨晩はテレビを遅くまでみていたのでこの日は早々と休みました。
5月13日土曜日  
  土曜日なので何もない。テレビを見るしかないなあ…
主治医もきっと顔見せだけかな?

看護婦さんが治療室に入る前に外出してきたら?と言うけれどめんどくさいしだるいので院内でぶらぶらすることにした。どうせ、制限食なので美味しいものも食べられないし…

看護婦さんが治療室の説明をしてくれた。入院前に一度見学させてもらっているので改めてこれと言って何もない。
めんどくさいのがスリッパの履き替えとトイレの水の流す所がトイレ内ではなく、部屋の入り口付近まで行ってボタンを押して流すと言うこと。それ以外は別にこれと言ってなんともないなあ…

土曜日は売店も早く閉まってしまうので困りもんです。
テレビ漬けで早くもカードが無くなってしまいました。
5月15日月曜日  
  とうとう、監獄に入る日がやってきました。当日は朝から採血…
たっぷり取られて貧血になるかも…なんて不安もあったけど、朝食もちゃんと食べられたので大丈夫でしょう。
だんだん食欲は落ちているのに、体重だけは増加…甲状腺機能が落ちてるからだ!!なんて思いながらも不満はつのる…

看護婦さん達は身体の調子を聞いてくるけど初めてのことで薬を飲まなくなって2週間以上も経ってくると身体も慣れてきてなにがどうやら…解りませんわ〜!!だるいのはだるいけどリハビリいけるくらいだから結構元気っぽいと思うけどなあ…

午前中にリハビリを済ませ、入浴し、監獄服に着替え、前回入院時の保険の書類を申し込みに行って、とうとう監獄に入る時間がやってきました!この病院は月曜日の午後1時半と決まってるらしいです。
トイレを済ませてと言われて一応トイレに行きました。
監獄に持ち込む歯ブラシ、タオル、飴5つと漫画一冊だけ持って治療室に入ります。

先生がやってきて(代理の先生)説明をしてくれます。しかし、先生、手袋までするんですか?まあいいですけど。
そして、噂の放射性ヨードカプセル…え?割り箸で摘むんですかあ?いいですよ。ええ、なんでも…
ショッキングピンクのカプセルを2つと黄色のカプセル(この色はあまり定かでない…ピンクの印象が強くて…)1つ。
私はショッキングピンクを2つで終わりかと思っていたためほとんどコップの水を飲んでしまっていると、先生から『あ!!まだあるんですよ!』と言われ、『え?まだあるんですか?大丈夫かなあ?飲めますかねえ?』と答えたんですけどカプセル1つだけだったので大丈夫、飲めました。
飲み終わると看護婦さんも先生もあっという間にいなくなって、1時間後の撮影までトイレも言っちゃダメといわれる。『あんなに水を飲んだのに行きたくなったらどうするの?』と聞くとコールを押すよう言われる。

唾液腺の腫れを押さえるためだとかで飴を食べまくる…咽が乾くけどトイレを禁止されているので我慢する…
気分は悪くないけど動けるスペースもそんなにないので撮影までの1時間はただテレビをつけっぱなしにしてベットに横になってるだけ。まだ、1時間経たないの〜!!!と思っていたらコールが鳴った。

さて、スリッパを履き替えて撮影室まで行きます。
怪しい機械の前に立たされ、約1分間程立ちっぱなし。技師さんの『はい、次は反対向いて下さい』と言う声で回れ右してまた同じように立ちっぱなし。
撮影とか言ってたけど何を撮影してたのやら?放射線量を見てただけかな?撮影室はいろんな機械があるのでよく解りません。
それが終わってまた監獄に戻るとトイレを済ませる様言われる。

あんなに1時間我慢させられてたのに、トイレに行っても全然出ない…
この治療室のトイレは放射線量が多く含んでいる尿を完治すると勝手に水が流れるシステムになっているらしいけど、ほんの少量だけの尿でも凄い爆音とともに流れて行きました…

持ち込んだ漫画を読みながら飴をなめ続け、水を飲み、麦茶を飲みしていると夕食。
食べたくないけど、ちょっとは食べないとダメと言われ仕方なく御飯を一口と梅干し(種無し、自宅からの持ち込み)、果物を食べる。一応、全部食べたけど、美味しくないなあ…
気分もすぐれない…悪阻ってこんなカンジなのかなあ?
見たいテレビも特になく、ただつけてるだけで聞いていた。
主治医1、2が代わる代わるやってきて気分などを聞いてくるけど『え〜い!!うるさい〜!!放っておいて〜!』というカンジ。返事をするのさえもうざったい。
口の中が気持ちが悪くて歯磨きを死ぬ程する。
トイレに行くけどいつもみたいに尿が出なくて『腎臓の調子が悪くなってる?』と不安に思う。少量の尿だと勝手に水が流れて『まだ放射線反応が見られるのか?!』と不安になる。不安ばかりつのる。

