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医学の進歩:慢性自己免疫性甲状腺炎(慢性甲状腺炎または橋本病)[総説]
Colin M. Dayan, M.D., Ph. D., Gilbert H. Daniels, M.D.
N Engl J Med 1996; 335: 99-107

1912年に、甲状腺が肥大し、リンパ組織に変わっているように見える4名の女性を橋本博士が記載した(1)(リンパ腫性甲状腺腫)。患者は最初、甲状腺機能低下症ではなかったが、甲状腺の手術後に機能低下症となった。40年以上経って、この疾患を持つ患者に抗甲状腺抗体があることが報告された(2)。今では、橋本病または慢性甲状腺炎は慢性自己免疫性甲状腺炎の1タイプとして認識されている。

国際的に容認された自己免疫性甲状腺疾患の分類はない(3)。一部の研究者は自己免疫性甲状腺炎を組織学的に診断し、2つに分けられると考えている。すなわち、リンパ球の浸潤だけが存在すればリンパ球性甲状腺炎であるし、甲状腺細胞の萎縮やエオジン好性変化と線維化も認められれば橋本甲状腺炎である(4)。慢性自己免疫性甲状腺炎には2つの臨床タイプがある。しばしば橋本病と呼ばれる甲状腺腫性のタイプと萎縮性甲状腺炎と呼ばれる萎縮タイプである。どちらも、血清中に抗甲状腺抗体が存在するのと様々な程度の甲状腺機能障害があるのが特徴である。これらの甲状腺炎の唯一の違いは甲状腺腫の有無である。

バセドウ病(甲状腺機能亢進症、眼症あるいはその両方を伴なうびまん性甲状腺腫)は自己免疫性甲状腺疾患であるが、自己免疫性甲状腺炎ではない(5)。無痛性甲状腺炎は一過性の疾患で、リンパ球性甲状腺炎、無痛性甲状腺腫、甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症またはその両方が特徴である。この病気が出産後に起きた時、産後甲状腺炎と呼ばれる。無痛性甲状腺炎と産後甲状腺炎のどちらも、今では慢性自己免疫性甲状腺炎の発現であると信じられている(6)。亜急性(ド・ケルバン)甲状腺炎、これは痛みと圧痛が特徴のウィルス感染後に起こる甲状腺の炎症であるが、自己免疫性甲状腺炎の1タイプではない。

組織学的特徴
甲状腺腫性自己免疫性甲状腺炎の特徴は、時に胚中心を伴なうびまん性リンパ球浸潤、まばらなコロイドを含むサイズが減じた甲状腺小胞、および線維症である【図1】。小胞は小さいが、個々の甲状腺細胞は肥大しているように見え、顆粒状でピンク色の細胞質(好酸性変化)を含んでいる。このような細胞はヒュルトレ細胞またはアスカナジー細胞として知られている(7)。組織学的所見がリンパ球の浸潤だけである時は、患者の血清中の抗甲状腺自己抗体の抗体価が高い場合にのみ慢性自己免疫性甲状腺炎であると確信を持って診断できるのである。

萎縮性自己免疫性甲状腺炎では、甲状腺は小さく、リンパ球浸潤と甲状腺実質と置き換わった線維性組織を伴なっている。萎縮性自己免疫性甲状腺炎は、甲状腺腫性疾患の末期として考えられがちであるが、最初のバイオプシーから最長20年後に2度目のバイオプシーを受けた患者では組織学的な進行はほとんど認められていない(8,9)
【図1】慢性甲状腺炎の組織像
パネルA:HE染色=175倍 パネルB:HE染色=550倍
図1:パネルA 図1:パネルB
図中のAは萎縮した濾胞を示し、Sは線維化を、Gはリンパ濾胞中心を、Fは好酸性濾胞細胞変性を示す。
[Wanda Szyfelbein博士からの提供]

