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甲状腺機能亢進症と甲状腺中毒症は互いに同じような意味で使われることが多いが、厳密に言えば甲状腺機能亢進症とは甲状腺の機能が亢進していることであり、甲状腺中毒症とは甲状腺ホルモンの過剰摂取や甲状腺炎を含め甲状腺ホルモンが多すぎることを意味する。したがってこの論文では主にバセドウ病が原因の、または中毒性結節性甲状腺腫に伴う甲状腺機能亢進症について述べることとする<注釈:甲状腺機能亢進症とは甲状腺で過剰に甲状腺ホルモンを作っている。甲状腺中毒症とは甲状腺ホルモンが高い状態である。従って、甲状腺中毒症の範疇の中に甲状腺機能亢進症が入るわけである。日常臨床では甲状腺中毒症は甲状腺機能亢進症として表現されることが多い>。 |
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甲状腺機能亢進症の診断は、様々な症状や徴候が存在することでそうだとうかがえるのであるが、70歳以上の患者ではそのような古典的症状が見られず、甲状腺腫もないことがある(3)。その代わりに消耗を伴う食思不振や心房細動、あるいはうっ血性心不全が目に付く症状として出てくる場合がある。さらに、甲状腺機能亢進症の原因が若年者と高齢者では異なっている。若年の患者では甲状腺機能亢進症の原因のほとんどがバセドウ病であるが、高齢者では中毒性結節性甲状腺腫が原因であることも多い。 |
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甲状腺機能亢進症のスクリーニングに関しては、少なくとも第2世代のアッセイ(測定感度)はおおよそ0.05mIU/L)を用いた血清TSH(甲状腺刺激ホルモン)の測定がもっとも感度の高い検査法であり、結果が正常であれば、ごくまれなTSH分泌過剰の場合<注釈:TSH産生下垂体腫瘍など>を除き、まず甲状腺機能亢進症を除外できる。TSH値を感知できないのが甲状腺機能亢進症の特徴であるが、第2世代のアッセイを用いた場合、時には一部の健康な高齢者や甲状腺の病気のない患者、あるいはコルチコステロイドや塩酸ドーパミンを飲んでいる患者で値が測定感度以下になることがある。このような場合は第3世代のアッセイ(測定感度はおおよそ0.005mIU/L)を使って区別することができる。甲状腺機能亢進症では血清TSHがこのアッセイでも感知できないが、他の病気であれば低値であっても必ずと言ってよいほどTSHが検出されるからである(4)。血清遊離サイロキシン(FT4)の測定で確認するが、時には甲状腺機能亢進症の臨床症状がはっきり出ており、血清TSHも検出できないのに血清FT4レベルが正常な患者がおり、そのような場合はトリヨードサイロニン(T3)中毒症<注釈:T3のみ高い甲状腺機能亢進症>の存在を確かめるために血清遊離トリヨードサイロニン(FT3)の測定が必要になる。
明らかな眼症のある患者では、バセドウ病があることは間違いないためそれ以上の検査は必要ない。しかし、出産可能年齢にある女性では妊娠しているかどうかかならず確かめるようにしなければならない。その後の管理にはっきり影響してくるからである(以下参照)。眼症のない患者では、甲状腺中毒症の原因をはっきりさせるために甲状腺放射性ヨード(131I)取り込み試験を行うべきである。すなわち、甲状腺機能亢進症のためであれば取り込み値が高く、甲状腺ホルモン剤の過剰摂取や甲状腺炎のように甲状腺の機能亢進がない場合は取り込み値が低くなる。結節性甲状腺腫のある患者では甲状腺の機能的特徴を知るのに131Iシンチスキャンが役立つ場合がある。 |
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甲状腺機能亢進症は、抗甲状腺薬や放射性ヨード治療、あるいは甲状腺亜全摘術によって治療されるが、治療のタイプは機能亢進症の種類や患者の年齢、甲状腺腫のサイズ、また他に病気があるかによって決まる。 |
