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[005]
患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 14, No2

23:甲状腺ホルモンの働き / Stephanie L. Lee, M.D., PhD.

甲状腺ホルモンは正常な発達や発育、そしてほとんどすべての体の機能に必要なものです。胎児の時に甲状腺ホルモンが足りなければ、子供に知恵遅れを伴う重症の発育と発達の障害が起きることがあります。子供の頃に甲状腺ホルモンが不十分であれば、成長が遅れ、思春期が始まらないことがあります。成人で、甲状腺ホルモンの量が不適切であれば、疲労や体重の増加、月経不順、便秘、筋肉の痙攣が起きることがあります。その反対に、甲状腺ホルモンが多すぎるか、または甲状腺機能亢進症では頻脈や時には不整脈が起きたり、不安や震え、発汗、暑く感じること、そして体重減少が起きることがあります。

甲状腺ホルモンが多すぎたり、あるいは不十分であることがそのような様々な症状を引き起こすのでしょうか。甲状腺ホルモンの体内での働きには数多くのレベルがありますが、主な作用はほぼすべての体細胞の遺伝子を調節することです。
これから甲状腺ホルモンがどのようにしてこの調節を行うのかを分子レベルで述べることにします。

T4とT3
甲状腺ホルモンは2つの活動型、レボサイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)のことを表わす一般的な言葉です。T4にはヨード原子が4個あり、正常な甲状腺で作られる甲状腺ホルモンの最初の形です。この形のものは甲状腺機能低下症の甲状腺ホルモン治療に好んで使われます。もう一つの形の甲状腺ホルモンはT3で、ヨード原子が3個あり、T4の約100倍の活性を持っています。

T3の一部は甲状腺で作られますが、体内にあるほとんどのT3はT4からヨード原子が1個取れてできるものです。ヨード原子を取り除くのは脱ヨード酵素(ディイオディナーゼ)と呼ばれる酵素です。脱ヨード酵素は肝臓や腎臓を含む体内の様々な場所に見られます。T4からT3へ転換する量は、感染や炎症、栄養失調を含む多くの病気やいろいろな薬によって減少します。

甲状腺ホルモンが甲状腺で作られた後、血液中に放出され、体中に行き渡ります。血液中を移動する2つの形の甲状腺ホルモンの99%以上は、蛋白質と結びついています。この甲状腺ホルモンは、その担体タンパクと結びついている間は不活性で、体の細胞に作用する活性ホルモンは、血液中で測定できる総ホルモンのごくわずかしか(1%以下)ありません。甲状腺ホルモンが血流を介してホルモンを必要とする場所に届いた後、蛋白質と離れて目標とする細胞に入っていきます(【図1】参照)。

細胞内部
細胞内に入ると、甲状腺ホルモンはT4からT3に転換することが多く、【図1】に示したようにT3は核と呼ばれる細胞内の特別な場所に入っていきます。

次に、甲状腺ホルモンがどのようにして実際に遺伝子に作用し、その発現を変えるのか理解しやすくするため、遺伝子とは何かということから述べることにします。

遺伝子は私達が26対持っている染色体の上にある情報ユニットで、DNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれる化学物質でできています。遺伝子には2種類の領域があります。細胞にある特定の蛋白質を作るように告げるDNAのパターンからなる蛋白コード領域と細胞に特定の蛋白質をいつ、どこで、どれくらい作るのかを告げる調節領域です(【図1】の挿入図を参照)。

甲状腺ホルモンは、事実上、体内すべての細胞核内にある甲状腺ホルモンレセプターとT3が結びついてからしか作用しません。甲状腺ホルモンレセプターの構造は、エストロゲンやテストステロン、グルココルチコイドのようなホルモンを含む“ステロイドホルモン族”と呼ばれる他のホルモンのレセプターと同じものです。レセプターは2つの部分に分かれています。一つは核内のDNAと結合し、もう一つは甲状腺ホルモンと結合します(【図2】参照)。

T3が甲状腺ホルモンレセプターと結合した後、T3−レセプター複合体は目標遺伝子の調節域内にある“甲状腺ホルモン応答要素”(短縮してTRE)と呼ばれる特別な配列を持つDNAと結合します(【図1】の挿入図参照)。

甲状腺ホルモンがそのレセプターと結合し、TREにくっつくと、T3−レセプター複合体は特定の遺伝子の発現を増したり、減らしたりして、最終的には細胞が作り出す特定の蛋白質の量が増したり、減ったりすることになります。

鍵と鍵穴
甲状腺ホルモンとそのレセプターは、遺伝子という門を開けるための鍵と鍵穴のように働くと想像してみてください。正しい鍵(ホルモン)が鍵穴(ホルモンレセプター)に差し込まれた後に、初めて錠前の機構が動き、門が開いたり閉まったりするわけですが、これで遺伝子の発現が増えたり減ったりすることになります。副腎のステロイドホルモン、あるいは脳下垂体ホルモンのような他のホルモンは、甲状腺ホルモンの代りをすることはできません。これはその鍵が鍵穴(甲状腺ホルモンレセプター)に“合わない”からです。

