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バセドウ病の原因:TSHレセプター抗体のやさしいお話
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

はじめに
現在、バセドウ病の原因はTSHレセプター(受容体)抗体と考えられています。すなわち、自己免疫説です(自己免疫についてはこちらで説明していますので、参考にしてください)。この説に到達するまでに甲状腺自体の異常説、自律神経説、下垂体説(TSHが原因)などいくつかの原因が考えられてきましたが、すべては違っていました。TSHレセプター(受容体)抗体についてお話しする前に甲状腺についての基本的なことについて説明します。しばらく我慢してください。

甲状腺のやさしいお話
甲状腺は濾胞という甲状腺ホルモンを作り出す小さな工場が沢山集まった集合体のようなものです。一つの濾胞は球形をしており、内腔は空洞でサイログロブリンというタンパク質で充満されています。濾胞は周囲を一層の濾胞細胞で覆われています。この濾胞細胞の中で甲状腺ホルモンが作られ、サイログロブリンの一部にくっついて濾胞内腔に貯蔵されます。そして、甲状腺ホルモンが必要になったときにサイログロブリンから遊離して、血液中に出ていきます。必要時にいざ出陣という具合にです。このあたりの調節をしているのが甲状腺刺激ホルモンです。甲状腺刺激ホルモンはTSHとも言われ、脳の下垂体というところから出てくるホルモンです。甲状腺を刺激して、甲状腺ホルモンを作らせたり、甲状腺を大きくする働きがあります。甲状腺濾胞細胞の表面にTSHレセプター(受容体)があります。これは、TSHがここに結合して働きを開始する鍵穴のようなものです。TSHは鍵です。この鍵が鍵穴に差し込まれて、甲状腺ホルモンが作られ、甲状腺が大きくなるのです。

甲状腺の基本的なお話はここまでです。お疲れ様でした。またTSHレセプター抗体の話に戻りましょう。

TSHレセプター抗体が見つかるまでのお話
一時期、このTSHがバセドウ病の原因であると考えられた時期がありました。何故かというと、TSHは甲状腺を刺激して、甲状腺ホルモンを作らせ、甲状腺を大きくする働きがあるからです。まだ、血液中のTSHが測れないころの話です。TSHが測定できるようになって、予想に反してバセドウ病患者では、血液中のTSHが高くないのです。正常の人と同じでした。そのころのTSH測定は現在のように低いところが測れない感度の低い測定法でした。現在の高感度TSH測定法で測ると、バセドウ病患者ではTSHは感度以下で異常低値を示します。このことは、TSH以外の甲状腺を刺激する物質が血液中に存在することを意味しています。すなわち、そのTSH以外の甲状腺を刺激する物質が甲状腺を刺激して、血液中の甲状腺ホルモンが高くなり、下垂体がそれを感知して下垂体からTSHの分泌を抑えるのです。これはエアコンのサーモスタットと同じ機構です。これが、非常に敏感に調節されています。甲状腺ホルモンが少し高くなると、TSHはすぐに低くなります。このように、TSHが低くなっているのはTSH以外の甲状腺を刺激する物質が血液中に存在し、甲状腺ホルモンを高くしているためなのです。まさしく、この物質がバセドウ病の犯人なのです。

このTSH以外の甲状腺を刺激する物質の存在にはじめて気づいたのは1956年のことです。この物質は甲状腺を刺激するが、TSHに比べて甲状腺を刺激するまでに時間がかかり、甲状腺を刺激する時間が長く持続することから、LATS(long acting thyroid stimulator)と命名されました。LATSを分かりやすく日本語で表せば、「長時間甲状腺を刺激する物質」という意味です。それ以後、多くの学者がこの物質について研究を重ねました。その間に、そのTSH以外の甲状腺を刺激する物質は様々な呼び名で呼ばれました。この物質は免疫グロブリンのIgGに属する蛋白であり、TSHレセプター(受容体)に対する抗体であることが分かってきました。この抗体は自己抗体といいます。元来、抗体は細菌やウィルスのような自分以外の外敵に対して作られる迎撃用兵器のようなものです。しかし、自分の体の一部を自分以外のものと間違って認識し敵と思いこんで抗体を作る人がいます。バセドウ病の原因物質、TSHレセプター抗体もこのような自己抗体の代表選手です。

TSHレセプター抗体はどのようにはたらいているのか?
このTSHレセプター抗体(すなわち鍵ですね)は、まず甲状腺濾胞細胞の表面にある受容体(レセプター:すなわち鍵穴ですね)に差し込まれ、甲状腺ホルモンを作ったり、甲状腺を大きくします。TSHレセプター抗体は、1]まず第一段階として、甲状腺濾胞細胞の表面にある受容体(レセプター)に差し込まれるときに、TSHという別の鍵が差し込まれるのを邪魔するのです。自分がちゃっかりとその鍵穴に差し込まれるのです。ずるいヤツですね。それだけではなく、2]第二段階で、甲状腺までも異常に刺激するのです。本当に悪いヤツです。

現在、TSHレセプター抗体と呼ばれるものには2つがあります。TBIIとTSAbです。
  • TBIIはTSH-binding-inhibitory-immunoglobulinの略で「TSHがTSHレセプターにくっつくのを邪魔する免疫グロブリン」という意味です。これはTSHレセプター抗体の悪行の第一段階、すなわち、甲状腺濾胞細胞の表面にある受容体(レセプター)に差し込まれるときに、TSHという別の鍵が差し込まれるのを邪魔するところを見ているのです。どれくらい邪魔するかを数字で表します。100%邪魔したら、一番悪いわけです。10%以下の邪魔なら、まあ許されます。これが正常値です。
  • TSAbはthyroid-stimulating-antibodyの略で「甲状腺を刺激する抗体」という意味です。これはTSHレセプター抗体の悪行の第二段階、すなわち、甲状腺を異常に刺激することです。これもどれくらい刺激するかを数字で表します。難しい話になりますが、c-AMP(サイクリックエイアムピーと読みます:adenosine monophosphate)というリン酸化合物をどれだけ作るかでみます。ある基準値を決めてそれを100%とします。180%以下が正常です。これが高いほど刺激性が強いことを意味します。

実際の診療でのTSHレセプター抗体の役割
TBIIとTSAbは、保険で適応があり、コマーシャルベースで測定可能です。バセドウ病の80〜90%で陽性になります。まず、バセドウ病の診断に使われます。2番目には、治療経過をみるのに使われます。バセドウ病が落ち着いてくるに従って、TSHレセプター抗体は低くなってきます。3番目に抗甲状腺剤を中止する時期を決めるのに使われます。TSHレセプター抗体が正常化したら、抗甲状腺剤を中止できる可能性があります。しかし、TSHレセプター抗体が正常化したからといって、再発しないわけではありません。抗甲状腺剤中止後には、慎重な経過観察が必要です。

最近の医学の進歩で分かってきたこと
最近の分子生物学の進歩でTSHレセプターの構造が分かりました。TSHレセプターの遺伝子は第14番目染色体の短腕上にあります。【図1】に示しますように、甲状腺細胞膜を7回貫通する764個のアミノ酸からなるタンパク質です。TSHレセプター抗体がどこに結合するのかは大体、分かってきています。しかし、まだ病気の本態は解明されていません。したがって、バセドウ病の根本治療はまだできません。今のところ、従来の抗甲状腺剤、アイソトープ治療、手術で治療することしかできません。今後の研究に期待したいところです。

バセドウ病の原因物質と考えられているTSHレセプター抗体について、素人の人にも分かるように説明したつもりですが、少し難しかったかもしれません。なにがしかの参考になれば幸いです。

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