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甲状腺疾患を持つ有名人

05:カール・ルイス…甲状腺機能低下症を持つ陸上男子短距離のオリンピック金メダリスト

バセドウ病・心臓に関して
カール・ルイス
カール・ルイス

甲状腺の病気のあるほとんどの人がそうであるように、私にもその病気があるなんてちっともわからなかったのです。調べてもらったことはまったくの偶然で、幸運としか言いようがありません。医師に甲状腺の病気を調べてもらうことの大切さはどれほど強調してもし足りないくらいです。特に、その病気の家族歴がある場合はなおさらです。

自分がこの病気になるまで、甲状腺の病気のことなど全然知りませんでした。自分で学び、処方された治療法に従うことです。そうすれば、私がオリンピックでお見せしたように、100%元どおりになれるのです。今では、私のストレスレベルは安定した状態にあり、薬のレベルもちょうどよいので、アトランタの時よりももっと調子がよいように思います。
1984年のオリンピックロサンジェルス大会以来、カール・ルイスが1回のオリンピック大会中に4種目の競技で金メダルを取ったジェシー・オーエンの記録と並んだ際、ルイスは際限のないエネルギーと強さを見せてきました。走り幅跳び、100メートルと200メートル競走、400メートルリレーのオリンピックと世界選手権のメダリストとして、次々に記録を塗り替えるルイスは世界中のファンの注目と賞賛を集めたのです。参加者の平均年齢が26歳である陸上界におけるルイスの驚嘆すべき能力とその選手寿命の長さは、スポーツ記者や解説者の間でずっと話題になっておりました。

彼の5回目で、最後のオリンピックに出場する5ヶ月前、この時ルイスは35歳で、選手としてはかなりの年でしたが、予期せぬ知らせを受けました。彼の内分泌病専門医により行われた血液検査で、ルイスは甲状腺機能低下症、あるいは一部の人が言う不活発な甲状腺があることが明らかになったのです。最近出たルイスの本『もう一度勝利を』の中で、ルイスはこう言っています。「…その瞬間うろたえてしまった。…まさに選手生命の終わりを告げられようとしていた時…飛ぶことや走ることなんかより自分の健康のことのことの方がはるかに気にかかった」最初に甲状腺の病気であると告げられた時、ほとんどの人がするのと同じように、ルイスもこう尋ねました。「何かそれで具合がわるくなるようなことがなければ、誰も自分の甲状腺のことなど知らないんじゃないですか」甲状腺は首のところにあって、2種類の甲状腺ホルモン、サイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)を作り、貯え、分泌します。これらのホルモンは血液を介して体中を巡り、体にどれくらいの速度で働き、どれくらいエネルギーを使えば良いかを指示します。血液中の甲状腺ホルモンが不足したときに、甲状腺機能低下症になります。

甲状腺機能低下症の症状は多岐にわたっていて、患者によっても異なり、また他の病気の症状と紛らわしいのです(下に挙げた“甲状腺機能低下症の症状と徴候”をご覧ください)。症状の発症はゆっくりで、簡単に打ち消されたり、他のファクターのせいにされることがあります。甲状腺機能低下症のある人は、病気の程度に応じて、それらの症状がまったくなかったり、一部だけ、あるいは全部が見られる場合があります。ルイスの場合、症状や徴候にまったく気が付いていませんでした。ただ、いつも通りに健康診断を受けに行って、血液検査で病気がわかったのです。しかし、診断を受けて2〜3週間後に、彼は2〜3ポンド(約1〜1.5kg)体重が増えていたことに気が付いたのです。彼は甲状腺機能低下症でいくらか体重が増えることがあるということは知っていましたが、重量挙げをしていたので、そのために筋肉が発達し、食べる量が増えるので体重増加を起こしうることも知っていました。彼はすぐに昔やって成功した食餌療法を行いました。2週間経たないうちに、彼は7ポンド(約3kg)やせました。

甲状腺機能低下症の治療は一生必要ですが、時として一時的なこともあり治療を要さない場合もあります(“甲状腺機能低下症の原因”の表をご覧ください)。さらに詳しい臨床検査をした結果、橋本甲状腺炎、すなわち甲状腺の慢性炎症がカール・ルイスの甲状腺機能低下症を起こしていることがはっきりしました。したがって、彼の甲状腺機能低下症は永久的なものです。橋本甲状腺炎は自己免疫疾患で、アメリカでは成人の5%が罹患しており、甲状腺機能低下症の原因としていちばん多いものです。自己免疫疾患のある人は、体の免疫系が誤って正常な体の組織の細胞を“侵入者”とみなし、その細胞を攻撃する抗体を作ります。橋本甲状腺炎の場合、甲状腺内の化学物質に対する自己抗体が形成されます。この攻撃のために、痛みのない甲状腺の炎症と肥大が起こります。最終的には炎症はおさまりますが、甲状腺は小さくなります。この過程のいずれかで、患者は甲状腺機能低下症になります。