病因論
T細胞活性化
自己免疫プロセスは、甲状腺抗原に特異的なCD4(ヘルパー)Tリンパ球の活性化で始まると信じられている(10)。そのような抗原特異性T細胞がバセドウ病患者の甲状腺組織から分離されているが、慢性自己免疫性甲状腺炎からはまだ見つかっていない(11)。これらの細胞がどのようにして活性化されるのかはまだわかっていない。現在は2つの仮説に分かれている。一つは、甲状腺のタンパク質と類似のタンパク質を含むウィルスまたは細菌の感染という仮説であり、この概念は分子擬態と呼ばれる。そのような交差反応では、交差反応性シーケンスに特異的なT細胞のみしか活性化されないと予測される。したがって、ごく限られた数のT細胞クローンのみが関わることになる。自己免疫性甲状腺炎患者の甲状腺組織内の限られた数のリンパ球クローン性が報告されているが(12)、この所見にはまだ異論がある(13)。ヒト免疫不全ウィルス<注釈:HIV; エイズ>に対し特異性を持たない抗レトロウィルス抗体の発生頻度の増加(16)だけでなく、最近バクテリアやウィルス感染を受けたという血清学的証拠(14,15)があることが慢性自己免疫性甲状腺炎患者で報告されている。しかし、この疾患を発病させる病原菌があるという証拠はまだはっきりしないままである(17)

もう一つの仮説は、甲状腺上皮細胞がヘルパーT細胞に対する独自の細胞内タンパク質を提示するというものである。この見解は自己免疫性甲状腺炎患者の甲状腺細胞所見で裏付けられているが、正常な甲状腺細胞ではそうでなく、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスIIタンパク質(HLA-DR, HLA-DP, HLA-DQ)(18)などCD4 T細胞に対する抗原提示が必要な分子の発現がある。活性化されたT細胞の産物であるインターフェロンガンマが甲状腺細胞によるMHCクラス分子の発現を誘発することがある(19)。したがって、活性化されたT細胞から放出されるインターフェロンガンマが甲状腺細胞によるMHCクラスII分子の発現を誘発し、それが甲状腺細胞によるT細胞の再刺激につながり、自己免疫プロセスが永続することになるものと思われる(11,20,21)。このモデルでのT細胞初期活性化の基礎にあるメカニズムは明らかではないが、甲状腺自体がT細胞の数をさらに拡大させることから、分子擬態よりもさらに抗原特異性が低いと思われる。この図式はあまりにも簡略化されている可能性があるが、それは多くの非MHC共通刺激分子がT細胞の活性化に必要であり、甲状腺にそのような分子の発現があるということがまだ証明されていないからである(22)
自己抗体反応の発生
いったん活性化されると、自己反応性CD4 T細胞が自己反応性のB細胞を刺激し、甲状腺抗体を分泌させている可能性がある。抗甲状腺抗体にとって3つの主要なターゲットがあるが、それは甲状腺ホルモン用に蓄えられたタンパク質である。
1つ目はサイログロブリン、2つ目は甲状腺ペルオキシダーゼ<注釈:TPO>として認められている甲状腺ホルモン生合成速度を制限する酵素、すなわち甲状腺ミクロソーム抗原(23)、そして3つ目がTSHレセプターである。TSHレセプター刺激抗体とは異なるその他の甲状腺抗原と甲状腺成長促進免疫グロブリンに対する抗体が記載されているが、その性質はまだ完全にわかっていない(24)
甲状腺機能低下症のメカニズム
活性化されたCD4 T細胞がB細胞だけでなく細胞傷害性(CD8)T細胞も甲状腺内に動員する(25)。CD8が直接甲状腺細胞を殺すことが甲状腺機能低下症の主要メカニズムであると信じられている。しかし、甲状腺自己抗体も病因としての役割を持っている可能性がある。抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体は、試験管内の実験では甲状腺ペルオキシダーゼの活動を阻害するが、生体内では主要な影響を持っていないようである(26)。一部の患者は補体を修復する能力があり、甲状腺細胞溶解(27-29)を引き起こす細胞傷害性抗体を持っており、終末補体複合体が甲状腺細胞上に見つかっている(30)。ナチュラルキラー細胞が関与する抗体依存性、細胞媒介性細胞傷害反応も記載されている。生体内でのこれら様々な甲状腺破壊メカニズムの相対的寄与度は不明である。

