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甲状腺の病気シリーズ5
[078]
百渓尚子先生が作った患者さん向けのパンフレット

甲状腺の病気シリーズ5:バセドウ病と妊娠

表紙

バセドウ病と妊娠
 人から聞いたり新聞や本に書かれたりしている情報には、間違ったもの、根拠のないものがあります。このパンフレットをよく読んで正しい知識を持ってください。
 なお、これと違った情報に出会ったら、ぜひお知らせください。
挿し絵

妊娠まで
血液中の甲状腺ホルモンの濃度がまだ高いあいだは、一般の妊婦さんより流産が多いので、妊娠をひかえていた方が安全です。しかし薬を飲まないで済んでいる場合はもちろん、薬を飲んで病状が安定している場合は、健康な人と変わりなく安全に妊娠・出産できます。
出産まで
バセドウ症があると出産直後に症状が急に強くなり、治療が難しくなると言われることがあります。これは「甲状腺クリーゼ」と言われる病状ですが、めったにおこるものではなく、治療が不十分で甲状腺ホルモンが著しく過剰のまま出産した場合に限られます。症状が落ち着いている限り、問題がおこることはありません。妊娠が進むとバセドウ病は自然に軽くなることが多く、薬を中止できるようになる場合もあります。
通院できなくなったとき
万一、流・早産、妊娠中毒症、その他で受診できなくなった場合は、甲状腺の状態と関係がないかどうか調べる必要がありますので、産科の先生から内科の担当医へご連絡くださるようにお願いしてください。
出産する施設
出産するところは総合病院である必要はありません。産科の先生にご理解していただくようにすることができます。ただ、治療開始が遅れて症状の落ちつかない場合や、新生児期に小児科の先生のご協力が必要な場合は、出産する病院を選ぶ必要があります。

赤ちゃんへの影響
お母さんに必要な治療は、お腹の赤ちゃんにも必要だと考えてください。

生まれてすぐわかる奇形の頻度は、一般の人で1000人に8〜10人です。薬は奇形をおこすと考えられがちですが、バセドウ病の薬を飲んでいてもこの頻度と同じです。奇形児が生まれた場合にそれを薬のせいにするわけにはいきません。ただし、メルカゾールは十分な根拠がないまま「奇形をおこすのではないか」という根強い情報があるので、チウラジールかプロパジールに代える場合もあります。偶然異常な赤ちゃんが生まれた場合に、疑われることになっては困るからです。

バセドウ病のお母さんに甲状腺ホルモンの過剰をおこしている物質は胎盤を通過するので、お腹の赤ちゃんの甲状腺にも影響することがありますが、これは遺伝ではなく、後に残ることはありません。また、お母さんが薬を飲めば、自然に赤ちゃんにも効きます。量が適当である限り、赤ちゃんの利益になっても、害にはなりません。バセドウ病の薬(抗甲状腺薬)には2種類ありますが、赤ちゃんの甲状腺への効果はどちらも同じです。

生まれたあとはお母さんから薬が来なくなりますので、赤ちゃんの甲状腺ホルモン濃度が高くなり、一時的に治療が必要になることがあります。その可能性があれば、事前に産科と小児科が連絡をとって対処する必要があります。そうすれば、その後に影響を残すものではありません。

授乳について
お母さんの症状がよほどひどくない限り、授乳をさける必要はありません。飲んでいても母乳だけで育ててよい薬(チウラジールまたはプロパジール)と、服用する量によってはある程度授乳を制限しなければならない薬(メルカゾール)があります。服用後一定期間はミルクにし、それを過ぎたら母乳にします。全く授乳をしてはいけない場合は滅多にありません。

薬を飲む必要のない場合も、出産後に病状が変わって薬を始めることがあります。チウラジールやプロパジールが合わない人は、メルカゾールを服用することになりますから、ミルクも飲める赤ちゃんにしておいてください。
出産後の1年は重要
産後は再発したり悪化したりすることが少なくありません。その中には甲状腺に貯えられていたホルモンが一時的に血中にもれて出るものがあります(無痛性甲状腺炎)。これはバセドウ病の悪化と間違えられてしまうことがよくありますが、自然に治まる性質のもので、バセドウ病の薬はかえって害になります。このように、産後は慎重な診断が必要な時期です。

産後に異常がおこらなければ、バセドウ病が十分治っていることもわかるので、産後は大切な意味があります。ことに産後6カ月までが重要です。異常があっても自覚症状がないこともありますので、指示に従って通院してください。通院間隔は患者さんによってちがいますが、1〜3カ月に1回ほどです。

手術や放射性ヨード(アイソトープ)治療後の妊娠について
バセドウ病の手術やアイソトーブ治療をして間もない場合:これらの治療をすると、しばらくは甲状腺機能に異常があって、流産しやすく、また甲状腺を刺激する物質で胎児の甲状腺に影響することがあるので、妊娠を避けることをおすすめします。その期間は手術で半年から1年、アイソトープ治療で2年ほどですが、人によって違いますので、医師におたずねください。早くお子さんがほしい場合は、ぜひご相談ください。
その他の場合:手術やアイソトープ治療で治ったあとも長い間、甲状腺を刺激する物質が血液中に高い濃度で残っている場合があります。この濃度は、妊娠しても高いままですと、赤ちゃんの甲状腺に影響することがあります。胎児や新生児の治療が必要になりますので、問題ないと思っても妊娠中だけでなく妊娠前に一度は検査してください。
里帰り出産について
産後は、昔は安静が必要だといわれ、新聞を読むと目に悪いなどといわれていましたが、これは間違いです。からだを動かさないとかえって産後の回復を遅らせます。また里帰りしない場合に比べて、里帰り出産は産科的なトラブルのおこる率が高く、産科の先生の間で問題になっています。出産まで検査や治療が必要な場合、ことに専門知識を必要とする医療が必要な場合は、遠方への移動による負担のほかに、対処が適切でなくなるという問題も生じます。お腹の赤ちゃんを最優先にしてください。

中絶について
バセドウ病であるからという理由で、中絶が必要になることはまずありません。甲状腺ホルモンが過剰な間に中絶すると急激な悪化をまねくことがありますので、検査で安全かどうかを確かめる必要があります。
不妊、生理不順について
バセドウ病が直接不妊の原因となることはまずありません。甲状腺ホルモンの過剰が続いていると、生理の間隔が延びたり量が少なくなったりすることがあります。
遺伝について
バセドウ病は遺伝することがあります。どういう子どもに遺伝しやすいかは今のところ調べる方法がありませんが、年齢が低いほど発病することはまれで、小学生までは滅多ににありません。また、治療中に生まれた子どもの方が、治療をしていないときに生まれた子どもより発病する率が高いとは限りません。
挿し絵

(財)東京都予防医学協会
挿し絵
百渓尚子
2004.2

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