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入院レポート:甲状腺良性腫瘍の手術
. Dr.Tajiri's comment . .
. このレポートを書いていただいたのはニックネーム「まさまさ」さんです。
患者さんの手記も11つ目になりましたが、甲状腺良性腫瘍の手術レポは初めてです。
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2000年12月21日〜27日まで、甲状腺腫の治療のため入院&手術を経験しました。その時の記録をもとに、体験報告をさせていただきます。
入院までの経緯  
退院後のおまけ話 私が右首の腫れに気がついたのは、8月中旬。検査(超音波、甲状腺シンチ、CT、細胞診)の結果、甲状腺腫瘍(クラス2で良性)と判明したのが10月初旬のことです。

経過観察か手術かの選択を迫られ、手術を選択しました。サイズが3×4センチと大きく気道を少し圧迫していたこと、怖がりな性格なので不安要素を抱えて過ごすのに抵抗があったことが主な理由です。

オペは早くて11月に可能でしたが、日程を延期しても良いとのことだったので、仕事(高校教師をしております)への影響が少ないように冬休みを利用して手術することにしました。
12月20日水曜日 入院前日
退院後のおまけ話 冬休みに入ってから入院の予定が、2日前倒しになってしまいました。病院も年末はオペをしないそうです。1週間前に風邪をひき、オペ延期かと気を揉みましたが、なんとか治り一安心です。
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状態… 右側の首がハッキリと腫れている。左を下にして寝ると気道が上から押されるようで、息苦しい。
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行動… 入院グッズの荷造り。病院から渡された紙を見ながら、ボストンバックに詰めていく。意外と量が多い。洗濯ができないという想定で下着とパジャマを用意したからだ。
あれこれ好きに食べられるのも今日がとりあえず最後、と思ってお気に入りのスモークささみを肴にビールを飲む。ワインも、と思ったが二日酔いで入院するのはマズいと思って自粛。
12月21日木曜日 入院当日
退院後のおまけ話 一日中、質問と説明ばかりでした。
人生初の入院なので勝手がわからず、ビクビクしてました。
緊張の為体温も血圧も高くて、オペ中止かと本気で焦りました。
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状態… 体温37℃、血圧130/80。
前夜よく寝付けず、頭がクラクラしている。
首の腫れは相変わらず。圧迫感も同じ。
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行動… 入院受付を済ませ、病棟へ。看護婦さんから病状、友人関係、食事の好み等についてかなり細かく質問される。その後、ベッドに案内されて着替え。
麻酔医、薬剤師、担当看護婦、手術室看護婦…等多くの方から説明をうける。喘息の持病があるので、その辺の質問が多い。喘息があると全身麻酔のリスクが高くなるらしい。
夕方、両親も同席して執刀医から手術についての説明を受ける。内容は、予定している手術の内容(甲状腺右葉切除、状態によっては全摘)、予想される後遺症(声、機能障害)、予想されるリスク等。HPで既にこの知識があった私と違い、両親はショックを受けた様子だ。
消灯前、睡眠薬を処方される。それでも、1時間ほど寝付けなかった。
12月22日金曜日 手術当日
退院後のおまけ話 朝から友人、家族、親族がゾロゾロと駆けつけて大騒ぎでした。手術まではあっという間だったけど、その後が長い1日でした。
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状態… 体温36.5℃、血圧110/70。
