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甲状腺インシデンタローマ:甲状腺画像診断にて偶然発見された触診不能な甲状腺結節の取り扱いについて
Thyroid incidentalomas: Management Approaches to Nonpalpable nodules discovered incidentally on thyroid imaging
G. H. Tan and H. Gharib
Ann Intern Med 1997; 126: 226-231(Review)

結 論
最近の超音波は大変性能が良いために、小さくて触診でも触れないような甲状腺結節が多く見つかってきた。これらの甲状腺結節は、ほとんどは良性である。甲状腺画像診断で偶然に見つかったこのような甲状腺結節(incidentaloma)は多くの場合、単に甲状腺の触診のみで経過をみるだけで十分である。

北米では、触診で分かる甲状腺結節の頻度は全人口の4〜7%で、毎年0.1%ずつ増えている。甲状腺結節は特に、女性で年齢が高くなるほど増える、またヨード欠乏地域、過去に首に放射腺被爆の既往のある人によくみられる。
ほとんどの甲状腺結節は良性であり、苦痛の少ない検査で十分診断できるようになった。穿刺吸引細胞診が良性と悪性を鑑別するのに最も信頼性が高いことが証明されています。良性甲状腺結節は内科的に治療できますが、癌の疑いの強いものは手術が選択される。この10年間のテクノロジーの進歩で画像診断の精度が素晴らしくよくなった。その結果、今までは見つからなかったような小さな病変が、副腎、脳下垂体、甲状腺で偶然に見つかることが多くなった。特に、超音波の進歩は目覚ましく甲状腺以外の頚部の検査中に甲状腺結節が、偶然に見つかることが多くなりました。このように、正常と思われていた甲状腺の中に、偶然シコリが見つかった場合、癌かどうかが問題となり、医師も患者も治療をどのようにすべきなのか決めかねます。“インシデンタローマ”と呼ばれるこの病変は、小さくて触診でも触れません。超音波で偶然に発見されることがほとんどです。触診可能な甲状腺結節に対しては、穿刺吸引細胞診を行うことを推奨していますが、このような触診できないような小さな甲状腺結節については、どのように対処すればいいのか結論が出ていません。ここで、我々は、このような偶然に見つかった触診不能な甲状腺結節に対する一般臨床での対応について提案したい。

判断材料となったデータ
過去15年間に発表された主な英文医学雑誌から、頚部超音波や他の画像診断または病理解剖で偶然に見つかった甲状腺結節に関する論文を抽出した。

データ入手法
MEDLINE, Current Contents, Science Editionなどのコンピュータ化されたデータから抽出した。その結果、135の論文が見つかった。

