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抗甲状腺剤の副作用
David Cooper
The endocrinologist 1999; 9: 457-467

抗甲状腺剤は甲状腺機能亢進症、特にバセドウ病の治療の大黒柱です。抗甲状腺剤は一般的には安全なのですが、一部の患者さんにとっては副作用のために使用できなくなることがあります。副作用は症状の程度により、軽度(minor)なものと重大(major)なものに区別されます。副作用はメルカゾールの場合には、たいていの場合、投与量が多いとき(40mg/日以上)に起こりやすい。しかし、PTU(プロパジールまたはチウラジール)の場合には、投与量とは関係ないようである。最も多い軽度(minor)な副作用は、皮膚のかゆみ、じんま疹、関節痛、胃腸障害です。これらの副作用は通常投与量で5%程度です。脱毛、唾液腺腫大、筋肉痛、知覚や嗅覚の異常なども希にみられます。重大(major)な副作用は無顆粒球症(頻度は0.1〜0.4%)と多発関節炎です。重症の全身血管炎または薬剤性SLE症候群(高頻度に抗好中球細胞質抗体【ANCA】が陽性になる)はPTU使用時に起こる。メルカゾールによる肝障害は胆汁うっ滞型で、重症化することはありません。それに反して、PTUによる肝障害は生命を脅かすこともあります。低プロトロンビン血症やインスリン自己免疫症候群は非常に希な重大(major)な副作用です。
学習目的
  • 軽度(minor)な副作用を概説し、どのように対応したらいいか、特にクスリを中止すべきかどうかについて
  • 抗甲状腺剤による無顆粒球症の発症機序、症状、治療を知ること
  • 抗甲状腺剤による重大(major)な副作用である肝障害を比較対比する

はじめに
抗甲状腺剤は半世紀以上も使われてきており、特にバセドウ病の場合には治療の主流です(1)。世界中の多くの国では、抗甲状腺剤はもっとも行われている治療法です。アメリカでさえ、若い人のバセドウ病には最初に行う治療として抗甲状腺剤を勧める甲状腺専門家が多いのです(2)。使い慣れた抗甲状腺剤ですが、PTU<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>とMMI<注釈:日本ではメルカゾール>のどちらを使用するかとか、治療期間、投与量、免疫を抑制して病気を治せるかどうかなどの解決されていない問題が、未だにあります。これらの重要な論争点は別の総説で述べられています(3,4)

この総説では、抗甲状腺剤の副作用について述べたいと思います。抗甲状腺剤が他の薬剤と比べて副作用が多いわけではないのですが、多くの内分泌医にとっては、生命を脅かすような副作用がある薬物を良性疾患(バセドウ病のような)を持つ若い患者に使用することに不安を持っている。起こりうる抗甲状腺剤の副作用について説明していない内科医がいますが、甘く見ているこの薬剤に注意を向けさせるには、たった一つの無顆粒球症か肝障害という副作用を経験させれば十分である。抗甲状腺剤の副作用については1962年(5)に英語で、1980年代にフランス語(6)、ドイツ語(7)で総説が書かれている。しかし、最近の総説は書かれていない。今回の総説では、最近のこの分野での進歩について述べたい。

方 法
1966年から1999年までに英文で書かれた論文を対象とした。Medlineで検索している。詳細はオリジナルを参照してください。

方 法
あらまし
一般的に、抗甲状腺剤の副作用は症状の程度により、軽度(minor)なものと重大(major)なものに区別されます。【表1】に起こりうる抗甲状腺剤の副作用と頻度を示しています。軽度(minor)な副作用は5〜25%にみられ、この副作用のために薬物治療をあきらめて他の治療(アイソトープ治療や手術)に切り替えることが多いのである(8)。いくつかの研究(9,10)ではMMI<注釈:日本ではメルカゾール>は副作用の頻度は投与量と関係しているが、PTU<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>は副作用の頻度は投与量とは関係ないという。最近の報告ではPTUによる肝障害は小児に多くみられるが、無顆粒球症(11)や肝障害(12)は高齢者に起こりやすいと言われている。

軽度(minor)な副作用
発疹、じんま疹、かゆみ、発熱、胃腸障害、吐き気などはよくみられる軽度(minor)な副作用です。報告されている発疹というのは、じんま疹様、丘疹(きゆうしん)、斑点、にきび様、麻疹様を呈する(6)。PTUで治療した2,774人の患者の研究では、平均2.2%(0.8〜10%)で軽度(minor)な副作用がみられた。しかし、これらの副作用の中には、例えば、吐き気、頭痛、黄疸、胃の不快感などの抗甲状腺剤の副作用としてははっきりしないようなものも含まれている(13)。同じ研究で、メルカゾールの軽度(minor)な副作用の頻度も調べており、メルカゾールで治療した1,933人の患者の4.5%でみられた。この研究では、発熱は重大(major)な副作用として扱っていた。1960年代の別の研究では、軽度(minor)な副作用の頻度は、10%と報告している(5)。もっと最近の研究では皮膚の副作用は1,256人中5.6%(7)であるというものや、軽度(minor)な副作用(関節痛、皮膚症状、胃症状に限定しているが)はPTUで治療した131人中13人(10%)、メルカゾールで治療した15%にみられたと報告している。副作用の発生頻度には統計学的に差はなかった(14)