緊張はしているが、体調は良い気がする。喘息発作もなし。
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行動…
8:00 気合いを入れて手術着に着替える。喘息予防の吸入をする。
9:00 手術室入り。歩いていった。ストレッチャーで運ばれるのを想像していたのに残念。手術室はテレビと同じで全てが緑色だ。
入ってすぐに衣服を脱いで手術台に寝かされる。左足と右手に血圧計、胸に心電図モニターと心音を聞く聴診器、左手人差し指に喘息メータが装着される。
入室からここまで約10分。驚くほど手際がいい。左手首に点滴針が入る。いつものよりかなり長くて太目の針だ。手術室に私の心音が流れ出す。ピッコン、ピッ、ピッコンとかなり不気味。
「少し眠くなりますよ」と声をかけられる。導入用の睡眠剤かな、と思いつつ返事をする…筈だった。あっと思った瞬間、肩から胸にかけての筋肉がギュっと収縮。天井が端から波打ってきて、瞼が重くなる。酸素マスクが顔の上にくる。「意識があるうちは息をして下さい!はい、吸ってー、はいてー!」という声が遠くから聞えてくる。声に合わせて深呼吸。1回、2回…そして暗転。
12:30
(家族によると)
体をゴシゴシと擦られる感覚で目が覚める。手術が終わったらしい。まず声を出してみる。「あ〃〜〜〜〜」ガラガラ声ながらも出た。失業は免れそうだ。
看護婦さんが「予定通り終わりましたよ」と声をかけてくれる。「ほんとうにお世話になりました。ありがとうございました」と本人は言っているつもりだが、いまいち呂律がまわってない。やがて、別のベッドに移され(横にスッと動いた感覚だった。どんな仕組みだったんだろう。数人で持ち上げた風ではなかったし)、手術着を着せられる。再び暗転。
この後の意識がハッキリしない時に執刀医が切り取ったモノを見るかどうか私に尋ねてくれたらしい(手術前、ものすごく見たがっていたので)が「今は眠いから、後にしてぇ〜〜」と私は答えたそうだ。そんなバカな。代わりに両親が見ることに。母曰く「プヨプヨした物体で、いなり寿司位の大きさだったわよ」
13:30
(家族談)
首が痛くて目が覚める。痛いというより熱いといった方が正確な表現かもしれない。「い、イテテテテ」と騒いでいると、看護婦さんが登場。痛み止めの座薬を入れてくれる。麻酔の影響で痰がものすごく出る。
14:30
(友人談)
友人と妹が病室を訪れる。妹に「ハラへった」と言ったらしい。恥かしい。
手術前に指輪を友人に預けておいたのだが、はめようとしたら指がむくんでいて入らない。もうしばらく預かってもらうことに。
16:30 何時間も上を向いてまっすぐ寝ているので、腰が痛い。腰の下に手を入れてもらって、手を握ったり開いたりしてもらう。こうするとマッサージ効果でだいぶ楽になる。痰は相変わらず、山のように出る。うとうと眠ろうとする私を妹がつつく「寝るなぁ〜〜、夜眠れなくなるぞぉ〜〜〜」それは分かるが勘弁して欲しい。とにかく眠いのだ。
自分の状態をようやく把握する。左手に点滴(手術室で入れられてから入りっぱなし)、右の首(鎖骨の真ん中の上あたり)から血を抜く為のドレーン、尿道に管、がそれぞれ装着されている。首にはガーゼがあてられ、テープで止っているだけ。むちうちの方のようにガッチリ固められてくると思っていただけに、驚く。ちょっと動いただけで傷口が開くことはないんだろうか…。
18:30 執刀された先生方がベッドを訪れ、手術の結果について説明してくれた。予定通り甲状腺の右葉を切除したこと、リンパ節が2つ見つかったので切除したこと、リンパ節は手術室で調べたところ良性のものだったこと、切除した腫瘍は良性と思われるがハッキリしたことは病理の結果待ちであること。
「起き上がってもいいですよ。尿の管も外しましょうか?」と聞かれるが、明日の朝まで待ってもらう。夜中一人で起き上がってトイレに行く自信がない。顔を動かすのがやっとだもの。
19:00 身動きのとれない私のために、妹発案のティッシュ固定装置が設置される。ベッドの両脇の柵に箱ティッシュを紐でくくる単純なものだが、この後数日間、大変役に立った。