TSHレセプター抗体もTSHの作用をブロックすることで甲状腺機能低下症の原因となっている可能性がある。これらの抗体が甲状腺腫性自己免疫性甲状腺炎患者の約10%で、また萎縮性自己免疫性甲状腺炎患者の約20%で報告されている(31-33)

TSHレセプター抗体だけが原因で起こる甲状腺機能低下症がどれくらいの頻度であるのかは不明である。サイロキシンでの治療中にこれらの抗体が自然に消失する成人の中で、治療を中止した後も正常甲状腺状態を保つものは40%にしか過ぎない(33)。これは慢性自己免疫性甲状腺炎患者の約5から10%でTSHレセプターブロッキング抗体が甲状腺機能低下症の一因となっていることを示唆するものである。

素因となるファクター
遺伝的ファクター
甲状腺の自己免疫性は家族性である。慢性自己免疫性甲状腺炎患者の1等親の50%までに甲状腺抗体があるが、これは明らかに優性素質として遺伝したものである(34,35)。バセドウ病あるいは慢性自己免疫性甲状腺炎がこの抗体を持つ親族に生じる恐れがある(36,37)。白人で行われた初期の研究では、HLA-B8、DR3ハプロタイプが萎縮性自己免疫性甲状腺炎に関係し、HLA-DR5が甲状腺腫性自己免疫性甲状腺炎に関わっており、これら2つの疾患はそれぞれ別の原因で起こることが示唆されている(10)。日本人では、HLA-DR2またはHLA-DQ1が保護的であるように見える(38,39)。しかし、これらの関連性は弱く、常に再現性があるとは限らない。さらに、特異的なHLA遺伝子座が甲状腺自己免疫抗体あるいは家族内の疾患発現に伴なって分離できないことも多く(36,40)、ダウン症候群患者(16〜28%)や家族性アルツハイマー病患者(42)に甲状腺自己免疫性の発生頻度が高いことから、染色体21が注目された。しかし、ターナー症候群患者の最大50%、特にX同位染色体を持つ者にも自己免疫性甲状腺疾患がある(43)
外的ファクター
慢性自己免疫性甲状腺炎の罹患率はヨード摂取量と相関し、アメリカや日本のようなヨード摂取量がもっとも高い国で罹患率が最大である(44)。ヨードが足りない地域ではヨードを補うことで甲状腺のリンパ球浸潤の発生率が3倍に増え(45)、そのような地域では甲状腺抗体の血清検査が陽性になる率も0.5から5年以内に40%上がる(46)。十分なヨードがある地域では、それ以上にヨードを補うことで可逆性の甲状腺機能低下症を誘発することがある。しかし、ヨードは甲状腺自己抗体のある人にもない人にも甲状腺ホルモン分泌を減少させる。これはヨードが甲状腺の自己免疫性を増大させるというよりむしろ甲状腺ホルモンの生合成と放出を阻害するように働くことを示唆するものである(47,48)。慢性自己免疫性甲状腺炎を持つ甲状腺機能正常の患者は、過剰なヨードが甲状腺ホルモン生合成に及ぼす阻害効果(Wolff-Chaikoff効果)を甲状腺がどうしても受けてしまうためにヨードの抗甲状腺効果に弱いことが予測される(49)。アミオダロンは半減期が長く、ヨード含有量が高い(重量の35%)ためにヨード誘発性甲状腺機能低下症の原因としては多いものである。アミオダロン誘発性甲状腺機能低下症は通常、治療開始から18ヶ月以内に起こり、抗甲状腺抗体を持たない患者に比べ抗体のある患者には発病の可能性が7倍高い(50)