データ解析
触診の信頼性
直径が1cm以上あれば、普通なら触診で甲状腺結節を触れる。しかし、結節が深いところにあるとか、首が短くて太った人では、甲状腺結節を触れにくい。Branderらの研究では、超音波で確認されている甲状腺結節を触診したところ、半数では触診できなかった。さらに、触診できなかった甲状腺結節の約1/3は直径が2cm以上であった。
甲状腺の触診の正確性は医師の経験によるところが大である。Branderらの研究では、触診の正確性と医師の経験がよく相関していたとしている。
以上より、触診は甲状腺結節の多きさを評価するには信頼性に欠けると思われる。
【表1】触診で単発性甲状腺結節がある患者対して超音波を行って、別の甲状腺結節の発見される頻度
著者(参考文献番号)
研究した年 超音波のプローベ
[単位:MHz]
患者数 複数の甲状腺結節の割合
[単位:%]
Scheibleら(17)
米 国
1979 10 73 40
Walkerら(19)
欧 州
1979〜1982 7.5 200 20
Branderら(2)
フィンランド
1987〜1989 7.5 32 48
Tanら(8)
米 国
1990〜1991 7.0 151 48
有病率の研究
1982年にCarrollらは頚動脈超音波検査中に偶然見つかるインシデンタローマは13%であると報告した。
Horlockerらは10-MHzのプローベを使用して1000例の副甲状腺疾患疑いの患者に超音波を行い、462(46.2%)でなんらかの甲状腺に異常を認めた。別の研究では、709人の健常者に対して甲状腺シンチを行い、290人(40.9%)でなんらかの異常がみられた。この290人のうち272人(38.4%)で、甲状腺結節がみられた。Starkらは、副甲状腺機能亢進症の患者で超音波検査中に発見される甲状腺インシデンタローマは40%であると報告している。最近の前向き研究(prospective study)では、北米の住民100人を対象とした超音波の検査では、正常甲状腺の人はたったの33人(33%)であった。67人(67%)の甲状腺結節のうち30人(45%)は多結節性で、15人(22%)は単結節であった。米国以外で行われた研究では、少しインシデンタローマの頻度が低い。フィンランドのBranderらの研究では甲状腺インシデンタローマの頻度は27%ですが、ベルギーのWoestynらは19%,ブラジルのTomimoriらは17%と低い傾向にあります。人種差、地域差、ヨードの摂取などが影響を与えているかもしれません。
【表2】超音波で発見される甲状腺インシデンタローマの頻度
著者(参考文献番号)
研究した年 超音波のプローベ
[単位:MHz]
検査目的 頻度
[単位:%]
Horloskerら(22)
米国
1981〜1984 10 副甲状腺機能亢進症 46
Starkら(23)
米国
1981〜1982 10 副甲状腺機能亢進症 40
Carrollら(21)
米国
1981 7.5 頸動脈 13
Ezzatら(24)
米国
1993 10 前向き研究 67
Branberら(25)
フィンランド
1989〜1990 7.5 前向き研究 27
Woestynら(26)
ベルギー
1984〜1985 5.5 前向き研究 19
Tomimoriら(27)
ブラジル
1995 7.5 前向き研究 17
甲状腺インシデンタローマの癌の危険性
我々はまだ、このような触診不能な甲状腺結節の患者がどのような経過を辿るのかについての知識を持たない。