知らないうちに眠ってしまうけど、咽だけは渇く。夜中だったけど我慢できずナースコールしてお水と麦茶をコップに入れてもらう。しかし、麦茶の味、においに気分が悪くなる。置いてあることさえ嫌になって洗面所に捨てる。しかし、そのコップからのにおいでさえ気分が悪くなるので遠くに置き換える。きっと悪阻ってこんなんだなあ…と思う。

明日はいったいどうなることでしょう。
5月16日火曜日 地獄の一日
  魔の1日が終わったけどあと1晩ここで過ごすのか…そんなブルーになる朝を迎える。
テレビでは中井貴一が結婚を決めたとかでその日はどのチャンネルも中井貴一。相手の女性は私と同じ31歳。
上手いことやったなあ…などと思いながら見ていると朝食。食べたくないけど、今日も食べないとダメと言われ、仕方がないので果物だけ(缶詰め)食べる。

昼食はコロッケ。…コロッケ、なぜコロッケ…もっと食べやすい食事にしてよ〜!!食べたくないけどコロッケの香りは食欲をそそる…でも、きっと食べられないだろう…しかし、1/3だけ食べてみようと試みた。一応、それと梅干しだけでお昼は終わり。ちょっと、胸焼け…食べなきゃよかった…

夕方の撮影(カウントというらしい)まで何もないと思っていたら1時から助教授回診があった。
助教授は甲状腺の専門医の先生で結構年はいってそうだけれど(暴言)、喋り方も物凄く優しい。『しばらく、辛いかもしれないけれど今晩がんばれば明日の午前中には出られますからね。』と言って触診し、胸の音を聞いて去って行った。
それから主治医2がやってきて、『助教授回診、終わっちゃいましたねえ…、何か言ってました?』というので『いや、特になにも…それより先生、昨日から尿の量が少ないような気がするんです。トイレの水も勝手に流れるってことはまだ身体の中に放射線が残ってるんですかね?』と辛いながらも聞いてみると彼はそういう装置があると知らないらしく、『え?そんなシステムになってるの?僕、よく知らないんですよ、あはは…今度看護婦さんに聞いてみますねえ…放射線は毎日見てるから大丈夫だと思いますよ』と言って去っていきました。

さて、今日のカウント。コールで呼ばれたけれど身体はふらふら。
『今日はトイレを済ませてから行って下さい』と言われたので、トイレを済ませると急に吐き気が襲ってきた!ビニール袋に昔ながらの便所紙を入れて戻す。やはり、お昼のコロッケが原因とみた。
うがいをして、撮影室へ。このまま倒れるかも…などと思いながらも気力で歩く。あ〜、気持ち悪〜!!

監獄に戻って飴を口にするけどそれさえ気分が悪くなる…最悪だ…

夕飯は果物だけにする。お腹は空くけど、また吐くのが恐い…ああ、悪阻のひどい人の気持ちが解るわ…
仕事に戻ったらこういうことも気をつけてあげよう、そうだ、私ならこういうメニューをつくろう…などと仕事熱心なことを考えていた。

この日の夕食後からチロナミン再開。何故か1錠まるまる出たのでナースコールで確認すると今日だけ1錠だと言うこと。久しぶりの甲状腺の薬はいい影響を与えてくれるのだろうか?

気分の悪さに頭の痛さも出現し、さっさと就寝。
見回りの看護婦さんの登場でもう朝かと思ったらまだ夜中の3時。
気分はすっきりだけど、起きているのも辛いのでまたもや寝ました。
5月17日水曜日 監獄からの脱出
  今日は治療室から出られる日。
いつ頃出られるかなあ?などと考えながらの朝食。今朝は少しだけ気分もよくなってきていたので食パン1/2枚(耳無し)と果物とオレンジジュースを食べる。少しだけ食欲も出てきたみたい。

10時頃、看護婦さんがやってきて、お風呂に入ってと言われる。とうとう、監獄から脱出だ!!
監獄で着ていた監獄服&下着すべてビニール袋に入れて口をくくっておく。これはもう処分されるらしい。
髪の毛を3回洗って身体も2回洗う。湯舟に絶対浸かってと言われていたので(放射線を洗い流すためなのか?)こういう所の湯舟は浸かりたくないんだけど仕方なく、浸かる。その後、もう一度身体を洗って入浴終了。

洗濯機を回しながら久しぶりの病室でくつろぐ。しかし…その洗濯機は昔ながらの2槽式。何故かすすぎの最中にホースがぶっ跳んで洗濯場は水浸し…看護婦さん、ごめんなさい…

昼食はお持ち帰り容器のような発砲スチロールの食器で(監獄室もそんな食器だった)食欲がない所にまたもや食欲をなくし、ほとんど手をつけず、日曜日に差し入れてもらったオレンジを食べる。

