妊娠中にみられる他の内分泌ホルモンの変化と同じように甲状腺ホルモンも妊娠中に変化する。 |
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正常甲状腺の人でも妊娠中は甲状腺の大きさが少し大きくなる傾向にある。古代エジプトでは、花嫁の首に糸をぴったりと結んでいた。そしてこの糸が切れたら、彼女は妊娠したのだと分かった。もし大きくなったとしても、その大きさの変化は軽度である。原因ははっきりは分かっていないが、胎児にヨードを取られたり、妊娠中には尿中にヨードが沢山失われるために起こるヨード欠乏が何らかの関与をしているのかもしれない。又、胎盤で作られるあるホルモンが甲状腺を刺激しているかもしれない。
何はともあれ妊娠中の軽度の甲状腺腫大はあまり心配はない。しかし、適量のヨードを食塩として調理や食卓で使った方が良い。又、魚は少なくとも週一回は食べるよう心がけるべきだ。
妊娠中には甲状腺機能検査にも少し変化がでる。妊娠によって女性ホルモン(エストロゲン)が増えるために、甲状腺ホルモン結合蛋白(TBG)が増加することにより総T4及び総T3値が高くなる。しかし、活性型であるフリーT4、フリーT3は変化しない。実際には、妊娠後期にはフリーT4、フリーT3は少し減少する。甲状腺が正常なら、これらの変化は全く問題にならない。しかし、妊娠前に甲状腺機能亢進症や低下症がある場合や、これらが妊娠中に初めて診断された場合には、甲状腺ホルモンの変化は重要なものとなる。 |
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未治療バセドウ病ならまず妊娠しにくいでしょう。しかし、抗甲状腺剤により甲状腺機能が正常化したり、アイソトープや手術で治ったら妊娠可能となります。
もし、抗甲状腺剤服用中に妊娠したら、必要最小限の量を飲みながら、症状がひどくなければ、出産予定日の4〜6週前になるとクスリを中止できる。
殆どの症例では、妊娠後期にはクスリを中止できる。何故かというとバセドウ病を引き起こしている自己免疫機序は妊娠後期には弱められて、機能亢進症も軽快するためである。
妊娠中期の3ヶ月間なら手術も可能である。この時なら胎児への影響もなく流産の危険もないからである。時として、甲状腺機能亢進症が妊娠を契機としてでてくる。これは殆どバセドウ病である。症状だけでは診断が困難なこともある。正常妊娠も心拍数増加、動悸、暑がり、発汗増加、神経質、疲れやすいなどの症状があるので。甲状腺機能亢進症があると妊娠週数に比べて体重が増えない。 |
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前に述べたように妊娠中の甲状腺機能検査の変化の為に(総T3及び総T4値増加)、フリーホルモンとTSH値で診断する。
アイソトープ検査は子供の甲状腺に取り込まれるので禁忌である。 |
もし妊娠中にバセドウ病になったら抗甲状腺剤で治療を受けるでしょう。妊娠中期に手術を受ける場合もある。クスリで治療を受ける場合には、前に述べたように出産の6週前よりクスリを中止するでしょう。 |
クスリで治療をした場合は産後に又、クスリをのみ始めるでしょう。ここで問題なのはこのクスリが乳汁中に出ることです。通常は、母乳を与えないよう指示されます。しかし、乳汁中に出るカルビマゾール<注釈:体内でメルカゾールに変換される>やメチマゾール<注釈:メルカゾールのこと>の量は少なく、赤ちゃんの甲状腺機能を注意深く観察していれば、母乳は与えても良いと考えている。 |
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甲状腺機能低下症のときも、亢進症と同じく不妊がよく見られる。しかしながら、甲状腺ホルモン値が正常になると不妊は治る。もし、甲状腺機能低下症で甲状腺剤治療中なら、妊娠中及び産後もクスリをしっかり飲むことが大切である。妊娠中は総T3、T4が正常より少し高めに出るので、少し高いからと言ってクスリの量を減らしたり中止してはいけない。
更に、甲状腺機能低下症で治療中の人の中に、妊娠中に血中TSHが増加する人がいる。このような時には甲状腺ホルモン剤の量を少し増やす必要がある。 |
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産後には甲状腺機能異常がよくみられる。特に産後3ヶ月位によくみられる。この期間によくみられるものとしては、軽い甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症、一過性の甲状腺機能亢進症に続く甲状腺機能低下症がみられる。
最近の研究では甲状腺自己抗体をもつ妊婦の15%で産後3〜6ヶ月してから、何らかの甲状腺機能異常がみられることが分かってきた。一時的な甲状腺機能低下症が最もよくみられる。その他に一時的甲状腺機能亢進症や甲状腺機能亢進症の他に低下になることもある。これらの異常で引き起こされる症状はあまり気付かないかもしれない。
それらの症状を赤ちゃんを育てることや家事をすることによるストレスのせいと思っている。
普通、これらの甲状腺機能異常はすぐよくなるので治療を要しないことが多い。 |
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疲労、うつ状態、体重増加、記憶力低下、集中力低下などの甲状腺機能低下症の症状は単なる産後の気分のふさぎ(産後の肥立ちが悪い)のせいと思われることがある。サイロキシンで治療するとよくなる。多くは、サイロキシン投与は一時的であるが1/4の人では一生涯服用する必要がある。 |
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通常、これは短期間なので特に治療を要しない。しかし、症状が強ければベータ・ブロッカーをのむと楽になる。産後の甲状腺機能亢進症は“無症状の甲状腺炎”と呼ばれる。“無症状”と言う意味はただ症状がないというだけてなく、痛みがなく、腫れていないということである。
