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[疫 学] |
無顆粒球症は顆粒球数が500/mm3以下と定義されているが、ほとんどの症例では顆粒球数はゼロに近い。無顆粒球症単独である条件は、ヘマトクリットが30%以上、血小板が10万/mm3以上である。これは、再生不良性貧血との鑑別のためである。無顆粒球症は希な副作用であり、実際の正確な頻度は、はっきりと分かっていない。1974年の古い総説では、PTUでの頻度は0.44〜1.9%、メルカゾールでの頻度は0.12〜2.0%である(19)。その後のドイツの医療機関でのメルカゾールでの発生頻度は0.18%である(20)。チリからの報告では、586人中3人(0.5%)である(21)。現在までで一番大きな集団を対象とした研究では、PTUでの頻度は0.55%(2,190人中12人)、メルカゾールでの頻度は0.31%(13,208人中43人)である(22)。6年にわたる2,300万人の一般住民を対象とした研究(23)で、無顆粒球症を起こした262人の患者が1771人の正常対照と比較された。驚くことではないのですが、無顆粒球症を起こした患者の45%が抗甲状腺剤を使用していたのに比べて、コントロールでは5人(0.3%)が抗甲状腺剤を使用していた。この研究から、無顆粒球症を起こす頻度は、100万人中6.3人になる。この研究結果をまとめて、一年間の抗甲状腺剤で無顆粒球症を起こす頻度は、1万人中3人(0.03%)になる。しかし、抗甲状腺剤による無顆粒球症は治療開始3ヶ月以内に起こるので、実際の頻度より低く出ている。この研究の結果だけが、他の研究結果とあまりにもかけ離れたものである。 |
[病 因] |
無顆粒球症の発症はほとんどの場合、顆粒球や顆粒球の前駆体に対する中毒性なものというより免疫機序で起こると考えられている。しかし、実験データ(24)から、骨髄球前駆体に対するメルカゾールの直接作用も可能性としてある。薬剤誘因性の免疫が関与した血球減少症に関して、薬剤が血球の表面の高分子物質と反応して、「新しい抗原」を作ると考えられている(25)。これらの相互作用はゆるやかで、必ずしも電子的に強い結合ではないようです。この「新しい抗原」が、免疫反応を引き起こし、薬剤に対する抗体、もしくは自己抗体を作ると考えられる。何故、特定の薬剤が赤血球や血小板でなく白血球に対して抗体を作るのかは不明である。
抗甲状腺剤による無顆粒球症において、免疫蛍光法(26,27)、白血球のグルコース代謝の妨害(28)、細胞毒性測定法(29)、間接クームス試験(30)などによって、顆粒球に対する抗体が証明されている。試験管内では、抗甲状腺剤による無顆粒球症を起こした既往のある患者から採取したリンパ球は原因の抗甲状腺剤と混ぜ合わせるとリンパ球の変質が起こるが、コントロールのバセドウ病患者のリンパ球では何も起こらない(30,31)。成熟した顆粒球に対する抗体に加えて、補体依存性の細胞毒性によっても証明され、骨髄前駆体とも反応する(32)。この研究にて、薬剤に対する抗体と同様に自己抗体も同定される。一般住民と比べて、特定のHLAも頻度が高いことが日本人の研究(33)で分かった。これは、抗甲状腺剤による無顆粒球症は遺伝的な要素を持っていることを示唆するものである。 |
[薬理学的考察] |
無顆粒球症も、他の副作用と同じように抗甲状腺剤による治療開始90日以内に起こすのが普通です。しかし、もっと後になって起こすことも希にあるという報告もあります(20)。ある最近の研究では、抗甲状腺剤による治療開始20ヶ月経ってから、無顆粒球症になったという報告もあります(34)。また、別の研究ではPTUによる無顆粒球症の方が、メルカゾールによる無顆粒球症より発症までの期間が短い(PTU18日、メルカゾール37日)と報告している(22)。しかし、これは一致した意見ではない。メルカゾールの場合には、無顆粒球症も含めた副作用の頻度は投与量が多いほど高い(10,11,20)。しかし、PTUでは投与量と副作用の頻度には関係がない。無顆粒球症は低投与量(15〜20mg/日)でも、起こす可能性がある。以前に服用して、何の副作用も出なくても、今回の服用にて無顆粒球症になることもありうる(35)。2回目の投与の時の方が無顆粒球症の発現までの期間が短くなると言われているが(11)、そうでない報告もある(22)。一部の研究者は高齢者の方が抗甲状腺剤による無顆粒球症になりやすいと考えている(10,
20,22)。しかし、これも全ての研究者がその意見に賛成しているわけではない。
一般的には、無顆粒球症の発症は突然なので、定期的に白血球を測定するのは実用的でなく、コストの面からもあまり意味がないと考えられてきた。Tajiriらはこのやり方に疑問を投げかけ、抗甲状腺剤で治療する患者すべてで治療開始2ヶ月までは2週間ごと、その後は1ヶ月ごとに定期的に白血球を測定した(22)。彼らは、定期的に白血球を測定することで、無顆粒球症が見つかったときにはまだ発熱などの症状の出ない症例が存在することを突き止めた。このような症例では、抗甲状腺剤を即座に中止した。彼らは、また軽症または中等度の顆粒球減少症(200〜800/mm3)では、G-CSF(Granulocyte-colony