20:00 面会時間終了。家族が帰宅。長い夜が始まる。
看護婦さんが血圧を測り、喘息メーター(指に挟んで使う)で数値を測定。
21:00 消灯。さきほどまでの眠気はどこへやら、まったく眠れない。
様子を見に来た看護婦さんに腰痛を訴える。ずっと真っ直ぐに寝ていたと言うと驚かれる。安静時間は過ぎていて、今は寝返りを打っても良いらしい。そういえば、夕方には起き上がっても良いといわれていたのだった。

あまり首を動かさないで寝返りをうつ方法を教わる。向きたい方向の柵に両手をかけて、足、腰、肩と頭、の順に動かすのだ。しかし、右を向くとドレーンが触って痛いし、左を向くと点滴の管を踏みそうになる。どちらを向いても尿管を挟むことになって、角度が悪いと結構痛い。首はどこが痛いのか分からないほどパンパンで全体的に痛いし(後になって、この痛みの9割は手術中首をそらしていたための筋肉痛であることが判明するのですが)腰痛からは開放されたが、眠れるかどうか…。
12月23日土曜日 術後1日目
退院後のおまけ話 手術した翌日とは思えない程、動きまわっています。
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状態… 体温37℃。一日中続く。血圧100/50〜70(1日に2〜3度計測)。
首全体が筋肉痛。肩こりもひどい。
1日ティッシュ1箱のペースでゲホゴホと痰がでる。
食事は粥と柔らかいおかず。なんとか完食。
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行動…
5:00 結局、一睡もできなかった。心細い気持ちでいたので、点滴やドレーンからの廃液チェックにみえる看護婦さんが声をかけてくれたのが嬉しかった。
豪快な看護婦さんもいて「なに?眠れないの?がっはっは〜!そりゃそうよ。麻酔で昼間ガーガー寝てたんだから。朝イチで尿管抜いてあげるから、そしたら自分でトイレ行ってスッキリしましょう」とスゴイ事をおっしゃる。でも、不思議と安心感を得た。そうか、朝イチでこの寝返りから開放されるのか。
6:00 豪快な看護婦さん登場「約束通り、朝イチで来たわよぉ。抜きますね」と言うとおもむろに尿管を抜く。もっと痛いのかとビクビクしていたら、案外ラクだった。
「ついでに起き上がろう」「え!?」
背中を介助されて起き上がってしまった。
「じゃ、トイレ行ってね。ドレーンのバックを持って行くのを忘れちゃダメよ。そうそう、その水筒入れみたいの。首にかけるといいわよ。あ、着替えもできるわね」嘘でしょう???
パニックになっている私を置いて、看護婦さん退場。
しばらく悩んだ後、手術着からバジャマに着替えることにする。この姿でトイレに行くのは恥かしい。
7:00 ドレーンのバックを持ってトイレへ。他の患者さんが私を見てギョっとした表情をする。首からチューブを出してしかも中見がトマトジュース色。どうみても重病人だ。
首を動かさずにいるから動きも不自然だし、とにかく必死だから目もすわっていたに違いない。トイレは悩んだ挙げ句、洋式を使用。こっちの方が首の動きが少なそう。
7:30 朝食。粥と切り干し大根の煮物、焼き魚。食欲はない。食べなければ回復が遅れると思って流し込む。それでも粥を半分残した。
8:00 採血。試験管に3〜4本とられる。クラクラ。
手術前に血の気が多くなりそうなモノを食べておけばよかった。
9:00 回診。耳鼻科の患者は処置室まで歩いていくのだそうだ。ドレーンバックを首に下げてヨロヨロと行く。処置室の前には3人ほど患者さんが順番を待っていたが、私の姿を見て皆が順番を譲ってくれた。恐縮しつつ、好意に甘えることにする。
ドレーンの色はトマトジュースからザクロワイン(食欲なくした方がいらしたら、ごめんなさい)に変化していた。
回診では手術跡の消毒とガーゼ交換を行う。妙に首を意識して固まっているので、もっと普通に生活するように注意される。このままでは、肩凝りになり余計な症状(頭痛、吐き気)を引き起こすのだそうだ。