Mortensenらの研究では、病理解剖をして見つかる甲状腺結節はほとんどが、良性で癌はたったの4.2%であったと報告している。Hermansonらは病理解剖で甲状腺結節のある200人で25人(12.5%)に癌がみられた。
KomorowskiとHansonは病理解剖で、甲状腺疾患のない138人のうち甲状腺癌はたったの3%にみられただけだと報告している。Horlockerらは副甲状腺疾患で手術をした689人のうち14人(2%)でのみ偶然に癌がみられたに過ぎない。これらのうちわけは平均直径3cmの触診可能なもの6例、超音波でしか分からない平均直径1cmのもの7例、超音波でも発見できない偶発癌1例であった。Branderらの研究でアトランダムに選んだ30例の甲状腺インシデンタローマに対して穿刺吸引細胞診を施行し、癌は一人もいなかったという事実からも、甲状腺インシデンタローマの癌の危険性は極めて低いことが想像される。病理解剖で発見される甲状腺癌の頻度は米国では、0.45%から13%で平均3.9%〜4.1%と推定される。同様の頻度は、米国以外の国でも観察される。しかし、長崎、広島、仙台に住む日本人とハワイに住む日本人の病理解剖で発見される甲状腺癌の頻度は18.9%〜28.4%である。
それらの癌はほとんどが乳頭癌であった。FukunagaとYataniの研究では、病理解剖で発見される甲状腺癌67例のうち、66例が乳頭癌であった。病理解剖で発見される甲状腺癌の患者の年齢は40歳から70歳が多い。性差は認められない。SampsonらはMinnesotaと日本の甲状腺癌の頻度を比較し、差がないことを報告している。また、その研究では、年令、性、放射線被爆などとも関連がないことがわかった。
以上の研究結果、特に広島とハワイに住む日本人で甲状腺の頻度に差がなかったことより、病理解剖で発見される甲状腺癌の頻度を調べる場合、遺伝的、社会的、文化的要因を含んだ地域的な差を考慮に入れるべきである。上半身への放射線被爆の既往は甲状腺結節の発生の危険性を増すと言われている。多くの研究から、甲状腺癌の危険が増すことも分かっている。Deaconsonらの前向き研究(prospective study)では、放射線被爆の既往があり甲状腺結節の手術を受けた2118人のうち甲状腺癌の頻度は50%を超えていた。それらのほとんどは乳頭癌であった。
ほかの研究でも、首への放射線被爆の既往のある甲状腺結節の癌の頻度は32%から57%である。甲状腺乳頭癌は進行が緩やかで予後が大変良い。病理解剖で発見される甲状腺癌のほとんどは乳頭癌であり、おとなしい癌なので、保存的治療が望ましい。日本人の病理解剖で発見される甲状腺癌の高い頻度にもかかわらず、甲状腺癌による死亡率は驚く程低い。
甲状腺インシデンタローマの予後
無自覚の甲状腺結節はほとんどが良性であることはよく知られた事実である。Kumaらは、無治療の甲状腺結節の長期予後について報告している。穿刺吸引細胞診で良性と診断された134人の甲状腺結節の患者を9〜11年間フォローしたところ、ほとんどの甲状腺結節は良性のままであった。良性と考えられていたが、経過中に腫瘍が増大してきたために、手術した患者が1人(0.7%)だけいた。結局、この患者は乳頭癌であった。この研究から分かることは、良性甲状腺結節は長期間、良性のままであるということである。ゆえに、我々は、無治療で経過をみていても甲状腺インシデンタローマと触診にて触れる良性甲状腺結節の長期予後は同じであると推測する。