抗甲状腺剤の副作用としての発疹が出現した場合、対処の方法としては4つがある。1]抗甲状腺剤を続ける、2]かゆみがある場合には抗ヒスタミン剤のようなかゆみ止めを飲みながら抗甲状腺剤を続ける、3]もう一方の抗甲状腺剤に変更する、4]抗甲状腺剤の治療をあきらめて別の治療(アイソトープ治療や手術)に切り替える。残念ながら、どのようにするのがいいのかについて結論を出した研究はない。しかしながら、経験的に抗甲状腺剤を飲み続けていても、発疹は1週間くらい経つと自然に消失する事が多い。発疹が出現したときに、もう一方の抗甲状腺剤に変更することは理にかなっていると思われるが、交差反応を起こしてまた発疹が出る可能性があるかもしれない。研究者によっては、50%という高頻度を報告している人もいる<注釈:わたしの経験では、こんなに高頻度ではありません。一つのクスリでじんま疹が出た人がもう一方のクスリでもじんま疹が出る頻度は10〜15%くらいです>。最初の説明で抗甲状腺剤の治療を強く希望していなかった患者では、じんま疹が出現した時点で別の治療を選択することがある。

発熱と関節痛は軽度な副作用に入っていますが、この副作用が出現したら、その抗甲状腺剤は中止すべきです。これらの症状はより重篤な副作用の前触れの可能性があるからです。早めに抗甲状腺剤を中止することで、重症化するのを予防できる可能性があるのです。同様に、バセドウ病の患者では白血球数が4,000/mm3以下の症例が10%いるのです(15)。抗甲状腺剤を中止する必要はないのですが、白血球減少があれば、治療中、慎重に経過をみる必要があります。もし、白血球数が3,000/mm3以下に減ったら、無顆粒球症になる前兆の可能性がありますので、抗甲状腺剤を直ちに中止すべきです<注釈:重要なのは白血球数ではなく顆粒球数です。抗甲状腺剤の副作用では白血球数の中の顆粒球数が特異的に減るのです。ですから、白血球数が3,000/mm3以下であっても、顆粒球数が1,000/mm3以上あれば、抗甲状腺剤は続けても大丈夫です>。治療前に白血球数を測定していれば、抗甲状腺剤の副作用による白血球減少かどうかが、すぐに判断できます。

最近の論文で、まだ甲状腺機能亢進状態のときに、メルカゾール治療中のバセドウ病患者で筋肉のツリとCPK(筋肉から出てくる酵素)の増加を示す4例が報告された(16)。抗甲状腺剤を中止しないで、投与量を減らしたり、甲状腺ホルモン剤を服用することで、症状は消失する。その著者は、急激な甲状腺ホルモンの低下が筋肉にダメージを与えるために起こすのであろうと推測している。この種の副作用は他には報告がない<注釈:この現象は甲状腺専門家なら誰しも経験がある。これは、副作用とは考えていません。クスリが効きすぎたためであり、クスリの量を減らすか甲状腺ホルモン剤を一時的に投与することで良くなります。誰も、報告しなかっただけのことです、当たり前のことなので>。

メルカゾールの副作用としての異常味覚や味覚消失は嗅覚消失を伴うことがあります(17)。しかし、この副作用は非常に希でこの20年間、英語の論文では一例の報告もありません。異常味覚や味覚消失はPTUでは報告がありません。味覚減退症や無嗅覚症は治療開始後1-2ヶ月ころ、突然に起こるようの思われる。通常は、メルカゾールを中止すると症状は自然に消失する。ラットを使った最近の研究ではメルカゾールによる嗅覚細胞に対する直接的な作用であることが分かった(18)

