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単に嚢胞液を吸引するだけの治療を行った場合(穿刺治療)の有効率は、30%〜50%と報告されている(Gharib
H. Thyroid nodules and Multinodular goiter In: Cooper DS ed. Medical
Management of Thyroid Disease.New York, Marcel Dekker Inc., p213)。これは、Crile(Surgery
59; 210-212, 1966)、Millerらの治療成績(穿刺治療を行い68例中56例【84%】で有効であった。穿刺回数は1〜6回【平均何回かの記載はない】であり、有効率および穿刺回数は今回の研究に一番近いものである(Radiology
110; 257-261, 1974))や今回の治療成績と比べると低い頻度である。今回の研究から言えることは、穿刺回数の問題があると思われる。通常、1〜2回穿刺して、縮小がなければ無効と判断し、手術もしくはPEITを行うと思われる。今回の研究でも、1回の穿刺で有効だったのは20例(23.5%)、2回の穿刺で有効であったのは19例(22.3%)であった。2回までで有効であったのは、合計45.7%である。ここで治療を中止すれば、今回の研究結果も今までの報告と同じということになり、単なる追試に終わる。7回以上穿刺を要した5例を除けば、6回穿刺することにより86%(73例)まで有効率を押し上げることができる。最終的な治療成績は、有効例78例(91.8%)となる。ただ穿刺を行うだけで手術やPEITも行わないで済むのなら、月1回の穿刺治療を5ヶ月続けることに対して納得する患者は多いのではないであろうか(最初の穿刺治療を1回目とすると6回目は5ヶ月後である)。
最近、注目されているPEITによる甲状腺嚢胞の治療成績は、4つの研究によれば有効率72〜95%である(Yasuda
K et al. World J Surg 16; 958-961, 1992:Verde G et al. Clin Endocrinol
41; 719-724, 1994:Monzani F et al. J Clin Endocrinol Metab 78; 800-802,
1994:Zingrillo M et al. Thyroid 6; 403-408, 1996)。95%のものはpure
cystのみを対象としたもので(Monzani F et al. J Clin Endocrinol
Metab 78; 800-802, 1994)、今回の研究でもpure cystは穿刺治療の有効性が100%と特に満足のいく結果であった。他の研究は72%、77%、85%であり、今回の穿刺治療のみの治療成績はPEITと比べても遜色はなかった。PEITでは、一過性の嗄声(かすれ声)、局所痛、血腫、発熱などの副作用がみられることがあるが、穿刺治療ではそのような副作用は基本的には起こらない。これは、あくまでも熟練した甲状腺専門医が超音波下でみながら穿刺治療を行った場合である。しかし、PEITの場合は穿刺治療以上に熟練を要する。超音波や穿刺操作に慣れない医師がPEITを行うことは避けるべきである。さらに重要なことは、熟練した内科医が行う場合でも、同じ病院内に甲状腺専門外科医がいることが必要条件となる。治療によるトラブルが発生したときに、すぐに外科的処置ができる条件下で行うべきである。現在、甲状腺疾患に対してPEITを積極的に行っているのは、イタリアと日本である。アメリカでは、マイナーな治療法である。
今回は治療効果の判定は、容積が30%以下と定義した。PEIT 治療では、嚢胞成分が50%以下を有効としているもの(Yasuda
K et al. World J Surg 16; 958-961, 1992: Verde G et al. Clin Endocrinol
41; 719-724, 1994)、10%以下を有効としているもの(Zingrillo
M et al. Thyroid 6; 403-408, 1996)などがある。穿刺治療の場合には、数編の論文を読んだが、はっきりと治療効果の判定を記載したものはなかった。嚢胞がほとんど消失したか著明に嚢胞容積が縮小した場合を効果ありとしている。抽象的な表現であるが、これでいいような気もする。今回の研究では容積が10%以下になったものは69例(81%)であった。全体的な有効例は78例(92%)であるので、大部分は著明に縮小しているわけである。
穿刺回数について、Crileは有効例36例中32例は一回の穿刺で縮小したと報告している(Surgery
59; 210-212, 1966)。残り4例も2回穿刺したら、縮小したと記載している。今回の研究の結果からみると、にわかに信じがたい結果である。何故、このような素晴らしい治療成績が得られたのかは本人に聞く以外にないが、Crileは故人になっていると思われるので、それも叶わない(まだご存命であったなら、すみません)。Millerら(Radiology
110; 257-261, 1974)は、穿刺治療を行い68例中56 例【84%】で有効であり、穿刺回数は1〜6回【平均何回かの記載はない】であった。彼らの有効率および穿刺回数は今回の研究に一番近いものである。Verde
