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結節性甲状腺疾患に対する甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法
Thyroxine Suppressive Therapy in Patients with Nodular Thyroid Disease
Ann Intern Med 1998; 128: 386-394(Review)
Gharib H & Mazzaferri EL

結 論
穿刺吸引細胞診で良性と診断された甲状腺結節患者は、甲状腺ホルモン剤を投与しないで経過だけ見るのが一番良い方法と思われる。ほとんどの良性甲状腺結節は長期間の経過観察でもサイズ不変であり、ずっと良性のままである。サイズが増大してくる甲状腺結節に対しては、穿刺吸引細胞診を再度施行するか手術がなされるべきである。

目 的
甲状腺結節をもつ患者に対する甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の有効性、実地臨床での重要性、自然経過および副作用について明らかにすること。

情報源
1986年〜1996年12月までに発表された英文で書かれた論文をMEDLINEで検索した。

情報抽出
甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法のrandomized, controlled trialsとnonrandomized trialsの両方とも調べた。ほとんどの研究で、穿刺吸引生検にて結節の細胞診をみている。TRH testや高感度 TSHにて血中TSHが抑制されている記載があれば、治療は十分になされていたと判断した。治療効果は容積が50%以下になったときと定義した。最近の研究では、ほとんどの場合、超音波で容積を測定している。

情報分析
研究結果は、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法はもとんどの場合、無効であるという事実を示している。甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の有効な症例はたった10〜20%程度である。穿刺吸引生検が良性と悪性を鑑別するのに、一番信頼おける検査である。最近の研究では、良性結節のサイズの縮小や完全な消失もそれほど珍しいことではないことがわかってきた。甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法が現在存在する甲状腺結節の増大を抑えるとか、新しい結節の出来るのを防ぐというような証拠はない。また、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は術後の結節の再発の予防としても、頚部への放射線被爆の既往歴のある例以外は、効果がないようだ。甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の起こりうる副作用としては、骨粗鬆症と心疾患である。

最近の医学の進歩は、甲状腺結節の診断と治療に重要な進歩をもたらせた。これらの進歩には、穿刺吸引細胞診、高性能の超音波、高感度のTSH測定がある。甲状腺結節は頻度が高いということを報告している沢山の論文がある。多くの論文では、甲状腺結節の診断は穿刺吸引細胞診によりなされ、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の際の甲状腺機能のモニターのやり方について述べ、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の副作用について論じられている。甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法についての管理のやり方などはここ数年で変わってきたが、専門家の間でこの治療法の有効性に対する賛否両論が今だにある。良性甲状腺結節に対する甲状腺ホルモン剤を多目に投与しTSHを完全に抑制することは患者にとって有益ではないという意見には、いまでは誰も異論はない。TSHを正常下限より少しだけ抑制する程度の低用量の甲状腺ホルモン剤を長期間使用したときの、有効性と安全性については分からない。加えて、以前、甲状腺部に放射線照射を受けた既往のある患者や甲状腺部分切除術を受けた既往のある患者に対して甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法が有効かどうかについても意見の一致をみていない。甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の理論的根拠は、TSHが甲状腺機能や甲状腺増殖の主たる刺激物質であるという事実に基づいている。甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の適応を【表1】に記す。定義によれば、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法とは血中TSHを正常下限以下に抑制する量の甲状腺ホルモン剤を投与している状態です。高感度TSH測定は正常と潜在性甲状腺機能亢進症の区別が可能で、補充量<注釈:TSHを正常にするのを目的とする治療>か抑制量かを決定するのに使用できる。血中TSHの最適抑制値はまだ分かっていないが、良性甲状腺結節に対しては、TSHを0.1mIU/L以下にするほどの完全な抑制は必要ないであろう。今回の総説で我々は、この治療法に対する変化してきた概念、論争を論評し、TSH抑制療法に対する我々の推奨する方法を提案したい。甲状腺癌術後の甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法については、この総説では、述べない。