午後1時から教授回診。特に何もなく終わる。強いて言えば、首の周辺(特に傷の辺り)が熱を持っているみたいに腫れているカンジで厚ぼったい。それ以外は特に症状はなかった。

午後のカウントに呼ばれて行くと今日はいつものにプラスして違う機械撮影があった。骨スキャンの機械とよく似ていたけれど、ちょっと違うらしい…私にはよく解らない…

夕飯も食べたいものはなく、オレンジと野菜だけ食べる。
看護婦さんに『食べたいものを食べればいいよ』と言われるけれど特に食べたいものもない…

主治医1がやってきて『いい知らせです!!月曜日の採血の結果でTgが2.7でした!!前にアイソトープ治療が3回と言ってましたけど今回だけで済むかもしれませんよ!!』と言ってきた。
その後主治医2にその数値のことを聞くと、『低い人はもっと低いんですよ…』と人を不安に落ち込ませた。
看護婦さんに明日からリハビリ開始してください、とお願いした。

やはり、麦茶はもう口に出来ない…悪阻症状はまだ続く…
5月18日木曜日 またもやブルー…
  食欲のないのはまだまだ続く。朝食の食パンもトースターで焼くにおいで気分が悪くなるため白い部分だけ食べる。
マヨネーズの酸味だけが美味しく感じられ生野菜には全てマヨネーズが必須。酢の物のきゅうりにも改めてマヨネーズをつけて食べる。アイソトープ治療にはマヨネーズ!!だと思う。

お昼も夕飯もほとんど食べられず。しかし、テレビのコマーシャルでの○ンタッキーの『チキンピタサンド』は食欲をそそる…テレビって凄い…こんなに食べたいのに近くにそのお店がないのって辛いなあ…と思いながら『冷やし中華でもいいなあ…』なんて言葉が出るようになる。
看護婦さんは『もう何食べてもいいよ』といってはくれるのだけれど、看護婦さんの中には『食べたいって思ってても実際はそんなに食べられないものなのよ』という人もいて、そんなんなら辞めておこう…という気分にさせられて結局ほとんど野菜と果物と水だけ口にしている。
もちろん体重も減り出した。しかし、これはチロナミンが復活したからであろう。甲状腺の薬って凄いわ。

リハビリ復活。なんとか大丈夫みたいです。

さて、先日撮影した写真を持って主治医1がやってきた。
昨日とはうって代わって神妙な顔である。何ごとかと思いきや、服用した放射性ヨードが私の右の首の周辺に凄く取り込まれているということで、つまりは右の首周辺に転移の可能性があるらしいという話でした。
ただし、先日の撮影だけではなんとも言えず、22日の月曜日にもう一度撮影をするのでそれまでなんとも言えません、22日の撮影時に消えていることもあるので…ということでした。
なので、22日の撮影の結果次第では…またあの悪阻症状を体験しなくてはいけなくなる…ということ?そんなの嫌〜!!!!!と半泣き状態。つい、『だって先生、数値が2.7だからしなくていいかも…ってこの間おっしゃったじゃないですか〜!!』と口にしてしまう。主治医1も『ええ、だから月曜日まで待ちましょう…それからです!!で、24日に第○外科の診察にしましょう。その日には全部の検査も終わってるしね。』と言って去って行く主治医1。
やだ、やだ、やだ〜!!!!!と独りプンプンして夜を過ごす。

看護婦さんがその状態を気にしてか、様子を見に来る。
『きちんと治したいけど辛い思いはしたくない…』とかなりの我侭をいってみる。そんなこと言っても仕方ないけどつい、言いたくなってしまった。結局は看護婦さんも話を聞いてくれるだけになるのだけれど、とりあえず自分の中でも話すとこで落ち着いて納得できたと思う。
アイソトープ病棟の看護婦さんは年配の方ばかりである。
年配もしくは病気をしたとか普通病棟では身体がついていけない人とかである。(多分)若い人がいないのは放射能洩れを気にするためのようである。核医学科の先生の話では問題ないらしいのだけれど看護部の方ではそういう配慮をするのだそう。
でも、年配の看護婦さん達だから落ち着いて任せられる…と思うんですけど…。

この日から月曜日の撮影で悪い所が消えてますように…と願うことが多くなった。
5月19日金曜日 妹達の訪問
  金曜日の朝は目覚めが悪い…それは昨晩10時からのドラマと11時からのバラェティーを眠くても起きて見ているせいである。野球が延長していると最悪…イライラしながら起きてなきゃいけない…しかし、手術入院の時と比べると就寝が早いように思う。まあ、テレビがカード式になったということも理由の1つだと思うけど…
だから、毎週金曜日の朝はいつも6時過ぎに起床なのに7時過ぎに起床となるのである。

今朝も食パンを白い部分だけ。スライスチーズがついていると簡単チーズサンドを作って食べる(もちろん、マヨネーズは欠かせない)。ほとんど摂取カロリーをマヨネーズで補っているような気がする…

