先天性甲状腺機能低下症の母親から生まれた児の1歳時の発達状態

妊娠中の甲状腺機能低下症は児の神経発達に悪影響を及ぼすことは知られています。ただ、すべての研究者がこの考えに賛成しているわけではありません。例えば、日本からの研究では妊娠中に甲状腺機能低下症が発見されて甲状腺ホルモン剤で治療すれば、児の知能には影響を与えないという有名な論文がアメリカの一流内科誌に掲載されています。しかし、何故か海外の研究者はこの素晴らしい研究を無視しようとします。残念なことです。今回、紹介します研究成果も海外からのものですので、そこのところを考慮してお読みになってください。

生後まもなく適切な治療を受け成人になった先天性甲状腺機能低下症の母親から生まれた児の精神運動発達についてはデータがありませんでした。最近、欧州内分泌学会誌(5月号, 471-480, 2018)に「先天性甲状腺機能低下症の母親から生まれた児の1才時の発達状態」というタイトルの論文が発表されました。

対象は、適切な治療を受けた先天性甲状腺機能低下症の母親から生まれた児110名と甲状腺機能正常の母親から生まれた児1367名です。1才時にすべての母親に同じ内容のアンケートを送付しました。体の柔軟性、体の動きの調和、意志伝達能力、運動や言語の能力を評価し、比較しました。妊娠中は甲状腺ホルモン剤を調整して甲状腺機能は正常に保っていました。1才時、先天性甲状腺機能低下症の母親から生まれた児と甲状腺機能正常の母親から生まれた児のいくつかの運動精神機能を比較しましたところ、先天性甲状腺機能低下症の母親から生まれた児で若干の異常がみられました。種々の因子(性、早産、出産時体重、母親の年令など)を補正しても、先天性甲状腺機能低下症の母親から生まれた児は、体の動きの調和に障害が多くみられました。この体の動きの調和に障害がみられた児では母親が妊娠糖尿病を併発した人に多くみられました。しかし、この1才時の運動調節機能異常がその後も続くかどうかはまだ分かっていません。もっと年長になると、この異常はみられなくなるかもしれません。これについては、将来の研究に委ねることになります。今回の研究ははじめての報告なので、別の研究者から同じような結果が出るまでは結論をだすことはできません。現時点では、先天性甲状腺機能低下症で妊娠された場合、妊娠中にしっかりと甲状腺ホルモン剤を服用して甲状腺機能を正常に保つことが重要であると考えます。

文責:田尻淳一