内分泌かく乱化学物質と甲状腺
内分泌かく乱化学物質(EDC: endocrine-disrupting chemicals)とは、内分泌系の機能を変化させ、その結果として健康に有害な影響を生ずる外因性物質または混合物で、その数は少なくとも1000以上あると考えられています。最近の研究では、人間の疾病や障害の24%以上が EDCを含む環境要因に起因するという驚くべき事実がわかってきています。
まず、EDCの歴史についてお話します。1962年、DDT(殺虫剤)の環境汚染による繁殖障害が、鳥類や他の種の減少を引き起こす可能性をはじめて警告したのは、『沈黙の春』(レイチェル・カーソン著)という1冊の本でした。それから約30年後の1991年、環境化学物質の専門家の集まりで、人造化学物質と人間を含む動物の健康への悪影響との関連を明確にした合意声明が発表され、「内分泌かく乱化学物質」という用語がはじめて使われました。ここからEDCの研究が本格的に始まったのです。
初期のEDCに対する研究の多くは、EDCが性ホルモンや甲状腺ホルモンに及ぼす影響に焦点を当てていました。近年、EDC研究は内分泌学の他の専門分野(肥満、糖尿病などの代謝疾患)にも広がり、研究者らは有害作用とのさらなる関連性を突き止めています。
ここから、甲状腺とEDCについてお話します。身近なところで、最近、水道水に検出されたことから新聞やテレビなどで話題になっている過フッ素化合物およびポリフッ素化合物(PFAS)と甲状腺の関連について始めましょう。その前に、PFASについて基礎知識を仕入れたいのですが、話が長くなるため最後に記載しますので、参考にしてください。PFASは、数多くの研究から甲状腺機能を阻害すること(甲状腺機能低下症になること)が実証されています。したがって、PFASは現在「甲状腺かく乱物質」と考えられています。
PFASは胎盤を通過することや乳汁中に出ることが証明されていますので、児への影響が懸念されています。現時点では、まだ研究は限られたものですが、それらの研究はPFASが甲状腺系に多世代にわたって影響を及ぼす可能性があることを示しています。甲状腺かく乱物質は、神経発達、胎児、幼児に悪影響を及ぼす可能性があるため、幼少期に最も影響を受ける可能性が懸念されています。さらに状況を悪くしているのは、PFASが4730種を超えるため公衆衛生上の懸念事項になっていることです。
その他、甲状腺に影響を与えるEDCとしては過塩素酸があります。過塩素酸は甲状腺にのみ影響(甲状腺機能低下症を引き起こす)を与えます。過塩素酸塩は、エアバック、火薬、花火、マッチ、信号炎管(鉄道において非常事態が発生した場合に、赤色火炎によって接近する列車に停止信号として使用される)などの原料として使用されています。
これらのEDCとの接触は、空気、食事、皮膚、水を通じて起こる可能性があります。内分泌かく乱物質を完全に避けたり除去したりすることはできませんが、情報に基づいた選択を行うことで、曝露や健康への影響のリスクを軽減することができます。日頃から、EDCについて関心を持ち、情報を仕入れて自分なりにこのような化学物質が含まれている製品などに注意して生活するよう心がけるようにしましょう。しかし、個人の努力だけで解決するほど簡単なことではありません。人間を含む地球に住む生き物すべてを守るためには、人類が、EDCの製造と飲料水の規制を推し進めることが必要であることは自明の理です。
PFASについての説明
PFASとは有機フッ素化合物の総称です。自然界で分解しにくく水などに蓄積することがわかったほか、人への毒性も指摘されており、国際条約で廃絶や使用制限しています。しかし、PFASは、熱・薬品・紫外線に強い、水や油などの液体をはじく、粘着力が小さい、電気を通しにくい、光の屈折が少ないなどといった様々な性質を持っていますので、エネルギー・半導体・電気通信をはじめとする様々な分野で役立っています。具体的には、半導体、リチウムイオン電池、電機・電子・通信、自動車・航空機・鉄道、建築、医療に欠かせないものです。皮肉なことに、このような生活に必須なものが人体には悪影響を及ぼすのです。人類にとって、これはジレンマです。健康と取るか、便利さを取るか。普通に考えれば、健康を取ると考えますよね。しかし、ここに企業、政策立案者の思惑が入ってくるので物事を複雑にしています。将来の地球環境のことを考えると、PFASを含むEDCに対して真剣に取り組む必要性は非常に高まっているというか、もう待ったなしのところに来ているという危機感を持つべきでしょう。
文責:田尻淳一