重大な副作用
無顆粒球症
[疫 学]
無顆粒球症は顆粒球数が500/mm3以下と定義されているが、ほとんどの症例では顆粒球数はゼロに近い。無顆粒球症単独である条件は、ヘマトクリットが30%以上、血小板が10万/mm3以上である。これは、再生不良性貧血との鑑別のためである。無顆粒球症は希な副作用であり、実際の正確な頻度は、はっきりと分かっていない。1974年の古い総説では、PTUでの頻度は0.44〜1.9%、メルカゾールでの頻度は0.12〜2.0%である(19)。その後のドイツの医療機関でのメルカゾールでの発生頻度は0.18%である(20)。チリからの報告では、586人中3人(0.5%)である(21)。現在までで一番大きな集団を対象とした研究では、PTUでの頻度は0.55%(2,190人中12人)、メルカゾールでの頻度は0.31%(13,208人中43人)である(22)。6年にわたる2,300万人の一般住民を対象とした研究(23)で、無顆粒球症を起こした262人の患者が1771人の正常対照と比較された。驚くことではないのですが、無顆粒球症を起こした患者の45%が抗甲状腺剤を使用していたのに比べて、コントロールでは5人(0.3%)が抗甲状腺剤を使用していた。この研究から、無顆粒球症を起こす頻度は、100万人中6.3人になる。この研究結果をまとめて、一年間の抗甲状腺剤で無顆粒球症を起こす頻度は、1万人中3人(0.03%)になる。しかし、抗甲状腺剤による無顆粒球症は治療開始3ヶ月以内に起こるので、実際の頻度より低く出ている。この研究の結果だけが、他の研究結果とあまりにもかけ離れたものである。
[病 因]
無顆粒球症の発症はほとんどの場合、顆粒球や顆粒球の前駆体に対する中毒性なものというより免疫機序で起こると考えられている。しかし、実験データ(24)から、骨髄球前駆体に対するメルカゾールの直接作用も可能性としてある。薬剤誘因性の免疫が関与した血球減少症に関して、薬剤が血球の表面の高分子物質と反応して、「新しい抗原」を作ると考えられている(25)。これらの相互作用はゆるやかで、必ずしも電子的に強い結合ではないようです。この「新しい抗原」が、免疫反応を引き起こし、薬剤に対する抗体、もしくは自己抗体を作ると考えられる。何故、特定の薬剤が赤血球や血小板でなく白血球に対して抗体を作るのかは不明である。

抗甲状腺剤による無顆粒球症において、免疫蛍光法(26,27)、白血球のグルコース代謝の妨害(28)、細胞毒性測定法(29)、間接クームス試験(30)などによって、顆粒球に対する抗体が証明されている。試験管内では、抗甲状腺剤による無顆粒球症を起こした既往のある患者から採取したリンパ球は原因の抗甲状腺剤と混ぜ合わせるとリンパ球の変質が起こるが、コントロールのバセドウ病患者のリンパ球では何も起こらない(30,31)。成熟した顆粒球に対する抗体に加えて、補体依存性の細胞毒性によっても証明され、骨髄前駆体とも反応する(32)。この研究にて、薬剤に対する抗体と同様に自己抗体も同定される。一般住民と比べて、特定のHLAも頻度が高いことが日本人の研究(33)で分かった。これは、抗甲状腺剤による無顆粒球症は遺伝的な要素を持っていることを示唆するものである。
[薬理学的考察]
無顆粒球症も、他の副作用と同じように抗甲状腺剤による治療開始90日以内に起こすのが普通です。しかし、もっと後になって起こすことも希にあるという報告もあります(20)。ある最近の研究では、抗甲状腺剤による治療開始20ヶ月経ってから、無顆粒球症になったという報告もあります(34)。また、別の研究ではPTUによる無顆粒球症の方が、メルカゾールによる無顆粒球症より発症までの期間が短い(PTU18日、メルカゾール37日)と報告している(22)。しかし、これは一致した意見ではない。メルカゾールの場合には、無顆粒球症も含めた副作用の頻度は投与量が多いほど高い(10,11,20)。しかし、PTUでは投与量と副作用の頻度には関係がない。無顆粒球症は低投与量(15〜20mg/日)でも、起こす可能性がある。以前に服用して、何の副作用も出なくても、今回の服用にて無顆粒球症になることもありうる(35)。2回目の投与の時の方が無顆粒球症の発現までの期間が短くなると言われているが(11)、そうでない報告もある(22)。一部の研究者は高齢者の方が抗甲状腺剤による無顆粒球症になりやすいと考えている(10, 20,22)。しかし、これも全ての研究者がその意見に賛成しているわけではない。

