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高用量のプロピルチオウラシルを服用している母親から母乳だけで育てられている乳児の甲状腺機能
Naoko Momotani, Ryoko Yamashita, Fuminori Makino, Jaeduk Yoshimura Noh, Naofumi Ishikawa, Koichi Ito and Kunihiko Ito 伊藤病院 東京
Clinical Endocrinology 2000; 53: 177-181

背 景
理論上はプロピルチオウラシル(PTU)の方が母乳/血清濃度比(0.1対1.0)が低いため、メチマゾール(MMI<注釈:日本ではメルカゾール>)より授乳中には好ましいと思われる。問題は、バセドウ病が産後に再発することが多く、時に母親の甲状腺機能亢進症をコントロールするために高用量のPTUを授乳中に服用する必要が生じてくる場合があることである。しかし、毎日300mg以上のPTUを飲んでいる母親から完全に母乳だけで育てられている乳児の甲状腺の状態に関しては、まったくと言ってよいほどデータがない。

目 的
1日300mg以上のPTUを飲んでいる母親が乳児の甲状腺の状態に有害な影響を与えることなく授乳できるかどうかを調べる。

対象および方法
バセドウ病のため1日300〜750mgのPTUを服用している母親から母乳だけで育てられている乳児11名を対象とした。この11名のうち1名の母親は、限られた期間ではあるが1日6mgのヨードも服用していた。これらの乳児の甲状腺の状態を評価した。

測 定
フリーT4(FT4)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)、およびTSH結合阻害抗体(TBIAb<注釈:TSHレセプター抗体であるTBIIのこと>)の濃度を6ヶ月から9ヶ月の間に最低1回調べた。同日、または乳児の血液検査から1週間以内に母親のFT4、TSHおよびTBIAbを調べるための血液検査も行なった。出産前から抗甲状腺剤を飲みつづけていた場合は、出生時のFT4、TSHおよびTBIAb濃度を臍帯血で調べた。

結 果
11名の乳児のうち3名は、成人の正常範囲よりもTSH濃度が高かった。このうち1名では、生後19週目に測定したものであるが、TSH濃度は正常範囲をほんの少し上回るだけであった。残り2名の乳児では、母親が出産前からPTUを飲みつづけており、生後7日目に測定したTSH濃度が著しく高かった。しかし、母親が飲んでいるPTUの量が最初の検査時と同じか、増えている場合でも、正常に戻った。

結 論
1日750mgという高用量のプロピルチオウラシルを飲んでいる母親でも、乳児の甲状腺の状態に有害な影響を及ぼすことなく母乳で保育することができる。

チオナマイド療法<注釈:抗甲状腺剤治療のこと>は母乳で子供を育てたいバセドウ病の女性の治療選択肢である。少量のチオナミドが母乳に出るものの、研究では母親がプロピルチオウラシル(PTU)またはメチマゾール(MMI)を飲みながら母乳を与えても乳児の甲状腺機能には有害な影響がないことが示されている(Kampmann et al., 1980; Lamberg et al., 1984; MacDougall & Bayer, 1986; Rylance et al., 1987; Azizi, 1996)。これらの研究結果と矛盾するような臨床データはないが、抗甲状腺剤治療を受けている女性の授乳の安全性を総合的に示すデータもない。したがって、乳児の甲状腺の状態をモニターすることとなった。

理論上はプロピルチオウラシル(PTU)の方が母乳/血清濃度比(0.1対1.0)が低いため、メチマゾール(MMI)より授乳中には好ましいと思われる(Kampmann et al., 1980; Tegler & Landstr_m, 1980; Johansen et al., 1982; Cooper et al., 1984)。我々は先に、出産前後を通じてPTUを飲みつづけている母親から母乳だけで育てられている乳児の甲状腺の状態を報告した(Momotani et al., 1989)が、出産後のPTUの量は妊娠中と同じか、またはそれより多かった(50〜300mg)。この研究では、8名の乳児全員が出生時に抑制されていた甲状腺機能が回復し、PTUの用量が1日300mg以下であれば母乳を飲んでいる乳児の甲状腺の状態をモニターせずとも安全に授乳できることが確認された。

