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患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 15, No2

35:喫煙と甲状腺 / David S. Cooper, M.D., F.A.C.P.

喫煙が自分の健康のみならず、他の人の健康にも有害であることは皆、知っています。ただ、喫煙により引き起こされる問題について考える場合、心臓病や肺気腫などの肺の病気、肺癌や口腔癌、喉頭癌などに焦点が当てられるのが普通です。しかし、喫煙が甲状腺にもよくないかもしれないということをご存知ですか?

この短い記事の中で、喫煙と甲状腺の関係についてわかっていることを簡単にまとめて述べることにします。この関係は、甲状腺疾患患者とその家族にとって重要な意味を持つのではないかと思われます。

煙の中に何がある?
タバコの煙の中には、甲状腺機能に悪影響を及ぼす恐れのある物質が含まれていることは、以前から知られていました。チオシアネートは中でもいちばん詳しく研究されている化学物質です。チオシアネートは甲状腺の正常なヨードの取り込みを妨げる作用がありますが、どのようにしてそうなるのかまだわかっておりません。ヨードは甲状腺ホルモンの主な成分であるため、ヨードが甲状腺に入るのを妨げる物質は何であれ、甲状腺ホルモンの産生に悪影響を及ぼす恐れがあります。

例えば、低開発諸国で普通に食されている多くの食べ物にチオシアネートが含まれています(例:キャッサバ)。研究者は、キャッサバの中のチオシアネートが低開発諸国にきわめて多く見られる甲状腺肥大(甲状腺腫)の一因であると信じております。これは、甲状腺ホルモンの産生が不適切な場合、必ず甲状腺腫が生じるためにそうなるのです。甲状腺が脳下垂体に刺激されて大きくなり、もっとたくさん甲状腺ホルモンを作ろうとするからです。ヨード欠乏性甲状腺腫はチオシアネートの摂取で悪化しますが、これは食物中のヨード含有量が少ない地域では、特に重要な公衆衛生上の問題であります。幸いなことに、北アメリカではこのような問題はありません。

研究でわかっていることは?
甲状腺の肥大
これが何か喫煙と関係があるのでしょうか?甲状腺のサイズについての研究がいくつかなされていますが、喫煙をしない人に比べ、喫煙者では甲状腺のサイズが大きくなりやすいことがわかりました。あるデンマークの研究論文には、非喫煙者112名の内、甲状腺の肥大があったのは3名だけであったが、これに比べ喫煙者では107名中32名に甲状腺肥大が見られたとあります(喫煙者とは1日15本以上のタバコを5年以上のんでいる人と定義されています)。

デンマークのようなヨード摂取量が下限ぎりぎりのところでは、喫煙の影響がいちばんはっきりと出てきます。これがヨード摂取量がデンマークより高く、アメリカに近い摂取量であるスウェーデンやオランダに住む喫煙者では、非喫煙者に比べ甲状腺サイズに差がない理由であると思われます。

また、喫煙する母親から生まれた赤ちゃんの甲状腺は、喫煙しない母親から生まれた赤ちゃんのものより大きいという報告もあります。これはチオシアネートが胎盤を通ることを示唆するものです。血液中の甲状腺ホルモンレベルは喫煙者と非喫煙者で変わりありませんが、喫煙者の軽度の甲状腺肥大が非常に軽い甲状腺障害の徴候である可能性があります。
甲状腺機能低下症
タバコの煙から来るチオシアネートは、甲状腺機能が悪化しやすい素因のある人の甲状腺機能低下症の発症にも影響すると思われます。

1996年に日本で行われた研究では、甲状腺機能低下症の最大の原因である自己免疫疾患、慢性甲状腺炎に罹っている女性の甲状腺機能が調べられましたが、喫煙している慢性甲状腺炎患者の内、76%が甲状腺機能低下症であったのに比べ、非喫煙者では35%であったのです。チオシアネートレベルは甲状腺機能低下症の喫煙者でもっとも高く、おそらく甲状腺機能低下症で様々な化学物質や薬剤の代謝が低下するためと思われます。チオシアネートレベルが高いために、甲状腺機能低下症患者の甲状腺の傷害が進行する可能性があります。チオシアネートは甲状腺機能を直接損なったり、あるいは、どのようにしてかは不明ですが、自己免疫性傷害を促進する可能性があります。