一般的には、無顆粒球症の発症は突然なので、定期的に白血球を測定するのは実用的でなく、コストの面からもあまり意味がないと考えられてきた。Tajiriらはこのやり方に疑問を投げかけ、抗甲状腺剤で治療する患者すべてで治療開始2ヶ月までは2週間ごと、その後は1ヶ月ごとに定期的に白血球を測定した(22)。彼らは、定期的に白血球を測定することで、無顆粒球症が見つかったときにはまだ発熱などの症状の出ない症例が存在することを突き止めた。このような症例では、抗甲状腺剤を即座に中止した。彼らは、また軽症または中等度の顆粒球減少症(200〜800/mm3)では、G-CSF(Granulocyte-colony stimulating-factor)の投与により、顆粒球減少症の悪化や無顆粒球症への進展を防げると報告している(36)。彼らは、「G-CSF刺激試験」は患者が入院の必要があるかどうかを判断できると提案している。顆粒球数が100/mm3以上なら自然に回復してくる可能性があり、G-CSF 75マイクログラムを一回投与して4時間後の顆粒球数が1,000/mm3以上あれば、入院の必要はない<注釈:この著者はオリジナルでは24時間後と書いているが、間違いである。4時間後の顆粒球数である>。G-CSF 75マイクログラムを一回投与4時間後に、顆粒球数が1,000/mm3に達さなければ、その後に顆粒球は減り続けるので、入院を要し、G-CSF治療を続ける。「G-CSF刺激試験」は顆粒球数が100/mm3未満の症例では、勧めていない。なぜなら、そのような症例ではG-CSF 75マイクログラム一回投与には反応しないし、入院を要するので。
[臨床的考察]
無顆粒球症の患者は、感染が出現するまでは無症状のこともありうる(22)。一旦、感染症が出たら、発熱、悪寒、衰弱などの症状が現れる。「典型的な」タイプでは、喉の痛みを伴う咽頭炎、リンパ節腫脹、高熱などの症状が特徴である。口内潰瘍、肺炎、皮膚や肛門周囲の感染などの症状も時々みられる。ある研究(37)によれば、ショックは希(10%)であるが、死亡率が70%というとんでもないものもある。無顆粒球症と診断されたら、直ちに入院し、抗甲状腺剤は中止しなければいけない。無顆粒球症の回復までの期間を予測したり(37)、G-CSFの効果を予測するために(38)、骨髄穿刺を行うこともある。骨髄のダメージが強いと回復が遅くなったり、G-CSFの効果も期待できない。細菌培養のためにサンプルを採取後、発熱のある患者やすでに感染症がある患者に対して、広域な抗生物質の静脈投与を開始する。熱のない患者に対する抗生物質の予防的効果を支持する論文はいまのところない(39)。以前の研究(40)で副腎皮質ホルモン剤が無顆粒球症の回復を早めるという結果のものもあったが、その後の研究では副腎皮質ホルモン剤にはそのような効果はないことが分かった(41)。168例の薬剤性無顆粒球症(死亡率16%)をまとめた研究で、Juliaらは予後に関係した要因を調べた(37)。回帰曲線による統計的解析で、腎障害と敗血症の両方を持っていると死亡率が高い事が分かった。高齢、顆粒球数が少ない例、骨髄のダメージの強い例、ショックなどが有意なリスクファクターであることが分かったが、これらは単一の解析によるものであり、多因子解析ではない。

G-CSFは抗甲状腺剤による無顆粒球症に対して、数十人に使用されてきた(38,41-44)。重症の無顆粒球症では、内因性のG-CSFが増加しているという論文もあり(45)【内因性のG-CSFは増加していないという論文もある(46)】、抗甲状腺剤による無顆粒球症に対するG-CSFの効果については疑問視されている。事実、抗甲状腺剤による無顆粒球症に対するG-CSFの効果についての無作為コントロール研究では、G-CSFを使用しても、無顆粒球症からの回復には差はみられなかったという結果であった(46)。しかし、この著者らは骨髄穿刺を行っておらず、骨髄のダメージの程度が分からない。

抗甲状腺剤による無顆粒球症に対してのG-CSFの効果を支持する結果もある。例えば、抗甲状腺剤も含めた薬剤性無顆粒球症患者71人をまとめた研究では、G-CSFを使用しないグループでは回復までに10±8日かかったのに対し、G-CSFを使用したグループでは回復までに5.4±4.5日であった(39)。この研究では、G-CSFを使用したグループは死亡率が5%であったのに対し、G-CSFを使用しないグループは死亡率が16%であった。前に述べたように、骨髄のダメージが軽度な程、G-CSFの反応は良好である。

G-CSFの投与量は皮下注投与では、1〜5マイクログラム/kgと投与量に幅がある。G-CSFの副作用は、発疹、骨痛、筋痛、頭痛など軽度なものである。これらの副作用は、すべてアセトアミノフェン(鎮痛剤)の投与で良くなった(39)。G-CSFの値段は300マイクログラムで161ドルである<注釈:日本では300マイクログラムで36,028円である。日本の薬剤が高いのがお分かりと思います>。G-CSFを使用することで、骨髄のダメージの軽い症例(骨髄穿刺で、骨髄球系/赤芽球系の比が0.5以上の場合)では、入院期間を短縮できるかもしれない。