回診後、とりあえず肩をグリグリと回してストレッチ。首の後ろも痛いのでマッサージしてみる。あちこち触っているうちに、アゴから首にかけての感覚が鈍いことに気がついた。歯医者の麻酔で頬がシビレているような感覚。慌てて鏡をみると、顔も首もムクんで1.5倍に腫れていた。これ、どれ位で治るのかなぁ。
12:00 ベッドで休んでいたら、あっという間に昼食タイム。今度は自力で起き上がらないといけない。何度かトライしてコツを掴んだ。スノーボードで転んだ時の起き上がり方と同じだ。左を下にして寝ている場合、右手で床を押して体を浮かせ、左の肘から先全体を床に付けて(肘は90度)体をサポート。後は右左交互に体重を移しながら起き上がる。そういえば、首の筋肉痛も逆エッジで転び、軽いムチウチになった時と似てるなぁ。何年やっても上達しなかったスノボだけど、こんなところで役に立つとは。いっぱい転んでおいて、よかった。
少し動いたからか、昼食の方は完食。
13:00〜 面会時間。病棟が賑やかになる。食後の歯磨きをしていたら、家族がやってきた。ヨロヨロながらも動き回る私を見て、ぐったり寝ていると想像していた両親は唖然としている。そうだろう。私もビックリだ。
最後の点滴を受ける。今回の入院中に使用した点滴は3種類5本。止血剤、痛み止め、抗生剤だそうだ。昨日止血剤2本と痛み止め、抗生剤を1本ずつ入れたので、今日は残り1本。30分くらいで終わった。2日間体に入りっぱなしだった点滴針を抜いてもらう。ふぅ〜〜〜楽になった。
夕食までベッドでゴロゴロしながら過ごす。背中や体の節々が痛い。予想より元気といっても微熱はあるし、やはり病人だなぁと実感。
20:00〜 面会時間が終わり、寝る準備。肩凝りがひどい。看護婦さんが蒸しタオルで暖めながら、マッサージをしてくれる。消灯前の忙しい時間だろうに。心から感謝。肌の弱い私のために、ガーゼを一枚挟んで湿布を貼ってくれた。
痰は相変わらずゲホゴホと出るが、とにかく横になる。横になる動作は筋肉痛バリバリの首にツライ。片手で頭を支えるようにして動く。
昼間ゴロゴロしていたのが悪かったのか、またしても寝付けない。困ったなぁ。
12月24日日曜日 術後2日目
退院後のおまけ話 20世紀最後のクリスマス・イヴ。ワインで乾杯はできなかったけど、夕食にはローストチキンとケーキが出ました。冬至にはカボチャプリンが出たし、ここの病院の食事は細かな心配りが感じられます。
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状態… 体温 朝37℃→昼36.5℃、血圧110/70。
経口の抗生剤を1日3回服用。
首の横部分の筋肉痛は回復傾向。首の後ろ&肩の凝りはヒドい。
アゴの先から傷にかけてシビレ。顔と首がむくんでいる。
右の扁桃腺の下あたり(恐らくリンパ節を切除したあたり)に打撲のような鈍い痛み。
ドレーンを抜いた後から喉仏の下あたりを中心にノド全体ギュッと収縮するような詰まり感が発生。
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行動…
〜7:00 ごく浅い眠りで一夜を明かす。あんまり眠れないので、ドレーンを観察して暇つぶし。ここまでの量は40cc強。管を指で弾くと、途中で詰まっていたトロトロっとした物体が水筒(?)に落ちていく。自分のモノだと思うからできるけど、映像としてはかなりグロテスク。どこまで管が入っているのか、触って確かめようとするが、想像しているうちに気持ち悪くなってきて、断念。
〜9:00 今日から常食になった。ゴハンが固く感じる。噛む、飲み込むという動作が上手にできず、1時間くらいかけて食べる。首のガーゼをとめているテープが食事に必要な動きを邪魔しているような気がする。
食後、回診に備えて新しいパジャマに着替える。お湯で体も拭いた。少しサッパリ。
ドレーンの色は、ザクロワインから梅酒に変化している。今日あたりで抜けるかな?
9:30 回診。ドレーンの色と量を先生がチェックする。総量50cc弱。「OK、ドレーン抜きましょう」わ〜い♪ 待ってました!
