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甲状腺・副甲状腺の内視鏡手術について
山下弘幸 野口病院 大分

内視鏡手術が開始され約10年が経過し、腹部の疾患たとえば胆石症(胆嚢に石ができ腹痛などをおこす病気)の治療では一般化されています。内視鏡手術がどのようなものなのかおおまかにわかっている方も多いと思いますが、簡単に手術手技の説明から始めます。これは“小さな傷で手術が行えないだろうか”という発想から発展したもので、カメラで必要とする視野を確保し、細い手術器具(組織をわけたり、切ったりする道具)を使って手術をする方法です。具体的には【図1】に示しますように(ここでは副甲状腺の腫瘍をとる手術例)、小さなカメラを挿入するポート(穴)と手術器具を出し入れするポートをつくります。カメラからテレビ画面に拡大した像を映し出し【図2】、それを見ながら手術機具を操作して手術を行います。こういう原理なので、小さな傷できちんと観察できる利点があります。【図3】に術後3週間目の写真を示しますが、頚部の皺(しわ)にそった小さな傷を認めますが、これは数ヶ月するとほとんどわからなくなります【図4】【図5】は甲状腺の4cm大の良性腫瘍で右葉の切除を行った例ですが、この程度の傷で手術が可能でした。【図6】は頚部ではなく鎖骨から約3cm下方で外側に3cmの傷(通常の洋服では見えない)から甲状腺切除を行った例です。しかし、前胸部で手術を行った患者さんの経過をみますと、傷が盛りあがってくる症例があるので(前胸部はケロイドをつくりやすい)【図7】、現在は顎の下からの手術を行うようにしています。甲状腺の手術の場合、切除した腫瘍を取り出すために少なくとも3cm以上の傷が必要となります。

現在、いろんな方法で内視鏡手術を行っております。空気(実際は二酸化炭素)を注入してやる方法から、器具を用いて吊り上げる方法に変更しています【図8】。針金を2本入れますが、細いので傷としては残りません。手術時は、あまり品の良い姿ではありませんが、非常に便利な方法です。手術直後の傷を【図9】に示します。この手術について詳しく知りたい方はHome page<注釈:野口病院のホームページです>の日本語文献のなかに載せていますので参照していただけます。しかし、平成12年6月より、吊り上げを用いずに顎下部の小切開創のみで同様の手術を行っています【図10】

つぎに顎下からの内視鏡手術による甲状腺摘出後3ヶ月、6ヶ月の傷口の写真【図11】【図12】をお見せします。傷に関しては満足できますので、合併症をつくらないよう努力しています。最近の6例では、平均手術時間が1時間程度と短くなっています。

内視鏡手術の利点と欠点
内視鏡手術は腹部の手術(胆嚢摘出術)から始まり、現在では腹部のすべての臓器、肺、縦郭(簡単に説明しますと胸の中で肺以外のところ)、頚部、とあらゆるところで可能となっています。もちろん病気によってはできないこともやらない方が良い場合もあります。内視鏡手術で一番理想的なことは、
  1. きちんとした手術ができる
  2. 合併症が少なくとも通常の手術と同程度である
  3. 小さな傷で手術を行うことができる(美容的に優れている)
  4. 患者さんに対して手術侵襲が小さい(患者さんの肉体的負担が少ない)
  5. 術後の痛みが軽い
  6. 手術時間も通常の手術とかわりない
などが考えられます。通常の胆石症手術の場合、術者が手術に慣れていれば上記のことはすべて満たす可能性は高いと考えます。

当施設では縦郭の良性腫瘍の手術を内視鏡で行っておりますが、この場合はどうでしょうか?
通常の手術(胸骨を電気のこで切断して手術)に比べ、手術時間は2〜3倍に長くなりますが、術後の痛みや美容的にははるかに優れています。
次に甲状腺・副甲状腺についてはどうでしょうか?
小さな傷で美容的には優れており、「1」と「3」に関しては、症例を選べば(患者の病気の種類や状態)問題なく、術後の痛みは特に変わりないのですが、「4」と「6」に関しては否定的です。こう考えると、利点が少ないようですが、頚部(くび)は、腹部と違い、露出部(衣服に隠されていない)であることが大きな意味を持つことになります。「4」と「6」に関しては麻酔技術の進歩により、とくに他の病気のない方はあまり問題になりませんし、今後、技術・器具の進歩より手術時間が短縮されていくと考えます。これは、導入直後の内視鏡下の胆嚢摘出術が非常に大変だったのが、今では日常の手術となったことを考えれば当然のことでしょう。
先にも述べましたが、現在当院では顎下部の小切開創のみで手術を行っていますので、「1」から「6」までのすべてを満たしていると考えています。