もし、無顆粒球症の回復する間に、甲状腺機能が亢進してきたら、ベータ遮断剤、リチウム、ヨード剤などの投与が必要となる。抗甲状腺剤には交叉反応がみられるという報告があり(47)、無顆粒球症が回復したら、アイソトープ治療(放射性ヨード治療)や手術で治す必要がある。

他の重大な血液学的副作用
抗甲状腺剤の副作用として、再生不良性貧血や重症の全血球減少症が少数ながら報告されている。再生不良性貧血は、無顆粒球症の1/10の頻度と考えられているが、実際の頻度を知ることは難しい。1991年に11例の抗甲状腺剤による再生不良性貧血をまとめた論文が報告された(48)。内訳は、メルカゾールによるもの7例、PTUによるもの2例、カルビマゾール<注釈:カルビマゾールは体内でメルカゾールになる>によるもの2例である。他に6つの症例報告がみられるが(49-54)、全てメルカゾールによるものである。原因は多分、免疫的なものであろう。ある研究で、患者の血清はその患者から分離したCFU(colony-forming unit<注釈:血液のできるおおもとのようなもの>)の成長を阻害した(55)。再生不良性貧血の臨床症状は、無顆粒球症の症状と同じであるが、血小板減少のために出血がみられる。入院治療や輸血に加えて、G-CSFの使用が報告されている(51,53,54)。しかし、一例ではG-CSFは無効であった。その例では、血小板と貧血が重症であった(53)
[関節炎]
関節炎は、ずっと前から抗甲状腺剤の副作用として認識されてきた。メルカゾールとPTUで出現頻度に差はない。抗甲状腺剤による関節炎症候群(56,57)と呼ばれていたもので、典型的には全身の関節炎と移動性の多発性関節炎を特徴とする。時々、全ての関節に炎症が及ぶことがある。今までに22例が報告されているに過ぎないが((57)でまとめている)、この副作用は決して希なものではない。ある医療機関で経験した頻度を報告しているが、500人中8人(1.6%)で関節炎を起こしている(56)。関節炎は、抗甲状腺剤治療を開始して2〜3ヶ月以内に起こることが多いが、一年以上経って起こることもありうる。関節は、熱をもって、腫れ、圧痛があるかもしれない。患者によっては、発疹や微熱を伴うかもしれない。検査データは、特徴的なものはないが、症例によってはANA(抗核抗体)が弱陽性になったり、免疫学的な検査データが陽性に出ることもある。治療は、まず原因となる抗甲状腺剤を中止し、非ステロイド系鎮痛剤の投与を行う。副腎皮質ホルモン剤も使用されるが、この薬物を使用することで、症状の改善が早まるという科学的な証拠はない。症状が消失するまでには、1〜3週間を要する(56)。2例の症例報告で、一人では同じ副作用が起きることもなく、もう一方の抗甲状腺剤に変更できた(58,59)
[血管炎とループス様症候群]
たまに、抗甲状腺剤治療中に、明らかに免疫学的なメカニズムで起こる副作用がみられる。このときには、発熱、膨隆した紫斑、脾腫、リンパ節腫脹、顆粒球減少などがみられる(これについては(60,61)でまとめている)。糸球体腎炎や希に肺症状などのさらに重篤な症状がみられることもある(62,63)。これらの患者では、高ガンマグロブリン血症、LE細胞陽性、血沈促進などが通常みられる。この副作用はほとんどの場合、PTU使用中にみられる。症状が出そろった薬物によるSLE症候群が、PTUによって引き起こされることがある(64,65)。この場合には抗DNA抗体陽性、血清補体価低値、他の免疫学的なマーカーも陽性に出る。少なくとも一例の死亡が報告されている(66)。この症例では、進行する腎不全、血痰、DIC(出血傾向)がみられた。しかし、一般的には、原因となる抗甲状腺剤を中止して、数週間〜数ヶ月で症状は改善する。