高コレステロールレベルも、甲状腺機能低下症のよく知られた影響の一つです。1995年に発表されたスイスの報告では、ごく軽い甲状腺機能低下症の喫煙者と非喫煙者で甲状腺機能低下症の症状の現れ方に喫煙が影響するかどうかを調べたところ、同じ程度の甲状腺ホルモン欠乏であっても、喫煙者は非喫煙者に比べコレステロールレベルが高いとなっています。これは、喫煙が甲状腺機能低下症の体への影響をいくぶん強めることを示唆するものであり、おそらく組織レベルでの甲状腺ホルモンの作用を妨げることによる影響であると思われます。
甲状腺機能亢進症
1993年の物議をかもした報告には、非喫煙者に比べ、喫煙者は約2倍バセドウ病になりやすいというオランダの研究者グループの観察結果が載っています。補足統計では、この 喫煙者が非喫煙者よりバセドウ病に「2倍なりやすい」という見積もりが実際には高くて3倍、低くて1.1倍であることが示されています。それ以外の様々な甲状腺疾患、例えば甲状腺結節や甲状腺腫、および甲状腺炎のある患者の間では、喫煙者の数はコントロールと差がありません。
甲状腺機能亢進症と眼症の関連性
また、この報告書の著者らは、バセドウ病に関連した眼症のあるバセドウ病患者が喫煙者である確率が年齢を揃えたコントロールに比べほぼ8倍であることも見出しました。

タバコを吸う本数が多ければ多いほど、目の問題が悪化していたのです。この観察所見は、すでにバセドウ病に罹っている人では、喫煙が眼症の発症のリスクファクターであることを示した他の2つの小規模な研究でも裏付けられました。

すでにかなりひどい目の問題があるバセドウ病の人は、活動し過ぎの甲状腺に対して放射性ヨード治療を受けると目の問題が悪化する危険性があります。放射性ヨード治療後の眼症の悪化に関係のあるリスクファクターを調べた1998年の研究で、目の問題がある喫煙者は非喫煙者に比べ、放射性ヨード治療後に眼症が悪化する可能性がはるかに高いことが示されています。
どのようにしてバセドウ病に作用するのでしょうか?
どのようにして喫煙がバセドウ病を起こしたり、あるいはバセドウ病性眼症を悪化させたりするのでしょうか?答えはまだわかっていませんが、一つの可能性として、タバコの煙の中に含まれるチオシアネートのような化学物質が異常な免疫系の反応を引き起こすのではないかということです。これらの反応が最終的にバセドウ病の発病につながるのです。

もう一つの可能性は、これらの化学物質がわずかな甲状腺の異常を生じ、それが次に免疫系をおかしくしてバセドウ病の発病に至るということです。最後に、喫煙それ自体がバセドウ病の原因ではありませんが、非喫煙者に比べ喫煙者が取ることの多いその他の行動、すなわちコーヒーやアルコールを飲むような行動がバセドウ病の真の原因であります。

やるべきこと
これらの事実を踏まえ、どのようなことをすればよいのでしょうか?
まず、喫煙が健康に有害であるのは明らかです。喫煙は心臓病や肺疾患、および癌の原因となります。喫煙者は喫煙が本当に寿命を脅かすものであるため、禁煙しなくてはなりません。

2番目に、喫煙がまだよくわかっていない影響を甲状腺の組織や機能に及ぼしている恐れがあります。糖尿病の家族歴があり、慢性甲状腺炎やバセドウ病になる危険性の高い患者では、喫煙が甲状腺機能低下症か、機能亢進症のいずれかの発病の引き金を引くファクターであると思われます。

バセドウ病で甲状腺機能亢進症が起きている場合、放射性ヨード治療で目の問題が起きる頻度が高くなり、その程度もひどく、またさらに悪化しやすくなります。

したがって、これらすべての理由から喫煙者は禁煙しなければなりません。受動喫煙(他人が吸ったタバコの煙を吸うこと)も引き金となりうるものですが、これはまだ研究されておりません。

Dr. David S. Cooperはジョーンズホプキンス大学医学部教授であり、バルチモアのサイナイ病院内分泌病と代謝疾患科の医長です。
《注》この記事の旧稿はブリッジ1993年(12巻-1号)で発表されておりますが、今回2000年4月付で内容を新しくいたしました。

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