ドレーンと私は糸で結ばれていたらしい。先生がハサミで3箇所くらいパチパチと切り、ピンセットで糸を抜く。ドレーンを抜くときって痛いのかなぁ、と不安になっていると、ノドの真ん中から鎖骨の上あたりに沿って何かがゾロゾロと這っていく気配。痛みはない。こんな奥まで入っていたのかぁ。抜いた後の穴の上には肌色のテープが貼られた。こんな薄いテープで大丈夫なのかしら。穴から何か漏れたりしないのかな。
12:00 ドレーンも抜けたことだし食事も楽になるかな、と思っていたが甘かった。相変わらずアゴが疲れて上手に食べられない。1時間かけてノロノロと食べる。早食いの私にとって、これはかなりのショック。
13:00〜 友人や同僚が見舞いに来てくれた。私が予想外に元気なので、皆が驚く。顔と首はまだ腫れてはいるが、横になる動作や食事風景をみなければ、入院するほどの病人には見えないかも。手術からドレーンが抜けるまでを身振り手振りをまじえて語る。途中、体温と血圧測定に看護婦さんがみえる。なんと血圧130/80!気合いを入れて語りすぎた。反省。以後、入院患者らしく振る舞うよう努力する。
見舞い客が帰った後から、喉仏の下あたりを中心にノド全体がギュ〜〜っと収縮する症状が始まる。喘息かと思ったが、呼吸は苦しくない。ノドを触ってみると、ポワっと腫れた感じ。押してみるとガチガチに固い。昼間騒ぎすぎたからなぁ、疲れたかな。
18:00〜 クリスマスディナー。ローストチキン、サラダ、スープ、ケーキというミニコース。お腹も減って食べる気マンマンなのだが、相変わらずノロノロとしか食べられない。アゴが疲れて噛めない&舌の根元が上手に動かないので飲み込むのが大変だ。むりやりゴクンと飲み込むと、傷付近を通過する時痛みが走る。半分まで食べたところでギブアップ。1時間半もかかってしまった。喋るのも億劫な位、アゴから喉仏にかけてがダルい。
20:00〜 黙々と消灯準備。疲れたアゴを励ましつつ、歯磨きをする。声はでるけれど、こんな調子では仕事にならないなぁ。
アゴの筋トレって、どうやるんだろう。ガム噛めばいいのかな。下らないことを真剣に考えながら、就寝。
12月25日月曜日 術後3日目
退院後のおまけ話 病棟(耳鼻科、小児科、形成外科の混合病棟)でクリスマス会が開かれました。
明るい雰囲気に触発されて、体力作りをはじめます。
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状態… 体温36.8℃、血圧110/70。
首と肩の凝りは相変わらず。
ガーゼが擦れて首が赤くなっている。テープかぶれもあり。
時折、首の収縮感を感じる。
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行動…
〜7:00 夜中の3時頃から、右アゴから歯の付け根付近がしみるように痛んだ。ナースコールをする程でもないので、さすりながらガマン。痛みの原因を考える。入院前に歯の治療は済ませてあるし、やはり手術の影響か。リンパ節を切除したと思われる辺りが熱くなっている。刺激しないように、左を下にして寝た。明け方には痛みも治まり、眠ることができた。
〜12:00 朝食をムリヤリ完食。回診が午後からと聞き、病院内の散歩に出掛けることにする。動いた方が回復に良いらしい。病棟エリア一周ツアーを目指して出掛けたが、同じ階の隣の病棟まで歩いたところでヘトヘトになる。100メートルと離れていないのに、どうしたことか。散歩は諦め、5歩進んで一休みというペースで病棟に戻り、ベッドに横になる。
ものすごくダルい。首はガチガチに固くなっている。横になってすぐに眠くなり、2時間ほど寝た。
〜20:00 寝て起きたら、調子が良くなった。昼食を完食。病棟のクリスマス会(子供たちのため)が開かれたので、見に行く。先生と看護婦さんが仮装で♪おっは〜♪と踊ったり、患者さん有志による歌があったりと充実した内容。一緒に歌いたい気持ちになったが、またヘタると大騒ぎになるので、自粛。
回診で昨夜の痛みについて尋ねる。ドレーンを抜いた影響かも知れないとのことだった。手術跡はキレイで、回復も順調らしい。抜糸後は3Mテープを貼るので、購入しておくように言われる。
夕食も完食できた。まだ飲み込む時に痛みがあるが、アゴのダルさはとれてきた。妹の差し入れたナゲットとケーキも食べてしまった。動かないと、太りそう。