甲状腺機能低下症、それは一過性のことが多いが、リチウムで治療を受けている患者の最高3分の1に生じ、抗甲状腺抗体のない患者に比べ、抗体のある患者の方に多い(51,52)。ヨードがそうであるように、この状態はリチウムが甲状腺ホルモン放出に及ぼす直接的な影響を示しているものと思われる。しかし、甲状腺自己抗体は正常な人よりもリチウムで治療を受けた患者に高い割合で見つかるのである(24%対12%)(52)

甲状腺自己抗体、甲状腺機能低下症、あるいはもっと少ないがバセドウ病または一過性甲状腺機能亢進症が癌や骨髄増殖性症候群、または脊髄形成異常症患者、あるいはインターフェロンアルファで治療を受けている慢性ウィルス性肝炎患者に発症することがある(53-55)。抗体はインターフェロンアルファで治療を受けている患者の最高20%に見つかり、そのうち約5%に臨床的な甲状腺機能低下症が生じる(53,55,56)。どちらの影響も治療を中止すると通常は元に戻る。インターフェロン-2または顆粒球-マクロファージコロニー刺激ファクター(GM-CSF)による治療にも同じような影響がある(57,58)。治療前に甲状腺抗体のあった患者には治療中に甲状腺機能障害を起こしてくる可能性が高い(59)。これとは対照的に、インターフェロンガンマによる治療では本疾患の病因に役割を果たしていると思われるにも関わらず、慢性自己免疫性甲状腺炎を誘発することはない(60)

罹患率
潜在性甲状腺機能低下症
慢性自己免疫性甲状腺炎はありふれたものであるが、診断の基準や研究が実施された時期、および研究対象患者によって報告された罹患率は様々に異なる。診断基準には血清中の甲状腺抗体が陽性であること、血清TSH濃度の上昇、および剖検時に甲状腺へのリンパ球浸潤が存在することが含まれている。イギリスとアメリカでは女性の40から45%、男性の20%にある程度の局所的甲状腺炎が剖検時に見つかる(1平方センチあたり1から10個の病巣)。もっとひどい甲状腺炎(1平方センチあたり40個以上の病巣)を考えると、その罹患率は女性では5から15%に、男性では1から5%に下がる(61,62)

多結節性甲状腺腫や甲状腺癌のようなその他の甲状腺疾患に罹っている患者でも、甲状腺抗体、特に抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体の血清抗体価が低いながらも認められることがある。高抗体価−例えば抗甲状腺ミクロソーム抗体で1:6400、あるいは抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体で1mlあたり200IUを超えるような場合−は慢性自己免疫性甲状腺炎(63,64)またはバセドウ病を強く示唆するものである。1:100より高い抗甲状腺ミクロソーム抗体の抗体価はイギリスのウィッカムとオーストラリアのニューサウスウェールズの調査を行なった地域で女性の10から13%、男性の3%に見つかった(65,66)。しかし、1:6400よりも高い抗体価を持つ被験者は1%に過ぎなかった。甲状腺抗体の検査が陽性となる率は年齢が上がると共に増加し、70歳以上の女性では33%にも達する(67)

十分なヨードがある地域では、血清TSH濃度の増加が慢性自己免疫性甲状腺炎の証拠として見られることがよくあるが、これらの地域の研究では被験者の少なくとも半数が1リットルあたり5mU以上の血清TSH値であり、TSH値が1リットルあたり10mU以上である患者の80%は甲状腺抗体が陽性である(66,68)。デトロイト(69)、バルチモア(70)、およびウィッカム(65)地域で行なわれた調査とイギリスのバーミンガムでの一般診療所(68)の調査では、55歳から60歳以上の被験者の8〜17%に潜在性甲状腺機能低下症があり(血清TSH濃度が高く[1リットルあたり>5mU以上]、血清サイロキシン濃度は正常)、3〜7%は1リットルあたり10mUを超える血清TSH濃度であった(69,71)。これらの高い数値にもかかわらず、顕性甲状腺機能低下症(血清TSH濃度が高く、血清サイロキシン濃度が低い)はウィッカムの女性の1.4%、マサチューセッツ州フラミンガムの高齢女性の3%にしか過ぎなかった(71)。潜在性または顕性甲状腺機能低下症の割合は、男性より女性の方に最大で7倍高く、黒人より白人に最大で2倍高かった(69,72)