朝の検温などが済むとすぐにリハビリに呼ばれる。ペタペタとリハビリに向かう。核医学科病棟は病院の地下に存在する。
私の入院している某大学附属病院の売店、食堂は地下にあり、リハビリも地下にある。つまり、今回の治療入院はほとんど地下だけで用が済むので物凄く楽。
リハビリに行く時は必ず財布を持って出かけ、帰りに売店で何かを買うのが日課となる(何もなくてもつまらないので売店をうろつくこともある)。

さて、いつものようにリハビリを終えて部屋に戻ると看護婦さんからのメッセージが床頭台(床灯台?どっち?)に残されていた。『御自宅からお電話がありました。連絡して下さい』
何ごと〜!?なにかあったのか?などと思いながら電話をすると妹1が出た。珍しく彼女は今日休みだとかで面会に来てくれると言う。
『お母さんから西瓜と鱒寿司もってけって言われてるで持ってくけど。食欲大丈夫なん?食べられるん?』と治療後の食欲不振などを気遣ってくれるのだが、食欲はあるので大丈夫。わざわざやってきてくれると言うので先日からの食べたい欲求が膨らんでいる『ケン○ッキーのピタサンド』をお願いする。
病人らしからぬ要求に妹1は絶句。しかし、通り道に○ンタッキーがなかったのであれば…ということになる。到着は午後3時くらいになるであろうと言うことで電話を切る。

『妹が来たら夕飯代わりに冷やし中華食べよ〜っと!!』などと食べることだけ欲求が強まる。その欲求だけで気持ちがいっぱいになって昼食はまたもやほとんど手付かず。

3時過ぎに妹1到着。私の元気の良さに驚く。
『寝てるだけやと思ってたのに…リハビリまで行ってるって聞いたし、なんで病人がケンタ○キーなんか食べたいかなあ…』とぶつぶつうるさい。母からの差し入れの西瓜をすぐに冷蔵庫に入れ鱒寿司は本日の夕食のためにとっておく。

約2時間半の運転で疲れている妹1は空きベットに嬉しそうに横になり、楽しそうに電動ベットを動かしていた(ちなみに私の使っていたベットは昔ながらの普通のベット…)。妹1だけは27年間一度も入院したことがなく、一度でいいから入院経験をしたい!!と言い続けている…今回で模擬体験ができて彼女も本望であろう…。

監獄3日間の話や入院中の話をしていると妹1の携帯が鳴る。誰かと思えば名古屋で働いている妹2もやってくると言う。妹2がしらさぎで駅に到着したので今からバスに乗って病院までやってくると言う連絡電話であった。
病院行きのバスは結構複雑なので妹2の到着が不安になるが妹1は『子供じゃないから解らんかったら聞くやろうし、大丈夫やって!』と言う。しかし、30分過ぎても到着しないので心配していると…またもや携帯が鳴る。妹1が出ると、病院前に到着したとのこと。荷物もあるので一旦、妹1の車に載せる為、妹1が迎えに行くことになった。
すると、私も今日のカウントに呼ばれる。ついでなので一緒に核医学科入り口まで行き、私は測定、妹1は妹2を迎えに行った。

部屋に戻るのもなんなので、測定後、測定室前で妹達を待つ。
技師さんが『もしかして、結果が出るの待つように言われてるの?』と聞いてきたので『あ、違います。人を待ってるんです。』と答える。
ちょうど、結果が出たみたいだが技師さんは本日の夜勤看護婦さんに測定結果を渡してどこかに行ってしまった。夜勤看護婦さんは『あら〜、もう全然大丈夫な量になったねえ!!』と言ってナースセンターに向かって行った。

妹1、2が戻ってきて3人で病室に向かう。
妹2は何も食べられないだろうと思ってゼリーと自宅用にミニチョコシューを買ってきたらしい。
『ケ○タッキーは駅周辺にもなかったから買ってこんかったよ。でも、何!?そんな食欲あるの?』またもや妹2にも呆れられる。
妹1に話したように妹2にも同様の話をしなければならないのが面倒だが一応話す。
妹2が買ってきたゼリーを食べようと言うことになった。『グレープフルーツゼリーとミックスフルーツゼリーと苺ムース買ってきてん!!』というので、『あ、苺ムース!!』と即答すると…『信じられん…なんで治療後の人間が苺ムース…あたしが食べようと思って買ったのに…』と妹2。彼女は私はグレープフルーツゼリーだと思っていたらしい。しかし、病人優先で選択権があるので苺ムースをいただいた。妹2は帰宅後もずっと『信じられん…』を復唱していたらしい…
妹1がバレーボールの練習参加のため5時に病院を出発するというので今回は冷やし中華を諦める。苺ムースも食べたし、西瓜もあるし、鱒寿司もあるので今晩はのりきれるであろう。
そして、妹1がテレビカードを購入してくれた。これで退院までは乗り切れる!!