T3の活性がT4の100倍以上ある理由は、T3が甲状腺ホルモンレセプターにT4の100倍以上結びつきやすく(別の言い方では鍵が鍵穴に合いやすく)、遺伝子をより効果的に活性化するためです。

細胞特異的作用
体内の異なった場所で甲状腺ホルモンが違う働きをするのはなぜでしょうか。例えば、活発すぎる甲状腺のある患者では、心拍が速くなり、鼓動の力も強くなりますが、腎臓への影響はあまりはっきりしません。甲状腺ホルモンレセプターが体中のどの細胞にもあるのなら、甲状腺ホルモンが腎臓より心臓の方に大きな影響がみられるのはなぜでしょうか。これは明らかに甲状腺ホルモンの作用が不均等なためで、甲状腺ホルモンの“細胞特異的作用”と呼ばれています。研究者は直接T3のレセプターやDNAへの結合能力、また他の蛋白質との相互作用を行う能力を変えたりする実験をして、この疑問に積極的に答えようとしています。まだ答えは明らかにされていませんが、甲状腺ホルモンが体の様々な組織に異なった効果を持つことを理解する糸口がいくらか見えてきました。

アルファレセプターとベータレセプター
組織の中で体が差をつける一つの方法は、大きく分けて2種類の甲状腺ホルモンレセプター(TR:Thyroid hormone receptorの略)、TRアルファレセプターとベータレセプターと呼ばれるものを備えることです。T3レセプターには主に4種類の形のレセプターがあります。TRアルファ1、TRベータ1、TRベータ2、TRアルファ2です。過去数年間に、TRベータ1のようなこれらのレセプターのあるものは作用を及ぼす遺伝子を選択するものの、TRアルファ1のような他のレセプターはT3レセプターに対する結合場所があるすべての遺伝子に作用するらしいということが明らかになってきました。

選択的な甲状腺ホルモンの作用は、そのレセプター特有の位置によっても決まります。例えば、TRベータ2レセプターは脳下垂体にしか見られませんが、このため脳下垂体の蛋白質にだけ作用することになります。さらに、もう一つのレセプターであるTRアルファー2はT3とはまったく結合しませんが、様々な遺伝子の調節域にあるTRE部には結合することができます。TRアルファー2は遺伝子の調節域上にある結合部と競合している可能性も考えられ、T3と結合できるT3レセプターの活性型の内の一つの機能を阻止している可能性があります。

多重結合
研究者は、T3レセプターが単一のコピー(モノマーと呼ばれます)、あるいは2つのコピー(ダイマーと呼ばれます)としてT3レセプター補助蛋白質(TRAP)と呼ばれる他の蛋白質と一緒にDNAに結合することがあるため、T3に特有の作用が起きるのかもしれないとも考えています。このようなものにはレチノイン酸レセプターやビタミンDレセプター、そしてレチノインXレセプターがあります(【図3】参照)。

遺伝子の発現に及ぼす甲状腺ホルモンの相対的効果は、T3−レセプター複合体がTRE結合部に結びつく強さにほぼ相関しています。いちばん活性が低いのはT3レセプターモノマーであり、いちばん活性が高いのはT3レセプター−TRAP複合体です。このため、細胞への甲状腺ホルモンの効果はこれらの細胞内に見られるT3レセプターの形態によって調節されている可能性があります。TR結合部でモノマー、ダイマーあるいはT3−TRAP複合体ができるかどうかであり、つまりはT3レセプターとTRAPタンパクの相対量がどうかということです。

将来に向かって
この素晴らしい複雑なしくみにより、体の中の各組織内のそれぞれの細胞が甲状腺ホルモンに様々な反応をすることができるのです。このタイプの甲状腺研究では、今後も引き続き甲状腺ホルモンがどのように甲状腺ホルモンレセプターを通じて作用するかを正確に理解することに主眼がおかれるでしょう。

多くの国で国際的な研究の努力が行われていますが、それはこれらの疑問への問い掛けを行うことです。将来出されるブリッジで、現在次々に発見され、特徴が明らかになりつつある数多くのT3レセプターの異常(突然変異)について述べる予定です。これらの突然変異は様々な組織での甲状腺ホルモンへの異常反応を引き起こしますが、同時に正常なT3レセプターが健康人と病人ではどのように働いているのかについての情報も与えてくれます。

Stephanie L. Lee博士はボストンのタフツ大学医学部助教授であり、またライフスパン−ニューイングランド医療センターの糖尿病、代謝および分子医学科甲状腺疾患センター所長を務めています。

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