方 法
1986年から1996年12月までに発表された英語で書かれた論文を、majorな医学雑誌より抽出した。穿刺吸引細胞診により甲状腺結節が良性であると記述し、なおかつTSHの抑制がされている論文だけを選んだ。これらを、MEDLINEから検索した。

データ解析/甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の適応
良性甲状腺結節の確認:甲状腺結節の発見と頻度
触診可能、不可能の単発性や多発性の結節をすべて含む結節性甲状腺疾患という病名は現在使用している単発性甲状腺結節や多発性甲状腺結節という病名よりより分かりやすく正確であり、ちゃんとした研究では正しい組織診断をするべきであることの必要性を示す。【表2】は甲状腺結節の原因をリストで示した。触診だけの診察ならば、単発性甲状腺結節は正常甲状腺組織から区別できる限局性の甲状腺の腫大である。腫大した甲状腺の多発性の結節は多結節性甲状腺種と推定される。しかしながら、触診による診察で単発性甲状腺結節と診断された患者の多くが実は、多発性甲状腺結節を持っている。例えば、ある研究では触診で単発性甲状腺結節と診断されていた151人のうち、超音波で調べると73人では多発性甲状腺結節を持っていた。それらの結節のほとんどは直径1〜1.5cm以下であった。

触診可能な単発性甲状腺結節は北米の成人の4〜7%にみられる。これらの結節は年令が増すにつれて、特に女性、ヨード不足の地方の住民、幼児期や小児期に放射線被爆を受けた既往のある人で頻度が高くなる。甲状腺を詳しく調べると、もっと多くの甲状腺結節が見つかる。30〜50%の人で病理解剖や超音波で見つかるが、その中で癌は非常に希である。臨床家の観点からみれば、触診可能な甲状腺結節のうちで癌は5%以下である。米国の甲状腺癌の頻度は毎年10万人あたり新しく約4人の患者が発生してくるだけである。
多発性甲状腺結節は単発性甲状腺結節に比べて、癌の可能性が低いと考えられているが、これは事実ではない。
5,637人を対象とした研究で、Belfioreらは触診で単発性と診断した結節の癌の頻度が4.1%で多発性と診断した結節の癌の頻度が4.7%であった。この結果はMcCallらの研究結果と同じである。かれらは、病理組織で単発性と多発性甲状腺結節と診断した検体の比較で癌の頻度は変わりなかった。超音波や他の画像診断で偶然見つかった触診不能な甲状腺結節の臨床的な意義は患者によってかなり変わる。しかし、単発性と多発性の区別は以前考えていたより、明確ではない。
最近、TanとGharibは偶然に発見された甲状腺結節(インシデンタローマ)の臨床上の重要性について総説を発表した(参考:甲状腺インシデンタローマ:甲状腺画像診断にて偶然発見された触診不能な甲状腺結節の取り扱いについて)。ほとんどの インシデンタローマは直径1.5cm以下と小さく甲状腺の病気以外を持つ患者が首の画像診断を受けたとき、偶然に見つかる。人種や甲状腺を調べるときの熱意にもよるが、インシデンタローマの頻度は13〜50%である。偶然に発見されたインシデンタローマの頻度の多さと一般住民での甲状腺癌の低い頻度の格差は、ほとんどの インシデンタローマは良性であることを示唆している。しかし、インシデンタローマの中にも癌もあるに違いない。なぜなら、たちの悪い癌でさえも最初は触診できないほどの大きさから始まるからである。さらに、甲状腺には結節を触れないのに、診断がついたときにはすでに頚部リンパ節や遠隔転移がみられる症例がある。インシデンタローマは完全に無視すべきではない。他の研究者も指摘しているように、インシデンタローマは甲状腺ホルモン剤で治療しないで、経過を注意深くみていくべきである。分化型甲状腺癌(乳頭癌と濾胞癌)の予後は腫瘍の直径と関連していおり、甲状腺内に限局している直径1.5cm以下の分化型甲状腺癌の患者はほとんど死亡しないことが分かっている。従って、触診で触れなくても直径1.5cm以上の甲状腺結節では穿刺吸引細胞診を施行した方が賢明である。それより小さい結節は治療をしないで経過だけをみる。6〜12ヶ月後に1回超音波をして、その後はその間隔で触診だけで数年間経過をみる。甲状腺の超音波は触診で異常である患者にのみ行うべきで、触診で異常のない患者にすべきではない。
良性甲状腺結節の確認:甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は穿刺吸引細胞診より優れているか?
