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[005]
患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 14, No1

32:サイロトロピン(TSH)アルファ:甲状腺癌患者の治療へ大きな進歩 / Steven Sherman, M.D.

『甲状腺とのつながり』1998年秋号より転載
Sherman博士は、テキサス大学M.D. アンダーソン癌センターの医療助教授であり、ベイラー医科大学非常勤助教授です。博士は国立甲状腺癌治療共同研究グループ研究部長として家族評価委員会でヒト生物学データ交換事業の甲状腺疾患情報源を担当されています。さらに、内分泌学会のメンバーであるのに加え、アメリカ甲状腺学会のメンバーとして学会の公衆衛生委員会の仕事を担当されております。Sherman博士はジョーンズホプキンス大学医学部を卒業され、そこでインターン、専門医実習生、および特別研究員として研鑚を積まれました。

50年以上にわたって、乳頭癌や濾胞癌の患者は、癌細胞を殺し、この病気で死なないようにするため、放射性ヨードで治療されてきました。そして、患者が放射性ヨード治療やスキャンを受ける度に、甲状腺細胞に放射性ヨードが入っていくようにするため甲状腺ホルモン剤を止めなければなりませんでした。なぜですかって?ヨードを集積するよう甲状腺細胞を刺激する主な刺激剤はTSH(甲状腺刺激ホルモン)だからです。脳下垂体は甲状腺ホルモンレベルが低い場合にTSHを分泌します。患者が甲状腺機能低下症になればなるほど甲状腺ホルモンのレベルは低くなり、TSHレベルは高くなります。その結果より多くの放射性ヨードが甲状腺細胞に入って、細胞を破壊することができるというわけです。しかし、TSHレベルが十分な効果を表わすほどに上昇するのに、通常甲状腺ホルモン剤を中止してから数週間かかります。その間に患者は様々な甲状腺機能低下症の症状に気付くことがあります。特に寒く感じたり、疲れたり、便秘したり、むくんだりすることなどです。それだけではありません。時に、TSHレベルの上昇期が長引くとその間に脳や脊髄のような重要な臓器に転移(癌が広がること)があれば、ほんのちょっと腫瘍が大きくなるだけでも危険な場合があります。したがって、放射性ヨードスキャンニングのために甲状腺ホルモン剤を中止することは、最良の場合でも不快な症状が出ることがあり、最悪の場合は大変危険なことになる可能性があります。

何年も前、医学研究者は甲状腺ホルモン剤を中止せずに、患者にTSHを注射することができるということに気が付きました。その時に使われたTSHは牛のTSHを精製したもので、ウシサイロトロピンと呼ばれました。しかし、患者がこの薬に対してアレルギー反応を起こすことが多く、同一患者に1度しか使えないのが普通でした。この問題をうまく避けるため、人間の脳下垂体からヒトサイロトロピンを取りだすことができるのではという提案もなされましたが、様々なウィルス感染がこの経路を通じてうつる恐れがあるため、これが使われることはありませんでした。

約10年程前に、アメリカ国立衛生研究所(NIH)の科学者がサイロトロピンアルファと呼ばれる合成ヒトサイロトロピンの作り方を発見しました。ヒトTSHのコードが付いている重要な遺伝子を取り出し、遺伝子工学を使ってこの遺伝子をハムスターの卵細胞に入れたのです。この卵細胞がバイオリアクターと呼ばれる特殊な機械に成長した時に、この細胞がヒトTSHを作り出すようになります。このTSHはその後、精製することが可能です。それからNIHは甲状腺癌患者に役立つことを願い、生物工学の会社であるGenzyme社にこの新薬の製造と試験を行なってもらうことにしました。

サイロトロピンアルファが動物で試験された後、少数の甲状腺癌患者グループに臨床試験で投与されました。この最初の人間での試験(第1/2相試験と呼ばれます)は、投与するサイロトロピンの安全かつ効果的な用量を定めるためのものでした。その後の第3相試験では、150人近くの患者が参加しましたが、患者に2度サイロトロピンを筋注した後に行った放射性ヨードスキャンは、今まで通り甲状腺ホルモン剤を中止した後に行われたものとほぼ同じでありました。それに加え、サイロトロピンの注射を受けている間、甲状腺ホルモンを飲むことができるので、患者は明らかに甲状腺機能低下症の症状がなく、具合がよかったのです。

いちばん新しい第3期試験では、230人近くの患者が放射性ヨードスキャンの前にアメリカとヨーロッパでサイロトロピンアルファの注射を受けました。この時に、サイログロブリンレベルの測定も行われ、サイロトロピン注射と甲状腺ホルモン剤中止後のスキャンニングとサイログロブリンレベルの比較が行われました。サイロトロピンアルファ投与後のスキャンニングとサイログロブリン測定値は、従来の甲状腺ホルモン剤中止後に行ったスキャンニングと同じくらい甲状腺組織または癌の有無がよくわかることが示されました。

これらの試験に基づき、放射性ヨードスキャンニングと/またはサイログロブリン測定を受けることになっている甲状腺癌患者の中から選んでサイロトロピンアルファを使用することを食品医薬品局が認可することになるでしょう。サイロゲンという名で市販される予定です。現時点では、放射性ヨード治療に対するサイロトロピンアルファの有効性を示すデータはありませんが、スキャンで陽性となった患者は放射性ヨード治療を受ける前に結局は甲状腺ホルモン剤の中止が必要になると思われます。今のところ、この新しい癌検知の方法で、スキャンが必要であるが最終的には治療が必要でない人の生活の質の改善がはかれることが期待され、患者の検査とさらに治療が必要な人を見分けることが容易になると思われます。
著作権(c)1998教育と研究のための甲状腺学会

ご許可を得て使わせていただきました。
《注》約150名の患者が参加した第3期試験は1997年にNew England Journal of Medicineに発表されました。そして230名近くの患者が参加したいちばん新しい試験の結果はまだ発表されておりません。FDA認可はこの記事が最初に出て以来、認可に向けて審査が続いています。

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