21:00〜 消灯になったが、眠くない。同室の方が皆、灯かりをつけて起きているようなので、私も夜更かし隊の仲間入り。セーターを黙々と編む。1時間くらいだが、結構はかどった。肩凝りが悪化した気もしなくはないが、本人は満足。充実した気持ちで就寝。
12月26日火曜日 術後4日目
退院後のおまけ話 退院前日。体がラクになってきた気がします。
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状態… 体温36.5℃、血圧108/70。
首と肩の凝り、リンパ節切除跡の痛み、アゴ〜傷のシビレは相変わらず。
顔と首のムクみが徐々にひきはじめる。
痰は少なくなったが、なかなか切れない。
歩き回ると首の収縮感が起こる。
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行動…
〜7:00 手術後、一番よく眠れた夜だった。すっきりした目覚め。
〜12:00 朝食(完食)後、すぐに回診となる。なんと明日、抜糸らしい。問題なければ、そのまま退院と聞いて更にビックリする。「首から下は元気なんだから、普通に生活すること!体力落ちると後が大変だゾ」と言われる。
早速体力作り。昨日挫折した散歩に再トライだ。私の入院した病院は、6階建ての本館と新築中の新館がある。本館の3階〜6階と新館の3〜4階が一般病棟。これら全ての病棟の廊下を歩いてみた。エレベーターは使わず、階段を使用。ゆっくりとしたペースで歩く。同じ構造なのに、病棟によって随分雰囲気が違う。同室の患者さんから教わった情報をもとに、婦人科病棟のトイレもチェックする。おお〜、本当にシャワートイレだ♪お風呂に入れない身なので、ありがたく使用させてもらう。
全病棟を回った後、まだ余力があったのでコースを延長。地下の売店にも行ってみる。抜糸後に使用する3Mテープと雑誌を購入する。おやつを物色していたら、昼食の時間15分前。慌てて病棟に戻る。
ベッドに戻ると、血圧測定が待っていた。散歩帰りであることを正直に告白して、測定を待ってもらう。看護婦さん、忙しいのに、ごめんなさい〜〜〜。
一時間近く歩いたからか、ノドが固くなり収縮感がひどい。肩も縮まりそうな程、ギュ〜っとなっている。おまけに、ふくらはぎも筋肉痛でダルい。ここ数日で足腰が弱ってるらしい。マイッタ。肩凝り用の湿布を足の裏に貼って、ベッドにゴロリと横になる。さきほど購入した雑誌をペラペラ。いいのか、こんな事していて。
〜20:00 昼食(完食)後は編み物をして過ごす。
時々、首を左右に動かして可動範囲を確認。右を向くとリンパ線のあたりが鈍く痛む。グリグリと首を動かしていたら、傷の真ん中あたりがチクチクしてきた。皮膚がツレている感じ。
手術を受けると決めてからは腹をくくり手術跡について考えないようにしてきたが、ここに来て急に気になり始める。まだ一度も傷を見ていない。リンパ節の切除もやったから、予定より傷は大きいかな。いずれにせよ、明日になれば判るでしょう。
夕食(完食)後、治療記録のメモを整頓。入院1日目(術前)は日記風に詳細な記述があるが、以後は箇条書きになっている。思い返せば、術後は文字を書く気力もなかったっけ。ホント、元気になったものだ。
20:00〜 夜更かし隊に加わって雑誌を読む。消灯後、1時間程して就寝。昼間の散歩のおかげで、ぐっすり眠れた。
明日は、いよいよ退院だ。
12月27日水曜日 術後5日目
退院後のおまけ話 ついに退院です。あっという間の1週間でした。手術後の回復が早いのに驚きました。でも、私の経過は平均的だそうです。
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状態… 体温36.5℃、血圧107/70。
首と肩の凝り、アゴのシビレは変わらず。
痰の量が減ってきた。飲み込む時、クシャミをした時に傷が痛む。
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行動…
〜9:00 気分よく目が覚める。朝食を完食。ウキウキと回診を待つ。