甲状腺・副甲状腺のどのような病気が内視鏡手術の適応となるか?
内視鏡手術の技術や器具の進歩により手術の適応は変わってきますが、現在のわれわれの考えは、
  1. 甲状腺の良性腫瘍(5cm以下)で片側(甲状腺は右葉と左葉にわかれハート型になっている)の病気:
    これは、両側にあると現段階では手術時間が長くなること、あまり腫瘍が大きいと悪性(癌)の可能性が高くなることや大きな腫瘍を取り出すためにどこかにそれに見合う皮膚切開が必要になるからです。近い将来には手技の工夫などにより両側の病気も可能と考えます。
  2. 甲状腺の小さな悪性病変(癌)で甲状腺以外には病気がないと判断された場合:
    最新式の超音波(エコー)では小さな癌も細胞の検査と併用することにより診断が可能で、もちろん周囲の転移リンパ節の診断にも有効です。転移がない小さな癌の場合、甲状腺を切除することにより、甲状腺癌で命を失う可能性はほとんどありません。
  3. 副甲状腺(上皮小体)腫瘍のなかで、1つの副甲状腺の病気と考えられ部位の診断がついている場合:
    副甲状腺の病気に関しては別の項を参考にしていただきたい。
以上ですが、患者さんの腫瘍の位置・体型・ケロイド体質・社会的活動など様々な要素がありますので一概には決められないところもあります。われわれの施設では長年甲状腺・副甲状腺疾患の外科治療を行っており、手術創をきれいする工夫をしており、退院時には患者さんに創部(傷)管理の指導を行っています。指導どおりにしていただければ、ケロイド体質でない限り、ほとんど問題のない手術痕になります。それでは何のために内視鏡手術をおこなっているのでしょうか?理由は、われわれ医療側がきれいな傷と思っても患者さんにとっては満足いかない場合もあるからです。最近は病気を治すだけでなく、傷に対する要望が強くなっています。先にも述べましたが、頚部は露出部であることより、なおさら傷に対する要望が強くなるのは当然なのかも知れません。内視鏡手術の利点の一つに切開線の場所を選択できることと思います。たとえば、首を大きく露出するような服を好んで着る方は、見えない範囲(鎖骨より下で外の方)に切開線がくるのを望むかもしれませんし、通常では見えない顎の下や腋の下の切開線を望む方もおられるでしょう。時代が進むとともに患者さんの要望も多種多様になってきますので、甲状腺・副甲状腺の病気の専門病院としては、可能であれば(安全性・確実性などを考慮)それらをかなえてあげたいと考えています。

安全性は確認されているのか?
患者さんにとって一番重要な問題は、内視鏡での甲状腺・副甲状腺の手術は安全に行えるかということでしょう。内視鏡下の副甲状腺の手術に関しては、術前の部位診断(病気の副甲状腺がどこにあるのか診断)ができ、術中の副甲状腺ホルモンの迅速測定(副甲状腺機能亢進症を参照)を行えば合併症なくきちんとした手術ができると思います。副甲状腺機能亢進症は欧米に多い病気で上記の条件で行えば安全性と確実性に関してほぼ確立されています。今年の日本内視鏡外科学会で6施設から内視鏡下の甲状腺手術の発表がありました。甲状腺手術で一番気になる合併症は反回神経麻痺(声帯の運動に重要な神経で麻痺がおこると声がしわがれる)ですが、この頻度は通常の手術に比較し高い印象を受けました。当院では合併症の経験はありませんが、症例が少ないので今までの手術と比較することはできません。しかし、術前の検査で内視鏡手術が安全におこなえるかどうかの的確な判断と術中に危険と判断したら小切開を加えるなどをとることにより、合併症を避けることができると考えています。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 山下弘幸先生は外科医で現在、野口病院の副院長です。 .
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