臨床症状
慢性自己免疫性甲状腺炎患者には甲状腺機能低下症や甲状腺腫、あるいはその両方が現われる。女性は男性の5〜7倍罹患しやすく、甲状腺腫のある女性の割合は男性より高い(72-74)。ウィッカムの調査では、45歳未満の人の9%にしか甲状腺機能低下症が発症していなかった。45歳以上では、甲状腺機能低下症発病の危険(発生)率が年齢と共に増加しており【図2】、診断された症例の51%は45歳から64歳の間の被験者であった。全体的な診断時の平均年齢は女性で59歳、男性は58歳であった(72)。慢性自己免疫性甲状腺炎は5歳未満の子供にはまれであるが、小児にも生じ、青少年では甲状腺腫の症例の40%以上を占めていた(75)
【図2】英国、ウィッカム地方の女性における年齢別の甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の発症頻度
図2
[Vanderpumpら(72)の厚意にて掲載]
古典的な橋本病(甲状腺腫性自己免疫性甲状腺炎)では、もしあれば錐体葉も含めた甲状腺がびまん性に肥大し、その表面がでこぼこになることが多い。症例の最大13%、特に高齢者では、広範な線維症のために悪性疾患と混同される恐れのある大きな硬い甲状腺腫ができる(76)。甲状腺のサイズの増大は、ごくわずかなものから非常に大きなもの(最大350g)まで様々であるが、ほとんどの症例で甲状腺の重さは約40g(正常な重さの2倍から3倍)である(77,78)。気管や食道、あるいは反回神経を圧迫することはごくまれである。そのような変化あるいは急速な甲状腺腫の成長が起こることがあり、特に線維性の変異形で起こりやすい。しかし、そのような所見には甲状腺リンパ腫や癌の疑いも生じるはずである。頸部に硬いものを触れることは多いが、甲状腺に痛みや圧痛があることはまれである(79)。甲状腺腫が対称性で、患者が単発性結節あるいは多結節性甲状腺腫と間違って見られる恐れもある。定義では、萎縮性自己免疫性甲状腺炎患者には甲状腺腫がない。甲状腺に関連した眼症が慢性自己免疫性甲状腺炎患者に起こることがあるが、それはバセドウ病患者の方にはるかに多い。

診断研究
臨床検査所見
慢性自己免疫性甲状腺炎が臨床的に疑われる場合、診断の確定には甲状腺抗体の検査と血清TSH濃度の測定だけで通常は十分である。慢性自己免疫性甲状腺炎の特徴は、血清中に甲状腺特異的抗体が存在することである。抗サイログロブリン抗体がびまん性甲状腺腫や甲状腺機能低下症、あるいはその両方を持つ患者の約60%で報告されており、また抗甲状腺ミクロソーム抗体は95%で報告されている(64)。抗体価は甲状腺腫タイプの患者よりも萎縮性タイプの自己免疫性甲状腺炎患者の方が高い傾向がある。

ほとんどの検査センターは血液凝集による抗甲状腺ミクロソーム抗体の検査、あるいは酵素結合免疫アッセイまたは放射免疫アッセイによる抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体の検査を行なう。抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体検査での陽性は、抗甲状腺ミクロソーム抗体検査の陽性よりも慢性自己免疫性甲状腺炎の指標としてわずかに感度が高い(63)。しかし、低い抗体価の抗甲状腺抗体が他の甲状腺疾患を持つ患者に存在することがあり、日常の診療では抗甲状腺ミクロソーム抗体検査よりも抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体検査の方がいくぶん有利である。抗サイログロブリン抗体に比べ、両タイプの抗体を持つ頻度が高ければ高いほど、また抗体価が高ければ高いほど、後者の測定は無駄となる(80)