最近、ANCA(antineutrophil cytoplasmic autoantibody:抗好中球細胞質抗体)陽性の抗甲状腺剤による副作用である血管炎の報告が増えてきている((67)でまとめられている)。この抗体は、今まではウェゲナー肉芽腫、多発性細血管炎や他の希な膠原病でみられていた。免疫蛍光法でみると、ANCAは核周辺部の細胞質が染まるp-ANCAと細胞質が全体的に染まるc-ANCAに区別される。p-ANCAの場合、抗原はミエロペルオキシダーゼ(MPO)であり、MPO-ANCAとも呼ばれる。c-ANCAの場合、抗原はプロテナーゼ3である。他に、好中球エラスターゼなども抗原になる(68)。薬剤による血管炎の場合には、ほとんどがp-ANCA(MPO-ANCA)である。Guntonが最近まとめたところによると、抗甲状腺剤によるANCA関連血管炎27例のうち、PTUによるもの24例、カルビマゾールによるもの2例、メルカゾールによるものは1例のみであった(67)。他にも、同様の副作用が報告されている(69-71)。50%以上は日本からの報告である。ANCA関連血管炎は、典型例では急性腎障害(これは、単なる蛋白尿から半月体形成、壊死性糸球体腎炎による腎不全まで多彩である)がみられる。その他の症状として、皮膚潰瘍、びまん性血管炎性発疹、血痰などの肺症状、副鼻腔炎などの呼吸器症状、関節痛、筋肉痛やループス様症候群などがある(62)。これらの症状は、原因となる抗甲状腺剤を中止すれば、自然に消失してくるが、たまに副腎皮質ステロイドや免疫抑制剤の使用を必要とすることもある(72)。PTUによって引き起こされるメカニズムは不明である。しかし、実験でPTUはミエロペルオキシダーゼに結合して、その構造を変化させることが分かっているので(73)、それによって免疫反応が引き起こされるのではないかと考えられている。

他の希な免疫学的な副作用としては、四肢の潰瘍、レイノー症状(74)(これはメルカゾールだけでみられる)、結節性紅斑(75)【これはPTUだけでみられる】を伴うクリオフィブリノーゲン血症が報告されている。

肝障害
PTUによる肝障害
[あらまし]
肝障害は希であるが、PTUの副作用としての肝障害は命にかかわるものである。1997年の総説で、Williamsらは文献で28例のPTUによる肝障害例と自験例2例を加えて、検討している(76)。彼らの報告以降にいくつかのPTUによる肝障害の報告がなされた。今までに8例の死亡例が報告されている。しかし、その他にも死亡例はあると思われるが、報告されていないのが実情であろう。例えば、最近Johns Hopkins大学病院でも、PTUによる肝障害を起こした症例が、肝移植もむなしく死亡した。今までに報告されたうちで3人に対して肝移植が行われており(77,79,84)、そのうち2例は救命できた(77,84)。Williamsらの総説によれば、抗甲状腺剤で肝障害を起こした患者の年令は、平均28歳である。生存者(平均25歳)と死亡者(平均37歳)の間には年齢的な差はみられない。PTUの投与量にも関連がない。平均426mg/日(150〜900mg/日)が投与されていた。Williamsらの論文からすると、PTUの投与期間は平均3.6ヶ月である。しかし、最近の報告では、PTU投与2日後に重篤な肝障害を起こした症例がある(79)。別の症例では、PTU投与1年後に重篤な肝障害を起こしている(85)
[原 因]
薬剤性肝障害、または免疫学的肝障害(86)の原因は不明であるが、現時点では、次のように推察されている。薬物が肝臓で生物学的に変化を受け、いろいろな肝臓の蛋白と結合して免疫反応を引き起こし、抗原を形成するのではないかと考えられている。新たにできた抗原に対して、免疫学的な反応を引き起こし、肝臓に障害を与えるのではないかと考えられている。PTUにより引き起こされた肝障害例において、免疫学的異常が存在することが確認されている。これは、主にPTUに対するリンパ球感受性試験で証明されている(81,88,89)。抗核抗体(ANA)や抗平滑筋抗体、抗ミトコンドリア抗体などの自己抗体の存在も報告されている(89)。免疫反応であることのもう一つの証明は、再投与で肝障害を起こすことである。この場合は、一回目より早く副作用が出現する(89)。しかし、二回目に起こす肝障害の原因が不明であると同様に、推定に過ぎない肝臓の蛋白の性質や肝障害の危険因子が分かっていない。肝障害の副作用を起こしやすい要因も不明である。例えば、薬物代謝や免疫反応の先天的な変異が重要な役割を果たしているのであろう。しかし、この副作用があまりにも希なので、十分なデータがないというのが実状である。
[臨床的考察]
典型的な患者は、疲れ、食欲不振、右季肋部痛、黄疸などの肝炎の症状を示す。発疹、発熱、無顆粒球症、顆粒球減少症を伴うこともある(91,92)。検査データはトランスアミナーゼ(AST, ALT)、ビリルビン、アルカリフォスファターゼ高値などの肝細胞障害のものと同じである。肝生検の所見は広範な肝細胞壊死を示す重篤な肝障害である(78)。症例によっては、胆汁うっ滞を呈することもある。血液検査や肝生検の試験では、純粋なる胆汁うっ滞型のものも報告されている(93)。HansonらはPTUによる肝障害の診断基準を次のように提案している。1]臨床的および検査データでの肝細胞障害の証明、2]PTU使用との時間的な関連性、3]肝炎ウィルス、別の薬物、中毒物質などの否定、4]ショックや敗血症のないこと。