短期間の甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は診断の一助として考えられてきた。TSH抑制療法で縮小する結節は良性と考えられる。しかしながら、癌細胞にもTSH受容体が存在するのでTSH抑制療法が効く可能性がある。現に、13〜15%の甲状腺癌ではTSH抑制療法にて腫瘍の大きさが縮小する。TSH抑制療法が効かないからといって、癌であるとは言えない。一方、穿刺吸引細胞診の信頼性の高さは最近の沢山の総説で認められている。7つの施設の合計18,000以上の穿刺吸引細胞診をまとめ、GharibとGoellnerは穿刺吸引細胞診のsensitivityは83%、specificityは92%、総合すると信頼性は95%である。直径1cm以下の結節に対する穿刺吸引細胞診の結果の解釈には注意を要すが、超音波ガイド下の穿刺吸引細胞診や放射線被爆の既往のある場合の穿刺吸引細胞診の診断は信頼性があり、正確である。
例えば、チェルノブイリ地区の患者に対する、穿刺吸引細胞診の甲状腺腫瘍の確認のsensitivityは98%で、specificityは99%、甲状腺腫瘍の予測確率は98%、甲状腺癌の予測確率は95%であった。以上の結果より、良性甲状腺結節と触診可能または触診不能な甲状腺癌や放射線被爆既往のある甲状腺癌との鑑別において穿刺吸引細胞診はTSH抑制療法より優れていることが分かった。
穿刺吸引細胞診における甲状腺癌の偽陰性の危険性を最小限にするために良性甲状腺結節を縮小させるためのTSH抑制療法
医師と患者にとって最大の関心事は穿刺吸引生検の針が病変部にちゃんと当たっていなくて、良性と診断される偽陰性である。この問題を最小限にするために、穿刺吸引細胞診で良性と診断されている症例に対して、TSH抑制療法を行って縮小する群と縮小しない群に区別し、縮小しない群は癌の可能性が高いと考えた。穿刺吸引細胞診での偽陰性の頻度は1〜10%と幅が広い。しかしながら、穿刺吸引細胞診に熟練している施設では、偽陰性の頻度は2%以下である。我々は、穿刺吸引細胞診は適切に行われた場合、正確かつ信頼性のある検査と考えており、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法による確認は必要ないと考えている。穿刺吸引細胞診で良性と診断されている症例に対して、甲状腺癌がどれくらい紛れ込んでいるかを調べている研究が2つある。Boeyらは、穿刺吸引細胞診で良性と診断されている365人を平均30ヶ月フォローしたところ、2人だけが癌であった。偽陰性は0.6%だった。
興味あることに、穿刺吸引細胞診施行13ヶ月後、46%の患者では腫瘍は消失した。もう一つの研究では、穿刺吸引細胞診で良性と診断された439人を平均6.1年フォローしたところ、3人のみが癌であった。偽陰性は、0.7%であった。我々は、穿刺吸引細胞診は信頼性における検査であると結論づけた。穿刺吸引細胞診で良性と診断された結節がフォロー中に大きくならないと仮定したらの話だが、熟練した医師が行えば、偽陰性の率は容認範囲で留まるほど低い。故に、穿刺吸引細胞診での偽陰性を避けるために甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を行うことは余分であると考える。
手術を避けるために美容上の理由で結節を縮小させること
美容上の理由や手術を避けるために行われた結節性甲状腺腫に対する甲状腺ホルモン剤治療の以前の研究では、かなり効果があったと報告されている。しかしながら、1950年から1980年の間に行われた甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の研究をよく検討すると、方法論での不備が判明した。例えば、どのような結節なのかの記載がない;結節の大きさとその変化の測定法が不正確である;効果の定義がなされていない;TSHの抑制状態が記載されていない;ほとんどの研究でびまん性、結節性、ヨード不足の地方性のものが含まれている;コントロールスタディがあるのはほんの2〜3である。結果として、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の有効率は0〜60%と格差がある。さらに、最近の総説でも上で述べた欠点を指摘している。この10年で、数人の研究者が高感度TSHと超音波を使って、単発性と多発性甲状腺結節に対する甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の有効性を検討している。