夕食は案の定、手をつけず、鱒寿司と西瓜で終わらせる。西瓜も美味しい〜!!

自宅に電話して元気な為、土日の面会は来なくてもいいと伝える。妹達は私の元気度を母に伝えていたようだ。

主治医も顔を見せてくれたけど、何と言っても結果は月曜日まで持ち越し…。月曜日まで大人しく(していてもあまり意味がないのだけど)していようっと!
5月20日土曜日 入浴だけで終わり
  土曜日はテレビがつまらないので困ってしまう…しかも、天気も悪いと言うことで溜め息しかでてこない。

そういえば職場の看護婦さんが今日、結婚式である。こんな天気の結婚式は誰かが『雨降って地固まる』なんて言うんだろうなあ…なんて思って空を見る。そういや、彼女は雨女だって言ってたなあ。

日曜日はお湯がでないというので今日中にシャワーを済ませよう。それが済んだら洗濯。それで終わりの土曜日。
売店の営業時間も短時間。雑誌を1冊購入。これで土日を乗り切れる…かな?
5月21日日曜日 入院してるんだよねえ?
  朝、雷の音で目が覚めた。あ〜あ、こんな天気が悪いんじゃ、今日もベットの上でごろごろだわ。なんて思ってると急に天気がよくなってきた。なんだ、こりゃ?

朝食の菓子パン詰め合わせを食べて雑誌を見てテレビ情報誌で計画的にテレビを見ていると電話の呼び出し。
職場で仲良くなった患者さんからで差し入れをしてくれると言う。すかさず、『ケン○ッキーの!』をお願いした(笑)。お昼に彼女は到着してくれ、有り難くいただいた。…しかし、食べても期待していた味ではない。何故に?
そう言えば、病院の食事も味が薄く感じられる(いままでよりも)。味の強いもの(カレーとかコーラとかオレンジジュースとか)は平気。御飯は食べられるけど美味しくない。病院の食事が美味しくないからだよねえ?などと思っていた。

入院前に『たまに食べ物の味がわからなくなることもある』とは聞いていたけど…まさかねえ?などと思いながら午後3時になって誰も来ないなら天気もよくなったことだし、思いきって外出することにした(まだ許可ももらっていない癖に…)。
実は、昨日購入した雑誌で欲しいTシャツをみつけ、どうしても欲しくなった為、購入しようと思い立ったためである。それと、夕飯のメニューがいただけないので、外で購入しようなどとよからぬことを企んだ為だ。しかも、この土地の繁華街には病院からどこまで乗っても100円の小さな地域振興バスが走っているので気軽に外出できるのだ。
2時くらいに看護婦さんに『外出したらダメかなあ?』と一応聞いてみる。2時くらいまでには日曜の担当の先生が見えるだろうからそこで聞いてみましょう、もし、見えなかったら電話で聞きましょう。と言うことになった。
看護婦さんの読み通り、今週も見たことのない先生がやってきて『外出、構いませんよ。でも、トイレはここだけしか使えないからね』と言って消えて行った。
え?トイレ、外出先ではしちゃダメなの?と思い、看護婦さんに確認。『もう、ほとんど体内には残ってないからいいんだけど、うるさく言うとそうなるのよ。大丈夫よ。』という言葉をもらって安心して外出する。
バスの停留所では5人程同じようにバスを待つ人がいるけど、患者はきっと私くらいであろう…
バスがやってきて乗り込むと中はいっぱい。そのいっぱいの中で学生さんがアンケートをとっていた。『どこまで行かれるんですか?』というので『香林坊です。』とすまして答えると『済みませんが年齢層を教えていただけますか?』と聞くので、なんで年が気になるの?等と思いながらも、仕方ない…『30代です!』と答えた。その学生さんは私をまだ20代と思ってくれていたのであろう、右手に持たれていたペンをすでに20代の欄に置いていたが私の答えに驚きを隠せず、『え!?あ!…30代ですか…』と言いながらあたふたと30代の欄に丸をしていた。ごめんね…年令不祥で…そんなことを思わず心の中で思った。

さて、目的地に着くと郵便局でお金をおろす。一応、多めにおろして目的物の取り扱い店に急ぐ。
欲しい色は売り切れでもう入荷もないと言われ、また京都や大阪に行けるのもいつになるか解らないので色違いを1枚と可愛さにひかれて違うTシャツも1枚の計2枚を購入した。
その後、109を覗くが結局何も買わず、老舗デパートに行く。催事場で下着を購入してその後は地下食料品売り場で夕食を購入。お好み焼きのミックスをお持ち帰りした。

ふと気が着くと、5時半。外出願いは6時までしか出していないのに!!と思い、帰りのバス乗り場へ。5分待つとバスが到着。しかし、行きは早いのに帰りは遅い…循環バスだから仕方がないが…
病院前で降りてもいいけどちょっと手前の停留所で降りてコンビニで飲み物を購入して病院に戻るとちょうど6時。は〜、よかった。