この甲状腺機能亢進症は、バセドウ病とは異なる自己免疫機序により引き起こされると考えられている。放射性ヨードの取り込みはほとんどない。
しかし、放射性ヨードは乳中に出るためにこの検査を受けるには4日間授乳を中止する必要がある。無症状甲状腺炎については<第14章>で詳しく述べる。 |
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妊娠中に甲状腺機能亢進症もしくは低下症の治療を受けたとしても、赤ちゃんには影響はない。もし、何か不都合が起こっても医師にちゃんとみてもらっていれば心配はない。 |
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新生児(生まれたばかりの赤ちゃん)の甲状腺機能亢進症は大変希である。
母親が妊娠中にバセドウ病を持っているときか以前バセドウ病を治療した場合にのみこの病気が起こる。血中に存在する甲状腺刺激抗体が妊娠中に胎盤を通って赤ちゃんの甲状腺を刺激するためにこの病気が起こると考えられている。
たとえバセドウ病が治ってしまっていても、この刺激抗体は血中に存在するかもしれない。現実には、バセドウ病を持つ母親の100人に1人より頻度は低いようである。刺激抗体が高いことの多い眼症や前けい骨粘液水腫を持つ人にみられる傾向が多い。
妊娠中に抗甲状腺剤で治療をうけているときには赤ちゃんが甲状腺機能亢進症で生まれてくることは希である。何故ならカルビマゾールやメルカゾールは胎盤を通って赤ちゃんの甲状腺の働きを抑えるからである。 |
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赤ちゃんが甲状腺機能亢進症をもって生まれてくるかどうか予測できるか? |
現在はもちろん過去においてバセドウ病をもっている母親は全て、出産前に胎児を注意深く観察されなければいけない。子宮内での胎児の心拍数が異常に多いときや、超音波で調べて発育が速すぎるときには胎児の甲状腺機能亢進症を疑う。
母親の血中甲状腺刺激抗体が高値であることを知り、胎児が甲状腺機能亢進症をもっている可能性に気付く。
現在もしくは過去にバセドウ病をもっているのなら、可能な限りこの抗体を調べるべきである。もし、子宮内甲状腺機能亢進症の証拠があるのなら、母親に抗甲状腺剤を与えることで胎児の甲状腺機能亢進症を治療する。現在、甲状腺機能が正常もしくは低下しているときには抗甲状腺剤を服用すると、甲状腺の働きが低下するので、それを防ぐ目的でサイロキシンを一緒に服用する。
この薬は胎盤をほとんど通過しないので胎児には何の影響もない。 |
もし生まれた赤ちゃんが甲状腺機能亢進症をもっていたらどうすればよいか? |
非常に希だが、もし新生児甲状腺機能亢進症なら、心拍数が異常に速く、気嫌が悪く、落ちつきがない。
眼症状は軽度である。他に症状としてはよくお乳をのむのに体重が増えない、紅潮した膚、下痢などである。
甲状腺は腫れているかもしれないが、この年令では触診は難しい。血中甲状腺ホルモン値を測定すれば診断はすぐつく。しかし、新生児期は血中T4値がいくぶん高いのが当たり前ということは念頭におくべきである。
治療はヨードと抗甲状腺剤である。幸いなことに、母親から移行した甲状腺刺激抗体は数週から数ヶ月までに消失するために新生児甲状腺機能亢進症はそのうちよくなる。だから、治療は刺激抗体の存在する時期だけで十分である。 |
これも大変希です。妊娠中にバセドウ病をコントロールするために多めに抗甲状腺剤を投与されていたら、理論的には生まれてくる赤ちゃんの甲状腺機能は抑えられているかもしれない。
たとえ妊娠中に甲状腺機能低下症になって、甲状腺ホルモンをのまなければならなくとも、心配はありません。赤ちゃんは8週をすぎるころより、自分の甲状腺で甲状腺ホルモンを作りはじめることを思い出してほしい。しかし、他に新生児にみられる多くの甲状腺機能低下症があるので普通の赤ちゃんと同じように生後5〜10日してから甲状腺機能検査のスクリーニングは受けるべきである(日本では新生児に対しては全員に甲状腺機能検査を行うので心配ありません)。 |
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■問題と解答 |
Q1 |
最初の子を生んだ後、6ヶ月後甲状腺機能低下症になった。今度の産後も同じ様なことが起こるのか? |
お気の毒ですが、又、起こると思います。特にあなたが甲状腺自己抗体が陽性なら、より可能性が高くなります。 |
Q2 |
妊娠中で薬をのんでコントロールされていても、バセドウ病の手術は受けるほうがよいですか? |
妊婦のバセドウ病は少量のメルカゾールやカルビマゾールでコントロールできるし、通常は出産の数週間前より薬を中止できる。産後は多分、又、薬をのみ始めなければならない。現在では妊娠中のバセドウ病の手術は次のような場合にのみ行われる。
1. |
副作用などが出て薬でのコントロールが不可能になったとき |
2. |
薬の量をふやしてもコントロールしにくいとき |
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Q3 |
授乳中での問題点は? |
カルビマゾール<注釈:体内でメルカゾールに変換される>が乳中に出ることだけですが、濃度は大変低いので、赤ちゃんはほとんど影響を与えません。 |
Q4 |
クスリでバセドウ病が治るという保証がありますか? |
残念ながら、ありません。しかし、通常は症状をとるには有効です。 |
Q5 |
産科の医師によると、血中T4値が高いのでサイロキシンの投与量を減らしたいとのことですが? |
妊娠中のため、血中総T4値は高値ですのでこれが高いといって薬の量をすぐ減量することはありません。このような場合に、フリーT4値やTSHを測ると正常です。もし、フリーT4が高くかつ、TSHが抑制されていれば、サイロキシン投与量を減量すべきです。 |
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