問題は、バセドウ病が産後に再発することが多く、時に母親の甲状腺機能亢進症をコントロールするために高用量のPTUを授乳中に飲む必要が生じてくる場合があることである。しかし、毎日300mg以上のPTUを飲んでいる母親から完全に母乳だけで育てられている乳児の甲状腺の状態に関するデータはない。このため、乳児の甲状腺の状態を詳しくモニターする必要があった。

本研究では、高用量のPTUを飲んでいる母親が乳児の甲状腺の状態に有害な影響を与えることなく授乳できるかどうかを、1日300mg以上のPTUを飲んでいる母親から授乳されている乳児の甲状腺の状態を評価して調べた。

対象と方法
母親の方は甲状腺ホルモンレベルが高く、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の抑制があり、TSH結合阻害抗体(TBIAb)が陽性であることからバセドウ病と診断された。バセドウ病による甲状腺機能亢進症のために1日300mg以上のPTUを飲んでいる母親から母乳だけで育てられている乳児11名を対象とした。11名の乳児は全員1987年6月から1998年11月までの間に生まれた。その母親は授乳を望んだか、あるいは人工乳で育てることができなかった患者である。11名の母親のうち9名は産後1〜6ヶ月の間にPTUを開始した。残り2名の母親は妊娠直前または妊娠中にMMIを飲み始め、皮膚アレルギーが起きたためにPTUに変更した。生後10ヶ月以内に、11名の乳児のうち9名でTSH濃度を1回、残り2名の乳児では複数回検査した【表1】。11名のうち5名の乳児でTBIAbの抗体価も甲状腺機能検査時に測定した。乳児の検査の前後1週間以内に母親のフリーT4(FT4)およびTBIAbレベルを検査した。妊娠中から出産後もPTUを続けて飲んでいた母親2名は、出産時のTSHとTBIAbレベルを臍帯血で測定した。

臍帯血での正常範囲は、その時期に出産した健康な母親の臍帯血サンプルから得たデータを使って定めた。当院の検査室では、FT4とTSH濃度の測定法が研究期間中に変更された。TSH濃度はBoots-Celltech Sucrosep TSH IRMA(Celltech Diagnostic Ltd, Slough, UK)を用いた免疫学的放射能測定分析法、Delfia TSH Kit(Wallac, Turkin, Finlnad)またはLumipulse TSH Kit(Fuji Rebio Inc., Japan)を用いた蛍光抗体法で測定した。FT4濃度はAmerlex M FT4 Kit(Amersham International, Amersham, UK), Amerlex MAB FT4 Kit(Amersham International), IMx FT4 Kit(Abott Laboratories, Chicago, IL, USA), またはLumipulse FT4 Kit(Fuji Rebio Inc., Tokyo, Japan)を用いて測定した。TBIAbレベルは、TSHR-Abアッセイキット(Cosmic Co., Tokyo, Japan)を用いた放射能受容体アッセイで測定した。TSHとFT4の正常範囲は使用したアッセイ法によってわずかに違っていた。健康な妊娠していない成人女性では、どのアッセイ法でもTSH濃度の下限が0.3mU/lで、上限はそれぞれ4.6、4.0または3.5mU/lであった。FT4の正常範囲の下限と上限はそれぞれ10.3または12.9pmol/lおよび23.1または24.4pmol/lであった。また、TBIAbの正常範囲は<10%であった。臍帯血では、TSHとTBIAbの正常範囲上限はそれぞれ16.0または19.2mU/l、および13.4%であった。統計学的な有意性をStudent t検定を用いて分析した。