治療は、薬物による肝炎を直ちに診断し、原因薬物を中止することから始まる。肝障害による意識障害、プロトロンビン時間延長、肝腎症候群などの予想可能な合併症の治療が大切であり、特別の対策が必要となる。治療として高用量の副腎皮質ホルモン剤の投与(79,95)が報告されているが、生存率に関しては有効であるという証拠はない。一般的に、副腎皮質ホルモン剤の投与は副作用や感染の危険を増すので、勧められない(96)。肝移植も治療法の選択肢となりうる。特に、重篤な高ビリルビン血症(15mg/dl以上)、低プロトロンビン血症、肝性脳症がある場合(76,96)には、適切な医療機関へ移送し肝移植をすることは、適切な治療と考えられる。引き続き行っている甲状腺機能亢進症の治療は難しい状況になる。メルカゾールは重篤な肝炎時に安全に使用できることが報告されている(82,88,89)。他の治療法としては、ベータ遮断剤、リチウム、ヨード剤がある。実際にはほとんどの例で、アイソトープ治療が行われている。しかし、アイソトープ治療が予後にどのように影響を与えているのかは不明である(76)

PTU治療前に、トランスアミナーゼ(AST, ALT)が正常であった例の30%で、治療2ヶ月後に一過性にトランスアミナーゼの増加が認められる(97)。このトランスアミナーゼの増加は、正常上限の1.1〜6.0倍までと様々で、時間が経つと正常に戻る。患者は無症状で黄疸もない。肝生検の所見は、組織球と炎症細胞の浸潤を伴った軽度の局所的肝細胞壊死である。肝障害の程度とT4レベルまたは抗甲状腺抗体の間には関連がないが、治療前のFT3とFT4が高い症例に一過性の肝障害が起こる傾向がみられた。

甲状腺機能亢進症患者の35%で、軽度のトランスアミナーゼの増加がみられること(98)を思い出すべきであろう。しかし、PTUによる治療を開始すると、治療前に肝障害がみられた患者の2/3はトランスアミナーゼが正常化する。しかし、残り1/3の患者はさらにトランスアミナーゼが増加した後に、正常化する(98)。これらの事実は、治療前のトランスアミナーゼ増加は、 PTU使用の禁忌にはならないことを示している。さらに、PTU治療中に行う肝機能検査を正当化できるとか、費用に見合ったものであるという証拠はどこにもない。しかし、黄疸、濃い尿、疲れなどや他の肝炎を思わせる症状が出現したら、PTUを中止するように患者に前もって話しておくべきである。
メルカゾールとカルビマゾールによる肝障害
PTUにみられる重篤な副作用である肝障害と比べると、メルカゾールの肝障害は軽度で、一般的には胆汁うっ滞型であり、最近まで死亡例も報告がなかった。唯一の死亡例は、57歳の女性でカルビマゾールによる肝障害(この症例では胆汁うっ滞型ではなく肝細胞障害型であった)が出現し、肝移植は成功したが、術後に死亡した(99)。メルカゾールによる肝障害を起こしやすい危険因子は不明ですが、幸いなことに、この副作用は非常に希です。1985年の総説でVitugとGoldman(12)は12例の報告例と自験例2例を加えて検討している。1996年に、今までに報告されたメルカゾールまたはカルビマゾールによる肝障害を起こした20例を文献的に考察している(100)。今までの報告例をみると、メルカゾールによるものとカルビマゾールによるものは、ほぼ同数である。組織学的には、肝細胞の構造は保たれており、胆管内に血栓が出来て胆汁うっ滞を起こしている。門脈領域に軽度の単細胞の浸潤がみられる(101,102)

薬物による胆汁うっ滞型肝炎の原因は不明である。薬物による胆汁うっ滞型肝炎には2つのタイプがある(103)。1]エストローゲンやメチルテステステロンでみられる軽度の胆汁うっ滞では、肝細胞膜からの胆汁の通過が阻害されている。2]真の胆汁うっ滞(これが多くの薬物、特に抗生物質でみられるものですが)では、胆管障害を伴う炎症と軽度の肝細胞障害、門脈領域の混合性炎症もみられる。カルビマゾールに対する感受性試験が陽性に出た症例も報告されている(104)

VitugとGoldmanは彼らの薬物による肝障害の総説において、メルカゾールとPTUで肝障害を起こす危険因子について比較している(12)。1]メルカゾールによる肝障害を起こす人の年令が、PTUによる肝障害を起こす人の年令より有意に高い、2]投与量を比較すると、メルカゾール(40mg/日)の方が、PTU(385mg/日)より比較的多い量で起こしている、3]投与期間はメルカゾールの方が短い。メルカゾール使用例13例中9例では、5週間以内に肝障害を起こしている。しかし、PTUでは5週間以内に肝障害を起こしたのは、17例中6例のみであった。最近のメルカゾールによる胆汁うっ滞型肝障害を起こした症例は、示唆に富んでいる(105)。48才の男性でメルカゾールを一日30mg服用中であった。治療開始2週間後に、高ビリルビン血症(黄疸)と胆汁うっ滞を認め、肝生検を施行された。胆汁うっ滞が完全に治るのに約4ヶ月を要した。患者は、その後PTUに変更され肝障害を起こすこともなかった。