nonrandomized studyが4つある【表3】。これらの研究の患者の合計は310人でそのうち206人が単発性甲状腺結節である。治療期間は3〜8ヶ月間である。有効の定義を体積が50%以下とすると、有効率は27〜56%である。
最も高い有功率はヨード欠乏地域からの報告である。残り8つはrandomized, controlled studyである【表4】。これらの研究の患者合計は491人で、246人が甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を受け、209人はコントロール群である。偽薬を投与しているのは、4つのみで、残りは無治療である。研究期間は6〜21ヶ月間である。
ほとんどはTSHの抑制を確認するのに高感度TSH測定を用いている。

5つの研究ではコントロールと比べて、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の有効性は証明できなかった。備考として、治療群では治療前に比べて、有意に縮小している。しかし、無治療群でも自然に縮小するために、コントロールとは差がない結果となった。たとえば、Papiniらの研究では超音波でなく、触診で結節を触れなくなった。La Rosaらは治療群がコントロール群に比べて有意に縮小したと報告した(p=0.004)。しかし、縮小したのは直径2.5cm以下の小さい結節のみである。つい最近、同じくLa Rosaらは治療に反応する結節は細胞診のタイプと関連していると報告した;甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法に反応する例(体積が50%以下)は33%であるが、コロイド結節の62%、小さな変性結節の57%が治療で縮小するが、過形成や繊維化した結節は治療に反応しないことを示した。
これらの研究は一般的には、良性甲状腺結節を持つ患者にとって甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法はほとんど有益でなく、結節はしばしば、自然に縮小したり、消失することもあることそして、結節そのものではなく周囲の組織が縮小したために、結節が縮小したと間違えて解釈しているかもしれないことを示している。一部の症例(20%以下)では甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法に対して効果のあることを信じている研究者もいる。TSH抑制療法に効きやすい特徴はTSHが抑制されていない小さいコロイド結節(solid)である。
穿刺吸引細胞診で慢性甲状腺炎と診断されている結節や結節性病変に対してはTSH抑制療法で治療すべきであるということは大体、コンセンサスが得られている。しかしながら、もし血中TSHが上昇していなければ、この治療法を支持する証拠はほとんどない。さらに、TSH抑制療法が結節の原因にどのように影響を与えているかについての証拠は皆無である。しかしながら、ほとんどの結節はsolid colloid(腺腫様甲状腺腫で触診できない多発性結節のうちで単発性結節として触れるもの)やsolid cystic(solidとcysticの混合したもので、病理学的にはいろいろなものが含まれる)であり、これらはTSH抑制療法には効果がないように思われる。
現在ある甲状腺結節の増大の予防
我々は甲状腺結節の自然経過について検討した研究や長期にわたるTSH抑制療法の効果についての研究をほとんど知らない。ほとんどの甲状腺結節は短期間の観察では大きさはほとんど変化しない。時として、大きくなったり、縮小したり、自然に消失することもあるが。Burchは無治療の場合、甲状腺結節の自然縮小するのは0〜35%であると報告している。最近の無治療で経過をみた5つの研究をまとめると、colloid nodules(ほとんどはシンチで取り込のないもの<注釈:多分、腺腫様甲状腺腫のことと思われる)を持つ合計154人のうち、34人(22%)が6ヶ月から3年間経過をみているうちに、体積が50%以下に縮小した。甲状腺結節の大きさは自然に変化するのは明らかである。コントロールと比較した長期間観察した研究のみが、TSH抑制療法が甲状腺結節の増大を予防しているかどうかに結論がだせる。残念ながら、いまだにそのような研究はない。
最近、日本のKumaらは140 人の単発性甲状腺結節の患者を無治療で10〜30年間(平均15年間)フォローした研究を報告している。超音波と触診でフォローした結果、縮小したもの74人(53%)、不変47人(34%)、増大19人(14%)であった。42人(30%)では完全に消失した。消失した結節は超音波で大部分がcysticなタイプであった。