地域社会の調査では、甲状腺抗体の検査が陽性であった人の50〜75%が甲状腺機能正常であった。しかし、25〜50%の人に潜在性甲状腺機能低下症があり、5〜10%の人に顕性甲状腺機能低下症があった。慢性自己免疫性甲状腺炎患者の中には血沈の上昇や多クローン性高ガンマグロブリン血症、単一クローン性高ガンマグロブリン血症、あるいは抗核抗体がある者もいると思われる。
放射性核種画像診断と超音波画像診断
甲状腺腫性自己免疫性甲状腺炎が疑われる患者では、甲状腺の画像診断は必要ない。しかし、時にそれと疑われることなく甲状腺腫の検査の一部として画像診断が行なわれることがある。そのようなケースでは放射性核種スキャンが判断を誤らせる可能性がある。取り込みのパターンがバセドウ病や多結節性甲状腺腫、あるいは機能過剰または機能低下結節とさえそっくりなことがあるからである(81)。放射性核種の取り込みは、甲状腺腫性自己免疫性甲状腺炎患者ではたとえ甲状腺機能低下症が存在しても正常であるのが特徴で、一方亜急性または無痛性甲状腺炎患者では取り込みが低くなっている。超音波画像では、18〜77%の患者にびまん性の低エコー性パターンを伴なう甲状腺肥大が認められたが(77,78)、その所見は特異的なものではなかった。
生険(バイオプシー)
臨床家は、疑わしい結節や急速に大きくなっている甲状腺腫のある患者に甲状腺自己抗体があったからといってそれに気を取られてわき道にそれてはならない。穿刺吸引生険または穿針生険が必要である。穿刺吸引生険は臨床的に疑わしい領域にのみとどめるべきであるが、これは異型性を示す好酸素性細胞が濾胞性新生物と誤って解釈され、不必要な手術につながる恐れがあるためである【図3】(82,83)。進行した悪性リンパ腫の診断にはまず困難はないが、初期の悪性リンパ腫は単形態性のリンパ球の存在や適切な免疫組織学的検査を元に疑われる場合がある。このようなケースでは確認のため太いコア付き針による穿針生険、あるいは試験切開<注釈:手術で組織を少し採取する>さえも適応となる(84)
【図3】慢性甲状腺炎患者から得られた穿刺吸引細胞診の所見
図3
好酸性濾胞細胞の塊がみられる。周囲にリンパ球がみられる。(パパニコロウ染色、600倍)
[Wanda Szyfelbein博士からの提供]