stimulating-factor)の投与により、顆粒球減少症の悪化や無顆粒球症への進展を防げると報告している(36)。彼らは、「G-CSF刺激試験」は患者が入院の必要があるかどうかを判断できると提案している。顆粒球数が100/mm3以上なら自然に回復してくる可能性があり、G-CSF
75マイクログラムを一回投与して4時間後の顆粒球数が1,000/mm3以上あれば、入院の必要はない<注釈:この著者はオリジナルでは24時間後と書いているが、間違いである。4時間後の顆粒球数である>。G-CSF
75マイクログラムを一回投与4時間後に、顆粒球数が1,000/mm3に達さなければ、その後に顆粒球は減り続けるので、入院を要し、G-CSF治療を続ける。「G-CSF刺激試験」は顆粒球数が100/mm3未満の症例では、勧めていない。なぜなら、そのような症例ではG-CSF
75マイクログラム一回投与には反応しないし、入院を要するので。 |
[臨床的考察] |
無顆粒球症の患者は、感染が出現するまでは無症状のこともありうる(22)。一旦、感染症が出たら、発熱、悪寒、衰弱などの症状が現れる。「典型的な」タイプでは、喉の痛みを伴う咽頭炎、リンパ節腫脹、高熱などの症状が特徴である。口内潰瘍、肺炎、皮膚や肛門周囲の感染などの症状も時々みられる。ある研究(37)によれば、ショックは希(10%)であるが、死亡率が70%というとんでもないものもある。無顆粒球症と診断されたら、直ちに入院し、抗甲状腺剤は中止しなければいけない。無顆粒球症の回復までの期間を予測したり(37)、G-CSFの効果を予測するために(38)、骨髄穿刺を行うこともある。骨髄のダメージが強いと回復が遅くなったり、G-CSFの効果も期待できない。細菌培養のためにサンプルを採取後、発熱のある患者やすでに感染症がある患者に対して、広域な抗生物質の静脈投与を開始する。熱のない患者に対する抗生物質の予防的効果を支持する論文はいまのところない(39)。以前の研究(40)で副腎皮質ホルモン剤が無顆粒球症の回復を早めるという結果のものもあったが、その後の研究では副腎皮質ホルモン剤にはそのような効果はないことが分かった(41)。168例の薬剤性無顆粒球症(死亡率16%)をまとめた研究で、Juliaらは予後に関係した要因を調べた(37)。回帰曲線による統計的解析で、腎障害と敗血症の両方を持っていると死亡率が高い事が分かった。高齢、顆粒球数が少ない例、骨髄のダメージの強い例、ショックなどが有意なリスクファクターであることが分かったが、これらは単一の解析によるものであり、多因子解析ではない。
G-CSFは抗甲状腺剤による無顆粒球症に対して、数十人に使用されてきた(38,41-44)。重症の無顆粒球症では、内因性のG-CSFが増加しているという論文もあり(45)【内因性のG-CSFは増加していないという論文もある(46)】、抗甲状腺剤による無顆粒球症に対するG-CSFの効果については疑問視されている。事実、抗甲状腺剤による無顆粒球症に対するG-CSFの効果についての無作為コントロール研究では、G-CSFを使用しても、無顆粒球症からの回復には差はみられなかったという結果であった(46)。しかし、この著者らは骨髄穿刺を行っておらず、骨髄のダメージの程度が分からない。
抗甲状腺剤による無顆粒球症に対してのG-CSFの効果を支持する結果もある。例えば、抗甲状腺剤も含めた薬剤性無顆粒球症患者71人をまとめた研究では、G-CSFを使用しないグループでは回復までに10±8日かかったのに対し、G-CSFを使用したグループでは回復までに5.4±4.5日であった(39)。この研究では、G-CSFを使用したグループは死亡率が5%であったのに対し、G-CSFを使用しないグループは死亡率が16%であった。前に述べたように、骨髄のダメージが軽度な程、G-CSFの反応は良好である。
G-CSFの投与量は皮下注投与では、1〜5マイクログラム/kgと投与量に幅がある。G-CSFの副作用は、発疹、骨痛、筋痛、頭痛など軽度なものである。これらの副作用は、すべてアセトアミノフェン(鎮痛剤)の投与で良くなった(39)。G-CSFの値段は300マイクログラムで161ドルである<注釈:日本では300マイクログラムで36,028円である。日本の薬剤が高いのがお分かりと思います>。G-CSFを使用することで、骨髄のダメージの軽い症例(骨髄穿刺で、骨髄球系/赤芽球系の比が0.5以上の場合)では、入院期間を短縮できるかもしれない。
もし、無顆粒球症の回復する間に、甲状腺機能が亢進してきたら、ベータ遮断剤、リチウム、ヨード剤などの投与が必要となる。抗甲状腺剤には交叉反応がみられるという報告があり(47)、無顆粒球症が回復したら、アイソトープ治療(放射性ヨード治療)や手術で治す必要がある。 |
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