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[005]
患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 15, No3

37:自己免疫性甲状腺疾患:元は一つ / Noel R. Rose, M.D., Ph.D.

ジョンズホプキンス医学研究所:
病理学研究科およびW. Harry Feinstone分子微生物学と免疫学研究科
甲状腺を冒す主な2つの病気、バセドウ病と慢性甲状腺炎は自己免疫性疾患として、まず最初に挙げられる例であります。事実、これらの疾患は80ほどある自己免疫性疾患のグループの中でいちばん多く見られる2つの例でもあります。ここでは自己免疫性疾患に共通する特徴をいくつか述べることにします。また、別々に分けて考えるだけでなく、一つのグループとして考えることが大切な理由も挙げます。

自己免疫性疾患の定義
自己免疫性疾患の基本的な定義は、自己免疫反応により引き起こされる病気ということです。すなわち、免疫反応が患者の体の何かに向かって起こるということです。体の器官(脳や皮膚、腎臓、肺、肝臓、心臓、そしてもちろん甲状腺も含む)のいずれも自己免疫によって冒されうるため、病気の臨床症状は冒された部位によって異なります。高度に分業化された医療システムでは、自己免疫性疾患に罹っている患者が事実上、どのような専門医によっても治療を受ける可能性があります。

長年の間、常識に外れているように見えたため、医学界の主流派は自己免疫の存在を疑っていました。なぜ侵入してきた細菌にではなく、自分自身に免疫反応を生じるのでしょうか。しかし、免疫反応が強力かつ複雑な生物学反応であることを認識すれば、時にその反応が意図どおりにならない場合もあるということを理解することができます。このように免疫系が意図どおりに働かないことが自己免疫性疾患の起こる理由です。時には自己免疫が病気を起こす原因となる場合もありますが、それ以外に何か他の原因で起きた病気が自己免疫により進行したり、あるいは悪化したりすることもあります。自己免疫反応があると血液中に自己抗体が現れます。そのため、ある特定の自己抗体の存在を証明するというのが自己免疫性疾患の確認のために普通に行われている方法です。

複数の原因
遺 伝
いったい何が原因でそのような有害な免疫系の意図に反した反応が起こるのでしょうか。答えの一部は遺伝です。すべての自己免疫性疾患は、遺伝的に罹りやすい人がいることがはっきり証明されています。ただ、それ自体が自己免疫性疾患を起こす単一の遺伝子はありません。ある種の人では、数個の遺伝子が連合して全体的に自己免疫性疾患を起こす可能性を著しく高めているのです。これらの遺伝子のあるものはある種の病気に特有なものであるかもしれませんが、その他の遺伝子は一般的に自己免疫を起こしやすくするものです。これが一人の患者が複数の自己免疫性疾患に罹る、あるいは自己免疫性疾患が一部の家族に他の家族よりも多く見られる理由です。

患者にとって、これは大事な情報です。彼女は医師に自己免疫性疾患が家族にあることを告げて注意を払ってもらわねばならないからです。私共は「彼女」という代名詞を使いますが、これはほとんどの自己免疫性疾患が女性の方に多く起こるからです。性別に関連して差がでる理由はわかっておりません。しかし、おそらく免疫反応を司るホルモンの関わりを反映しているものと思われます。
環境的誘因
人の自己免疫性疾患すべてに共通するもう一つの特徴は、有害な自己免疫プロセスが始まるためには外部よりの作用が必要であるということです。これらの作用を環境的誘因と呼びます。遺伝的素因があっても、ほとんどの人は何らかの外的作用が体におよばない限り自己免疫性疾患を発病しません。時には、これが感染である場合もあります。例えば、よく知られている自己免疫性疾患であるリューマチ熱は、発病前に連鎖球菌の感染があります。

もう一つの自己免疫性疾患である狼瘡(SLE)は、特定の薬剤や日光にさらされることによって発病する可能性があります。時には、食事の内容が自己免疫性疾患の発病に影響することがあります。例えば、自己免疫性甲状腺疾患では食事中のヨードが重要な発症ファクターであると思われます。ただし、これらの環境的誘因は、誰にでも作用するものではなく、遺伝的素因のある人にだけ作用するということを強調しておかねばなりません。環境的作用媒体を見つけることができ、患者がそれを避けるようにすれば、たとえもっとも高い遺伝的素因を持っている人であっても、自己免疫性疾患が起きることはまずないと思われます。ヒトゲノム計画のもっとも重要な成果は、異常な自己免疫反応を起こしやすくしている遺伝子を特定することです。そうすれば、リスクのもっとも高い人にはあらかじめ警告することができます。

重複疾患
したがって、臨床的見地からは自己免疫性疾患をまとまった一つの疾患グループと考えることが大切です。ある一つの自己免疫性疾患があるということは、第2、第3の自己免疫性疾患が同じ人、あるいはその人の家族に起きてくる可能性があるということであり、そのことを医師と患者が警戒しておかねばならないということです。一つの自己免疫性疾患に罹ったということは、第2の病気にも罹りやすくなっている徴候であるかもしれません。

新しい治療法の研究
医学研究界でも、自己免疫性疾患をまとめて考えることにより大きな成果が上がっています。事実上、すべての自己免疫性疾患は血液中の白血球の一種である異常なT細胞集団ができるかどうかにかかっているのです。自己免疫性疾患の効果的な治療法、今私達が持っている医療技術や知識の何よりも有効な治療法は、これらの病気を作り出すT細胞を見分け、その産生を止める方法を見つけることで得られるでしょう。近代分子免疫学により我々が知り得たことは、T細胞には独特の表面構造があるということです。実験動物を使って病気に関わりのあるT細胞の構造を見分け、それをなくす方法を開発するべく研究を進めています。

これはすべての自己免疫性疾患にかかわる基本的なレベルの研究です。甲状腺疾患や多発性硬化症、狼瘡、慢性関節リューマチ、炎症性大腸疾患など数多くの自己免疫性疾患を専門に研究している研究者間の生産的な相互交流により、広範囲の自己免疫性疾患に対するより効果的、長期的治療法を編み出すに必要な基礎知識が得られるでしょう。

大きな問題は大きな反応を必要とする
最後になりますが、自己免疫性疾患を一まとめのグループとして見なければならないいちばん重要な理由は、これらの疾患をより人目につきやすくするということです。ほとんどの自己免疫性疾患はかなりまれなものであり、そのほとんどは命にかかわるものではありません。そのため、注目を集め、より多くの資金援助を必要とする重大な健康問題として一般大衆の「レーダー」には引っかかることはないのです。しかし、これらの病気を一まとめにすることで、自己免疫性疾患が我が国の疾患リストの上位3番目か4番目にくるようになります。

ほとんどの患者は生涯にわたる治療を必要としますし、患者自身にとっても国家にとってもその費用はばかになりません。さらに、自己免疫性疾患は患者の機能を損ない、そのために家族全体の生活が破壊されてしまうことも多いのです。

今、自己免疫性疾患を一つのまとまったグループとして考え、この基礎的な問題に対して、我々の力を結集して戦いを挑むべき時であります。

Noel R. Rose博士はジョンズホプキンス大学医学部病理学教授であり、ジョンズホプキンス大学公衆衛生学部の分子微生物学および公衆衛生学教授であります。さらに、ジョンズホプキンス自己免疫性疾患センター所長もなさっておられます。また、アメリカ自己免疫関連疾患学会の科学諮問委員会委員長を務めておられます。

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