Gら(Clin Endocrinol 41; 719-724, 1994)は、10例の甲状腺嚢胞(嚢胞成分が70%以上のものを対象にしている)に対して、穿刺治療を一回行って4週間後に効果を判定している。彼らは、嚢胞成分が50%以下を有効としている。10例中3例でのみ有効であったと報告している。これは穿刺回数が一回と少なすぎるせいである。この研究の主目的はPEITの有効性を述べるものであるので、穿刺治療の場合、穿刺が一回では効かないというデータを示すことで、PEITの有用性を強調したかったのであろう。Yasudaら(World
J Surg 16; 958-961, 1992)は、穿刺治療を3回以上(平均5.9回)行っても効果がみられない嚢胞に対してPEITを行っている。彼らの症例は61例中pure
cystは1例のみで、残りはすべてmixed cystであった。mixed cystの比率が高いことが有効率を下げている原因なのかどうかは不明である(嚢胞の定義が記載されていないため)。一般的に、PEITは週1〜2回行い、通常は4〜8回の治療で終了する(Gharib
H. Thyroid nodules and Multinodular goiter In: Cooper DS ed. Medical
Management of Thyroid Disease. New York, Marcel Dekker Inc., p213)。文献的にみると、Yasudaら(World
J Surg 16; 958-961, 1992)は、PEITの回数は平均1.26回である。Monzaniら(J
Clin Endocrinol Metab 78; 800-802, 1994)は、20例中15例は、PEIT一回、5例でPEIT2回行っている。Zingrilloら(Thyroid
6; 403-408, 1996)は、20例でPEITを行い、平均1.7回(1〜4回)である。治療回数からみると、PEITの方が優れているように思われる。しかし、簡便さ、安全性を考えると、穿刺治療の場合は穿刺回数が平均3回になるが、穿刺治療も選択すべき治療法のリストに加えることができると考える。
治療前の血清サイログロブリン(Tg)値が、治療の予測に役立つという結果は臨床的に重要と思われる。治療前血清Tg値が500ng/ml以上の19例では全例、穿刺治療が有効であったことから、治療前血清Tg値が500ng/ml以上なら嚢胞は縮小するので、患者にも説明しやすい。ただ、治療前血清Tg値から無効例を予測することは不可能であった。
甲状腺嚢胞に対してサイロキシン投与は無効であることは、McCowenら(Am J Med 68; 853-855,
1980)がすでに報告している。今回の研究でも、甲状腺嚢胞に対してサイロキシン投与は無効であることが確認された。また、TSH抑制量であってもやはり無効であることもわかった。このような理由から、数年前より穿刺治療にはサイロキシンの投与はしていない。
穿刺液が粘稠なことはときとして経験される。今回の症例でも85例中33例で穿刺液が粘稠であった。そのうち28例では18G針を使用した。ほとんどは一回だけの使用で、2回目からは穿刺液は粘稠でなくなり21G針にて穿刺可能であった。何故、一回穿刺吸引すると粘稠でなくなるのかは理由は不明である。しかし、治療がしやすくなるので好都合である。そのためには一回目に粘稠な液を全部吸引しておく必要がある。粘稠な液を吸引するにはいろいろな工夫がなされている。例えば、生理食塩水を注入して再度吸引するやり方とか、15G針を使用するやり方(Miller
JM et al.Radiology 110; 257-261, 1974)がある。今回の研究では、穿刺手技の工夫で述べているように穿刺液が粘稠な場合はまず、針は22Gのままで20mlの注射器に替える。それでも、吸引が困難なら、再度、20ml注射器付き18G針で穿刺吸引する。強い陰圧を数分間持続するには、【図1】のようにハサミのようなもので固定するとやりやすい。このやり方で、穿刺吸引できなかった症例はない。一回粘稠な液を吸引してしまえば、その後の治療が容易になる。
再発例は、有効例78例中2例(2.6%)でみられた。観察期間は71.1±17.4ヶ月(41〜106ヶ月)であった。一例は穿刺治療終了5年4ヶ月後に再発し、現在穿刺治療中である。もう一例は、穿刺治療終了2年4ヶ月後に再発し、7回穿刺を行い、縮小している。今回の研究から、穿刺治療で縮小すると再発は希であることが分かった。
無効例7例を詳細に検討してみると、まず治療前の嚢胞容積が48.0±69.8ml(3.8〜200ml)と大きいことである。各々の治療前の容積を示すと、31.8ml、3.8ml、10.1ml、18.1ml、200.0ml、10.9ml、61.2mlである。ほとんど大きさが変わらないのは3例(31.8ml、3.8ml、200.0ml)で、あとは縮小率が0.34、0.59、0.50、0.59であり、ある程度縮小しているので、手術をしないで経過をみることを患者が選択しているのであろう。31.8mlの症例は、縮小もなく甲状腺正中部に直径8mmの石灰化を伴った低エコーを示す腫瘍があり、乳頭癌を疑い手術してもらい、やはり乳頭癌を合併していた症例である。手術を受けたのは、この症例のみである。
甲状腺嚢胞の自然経過は、隈病院から報告されている。10年経過をみると30%は縮小し、50%は消失するという。穿刺治療をも嫌がる患者には10年間経過だけをみるというオプションもあるということである。
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