結 果
乳児を検査した際に母親が飲んでいたPTUの量は1日300〜750mgであった。11名の乳児のうち3名では授乳中少なくとも1回は成人と比較しても高いTSH濃度を示した【図1a,b】。その3名のうち1名は生後19週のTSH濃度が4.7mU/lであった。その時母親は1日450mgのPTUを飲んでいた【図1a,b】。その当時の成人のTSH正常値上限は4.6mU/lであった。他の2名の乳児はそれぞれ生後7日目と6日目に行なった最初の検査でTSH濃度が目立って高かった【図1a】。それぞれのTSH濃度は17.0mU/lと13.8mU/lであった。これらの乳児ではTSHの検査を複数回行なった。

【図2a,b】はこの2名の乳児のデータを示したものである。症例2は、母親が妊娠中にMMIを飲み始めた【図2a】。すぐ皮膚の発疹が出たため、ヨードに変更し、その後1日300mgのPTUに変えた。PTUの量が増やされ、出産時には1日600mgを飲んでいた。臍帯血のTSH濃度は15.3mU/lであった。生後最初の検査では乳児のTSH濃度が17.0mU/lで、TBIAb値が41%であった。その時母親は出産時と同じ量のPTUを飲んでいた。この乳児は生後2週間でTSH濃度は正常になった(2.7mU/l)が、母親が飲んでいるPTUの量はまだ1日600mgのままであった。このときの乳児のTBIAb値は35.2%であった。生後5週でTSH濃度は検知限度以下になったが、母親は1日750mgのPTUを飲んでいた。その時の乳児のTBIAbは19.8%であった。生後12週では、TSH濃度が3.0mU/l、TBIAbは正常であった。この時、母親はまだ1日750mgのPTUを飲んでいた。

症例6の乳児では、母親が妊娠した頃にMMIを開始し、皮膚アレルギーが生じたため、2週間後にヨードに変えた。妊娠6週目にPTUが追加された。出産時には1日300mgのPTUとヨードを飲んでいた。出産時の臍帯血TSH濃度は11.2mU/lで、TBIAbは24%であった。生後6日にこの乳児を最初に検査した時は、TSH濃度が13.7mU/lであった。この間、母親は妊娠中と同じ量のPTUとヨードを飲んでいた。PTU1日300mg、ヨード1日6mg。生後6週目、13週目、および19週目に測定した乳児のTSHレベルはそれぞれ4.4、2.6および1.0mU/lであった。2回目の検査の2週間前に母親のPTUの量が1日450mgに増やされた。PTUの量はその後さらに1日600mgに増やされ、ヨードが中止された。3回目の検査の3週間前、TBIAb値は出産時に24.1%であったが、1回目と2回目の検査時のTBIAbはそれぞれ14.7%と4.6%であった。

母親のPTU用量と乳児のTSH濃度の間には有意な相関関係はなかった【図1b】。乳児のTSH濃度は母親のFT4濃度とは有意に相関していなかった(データは挙げていない)。

考 察
本研究における11名の母親全員で、産後6ヶ月以内にバセドウ病の再発または悪化が見られ、PTUの量が最大750mg/日にまで増やされた。全員がミルクに切り替えようと努力したが乳児が受け付けないためにそうできなかった。それでも、3名を除き母乳だけで育てられている間にTSH濃度は上昇しなかった。さらに、PTU用量と乳児のTSH濃度との間には有意な相関関係がなかった。

血液サンプルが入手できないので、乳児のTSH正常範囲を示すことはできない。したがって、乳児のTSH濃度が大人より低いことはないという報告(Nelson et al., 1993)があり、本調査期間に当院の検査室では大人の正常範囲上限が3.5mU/lであったことから、授乳中の乳児の値が3.5mU/l以下であれば、年齢に対し高くはないとみなした。

11名の乳児のうち1名ではTSHが成人の正常値のちょっと上であったが、年齢に対し正常であるとみなした(Nelson et al., 1993)。他にもう2名の乳児で、最初の検査時にTSH濃度が目立って高かったが、その母親は出産前から続けてPTUを飲んでいた。この乳児たちのTSHレベルは、年齢に当てはめても高いと思われる。他の薬でも報告されているように、出産前に母親から移入してきたPTUを乳児が排せつするには時間がかかるのではないかと思われる。特筆すべきは、どちらのケースでもTSH濃度が正常になったが母親のPTU用量は最初の検査時と同じか増えていたことである。