自然経過
無症状患者の進行
慢性自己免疫性甲状腺炎患者では、潜在性甲状腺機能低下症が顕性甲状腺機能低下症に進むことがあるが、その進行はきわめて遅いことが多い。ウィッカム集団の20年間にわたるフォローアップ研究では、臨床的または生化学的甲状腺機能低下症が最初に甲状腺抗体の検査が陽性で、血清TSH値の上昇(1リットルあたり>6mU)があったが、血清サイロキシン値は正常であった女性の55%に生じた。その進行率は1年あたり4.3%であった(72)。最初に血清TSH値の上昇または甲状腺抗体陽性のどちらかがあった(両方ではない)女性では、1名のみが4年後に顕性甲状腺機能低下症になった(66)。しかし、20年間の進行率は血清TSH値が上昇していた人では1年あたり2.6%であり、甲状腺抗体陽性の人では1年あたり2.1%であった。この結果フォローアップ終了時の顕性甲状腺機能低下症の率はそれぞれ33%と27%となった。顕性甲状腺機能低下症へ進行するリスクは女性にくらべ男性が5倍高く、45歳以上の女性では年齢が上がるにつれて著しく増加する。最初の甲状腺抗体抗体価が高ければ高いほど進行率が高いのと同じように、最初の血清TSH濃度が高ければ高いほど、進行率が高いことが予測された【図4】。これらの所見は数件の小規模な短期フォローアップ研究の結果と一致していた(66,86-88)。血清TSH値が1リットルあたり20mUを超えている患者または抗甲状腺ミクロソーム抗体の抗体価が1:100,000より高い患者では、1年あたり25%に顕性甲状腺機能低下症が発症した(87,89)。わずかに上昇しているだけの血清TSH値は正常に戻る場合があり、その後の甲状腺自己抗体検査は約10%の患者で陰性となった(72)
【図4】最初のTSH測定値から20年後の女性における顕性甲状腺機能低下症発症の確率
図4
予想確率は抗体陰性例と抗体陽性例でも調べられている。
[Vanderpumpら(72)の厚意にて掲載]
バセドウ病と慢性自己免疫性甲状腺炎
バセドウ病が時に、慢性自己免疫性甲状腺炎による甲状腺機能低下症患者に発症することがある(90)。これは後者の疾患が必ずしも甲状腺の非可逆的な破壊の原因とはならないことを証明するものである。対照的に、抗甲状腺剤または甲状腺の部分切除による治療後に甲状腺機能正常状態にあるバセドウ病患者では、慢性自己免疫性甲状腺炎によると思われる甲状腺機能低下症が10から25年後に約10から20%の患者に生じてくる(91-93)
甲状腺リンパ腫
甲状腺リンパ腫は非常にまれであるが、慢性自己免疫性甲状腺炎の深刻な合併症である。慢性自己免疫性甲状腺炎のある5,592名の日本人女性を平均8年間フォローアップしたところ、0.1%に甲状腺リンパ腫が生じ、その罹患率は予想よりも80倍高かった(94)。甲状腺リンパ腫患者の80〜100%に慢性自己免疫性甲状腺炎の証拠が周辺組織に認められ、67〜80%に甲状腺抗体がある(95-98)。リンパ腫は普通、ホジキンのB細胞タイプではなく、高齢の女性に起こる傾向がある(50から80歳)。そして、大抵は甲状腺内に留まっている(96,97)。放射線療法単独または化学療法との組み合わせでは、5年生存率は13〜92%にわたっている。65歳以上で、組織学的に高度な急速に成長する大きな腫瘍がある患者の予後がもっとも悪い(97,99)

慢性自己免疫性甲状腺炎と妊娠
潜在性甲状腺機能低下症は受胎率の低下と関係がある。甲状腺抗体が存在するだけなら受胎率に影響することはないが、自然流産の率が正常な流産率の2倍になり(100)、習慣性流産を起こす女性の方により多い傾向がある(101)。これらの所見は甲状腺抗体の毒性効果よりも自己免疫性を生じる方向へ進む一般的傾向を表すものと考えられている。慢性自己免疫性甲状腺炎の母親(萎縮タイプの方がはるかに多い)から生まれた乳児の約5%に一過性の甲状腺機能低下症があり、これはTSHレセプターブロッキング抗体が胎盤を通るために引き起こされるものである(102)

妊婦にもっとも多い慢性自己免疫性甲状腺炎の合併症は、産後甲状腺炎である。この疾患は出産後2〜6ヶ月して起こるのが普通であるが、24時間放射性ヨード取り込みが低い甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症、あるいは甲状腺機能亢進症の後の機能低下症という臨床的特徴がある。この疾患は1年以内に自然に治る(103)。ヨードが十分な地域では、妊娠中または産後に甲状腺抗体が陽性であった女性の35から85%に産後甲状腺炎が起こる。これに比べ妊婦全体では4から9%である(104-106)。最初に回復はするものの、約25%の女性は4年以上経ってから顕性甲状腺機能低下症になる(107,108)

治療法
甲状腺機能低下症
顕性甲状腺機能低下症患者はすべてサイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>で治療すべきで、その用量を血清TSH濃度が正常になるように調節しなければならない。高齢患者、特に長い間甲状腺機能低下症症状が続いていたか、あるいは虚血性心疾患を併発している患者では、治療を低用量(1日12.5〜25μg)で開始し、4週〜6週間隔で量を増していくようにしなければならない。そうすれば用量を変える毎に血清TSH濃度が安定した値になる。ほとんどの女性で、妊娠中は正常な血清TSH濃度を保つのに必要な用量が25から50%増加する。