一応、夕食が部屋に置いてあったけれど、野菜だけ残して購入してきたお好み焼きを食べる…が、味がしない…普通、ソースの味がしそうなもんなのに…でも、こういう味なのか?と思いながら夕飯を終える。コーラの味は解るのに…

さて、明日は最後の撮影日。どうなりますか…
5月22日月曜日 本日、結果発表
  この日、結果が出るので朝から気合いを入れていた。しかし、今さらどうなるわけでもないんだけど…
『どうぞ、右首の影が消えてますように…』なんて祈っていたけどどうなることやら…

撮影はいつも夕方なので焦っても仕方がないし、自分ではどうにも出来ないし。『辛いけどあと何回かしないといけないって言うならしかたないか…』と、少しだけ(なのか?)前向きに考えるようになってきた。

やはり、味覚障害で何食べても美味しくないし。飲み物は天然水とサイダー類だけ。お茶はダメ。サイダーもいろいろ試してみたけれど、メロンソーダなんかは最悪。桃のサイダーは大丈夫。レモンも平気。変なの〜!!

予定通り24日に退院はできそうなのとテレビカードも限度があるし、余りにも暇なので友人達に手紙を書くことにした。しかし、あっという間に書き終わってしまう。それにプラスして購入した雑誌の懸賞まで出すことにした。あんな辛い思いをしたのだから1つくらい当たってもらいたい。

まあ、今年は本厄で手術もした当たり年(前向きな考え)ということで宝くじも購入することにした。自分で買うのは生まれてはじめて。しかし、購入地は地元にすることにした。ちなみに、今年は大きな宝くじは全て購入することにする(宣言!)

そうこうしているうちに撮影の時間がやってきた。前と同じように撮るのかと思っていたけれど今回は首の辺りを撮っていたみたい。ここが特に調べたいんだろうか?などと思いながらいると撮影終了。後は先生からの結果報告だけですなあ。

5時から見たいテレビがあったのでそれまでに売店に行ってこよう!と思い売店に向かうところで主治医1と遭遇。
『あ!○○さん!!(私の本名)撮影終わりました?』と聞くので、『ええ、もうずいぶんと前に。』と答えると『じゃあ、もう写真もできてるかな?え?出かけるんですか?』と主治医1。
『ちょっと、売店まで。あ、でもすぐ戻りますよ?』と答える。
『じゃあ、写真も見て、お話しますのでナースセンターまで来て下さい!』そう言って主治医1はナースセンターまで行ってしまった。
さて、急がなくては見たいテレビも始まってしまう!!売店で天然水と夕食代わりの食べ物を購入し、急いで部屋に戻ってナースセンターに…この時点で4時35分。

主治医1はいままで撮影したと思われる写真類を全て張り出し(シャーカステンでしたっけ?)説明してくれる様です。
まずは今日撮影した写真から…
『心配していた部分は消えてます。正常な甲状腺を取り込んでいたと言うことですね。血液検査からも数値が大丈夫だったし、肺も骨もきれいですし。この状態なら今の所は大丈夫だと思います。』
…思わず、笑顔がこぼれてしまう〜!!主治医1の言うこと1つ1つに笑みを浮かべてしまいます。
『じゃあ、先生、もうこれで終わりなんですか?』と聞くと『いや、今の所は大丈夫だけれど10年後と言われると保証はできないです。それと、来年、検査だけはした方がいいですね。』と言う答え。
『検査って、通院でいいんですか?』
『また今回の入院と同じように甲状腺の薬を中止して今回の1/10くらいの量を飲んでもらうので1週間程の入院をしてもらうことになります。』
え〜!!また入院なんだ〜!!ちょっとブルー…また気分悪くなったりするのかなあ?
『それは絶対来年なんですか?遅いのは構わないですか?』
『え?遅いのは構いませんよ、でも何故?』
実は来年の秋にこの病棟が新しくなると聞いていたので(しかも、全部個室で、2階になると言う※今は地下)是非、今度はきれいな病室で入院したいと思ったからである。やはり、ある程度の理由は伝えないとまずいと思い、『来年の秋には病院も新しくなると聞いたもので…』と答えると『検査だけはしてもらいたいのでいつでもいいですよ。お仕事の都合とかもあるでしょうから…』との答えで安心する。
仕方ない、1週間なら…あの辛い思いも少しはまし…ではないかな?と頭の中で思っていた。