これらのことから、母親が1日750mgほどの量のPTUを飲んでいる間も安全に授乳できることがうかがえる。母乳中に分泌されるPTUの量は乳児の甲状腺の状態に悪影響を与えるほどの量ではない。事実、Kampmann ら(1980)が1回に400mgのPTUを飲んでから4時間の間に分泌される総PTU量は0.025%(0.007〜0.07%)であると報告している。Kampmannらはまた、200mgのPTUを1日3回(すなわち、1日600mg)飲んでいる母親から体重3〜5kgの授乳中の乳児が摂取するPTUの量は最大で70kgの成人が1日に9.2mg摂取する量に等しいと見積もっている。これは甲状腺機能亢進症患者の維持量の5分の1以下である。また、24時間内に母乳中に分泌されるPTUの量は投与された量の0.077%であるという報告もある(Low et al. 1979)

臨床報告によると、母親が1日30mg未満のカルビマゾール<注釈;体内でメルカゾールになる>および1日20mgのメチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>を飲んでいる間も安全に授乳できると思われる(Rylance et al., 1987; Aizizi, 1996)ということであるが、甲状腺機能亢進症をコントロールするのに高い用量が必要な場合であっても母親が授乳を続けることができるので、PTUの方が好ましい。

乳児の甲状腺機能を変化させた可能性のあるファクターの一つは、母乳中に分泌される甲状腺ホルモンである。ヒトの母乳中の甲状腺ホルモン濃度はまだよく研究されていない。しかし、健康な甲状腺機能を持つ母親の母乳中に分泌される甲状腺ホルモンの量が先天性甲状腺機能低下症の悪影響を完全に防ぐには少なすぎるであろうことを示した報告がある(Bode et al., 1978; Varma et al., 1978; M_ller et al., 1983)。先天性甲状腺機能低下症の乳児の母親が正常な甲状腺機能を持っていた一方で、乳児のTSH濃度を測定した際に、我々の研究ではほとんどの母親で血清FT4レベルが高くなっていた。しかし、母乳中の甲状腺ホルモンが乳児の甲状腺の状態に影響を与えた可能性は低い。なぜなら、母親のFT4と乳児のTSH濃度の間に有意な相関関係がないからである。

乳児の甲状腺の状態に影響したと思われるもう一つのファクターは、出生前に母親から移入したTSH受容体抗体である。1名の乳児(症例2)で、TBIAbレベルが出生後かなりの期間高くなっていた。また、その間TSHレベルが低くなっており、TBIAbレベルが正常に下がってからTSHレベルが正常になった。このことから、その乳児の血清中にある抗体の甲状腺刺激作用がTSHレベルに影響したことがうかがえる。この乳児を除き、TBIAbの抗体価と/または出生からTSH測定までの時間により、乳児の血清中のTSH受容体抗体が乳児の甲状腺の状態に影響を与えることはなかった。

PTUのピーク血清中濃度と半減期は人により違うと報告されている。これはおそらく吸収量の違いによるためと思われる(Mandeler et al., 1977; Cooper et al., 1982; Okuno et al., 1983)。このために母乳中の濃度が様々に異なるのかもしれない。事実、Kampmannら(1980)が、400mgのPTUを投与してから4時間の間に母乳中に分泌されるPTUの総量には非常に大きな変動があることを示している。しかし、PTU用量と乳児のTSH濃度との間には有意な相関関係がないことから、母親は1日750mgものPTUを飲んでいても安全に授乳できるということが示唆されている。

本研究の患者数は、はっきりした結論を導き出すためには少なすぎると思われるが、母親がPTUを飲んでから2時間以上経って授乳する場合は、母乳中に分泌されるPTUの量が明らかに減少するため、乳児の甲状腺の状態をモニターする必要はない(Kampmann et al., 1980)

PTUの副作用が出れば、授乳中止の理由になると思われるが、そのような報告はない。

参考文献]・[もどる