橋本甲状腺炎のような自己免疫疾患の本当の原因はわかっていませんが、研究では次のことが示唆されています。
  • 自己免疫疾患は家族内に伝わる傾向がある。
  • 自己免疫疾患は男性より女性の方が5倍罹患しやすい。
  • 自己免疫疾患は時に、別の自己免疫疾患と一緒に起こることがある。
甲状腺機能低下症の徴候と症状
  • 元気が出ず、疲れたように感じる。
  • 寒く感じる。
  • 声が嗄れる。
  • 昼間とても眠い。
  • 睡眠が非常に長くなる。
  • 記憶力が悪くなる。
  • 集中するのが困難になる。
  • 顔が腫れる。特に目の下。
  • なかなか体重が減らない。
  • 食欲が減少する。
  • 髪が抜ける。
  • 髪が乾燥し、荒くちりちりになる。
  • 皮膚が乾燥し、荒くなり、黄色っぽく粉をふいたようになる。
  • 便秘
  • 手のしびれ
  • 筋肉がつる。
  • 脈が遅くなる。
  • 反射が遅くなる。
  • 甲状腺腫
  • 血圧が上がる。
  • コレステロールが上がる。
  • 生理がひどくなる。
  • 乳房からミルクのようなものが出る。
  • 不妊
  • 流産
  • 性欲がなくなる。
  • 子供では、背が低い。
  • 子供では、特別な理由もなく成績が下がる。
橋本甲状腺炎の発病率は年齢と共に上がり、特に女性の間で高くなっています。75歳以上の女性の5人に1人以上は、抗甲状腺抗体を持っています。橋本甲状腺炎は家族内に伝わる傾向があるため、橋本甲状腺炎の診断を受けた人は、そのことを家族、特に母親や娘、姉妹、叔母、姪などに告げ、家族内に遺伝性の病気があるということを知らせなければなりません。

カール・ルイスが気付いたように、甲状腺機能低下症の治療は簡単で、安全かつ非常に効果的な甲状腺ホルモン補充療法です。彼は、商標名のレボサイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>を1日1回、毎日空腹時に飲みはじめました。真のチャンピオンであるために、彼は厳しいトレーニングをこなし、競技や宣伝活動への参加も続けていました。そして、他の患者と同じことを気にかけていました。彼は、100%元どおりに回復するまでにどれくらい時間がかかるのか、また本当に完全に回復するのだろうかと心配していたのです。それに加えて、ルイスにはそのような厳しい競技でうまく戦うことができるのだろうかというプレッシャーもかかっていたのです。アトランタオリンピックで陸上競技から「自分の言葉で言うと…勢いと情熱を持って」引退するという夢をかなえることができるだろうか。そうすれば、「…皆がいつまでも自分の最高の時を覚えていてくれるだろうか」甲状腺や甲状腺機能低下症についての本を読んで、ルイスは医師から聞いたことをさらに勉強し、自分の病気についての理解を深めることができたのです。Sheldon Rubenfield博士の本『これは自分の甲状腺のせい?』には「すごく安心させられた」と言っています。彼はレボサイロキシンを飲みはじめて4週間経たないうちに、気分がよくなり始め、甲状腺ホルモン剤を6週間飲んだ後、いつになく気分が良いのに気付きました。甲状腺機能低下症の患者はすぐに回復することを期待してはなりません。ちょうど甲状腺機能低下症の症状がゆっくり出てくるのと同じように、治療への反応も徐々に起こります。6週間以上かかることがあります。レボサイロキシンの初期投与量を調節する必要がある場合、症状の改善にはさらに時間がかかることがあります。

ルイスは、アトランタオリンピックが終わるまで、自分の甲状腺の病気のことを公表しないことに決めました。彼は「今年一杯、すっかり病気の話だけになってしまうことで、これ以上気を散らしたくない」と思ったのです。また、彼は言い訳をするような人間ではありません。そして、甲状腺機能低下症の診断を受けてから5ヶ月経った1996年の6月29日に、彼が全世界に示したように、何の言い訳も必要なかったのです。彼は戻ってきました。走り幅跳びで鮮やかに空を切り、自分の夢をかなえただけでなく、さらにもう一つ金メダルを獲得したことで、オリンピック史上9個の金メダルを取ったのは2人しかいませんが、彼はそのうちの一人になったのです。
カール・ルイスのオリンピックに向けての準備や甲状腺機能低下症の経験について、もっと詳しいことは彼の著書である『もう一度勝利を:オリンピックの年の日記』をお読みになってください。この本はAthletics Internationalが出版しております。

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