あとは主治医1と今後の通院についてや今後の生活などの話をする。
チロナミンからチラージンSに変更してほしいとの話をすると主治医1は来年の検査が済むまではチロナミンで…と思っていたみたいだけど私の要望も強いので変更してくれることになった。しかし、チロナミンとチラージンSの効果時間が微妙に違う為、チラージンSが効力を発揮する2週間はチロナミンと同時服用となった。身体がそれでは辛いと言うことから(主治医1の話)退院後2週間は休めるなら休んだ方がいいと言われ、6月1日から復帰予定だったけれど復帰を延期することにした(笑)勝手に。
今後の通院は地元でもいいと言われるがどうせ、また検査でここまで来ないといけないのだし、何ヶ月に1回は来なければいけないなら通います!と断言する。どうせ、第○外科にも行くのだし。
今後の出産(今の所予定無し!)についても問題ないと言われる。
退院は予定通り24日24日に第○外科の診察をお願いし、ナースセンターを出る。

まずまずの結果にうきうきして部屋に戻るが…気が付けば見たかったテレビはほとんど終了…やられた…。部屋に戻れば5時20分…テレビは残念だったけど、来年1週間の検査入院があるけれどまあ、いい結果になったなと思ったのでありました。
5月23日火曜日 退院前日
  さて、明日の退院を控えて…特にすることのない前日。
そういう本日の予定はというと…午前中はリハビリ。午後は助教授回診。それしかない…
じゃあ、天気もいいことだし、外出して食べたいもの買ってきてシャワーに入ろう…で、洗濯!!そんなことを考えながら朝を過ごす。

午後一番に助教授回診。しかし、入院患者は2名。あっという間に終わるんだよねえ…などと思っていたら、助教授が…開口一番、
助『新しい病棟一番の患者さんになるの?』
相変わらずの優しい口調だが、なんでそんなことまで知っているのか?
な『は、はい…え?でも先生までその話、御存じなんですか?』
助『検査だけはやっておいた方が安心ですからそうしましょう。明日が退院ですね、治療は辛かった?』
な『あ、ええ、でもそんなにひどくはなかったように思うんですけど…』
助『そう?はい、いいですよ』
そういって去って行く助教授…偉大な人だ…(などと勝手に思っている)

さて、助教授回診も終わったので担当医1を見つけて外出許可をもらう。今回は病院周辺を歩くだけにしようと思っていたの(周辺に本屋もコンビニも○スドもある)だけれどそれでも病院外にでるということで許可証をもらった。一応1時間の外出と言うことにして外出!
本屋に行ってもまだ欲しい本は発売日ではないので買えず、野菜が食べたくなったのでコンビニでサラダを購入。その後、病院の前通りを歩いて探索、しかし、特に何もなく、ミ○ドでドーナツを購入し病院にもどる。

やはり、暑い中を歩いた為、少々の汗ばみを気にしてシャワーを済ませ洗濯!今日でここでの洗濯も終わりだ…明日からはうちのお風呂でのんびりだ… 等と思いながら部屋にいると持ち物の放射線放出量を測定しに技師さんと看護婦さんがやってきた。何ももって帰れないものはなく、『なんか、脅されたみたい…次回は絶対、エクシーレは持ってこよう…』などと考えていた。そんなところに技師さんがいきなり
技『なおさんって福井の人でしょう?』と聞いてくるので
な『え?わかります?』と答えると
技『わかるよ〜!独特の喋りかただもんねえ!』
そうだろうか?私は田舎の人間だからあんなに訛っちゃいないのに…などと思っていた。

技師さんも福井出身と言うことで少々話に花が咲いていた所に看護婦さんが『面会の方が見えてますよ〜!』というので入り口まで行くと職場の人2人と辞めた1人がお見舞いにきてくれた。
そのうちの1人が…『働いている時よりもイキイキしてる…』と呟いた。そう、明日退院を控えて私は一番輝いていることでしょう!!
いろんな話を1時間程して彼女達は帰って行った…遠い所、本当にありがとう。

さて、明日はリハビリと外科の診察、教授回診。そして、退院です。
5月24日水曜日 祝!退院!!(自分で言うな!)
  とうとう、退院の日を迎える。予定通り2週間。
前日から荷物もまとめ、退院準備は万端!しかし、退院日だと言うのに今日も私は忙しい…なぜなら、リハビリ&第○外科の外来受診&最後の教授回診があるからだ。
友人が昼過ぎに迎えに来てくれることになっていてそれも、昨日の晩に打ち合わせ済みだし、今晩は地元で焼肉だ〜!(味覚障害だってのに…)
この予定がちゃんと済んで精算が出て友人が来てくれれば隣の県だけど家はもうすぐ!!などと、思っていたらリハビリに呼ばれて理学療法室へ。今後の注意点や自己リハビリの内容についてきちんと話を聞いて部屋に戻る…が、もうやることがない…

外来受診はお昼近くになる予定。病棟の看護婦さんが心配するが(教授回診にカルテが戻ってくるかどうかが気になるらしい)第○外科の主治医はいつもハードスケジュールのため仕方がないのである。