最初のころの検査では、超音波はなかった;穿刺吸引生検はcysticかsolidを鑑別するために使われていた。増大した19人のうち、5人(26%)は手術で癌であった。同じKumaらの報告では、穿刺吸引細胞診で良性と診断した134人の患者を9〜11年 フォローし、結局、1人(0.7%)だけが乳頭癌になった。注目に値することは、最終的には30%で結節は触診で触れなくなったことと13%で縮小したことである。さらに多くのデータがあるに超したことはないが、いままでの研究からある程度の結論が導き出される。無治療の甲状腺結節患者の50%は自然に縮小するか消失する、30%は不変、20%は増大する。縮小するタイプは嚢腫のことが多い、一方増大してくるタイプは癌を念頭に入れるべきである。増大してくる場合には、穿刺吸引細胞診を再度行うか手術すべきである。良性のcolloid nodulesや慢性甲状腺炎に起因する結節は悪性に変化することはない。しかし、濾胞性新生物という細胞診診断がついた濾胞腺腫は癌の可能性が高い。ほとんどの施設で、このタイプの腺腫は手術をしている。この濾胞性新生物に対してまず、TSH抑制療法を勧める研究者もいる。短期間のTSH抑制療法で結節が完全に消失した場合のみしか、癌でないと言えないので我々はこのやり方は支持しない。さらに、濾胞性新生物の診断のついた10〜20%が癌であり、これらの症例は外科的に切除されるのがベストと考える。
頭部、頚部への放射線被爆の既往のある患者の甲状腺結節の予防
幼児期や小児期に頭部、頚部への放射線被爆の既往のある患者では甲状腺の良性および悪性の腫瘍の発生する危険度が増す。甲状腺結節の発生頻度は放射線被爆を受けた年令、被爆量、観察期間、遺伝的要因、ヨード摂取量に依存する。良性および悪性の甲状腺腫瘍は被爆して3年後くらいから出てくる。それから、頻度は毎年2%ずつ増えていき、15〜30年でピークに達する。放射線による甲状腺癌の特徴は癌が多発性であることである。ある研究では、55%が多発性癌であった。これらの癌はほとんどが乳頭癌であり、そのうちの20%では直径1〜5mmの小さなもので、臨床的には問題にならない。単発性結節とは別に微小癌があるかもしれないが、放射線被爆の既往のある患者でも良性甲状腺結節に対する処置は普通の良性甲状腺結節患者と同じである。放射線被爆の既往のある患者の甲状腺結節の評価、治療には一致した意見がない。過去には、甲状腺の大家の一部では、放射線被爆の既往のある患者に対しては、甲状腺が正常でも将来の甲状腺癌の発生を予防するために、TSH抑制療法を勧める人たちがいた。DeGrootはこの問題を調べ直し、放射線被爆の既往のある患者に対して新しい良性および悪性の甲状腺結節の予防には、TSH抑制療法は効果がないことを結論した。放射線被爆の既往のある患者で触診にて単発性甲状腺結節がみつかったら、治療の選択は穿刺吸引細胞診の結果で決めるべきである。穿刺吸引細胞診は放射線被爆の既往のある患者においても、普通の患者と同じく信頼性のある検査である。しかしながら、多発性の結節のために、癌になりやすい患者に穿刺吸引細胞診を行う場合、どの結節を調べるかによって診断が変わってくる問題があり、信頼性に欠ける。甲状腺画像診断はあまり有用ではない。甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法も甲状腺癌を診断するのに有効ではないので、我々は放射線被爆の既往のある患者のある患者での多発性甲状腺結節に対しては甲状腺全摘術を勧めるDeGrootの考えに賛成する。放射線被爆の既往のある患者で触診不能の インシデンタローマが見つかったときの対応のしかたは、Stockwellらが推奨するように、検査や治療をしないで触診のみで注意深くフォローし、触診で結節を触れるようになってはじめて検査をするのが良いと考える。Fogelfeldらは放射線被爆の既往のある患者で良性甲状腺結節の手術を受けている患者を対象に、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法について検討した。この研究では、511人の患者が術後11年間 フォローされた;TSH抑制療法群では8.4%に良性結節ができ、コントロール群では35.8%に良性結節ができた。これは、統計学的にも有意の差である。甲状腺癌の発生率は両群で差はみられなかった。放射線被爆の既往のある患者を甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法で治療すべきか?相反する結果のために、はっきりと推奨する方法を示すのは難しい。放射線被爆の既往のある患者に対しては、触診で結節を触れない場合は、甲状腺ホルモン剤で治療する必要はないが、甲状腺切除術を受けている患者に対しては甲状腺ホルモン剤の治療をするのが望ましい。