〜13:00 ベッドに先生がみえた!今まで自分から処置室に出向いていたから驚く。「外来が込み合っているので回診は午後になるよ。ごめんね」ありゃりゃ。でも、わざわざ伝えに来てくれたのか。なんていい人だ。そういえば昨日も、病理の結果(良性でした)を知らせに検査か何かの仕事を抜け出して来てくれたのだった。
看護婦さんの話によると、耳鼻科の先生が転勤1人&怪我1人で戦力が半分になっているらしい。一番若い私の主治医(20代後半〜30代前半だと思う)はフル稼動してるそうだ。がんばれ、先生!お昼ゆっくり食べて休んでから回診でいいからね。倒れないでね。
入院費の請求書をもって、婦長さん登場。75000円ちょっと(2割負担)でした。10〜20万と事前に聞いていたので得した気分。退院したら、体力作りを兼ねて(?)ショッピングに出掛けようっと。
婦長さんと入れ替わりに担当看護婦さんがみえて、退院後の生活についてレクチャー。首をう極端に後ろに反らさない、3ヶ月は激しい運動を避ける、3ヶ月は3Mテープを貼る等・・・。食事制限はなしとあるけど、本当かな?新年の乾杯できるかな。
昼食(完食)後、退院準備をはじめる。コップ、はし(子供が使うような、スプーンとフォークもついたセットを用意した。なかなか便利)洗面道具、タオル、筆記用具に雑誌、本、編み物セット。ゴソゴソとボストンバックに詰めていく。お見舞いに花を沢山いただいたので(ノドを切るので食べ物はダメと思う人が多いらしい)家族にダンボールをもってきてもらい、籠をつめる。入院とクリスマスが重なったので、クリスマスプレゼントもある。荷物は入院前の倍になっていた。
13:00〜 今日退院予定の患者だけ、回診に呼ばれる。昼食前に見て下さるそうだ。本当に良い先生だ。
いよいよ、抜糸。はさみで糸(というより極細ワイヤーみたいの)を切り、ピンセットで刺を抜くように糸を抜いていく。「いつもより、ひとつ細い糸で縫ったんだよ。我ながらキレイな傷跡だなぁ〜」と先生は嬉しそうだ。それにしても、ずいぶん縫ったらしい。パチンパチンと何度も切り、糸を抜いていく。
「せ、先生〜〜縫った跡って残るんですかぁ?線路みたいになったらどうしよう」「(笑)残らないよ。最終的には糸1本分の皺になるんだから。あ、3Mはちゃんと貼ってね」パチンパチン。抜糸は痛くないけれど、傷の近くでハサミとピンセットが動くのは恐怖心を煽る。床屋で頚動脈の上を剃られる時のコワさに似ている。う〜〜早く終わってくれ〜〜〜。
ようやく抜糸が終わり、3Mテープの貼り方を教わる。バリケアーと違って、こんなの貼って効果あるのかしら?と疑いたくなるような薄いテープだ。工作用のマスキングテープにそっくり。3〜4センチずつに切って、端が重なり合うように傷に貼る。ちゃんと首をのばした状態で貼るのがポイントだと思う。うつむいた状態で貼ったりすると、首が伸ばせなくなるから、まっすぐ前が見れなくなってしまうもの。
回診が終わり、会計も済ませると自動的に退院となった。まだ首を意識して動きがぎこちないけれど、普通の生活に戻れるのは嬉しい。方々に挨拶をし、嬉々として病院を後にした。
おわった〜!!!
退院後のおまけ話  
  入浴は翌々日までダメだったが、家に戻ってすぐに洗髪のみを実行。前かがみになれば、傷を濡らすことなく洗うことができた。サッパリして心も軽くなった。

退院後も2〜3日は横になる時に首を意識し、寝返りも大変だった。4日目位から、自然に寝返りをうつようになった。うがい等のアゴを上げる動作も同じ。コワくてなかなかできない。私の場合、デパートに出掛けてショーウインドーに並んでいる商品をキョロキョロと見上げているのが良いリハビリになった。
首の収縮感とシビレは相変わらずで、これは長い付き合いになるような気がしている。

喘息は気管を圧迫していた腫瘍がなくなれば少しは改善するかと思ったが、甘かったらしい。ただし、以前と痰が詰まる場所が違う(手術前は明らかに腫瘍の辺りで痰が詰まっていた)ので苦しさは軽くなった。興味深いことに、発作が起こる直前にノドの収縮を感じる。気管と甲状腺は直接繋がっていないと思うのだけれど、何か関係があるんだろうか…。
1週間にわたる甲状腺良性腫瘍の手術レポートは以上です。ダラダラと書いてしまいましたが、お役にたてれば幸いです。
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