大変希な重篤な副作用
低プロトロンビン血症
低プロトロンビン血症は非常に希な副作用で、最近の甲状腺疾患の凝固系に関する総説(106)でさえも記載されていない。この副作用は、PTUによるものが10例報告されているのみで(107-115)、メルカゾールによるものの報告はない。しかし、内科医卓上参考書(PDR)には、メルカゾールでも起こしうる副作用として低プロトロンビン血症を記載している(116)。しかし、その本の中でこの副作用を起こすクスリのリストにはPTUは記載されていない。この副作用の原因として、凝固系因子産生における最初のステップであるビタミンKに依存されているグルタミン酸のガンマ・カルボオキシル化の阻害と関連していると考えられている。Lipskyの実験(117)で、上記の現象はPTUとメルカゾールの両方で確かめられている。彼はまた、メルカゾールがビタミンK活動を維持するのに必要な過程であるエポキシド(二原子価酸素結合物)の減少を阻害していることも見つけた。彼は、ラットに大量のメルカゾール(500mg/kg)を投与した場合、ラットのプロトロンビン時間が延長することも報告している。ビタミンK依存性の凝固系因子の代謝が速くなっていることと関連しているのであろうが、甲状腺機能亢進症の患者はワーファリンが効きやすい状態なので(106)、理論的にはワーファリンと抗甲状腺剤を服用している患者は、出血を起こしやすいと考えられる。現に、そのような症例報告もある(118)。しかし、この点に関してちゃんとしたデータは皆無である。
低血糖
「インスリン自己免疫症候群」と呼ばれる、自然に低血糖を起こしてくる奇妙な症候群はメルカゾールを使用している患者だけにしか報告されていない。PTUを使用している患者では報告がない。「インスリン自己免疫症候群」では、血中にインスリンに結合した抗体がみられ、この抗体からインスリンが遊離して低血糖を引き起こしていると思われる。最初の報告(119)で指摘されているように、この抗体はほとんどの場合でIgGカッパタイプである。報告されているのは、ほとんど日本からである。抗甲状腺剤以外のクスリによる同様の症候群も日本人に多いように思われる(120)。Hirataらによって引用されている研究報告(121)では、メルカゾール治療中の206人、PTU治療中118人、未治療バセドウ病38人、慢性甲状腺炎160人、甲状腺以外の疾患676人に対して、インスリン抗体が調べられた。13人がインスリン抗体を持っていた。これは全てメルカゾール治療中の患者であった。この13例の持つ抗体のインスリンとの結合能力は「インスリン自己免疫症候群」の患者の抗体と比べると弱く、症状のある人はいなかった。インスリン抗体価はメルカゾール治療後2〜3ヶ月でピークに達し、その後は治療を続けているにもかかわらず自然に消失する。同様の研究結果は、台湾からの報告でも出ている。メルカゾールまたはカルビマゾール治療中の患者の6%(6/95)にインスリン抗体がみられるが、PTU治療中の50人、未治療バセドウ病28人、健常者60人では、この抗体はみられなかった(122)。アメリカからの報告ではNuovoら(123)は、バセドウ病33人中10人で弱いインスリン抗体の存在を報告している。正常者33人では、この抗体はみられなかった。彼らが報告したバセドウ病患者はほとんどがPTUを服用していた。インスリン抗体ではなく、グルカゴン抗体を持つ症例が報告されている(124)。この日本人は、メルカゾールを服用していて症状はなかった。

1985年以降、いくつかの症例が報告されているが、すべて日本人、中国人、韓国人である(125-128)。特定のHLAのタイプを持った人がなりやすいのかもしれない(129)。低血糖のみでなく、低血糖と高血糖がみられるケースがある。これらのケースでは、内因性のインスリンに結合し働きを阻害しているのであろう(125,126)。「インスリン自己免疫症候群」は抗甲状腺剤以外のクスリ、例えばペニシラミンやイソニアジドなどではアジア人以外でも報告されている。この症候群が、何故PTUで起こらないかについては不明である。「インスリン自己免疫症候群」は、原因となるクスリを中止すれば、1〜2ヶ月後に自然に治る。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 日本医薬品集(23版、薬業時報社)のメルカゾールPTUの副作用情報も参考にしてください。 .
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参考文献]・[もどる