結節性甲状腺病変で手術を受けた後の結節の予防
いままではずっと、良性甲状腺結節の術後は甲状腺結節がまたできないように全ての患者に甲状腺ホルモン剤を一生涯投与するのが標準のやり方であった。しかしながら、そのやり方でしても、切除した量や観察期間にもよるが、1年以内に0〜3%再発し、16年経つと19%が再発する。1940年から1980年までは甲状腺結節の術後の新しい甲状腺結節の発生を甲状腺ホルモン剤が予防していることを支持する論文が主流を占めていた。しかしながら、これらは、コントロールがないとか、retrospectiveなものである。1980年以降に出された研究結果は術後の甲状腺結節の予防に甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法が有効であるといういままでの概念に疑問を抱かせるものである。我々はこの問題を扱ったprospective, randomized stdyを4つみつけた【表5】。この4つの研究の患者の合計は299人で、甲状腺ホルモン剤治療群132人、コントロール群167人である。かれらは、良性甲状腺疾患で甲状腺部分切除術を受け、1〜9年間フォローされた。術後の甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は新しい甲状腺結節の発生を予防できなかったとする3つのデンマークからの研究に反して、イタリアからの報告では術後の甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は新しい甲状腺結節の発生を予防できたとしている。イタリアの研究では、3年の観察期間でヨード欠乏地域でなされている。4つの研究のうち2つは術後の評価は超音波で行っている。また、2つの研究では観察期間が短すぎて、信頼性に欠ける。Bistrupらの研究では、100人の甲状腺術後の患者を無作為に甲状腺ホルモン剤投与群と無治療群に分け、9年間観察したところ、新しい結節のできた頻度は甲状腺ホルモン剤投与群15%、無治療群22%であった;統計学的には差はなかった。かれらは、甲状腺術後の患者に対する甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の効果はないと結論した。最近の論文でも、同じ結論のものがほととんどである。我々は、今回の検討のために術後甲状腺機能低下症になっているものを対象とした研究だけを選んだ。

甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の副作用
ここ数年で、新しく開発された高感度TSH測定、骨塩測定装置、高性能超音波により甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の副作用について研究されてきた。TSH抑制をするのに十分な甲状腺ホルモン剤を投与すると特に、骨と心臓に影響を与えることは明らかである。以前より、バセドウ病では骨回転が速くなり、骨塩量低下や骨折の危険が増すことは知られていた。驚いたことに、最近になってようやく甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法がバセドウ病と同じように骨に有害な影響を与えてるのではないかと考えられ始めた。239人の女性で441回の骨塩測定をおこなったmeta-analysisの研究で、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を受けている閉経前の女性では、8.2年の観察期間で年2.7%の骨塩の減少率であり、これは同年令の女性と比べて、変わりない。Schneiderらは、女性ホルモン(エストローゲン)を併用することで、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法による骨塩減少を予防できると報告した。TSH抑制をきたさない量の甲状腺ホルモン剤の投与は骨には影響を与えない。閉経後の女性に対する甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の骨に対する影響については、なるほどと納得する結果が出ている。2つの研究で、閉経後の女性に甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法をおこなった場合に、骨塩量が有意に減少することを報告している。しかしながら、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法によって、骨折が増えたという事実はない。Leeseらによって、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を受けている閉経後の患者の方が骨折しやすい傾向にあると報告しているが、骨折率が大変低いので、骨折率を正確に計るのは難しい。故に、もっと多くの人数での統計的な研究が必要である。
