甲状腺と脱毛のおはなし
外来で患者さんを診察していると、特に女性に多いのですが、脱毛を訴える人がいます。女性にとって、髪の毛は命の次とまでは言いませんが、かなり大切なものです。若いときは、髪の毛が多かったのに年令が進むにつれて髪の毛が薄くなったと感じている人は多いのではないでしょうか。
もちろん、女性ホルモンが少なくなって若いときほど髪が多くないのは自然の成り行きでしょう。でも、それで簡単に引き下がることはありません。わたしは、脱毛で悩む人に少しでも役立ちたいと思っています。
当院は、甲状腺クリニックですから、患者さんは脱毛が甲状腺と関係しているのではと、心配して来院してくる人も少なからずいます。今回の甲状腺ニュースは甲状腺機能と脱毛症についてお話したいと思います。
脱毛症には円形脱毛症、男性型脱毛症、女性型脱毛症、休止期脱毛症などがあります。円形脱毛症は一番よくみられますが、甲状腺機能異常と関連しているのは休止期脱毛症と考えられています。休止期脱毛症は、休止期に過剰な脱毛が起こる病気です。休止期脱毛症については以下で説明します。
ここで、脱毛症を理解するために毛髪が生えて、そして抜けていく仕組みについて簡単にお話します。毛髪は、毛包(皮膚の内側で毛髪を包んでいる筒のようなものですが、要するに毛穴です)の根本(毛球)にある毛母細胞から栄養分を取り込んで成長します。人間に一生があるように、毛髪にも一生があります。毛髪の一生を毛周期(ヘアサイクル)と呼びます。毛周期は、成長期、退行期、休止期から成り立っています。頭髪ですと、成長期2〜6年、退行期4〜6週間、休止期3〜4ヶ月です。休止期は次の毛周期(成長期)への準備期間と考えてください。
この休止期に甲状腺機能が影響を及ぼすと休止期脱毛症が起こるわけです。甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症で脱毛が起こりやすいことはよく知られています。先に説明した毛母細胞にも甲状腺ホルモン受容体がありますので、甲状腺機能異常症になると毛髪に何らかの異常をきたす可能性があります。しかし、休止期脱毛症と甲状腺機能異常症の関連性についてはいまだ結論が出ていません。
最近、アメリカの医学雑誌で甲状腺機能低下症と休止期脱毛症には関連がみられるという研究が発表されました(Medicine 103: e36803, 2024)。対象は、2012年1月から2022年12月までに甲状腺機能検査を受けた休止期脱毛症の女性患者500人です。脱毛の重症度は、脱毛重症度ツール(SALTスコア:注釈参照)を使用しています。
注釈: 頭皮を4等分(上、前、右、左)し、それぞれの抜け毛の割合を計算します。全体的なSALTスコアは、4つの領域すべてのスコアを加算して、0-100%のスコアが得られます。SALTスコアが高いほど重度の脱毛と判断します。50%以上を重度脱毛症と定義します。
500人の休止期脱毛症の甲状腺機能の内訳は、甲状腺機能正常248人、甲状腺機能低下症150人、甲状腺機能亢進症102人でした。甲状腺機能低下症では、平均SALTスコアが有意に高かった。さらに、甲状腺機能低下症では、重度脱毛症の割合が高かった。反して、甲状腺機能正常と甲状腺機能亢進症の間では、平均SALTスコアに差がありませんでした。
結論として、休止期脱毛症の一般的な原因は甲状腺機能不全、特に甲状腺機能低下症です。甲状腺機能低下症の患者では、甲状腺機能正常または甲状腺機能亢進症の患者よりも重度の脱毛を伴います。著者らは、休止期脱毛症患者を診察する場合、甲状腺機能検査を行うことを勧めています。
豆知識: 休止期脱毛症の原因は、甲状腺機能低下症の他に、ストレス(精神的など)、女性ホルモンの変動(産後、閉経など)、亜鉛不足があります。ここで、意外だったのは、ビタミンD不足、鉄欠乏性貧血も休止期脱毛症の原因に列挙されています。ビタミンD不足、鉄不足には気をつけましょう。
文責:田尻淳一