そうこうしているうちに呼ばれたのが11時30分。行ったらすぐに診てもらえると思ったのに外来の待ち合い室には診察を待つそれらしき女性達が数名残っていた…不安は適中。1人のおばさんが受付に『11時に予約してあったんですけどまだなんですか?』と聞いた。聞き耳をたてていた所、まだ10時代の患者さんなんだそうだ。ざっと見た所、5人は確実。ああ、こんなことならもう少し、病室にいた方がよかった…左肩が痛みだしてきた。
お昼近くになってきてお腹も空き出した。そう、今日のお昼は『ヒレカツ』だったはず。(味覚障害だっツーの!)ああ、ヒレカツ…温かい状態で食べたかった…
12時を過ぎてもまだ呼ばれる気配がないので、左肩も痛いことだし、一度部屋に戻ろうと受付に聞いてみると『次ですから』となだめられまた待たされた。ええ、確かに次のグループで呼ばれましたけど、一番最後の診察でした。

やっとで診察。アイソトープの治療の結果は●医学の主治医からの連絡票で解るだろうけど、一応ざっと伝えて今後の予定などを報告する。
チロナミンからチラージンSの切り替えで2週間、同時服用の話をすると『そうなの!?すぐに変えるとよくないのかな?ほら薬の変更とか切り替えって●医学の先生に任せてしまうからねえ』そんなものなのか?
『そうそう、それとしこりの件はどうなったの?』お恥ずかしい…あれは頸動脈でしたと報告するのはかなり恥ずかしかったです。しかし、外科の主治医は『ならよかった!転移もないし、傷もだんだんよくなってきてるね』ということで問題なく4週間後に再診ということで予約を済ませ、第○外科、受診終了。

病室に戻ると看護婦さんも『今終わったの?!』と驚いていた。テーブルの上には冷めたヒレカツ…やはり、味はよく解らなかった、でもいつもよりは食べられたような気がします。

1時を廻って教授回診。特に何もなく終了。あとは友人を待つばかり。
精算もすんで薬ももらい、入院証明書ももらって着替えも済ます。
2時30分すぎに友人到着!すぐに病院をあとにしました。

終わってみると2週間の気分転換できたわりと楽な入院でした。
次回は来年の秋くらい、トレーサースタディで新しくなった新病棟で!
あとがき 治療を終えて
5月10日水曜日 短大時代に臨床栄養学か病理学のなかで甲状腺とヨードについて少しだけ見覚えがあったものの(一般的には糖尿病を勉強することの方が多いと思いますが学校の方針で違ったりもします)まさか、自分がそういう病気に関わるなどとは夢にも思いませんでした。
4年前に前癌病変が見つかったと言うことで再手術をした時、『今度で手術は終わりなんだから』と思っていたのにその1ヶ月後に左首にしこりを感じまたもや手術。
今考えればあの時に甲状腺の専門の先生に診てもらっていれば"と思ったりもしますが、とりあえずはこれからを考えて行きたいと思ってます。

幸いなことに、3月の手術で大掃除をしてもらって、今回のアイソトープ治療で転移はみつからず、悪い所はなくなった(はず)ので安心しています(●医学科の先生に10年後までは保証はできないと言われましたが、とりあえず、大丈夫みたいです)。

アイソトープと言う耳慣れない治療。初めての体験でしたが(当たり前か?)私自身は想像していたより辛くはありませんでした。飲んだ量が105mCiだったせいかもしれませんが"
アイソトープ治療で辛いと思ったことは「治療前のチロナミンを中止した2週間のヨード禁の食事(食べるものが片寄ってしまう…)」と「身体のだるさ(だるいといいつつも横浜までコンサートに日帰りで行っていましたが)」でしょうか?
治療が始まってからは放射性宿酔という(食欲低下、吐き気、極稀に嘔吐)症状がでることです。私は思った程ひどくなかったように思うのですが(食欲低下と嘔吐がありました)全然平気な人は出された食事を全て食べてしまうそうです。
私は実際には体験はしたことはないのですが悪阻症状と同じようなものだと思っていればいいかもしれません(これから私はホントの悪阻体験ができるかどうかは謎ですが")。
その後、味覚障害には困りましたが(退院後もしばらく続きます)現在はせっかく落ちた体重も復活しつつあり、かなりまずいと思っています。まあ、健康状態に戻りつつあるということなんでしょうけど"

来年秋に通院している病院が改築されると言うことで(病棟も地下1階から2階に!)一応、新病棟第一号患者を目指していますがこれも予定ですから"。その第一号患者としてのトレーサースタディ(1週間の検査入院)で終了と言う話ですが(今の所)どうですかねぇ?
まあ、経過を診て行くのに必要ならしていかなくてはいけないかな?とは思っていますが(今度は飲む量も少ない為、楽と言う話ですし)。

しかし、来年のことをいうと鬼が笑いますので今回の『入院レポート〜アイソトープ監獄編 』はこれで完結です。
これからアイソトープ治療を行うみなさん!(機能亢進症の方はまた違うと思いますが)あまり考え込まずに治療をのりきりましょう!!

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
また、この文章を掲載していただいた田尻先生に改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
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