以上より、血中TSHを正常に保つ甲状腺ホルモン剤治療では骨は弱らないが、閉経後の女性では甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法により骨塩量の減少が起こることが結論された。我々は、血中TSHを0.1〜0.5mIU/Lの間に入るように甲状腺ホルモン剤を調節することを勧める。進行癌の場合は0.1mIU/L以下にTSHを抑制する量の甲状腺ホルモン剤を投与する。閉経後でTSHを十分に抑制する量の甲状腺ホルモン剤を投与されている場合は、骨塩の減少を予防する働きのある女性ホルモン剤かビスホスフォネートを併用すべきである。
0.1mIU/L以下にTSHを抑制する量の甲状腺ホルモン剤を投与する場合には、心臓への副作用もでてくる。サイロキシン(T4)は心筋細胞の蛋白合成、細胞内カルシュウム、末梢血行動態、酸素消費、交感神経ー副腎系に直接影響を与える。長期間の甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は心拍数、左室の心筋増大、心房の不整脈を増やす。
心房細動は潜在性甲状腺機能亢進症や顕性甲状腺機能亢進症の5〜15%でみられる。例えば、Sawinらは高齢者で血中TSH値が抑制されている人では心房細動の頻度が3倍に増えていることを報告した。Leeseらは甲状腺ホルモン剤を服用している65歳以下の人では、虚血性心疾患の危険が少しだけ増すと報告した;しかしながら、頻度は甲状腺ホルモン剤を服用していない人と比べて、統計的には差がなかった。ほとんどの人では甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を中止すると、心臓の状態は元に戻る。ベータ遮断剤を使用することで、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法による心臓の副作用をある程度抑えられる。

結論と我々の推奨する方法
穿刺吸引細胞診は甲状腺結節の治療を劇的に変えた。我々は、触診可能なすべての甲状腺結節(多結節性甲状腺腫のなかで大きな結節や甲状腺機能亢進症で触診可能な結節も含む)に対して、穿刺吸引細胞診を行うべきであると考える。触診不能の甲状腺結節が見つかったときは、その結節の直径が1.5cm以上か、多結節性甲状腺腫のうちで一番大きいもの、ハローサインのあるとき、周囲の結節と明らかに違うエコーパターンのあるときは穿刺吸引細胞診を行うべきである。
インシデンタローマの患者は、結節の直径が1.5cm以下なら、TSH抑制療法も必要なく検査もしないで触診のみで経過をみるのが適当である。我々は甲状腺に結節を触れない放射線被爆の既往のある患者に対しても、インシデンタローマの場合と同じように触診のみで経過をみる。ほとんどの施設で穿刺吸引細胞診は信頼性があり、sensitiveで, specificであり偽陰性は1〜2%である。細胞診で良性と診断された人(ちゃんと材料の取れたうちの75%)は触診のみでフォローしても良い。もし、TSH抑制療法をしないのなら、穿刺吸引細胞診をくり返し行う。良性コロイド結節は悪性になることもなく、30%はサイズ不変で、30〜50%では縮小か消失する。甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の有効性については、いまでも結論が出ていない。なぜなら、最近のcontrolled, randomized stdyでも相反する結果がでているからである。約20%の患者で、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法により甲状腺結節が縮小する;それらは、普通直径2.5cmの小さなものである。甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法が今ある甲状腺結節の増大を抑制するのか、新しくできてくる甲状腺結節の発生を抑えるのかについては、分かっていない。明らかに、この問題を解決するためにはもっと情報が必要である;いまのところ、我々は、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は避ける姿勢である。さらに、癌の診断には穿刺吸引細胞診の方が甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法より優れていると思われる。
