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[005]
患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 10, No4

07:先天性甲状腺機能低下症 / Marvin L. Mitchell, M.D.

はじめに
1970年代半ばまでは、次のようなことが頻繁に起こっていた時代でした。何事もなく妊娠、出産を終えた母親と生後3日の娘は病院を退院しました。2週間と6週間後の検診で、小児科医からは赤ちゃんの健康状態は申し分ないと告げられました。生後約12週間後、母親は赤ちゃんの反応が普通よりずっと鈍く、授乳中にねむってしまったり、便秘がちであり、泣き声もしゃがれてきて、目の回りがたるんで“袋”のようになってきたことが心配になりました。小児科医が大変困ったことに、その子には先天性甲状腺機能低下症の臨床症状がすべて出ていました。そして、その症状のどれ一つとして以前の検診でははっきりと現れていなかったのです。この時点で治療すれば臨床症状はよくなりますが、脳へのダメージのほとんどはもとに戻りません。

先天性甲状腺機能低下症とはどのようなものでしょうか?
先天性甲状腺機能低下症は、通常、甲状腺が正常に発達しないことにより、甲状腺の機能が失われる新生児の病気です。血液中に甲状腺ホルモンがないにもかかわらず、これらの乳児が出産時にこの病気の特徴をはっきり示すことはまずありません。その結果、脳への非可逆的な損傷を防ぐことができる時期に診断がつくことはめったになく、間違いなく知恵遅れとなってしまいます。この病気に気付かないまま、治療されない期間が長ければ長いほど、発育と発達に障害がでる可能性が高くなります。1974年に、ケベックの病院の優れた甲状腺専門医であるJean Dussault博士がフィルター紙上の少量の乾燥した血液からサイロキシン(T4)を測定する方法を開発するまで、このような状況であったわけです。このフィルター紙は、様々な先天性疾患をルーチンにスクリーニングするために、新生児から血液を集めるのに長年使われてきたものと同じタイプのものです。すでに新生児の血液標本を集めるネットワークが存在していたため、これをT4の測定、および最終的に甲状腺刺激ホルモン(TSH)を測定することによる先天性甲状腺機能低下症をスクリーニングする公衆衛生プログラムの骨組みとすることができました。

このスクリーニング法は診断と先天性甲状腺機能低下症の早期治療に革命をもたらしました。ほんの数年の内に、事実上すべての先進国で、この病気をもって生まれてきた乳児を見分けるための新生児スクリーニングプログラムが設けられたのです。

スクリーニング法
北アメリカでは、病院や産院を退院する前にすべての新生児から、かかとに針を刺してフィルター紙上に血液が採られます。乾燥した血液標本は中央検査機関に送られ、そこで8分の1、または4分の1インチの血液の染みからT4と/またはTSHのレベルが分析されます。T4濃度が低く、TSH濃度が上がっていれば、それ以外の証明を待つまでもなく甲状腺機能不全であることを意味しています。TSHの上昇の方が感度が高く、甲状腺機能低下症の特異的なマーカーではありますが、北アメリカでは大多数のスクリーニングプログラムでT4を最初の検査に使い、TSHの測定で診断を確かめる方法をとっています。

発生率とタイプ
北アメリカでは、新生児のスクリーニングを通じてわかった先天性甲状腺機能低下症の発生頻度はおおよそ出生数4000人に1人です。しかし、そのような乳児の15-20%では、この病気は一次的あるいは一過性の形をとります。乳児のおよそ40%では甲状腺がないか、十分に発達していないかのどちらかです。また、約40%で解剖学的な甲状腺の位置異常があります。残りの20%には、正常な甲状腺ホルモンの形成または分泌を妨げるある種の機能的欠陥があり、普通は家族性のものです。

低いT4値
成人でT4レベルが低いのとは異なり、新生児ではほんのわずかのT4濃度の減少が甲状腺機能低下症に関連しています。低T4値の新生児の90%以上が、未熟児であったり、出生時体重が低い、具合が悪い、または目的とする組織にT4を運ぶ蛋白質の欠損、そして脳下垂体の機能不全など他の病気を伴っています。後者は、脳下垂体が十分なTSHを分泌できないために甲状腺の機能不全となるまれな病気です。成長速度が遅く、T4とTSHの両方の濃度が低い乳児では、この病気を考える必要があります。甲状腺機能低下症が疑われる乳児は、可能であれば直ちに小児内分泌病専門医に見せるべきです。診断の確定のため血液を採取しなければなりませんし、確実なT4とTSHの値が得られる前にサイロキシンによる治療を開始すべきです。乳児の治療が開始されたら、開始から2週間と4週間後、および投与量の変更から2週間後、そして治療の最初の1年間は1ヶ月から2ヶ月毎にTSHとT4の測定を行わねばなりません。ニューイングランドの医師グループが行った研究で、生後1年間に乳児の循環血中のT4レベルを正常範囲の上半分(10〜16mg/dl)に保った時に、知能の面で最適な結果が得られることが明らかになりました。治療開始後2週間から4週間の間に、T4レベルが10mg/dlを超えず、TSHが20mU/l未満であれば、医師は赤ちゃんが投与された薬を与えられていないか、あるいは大豆を元にした人工栄養や鉄剤により、消化管からの薬の吸収が妨げられていることを考えなければなりません。

結 果
子供が先天性甲状腺機能低下症であることを知って、傷ついた感情が回復した後で、両親が決まって尋ねることは、「うちの子は正常になりますか?」ということです。多くの親は先天性甲状腺機能低下症とクレチン病を混同し、自分達の子供が小人になり、知恵遅れになるという想像をしてしまうのです。
そのような親に子供の頭が悪くなることがないと請け合うことができ、クレチン病の誤った通念を打ち消すことができることはまことに喜ばしいことです。世界中の多くの場所で、クレチン病の原因となっているヨード欠乏症は、アメリカでは1920年代にヨード化塩が導入されて以来、問題ではなくなりました。

知能に関しては、甲状腺機能低下症の臨床症状が出る前に治療が開始されれば、正常な甲状腺機能を持つ子供と変りありません。これは、ニューイングランドの甲状腺機能低下症の子供たちのグループで行われた研究で分かったことですが、その子供たちの知能テストの結果も学校の成績も、病気でない同級生と同じだったのです。
あまり芳しくない結果を報告しているプログラムでは、生後1年間に、血液中のT4を最適な濃度に保つことができなかったことにより障害を受けたものであると思われます。

子供は成長するにつれ、薬物療法を無視する傾向があることを覚えておいた方がよいでしょう。
これは、特にティーンエージャーの中で目立ち、思春期のグループで行われた研究で、著しくIQが落ちても血液中のT4のレベルを最適な状態に治せば、正常に戻ることがわかりました。したがって、学校の成績が悪いのは、投薬に対するコンプライアンス(指示されたことを守ること)がないことを反映している可能性があると考えるのが妥当だと思います。

結 論
将来の世代の健康と福祉にプラスの影響を与えることができる臨床医学の例はほとんどありません。新生児のスクリーニングを通じた、先天性甲状腺機能低下症の早期治療は、その数少ない例の一つです。

Marvin L. Mitchell医師は、ニューイングランド地区スクリーニングプログラムの主席内分泌学者であり、タフツ大学医学部助教授です。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 北海道大学の松浦先生達が行った北海道の約12年間、668,626例の新生児マススクリーニングにより、150名の先天性甲状腺機能低下症が発見され、その頻度は1/4,500であった。厚生省の最新の統計では、頻度は1/6,600である。日本もアメリカとほぼ同じ頻度のようである。 .
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