バセドウ病に対する無機ヨード治療
ヨードは甲状腺ホルモンの原料ですから、バセドウ病の人にヨードを投与すると甲状腺ホルモンが高くなって良くないのではないかと思う人がいるかもしれません。実際に、バセドウ病の人でヨード制限している人がいます。
確かに無機ヨード(昆布など)を沢山摂取すると、甲状腺の中で甲状腺ホルモンが作られるとき、少し難しくなりますが、有機化(無機ヨードがサイログロブリンにくっつくこと)という過程が阻害されます(この有機化が阻害されることをウォルフ・チャイコフ効果と呼びます)。結果として、甲状腺ホルンは作られるのを邪魔され、甲状腺ホルモンは減ります。しかし、この作用がずっと続くと甲状腺機能低下症になります。普通の人では、このウォルフ・チャイコフ効果は48時間で消失します。このことをウォルフ・チャイコフ効果からの「エスケープ」と呼びます。
橋本病やバセドウ病の一部の人は、この「エスケープ」が起こらず、無機ヨードを投与し続けると甲状腺ホルモンが低くなることがあります。橋本病の場合は、低下症になるので良くありませんが、バセドウ病では無機ヨードは治療に使われてきました。
しかし、少し前まではバセドウ病に対する無機ヨード治療は、限定された状況下で短期間使用されてきました。例をあげますと、バセドウ病の手術前のコントロール、甲状腺クリーゼ(バセドウ病の最重症型で生命に危険が及ぶこともあります)などで使用されていたに過ぎません。
ヨード摂取の少ない外国では、バセドウ病にヨードを使うと甲状腺機能が悪化すると考えられているため、バセドウ病の治療に無機ヨードを使用することはあまりしません。しかし、ヨード摂取の多い日本では、バセドウ病に無機ヨードがよく効くことは甲状腺専門家の間でも、以前から常識になっていました。
最近では、軽症バセドウ病や抗甲状腺薬で副作用が出て抗甲状腺薬が使用できない症例に対して、無機ヨードを使用することが多くなってきていました。学会などでも、一時期いくつかの施設から有用性が報告されました。しかし、どこの施設からも欧米の一流雑誌には掲載されませんでした。投稿したが不採用になったのか、投稿自体していなかったのかは不明です。
この手の論文は、日本特有のものであるという一言で却下されることがあるわけです。しかし、ついに日本人研究者が、米国の一流雑誌にバセドウ病の無機ヨード治療の有用性について論文を発表しました。米国内分泌学会が出版している臨床内分泌代謝雑誌『JCEM』の最新電子版に掲載されました。
対象は、抗甲状腺薬で副作用が出て、無機ヨードを使用した44例です。この研究の素晴らしいところは、平均17.6年(8.6〜28.4年)にわたって経過観察している点です。無機ヨードを投与した2/3は有効で、40%は寛解に至ります。しかし、大量の無機ヨードを要する症例は寛解に至るチャンスが低くなるそうです。
今回、無機ヨードを使用した症例は放射性ヨード治療や手術に同意が得られなかった人たちです。抗甲状腺薬の副作用が出て、放射性ヨード治療や手術を勧められている人で、これらの治療に同意できない人は、一度、主治医の先生にご相談ください。無機ヨード治療の使用に適しているかどうかを聞いてみましょう。