長期間の甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法による骨粗鬆症や心疾患の危険性は、特に閉経後の女性では無視できない問題である。甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を行う医師はその副作用に常に注意を要す。TSH抑制療法の副作用を最小限にするために、血中TSH値は常に0.1〜0.5mIU/Lの間に保つようにしなければならない。閉経後の女性の場合、骨塩量が同年令の2SD以下なら、TSH抑制療法を行う際には女性ホルモン(エストローゲン)を併用すべきである。エストローゲンが使えないときや副作用が出たときには、ビホスフォネートを併用すると良いかもしれない;しかし、ビホスフォネートがTSH抑制療法の副作用としての骨粗鬆症に効くという臨床データはない。もし、TSH抑制療法を始める前に血中TSHが0.1mIU/L以下ならば、すでに潜在性甲状腺腺機能亢進症があり、そこに甲状腺ホルモン剤を投与すれば、とくに老人の場合は甲状腺腺機能亢進症の症状が出現するであろう<注釈:火に油を注ぐようなものである>。
甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は甲状腺部分切除を受けた患者の甲状腺結節の再発を防止できない。この治療は、患者が甲状腺機能低下症や放射線被爆の既往がない場合は、適応はない。頭部や頚部に放射線被爆を受けた既往のある多数患者を対象としたrandomizedされた研究では、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は良性甲状腺結節で甲状腺の手術を受けた後の新しい結節の発生を防止するということが示唆された。我々の結論としては、ほとんどの患者で甲状腺結節に対して甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法が有益である証拠はない。しかし、その使用をやめさせるべき証拠もない。我々は表1に示した特別の場合を除いて、結節の縮小は医師と患者にとって臨床的にはあまり重要なことではないと信じる。長期間の甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法のcontrolled studyがこれらの疑問を解決するために必要である。コンセンサスが得られているわけではないが、我々は、甲状腺結節に対してTSH抑制療法を行うより経過をみるだけにとどめるべきと信じる。特に閉経後の女性の場合には、結節の縮小という利点より長期間のTSH抑制療法の副作用の危険性の方に重きを置くべきと考える。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 甲状腺良性結節にたいする甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の有効性は20%程度しか効かないという意見には 大体、賛成である。私の経験では28%が容積が50%以下になる。
甲状腺の病気/病気別コース[結節性甲状腺腫]

しかし、甲状腺結節の患者は数が大変多いので、余程の適さない例以外なら、患者さんが望むなら、まず甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法をしてあげるのが、医師としての勤めではないのでしょうか。この場合、有効率はちゃんと情報提示することが、前提です。なあんだそれくらいしか効かないのかと感じて治療をしないか、少数でも効くのなら試したいということを決めるのは、患者さん本人です。この著者らは直径2.5cm以下(容積で8.2ml程度)の小さな甲状腺結節しか効かないかのような記載していますが、私の経験ではもっと大きな甲状腺結節でも容積が50%以下になる例が時としてあります。この人たちは、無駄な手術を回避できたわけです。そのうちの3例を提示します。
【症例1】
【症例2】
【症例3】
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参考文献]・[もどる