甲状腺インシデンタローマに対する対応についての我々の推奨する方法
画像診断で偶然に見つかる触診不能の甲状腺結節(甲状腺インシデンタローマ)は普通直径1.5cm以下であり、その結節に対してどのようなアプローチをすればよいか臨床家は悩む。甲状腺インシデンタローマは健常人の中で、大変頻度が高いように思われる。超音波の普及や性能の向上などにより、頚動脈、副甲状腺、その他の頚部の超音波検査時に、多くの甲状腺インシデンタローマが見つかってくるでしょう。さらに、触診で単発性甲状腺結節と診断しているものの約50%に超音波でみると多発性結節を持っている。最も重要な問題は、このような触診できないような小さな甲状腺結節をどのように扱ったらよいかということです。我々は、偶然に見つかった小さな甲状腺結節がどれくらい癌になるのかという問いに対して何の情報も持たない。ほとんどの甲状腺インシデンタローマは良性であり、長期間良性のままである。病理解剖や超音波の結果からすると、甲状腺インシデンタローマの癌の可能性は5%以下である。甲状腺インシデンタローマの多さとその結節の癌の頻度の低さを考えると、保存的アプローチが利にかなっていると思える。手術などの積極的治療を考慮するのは、甲状腺癌の家族歴や小児期に首や頭へ放射線被爆を受けた既往のある患者です。放射線被爆は甲状腺結節や甲状腺癌の危険性を増します。過去に放射線被爆の既往のある患者では、触診で触れる甲状腺結節の30%から50%が癌の可能性があります。ほとんどの権威者は過去に放射線被爆の既往のある患者の甲状腺結節は手術することを勧める。しかし、Stockwellらによる治療決定のための解析では、シンチをしないで触診のみで経過をみていて手術を受けた患者の方が、シンチの結果で手術をした患者に比べて手術後の後遺症や死亡率に関して良い傾向にあった。その解析では穿刺吸引細胞診の有効性については、検討していない。超音波での低エコーパターン、結節周辺のハローの欠損、不規則な境界、砂粒小体などの甲状腺癌を疑わせる所見は手術の適応を考慮する有力な根拠になる。
結論として、ほとんどの甲状腺インシデンタローマでは、癌の可能性は非常に低い。さらに、直径1.5cm以下の乳頭癌は発育が遅く、予後が大変良い。そのような小さな甲状腺結節に穿刺吸引細胞診をしたり、手術をすることは必要ないし、実地臨床上にもcost-effectiveではないように思われる。われわれは、甲状腺癌の危険度の低い直径1.5cm以下の小さな甲状腺結節はまず、経過をみることにしている。一方、触診で触れないような小さな甲状腺癌でも時として所属リンパ節や遠隔転移することがあるので、重要でないものとして無視することはできない<注釈:最近、野口病院のNoguchiらは、微小癌の予後についての論文の中で、少数ながら死亡例のあることを報告し、微小癌に対しても注意を要すと述べている:Noguchi S et al. Small carcinomas of the thyroid . Arch Surg 1996;131:187-191>。注意深い経過観察が必要である。直径1.5cm以上の甲状腺結節で、小児期の頚部への放射線被爆の既往、甲状腺癌の家族歴、癌を思わせる超音波の所見のある症例では、次の適切な検査は超音波ガイド下穿刺吸引細胞診である。治療方針は細胞診の結果で決められる。我々は、直径1.5cm以上の良性甲状腺結節でも1.5cm以下の良性甲状腺結節に対して甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は勧めない(この根拠になっているのは、この総説を書いているMayo ClinicのGharib自身のpaper: Gharibet al. N Engl J Med 1987;317:70-75 からであろう。しかし、良性甲状腺結節に対して甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の有効性については、結論は出ていない)。ゆえに、ほとんどの触診できない甲状腺結節は特に治療はしないで単に触診のみで経過観察する。触診で触れるようになって、穿刺吸引細胞診を行う。経過観察中、お金の掛かるシンチや超音波を行うことはまれである。
【図】甲状腺インシデンタローマに対するガイドライン
図
小児期に首への放射線被曝の既往や超音波で甲状腺癌を疑わせる所見のある場合は、超音波ガイド下穿刺吸引細胞診を行うべきである。細胞診で癌と診断されれば、手術で切除しなければならない。細胞診で良性と診断された場合は6ヶ月後に触診による診察を受け、その後は年1回の触診による経過観察とする。直径1.5cm以下の甲状腺結節や超音波で良性所見のものは、年1回の触診による経過観察で十分である。小児期に首への放射線被曝の既往のある患者に対する定期的な甲状腺シンチ検査は推奨しない。甲状腺シンチ検査をしないで、触診のみでの経過観察の方が望ましいと考える。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 甲状腺incidentalomaをどう扱えば良いのかについては、日本でも重要な問題である。今回のGharibの総説でのRecommendationsは甲状腺incidentalomaに対しての経過観察は触診のみで良いというものであった。わたしも、甲状腺incidentalomaはほとんどが良性なので、経過観察で十分と思う。しかし、触診のみでの経過観察には反対である。やはり、年1回程度の診察で触診だけでは不十分である。超音波での経過観察が良いと考える。彼らのRecommendations が日本では当てはまらない大きな原因は、日本と米国での医療費の差にあると思う。超音波を例にとっても日本では甲状腺超音波は3,500円であり、米国では$152から$454(現在のレートに換算して21,200円から63,560円である)と施設間で格差があるものの、日本と比べたら大変高価である。彼らが、超音波をしないのも頷ける。
甲状腺検査及び治療に関する医療費の日米比較

それともう一つ日本との違いは、微小癌の大きさを1.5cm以下としていることです。これはMazzaferriの以前の研究で1.5cm以下の甲状腺癌は予後が良かったというpaperが根拠になっているのでしょう。しかし、この総説でも認めているように1cm以下の甲状腺結節は触診で触れるのは、難しい。1.0cm以下を微小癌とするほうが、良いと思います。
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