潜在性甲状腺機能低下症患者でのサイロキシン治療の役割についてはより一層の論議がある(109)。潜在性甲状腺機能低下症患者で行なわれた2件のサイロキシン治療のプラセボ比較対照試験では、症状のスコアは改善した。しかし、これらの研究の一つでは患者の大多数が慢性自己免疫性甲状腺炎の治療より甲状腺機能亢進症治療後の甲状腺機能低下症の治療を受けていた(および1リットルあたりの血清TSH濃度が39mUまで)(110)。もう片方の試験では血清TSH濃度を正常にする用量ではなく、一定量の投与を受けていた(111)

私どもは患者に甲状腺機能低下症をうかがわせる何らかの症状があり、血清TSH濃度が1リットルあたり10mUより高く、患者が顕性甲状腺機能低下症に進む危険性が高い(甲状腺抗体検査が強陽性、年齢が45歳以上、あるいは男性であることから)場合、心疾患がなければ治療を勧めている。治療よりも調査を行うつもりであれば、血清TSH濃度を6ヶ月以内に測定し、その後は1〜2年おきに測定するべきである。

慢性自己免疫性甲状腺炎により生じた甲状腺機能低下症をサイロキシンで1年以上治療を受けた患者のうち、最大24%が薬剤を中止した場合も正常甲状腺状態を保つ(33,112,113)。そのような寛解は、TSHレセプターブロッキング抗体の消失(33)またはサイトカイン、リチウム、アミオダロンあるいはその他のヨード含有薬剤治療の中止によるものと思われる。寛解はサイロキシンの量を減じたり、薬剤を中止したりして確かめることができる。寛解の検査は、出産後1年以内に診断がなされたか、患者がヨードの含有量が非常に高い、または低い食物を食べている場合、あるいは関連薬剤の投与、またはサイトカイン治療を受けている場合に実施すべきである。しかし、甲状腺抗体検査が陽性の甲状腺機能低下症患者の大多数では、サイロキシン治療を中止して寛解を調べることは患者が要求した場合にのみ行うようにすべきである。自然に良くなる甲状腺機能低下症は、未診断の無痛性甲状腺炎や産後甲状腺炎、あるいはウィルス性甲状腺炎によっても引き起こされることがある。
甲状腺腫
サイロキシンが甲状腺腫性自己免疫性甲状腺炎のある甲状腺機能正常の患者にその甲状腺腫を小さくするために投与されることがある。患者の50〜90%で、サイロキシンによる治療を6ヶ月行った後、最初の血清TSH濃度にはかかわりなく甲状腺腫のサイズが平均30%減少する(9,114,115)。治療中に甲状腺抗体の抗体価も下がることがある。そして、もしあれば甲状腺の圧痛も緩和される場合もある(116,117)

他の疾患との関係
慢性自己免疫性甲状腺炎は一般集団に普通に見られるものであるが、その罹患率は多発性内分泌腺新生物タイプ患者(70%)やPOEMS症候群のある患者(ポリニューロパシー、臓器巨大症、内分泌病、Mタンパク質および皮膚の変化)(50%)、ターナー症候群患者(50%)、アジソン病患者(20%)、ダウン症候群患者(20%)だけでなく、その他の疾患のある患者で高い。これらの疾患のある患者では血清TSH濃度を定期的に測定するべきである。

結 論
慢性自己免疫性甲状腺炎はもっとも多く、もっとも広範に研究されているヒトの臓器特異性自己免疫性疾患である。甲状腺の肥大を臨床的に検知できるようになり、きわめて感度の高い甲状腺抗体やTSHの検査が利用できるようになったことから、以前は認識されていなかった無症候性疾患が数多く明らかにされた。橋本氏により最初に記載された症例にあるように、永久的な甲状腺機能低下症は避けられないものではない。進行性の疾患は甲状腺抗体の抗体価が高いことや血清TSH濃度の上昇で、特に45歳以上の患者や甲状腺萎縮を伴なう患者ではその徴候を知ることができると思われる。甲状腺の自己免疫性開始と疾患の進行を促進する基本的メカニズムは不明のままである。

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