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アメリカではメチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>とプロピルチオウラシル<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>の2種類が利用できる。これは甲状腺組織に集積し、甲状腺ホルモンの生合成を妨げるチオアミドである。イギリスとヨーロッパでは一般的にカルビマゾールが使われている(これは体内でほぼ完全にメチマゾールに転換する)。プロピルチオウラシルは大量に使えば、末梢組織でのサイロキシン(T4)からトリヨードサイロニン(T3)への転換を阻害する。メチマゾールの方がプロピルチオウラシルより好んで使われる理由は、甲状腺のホルモン合成阻害効果が長く、そのため1日1回の服用ですみ、患者のコンプライアンスがよくなるからである(5)。さらに、1日30mgまでの量であればメチマゾールの方が無顆粒球症を起こすリスクが少ないと思われる。
治療は普通、1日30mgのメチマゾールか、プロピルチオウラシル100mgを1日3回投与(300mg/日)で開始される。患者には、まれではあるものの(<1%)、治療開始後最初の数ヶ月以内に起こりがちな無顆粒球症や肝疾患、狼瘡(SLE)様症状等を含む主な副作用について警告しておく必要がある。治療開始時の検査項目に白血球数と肝機能検査を含めるべきであり、白血球数をモニターすることで無顆粒球症の発症を予測できると思われる。
患者にはこれらの副作用のいずれかをうかがわせる症状が出たらすぐに医師に知らせるよう指示しておかねばならない。薬を中止すれば副作用はなくなるが、どちらの抗甲状腺薬もその後の使用は禁忌となる。そして、患者は放射性ヨード治療または手術で治療することとなる。「かゆみ」のような軽度の副作用であれば、患者は別の薬に変えることができる。
治療開始後、少なくとも毎月1回患者のフォローアップを行い、甲状腺正常状態に近づいてきたら抗甲状腺薬の量を維持量に減らしていくべきである。ここにいたるまでのスピードは病気の重さや甲状腺腫のサイズ、および抗甲状腺薬の量によって決まる。この間、振戦や不安、動悸などの甲状腺機能亢進症の症状がやっかいな場合、それをコントロールするため、患者に喘息やその他の禁忌症がなければ塩酸プロプラノロール<注釈:日本ではインデラール>のようなβ-遮断薬を使うことがある。治療のモニターにはTSHよりも血清FT4の測定を行うべきである。なぜなら甲状腺が正常な状態になってから何ヶ月もの間血清TSHが検出できない場合があるからである。その後、長期的な治療の予定があれば患者は3ヶ月毎に診察を受けなければならない。
抗甲状腺薬による長期的な治療は、バセドウ病による甲状腺機能亢進症の場合にのみ適切である。バセドウ病は自然寛解する可能性があるためである。これは小さな甲状腺腫のある若年患者や活動性の眼症のある患者に選択される治療法であると一般に考えられている(以下参照)。抗甲状腺薬による長期治療は中毒性結節性甲状腺腫では適応とならない。それは甲状腺機能亢進症が寛解しないからである。長期寛解の可能性は抗甲状腺薬による治療期間にプラスの影響を受け、その期間は1〜2年がよい。寛解率は37%から70%であると報告されている。最近の研究では、バセドウ病患者での長期抗甲状腺薬治療にレボサイロキシンナトリウム<注釈:日本ではチラージンS>を加えると、抗甲状腺薬を中止した際に寛解する可能性が高くなることが示唆されている。このアプローチの理論的根拠は抗甲状腺薬が免疫抑制作用も及ぼす可能性があり、複合治療では使用する抗甲状腺薬の量を増やすことができるというものである。しかし、もっと新しい研究(6-9)ではこのことが確認できなかった。治療を中止した後の結果を確実に予測する手がかりとなるものはないが、小さな甲状腺腫では寛解しやすく、TSHが感知できないままであるか、あるいはTSHレセプター抗体の抗体価が高い場合は再発しやすいというような何らかの特徴はある(8)。
長期治療中止後、最初の1年間は3ヶ月毎に診察を受けなければならない。この期間中にいちばん再発が起こりやすいからである。それ以降は再発するのはもっと後になってからであるため、年1回の受診でよい。もし再発が起きたら、患者が放射性ヨード治療または手術を望まない場合に再度抗甲状腺薬治療を行うこともできるが、患者は放射性ヨード治療または手術による治療を受ける必要がある。 |
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放射性ヨード治療は、抗甲状腺薬による長期治療後にバセドウ病が再発した患者や重篤な甲状腺性心疾患のある患者、あるいは中毒性多結節性甲状腺腫や単結節性甲状腺腫のある患者、および抗甲状腺薬による重大な副作用が出た患者に選択される治療法である。放射性ヨード治療は妊娠中や授乳中は絶対禁忌である。さらに、活動性のバセドウ病眼症のある患者、特に喫煙者では放射性ヨード治療を延期するか避けなければならない。最近の前向き研究(10,11)でそのような患者を放射性ヨードで治療すると抗甲状腺薬や甲状腺亜全摘術で治療した場合に比べて悪化することが証明されたからである。
バセドウ病に使われる放射性ヨードの線量は甲状腺腫のサイズおよび先に行った取り込み試験でのトレーサー131Iの取り込み量にもよるが、185から555MBq(5〜15mCi)である。中毒性結節性甲状腺腫では、甲状腺機能正常状態を得るのにより多くの線量が必要となる。メチマゾールではおそらくそうならないと思われるが、プロピルチオウラシルによる治療で、放射能防護効果と思われる影響のため、放射性ヨード
の1回投与による治癒率が減少する可能性がある(12,13)。そのため、重篤な甲状腺機能亢進症のある患者や一過性の放射線甲状腺炎による甲状腺機能亢進症の悪化が予測されるような大きな甲状腺腫のある患者では、放射性ヨード治療の前にメチマゾールのみを使用するべきである。このような場合、甲状腺機能正常状態を取り戻すため抗甲状腺薬を投与し、その後放射性ヨード投与の3日〜5日前に抗甲状腺薬を中止する。
80%以上の患者で、放射性ヨードの1回投与により甲状腺機能亢進症が治癒し、甲状腺腫のサイズが小さくなる。正常な甲状腺状態になるまでには数ヶ月かかる場合があるため、重篤な甲状腺機能亢進症のある患者ではこの間、抗甲状腺薬またはβ-遮断剤による治療が必要な場合がある。出産可能年齢にある女性では、放射性ヨードによる治療後、少なくとも6ヶ月間は妊娠を避けなければならない。
放射性ヨードの主な合併症は永久的な甲状腺機能低下症である。その1年目の発症率は投与された線量によって決まる。それ以降は1年あたり2%から3%の割合で発症率が上がっていく。このため、血清FT4レベルとTSHレベルのモニターにより最初は毎月患者のフォローアップを行い、甲状腺正常状態に戻ったらこの間隔をあけていくようにする。放射性ヨード治療後、最初の半年間に一過性の甲状腺機能低下症が起こることがある。放射性ヨード治療後に甲状腺機能低下症が出て、それが6ヶ月以上続くようであれば永久的なものである可能性が高く、レボサイロキシン治療<注釈:日本ではチラージンS>を行うべきである。甲状腺機能亢進症の治療用放射性ヨード線量で起こるそれ以外の副作用はごくわずかである。スウェーデン癌記録保管所からのデータでは、全体的な癌のリスクはわずかに増加するが、白血病やリンパ腫のリスクは増加しないことが示唆されている(14)。このことから、若い組織はイオン化放射線に対する感受性が高いため、放射性ヨード治療は一般に小児に対する初期治療としては考慮されない。甲状腺機能亢進症に対して使われる放射性ヨードの線量では催奇形率が増加するという証拠はない。 |
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甲状腺亜全摘術は、プロピルチオウラシルやメチマゾールに対し重大な副作用反応を起こした妊婦や小児に適応となる。また、鎖骨後部にまで広がった大きな甲状腺腫があり、圧迫症状が出ている患者や中毒性甲状腺腫を合併した甲状腺癌患者に対しても適切な治療となる。術後に起こりうる甲状腺急性発作(甲状腺クリーゼ)を防ぐため、手術の前に患者の甲状腺を正常状態に戻しておかねばならない。これは先に述べたプロピルチオウラシルまたはメチマゾールで得られるが、バセドウ病性甲状腺機能亢進症に対する手術の7日から10日前には無機ヨードを加えてさらに甲状腺の血流を減少させておくようにする。無機ヨードは中毒性結節性甲状腺腫の患者に投与してはならない。甲状腺機能亢進症が悪化する恐れがあるためである。患者がプロピルチオウラシルまたはメチマゾールを飲めない場合は、手術の7日から10日前からβ-遮断薬を無機ヨードと共に投与することもできる。
甲状腺亜全摘術の初期合併症には副甲状腺機能低下症や反回神経損傷などがあるが、これはまれである。しかし、永久的な甲状腺機能低下症が最終的にはかなりの割合の患者に起こる。そのため、手術の1ヶ月後、その後は間隔をあけながら血清FT4とTSHのモニターによりフォローアップをしていかねばならない。 |