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甲状腺悪性リンパ腫
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

甲状腺の悪性疾患は、ほとんどが甲状腺癌です。頻度順にいうと、乳頭癌濾胞癌髄様癌未分化癌です。稀に扁平上皮癌や他の部位に発生した癌からの甲状腺への転移もあります。今回、お話しする甲状腺悪性リンパ腫は、甲状腺悪性疾患のうち、頻度は2〜3%です。

悪性リンパ腫は、前東京都知事の青島幸男氏がこの病気になり名前はご存じの方もおられると思います。通常、悪性リンパ腫は、全身のリンパ節が腫れてくる病気で、抗癌剤などで治療を要する病気です。話が難しくなりますが、悪性リンパ腫は悪性疾患ですが、癌ではありません。癌は、上皮細胞から発生してくる悪性腫瘍です。悪性リンパ腫は、リンパ節に存在するリンパ球という細胞から発生する悪性疾患です<リンパ球は上皮細胞ではありません。ですから、癌とは呼ばないのです。ここから先の話は、難しいので飛ばして読まれても結構です。受精後の原始胚は3つの層からできています。外胚葉、中胚葉、内胚葉です。外胚葉は、皮膚の上皮、臓器の表面上皮、神経などになります。中胚葉は、すべての結合組織、筋組織、血液、心臓・循環系、リンパ系、心膜腔、胸膜腔、腹膜腔の内側の成分になります。内胚葉は、胃、腸、内分泌腺、気管などの上皮になります。すなわち、上皮細胞とリンパ球は元々、異なる母地から発生してくるのです>。リンパ球は、血液中にもありますが、リンパ節に沢山存在します。このリンパ節にあるリンパ球が悪性化したものが悪性リンパ腫です。悪性リンパ腫は、リンパ節以外の組織にも発生します。例えば、骨髄、消化管、肺、膵臓、腎臓などです。

この悪性リンパ腫が甲状腺だけに発生することがあります。これを甲状腺悪性リンパ腫と呼びます。特徴は、橋本病(慢性甲状腺炎)で経過をみている人にまれに出てくることです。橋本病では、甲状腺内にリンパ球が沢山あります。このリンパ球が悪性化したものだと考えていただければいいです。甲状腺悪性リンパ腫は、リンパ節が腫れるタイプの悪性リンパ腫と比べると、たちがいいことも特徴です。すなわち、治療によりほとんどの人は治ります。年間発生頻度は、100万人中2.1人と非常に稀なものです。女性が、男性に比べて4倍多いのは、甲状腺疾患の特徴に合います。好発年令は、65〜75才が多く、高齢者に多い特徴があります。

甲状腺悪性リンパ腫の90%は、急速に甲状腺が大きくなってきます。橋本病で、急に甲状腺が大きくなってきたときには甲状腺悪性リンパ腫を疑う必要があります。通常は、2〜3ヶ月で急速に大きくなりますが、10〜20%ではゆっくり大きくなってくることもあります。甲状腺全体が大きくなってくることもありますが、シコリとして大きくなってくることもあります。

診断は、超音波【図1】と穿刺吸引細胞診【図2】を行えば、簡単です。超音波では、特徴的な低エコーを示します。通常の甲状腺シンチ検査は、診断には役立ちません。ガリウムシンチ【図3】は、90%で陽性に出ます。すなわち、ガリウムが甲状腺の悪性リンパ腫の部分に異常に取り込まれます。しかし、橋本病でもガリウムシンチで陽性になりますので、注意が必要です。

悪性疾患の場合は、悪性の顔つきがどうかをみることは重要です。すなわち、組織型です。悪性リンパ腫の国際分類(WF分類)がよく使われます。低悪性度群、中等度悪性度群、高悪性度群の3つに分けられます。詳しいことは、難しいので、ここではこの3つの群があることを知っておいてください。当然、低悪性度群が一番おとなしい顔つきで、高悪性度群が一番悪い顔つきです。中等度悪性度群はその中間です。もう一つ、甲状腺悪性リンパ腫の特徴はリンパ球のうちでもB細胞由来が多いことです。リンパ球には、B細胞とT細胞があります。B細胞から発生する悪性リンパ腫は治療に反応しやすいことはよく知られた事実です。神戸・隈病院が1960年から1993年まで経験した155例の甲状腺悪性リンパ腫はすべてB細胞由来のものであったと報告しています。このことが、甲状腺悪性リンパ腫が治療で治りやすい理由なのでしょう。

次に大切なことは、病気の広がりを調べることです。悪性リンパ腫が甲状腺内だけに留まっているのか、リンパ節にも転移しているのか、遠くに転移しているのかを調べることが重要です。それによって治療法が異なるからです。50%は甲状腺内に留まっています<注釈:これをステージIEといいます>。45%は甲状腺と頸部リンパ節に留まっています<注釈:これをステージIIEといいます>。残り5%は、横隔膜を挟んで両側のリンパ節に転移しているか<注釈:これをステージIIIEといいます>甲状腺以外の組織(骨髄、消化管、肺、膵臓、腎臓)に転移している場合<注釈:これをステージIVといいます>です。このステージ分類は、アナーバー(Ann Arbor)の病期分類として有名です。アメリカのミシガン州にあるアナーバーという都市(ミシガン大学があるところ)で、決められた分類です。アナーバー(Ann Arbor)の病期分類を決めるには、胸部X線、CT(頸部、胸部、腹部)を行います。症例によって、ガリウム(67-Ga)シンチや骨髄穿刺を行います。ステージ分類が何故、必要かといいますと治療効果の予測が可能だからです。ステージIEとステージIIEは治療に極めてよく反応します。ステージIIIEやステージIVは、予後が極めて不良です。幸いに、ステージIEとステージIIEが95%であるために、甲状腺悪性リンパ腫は治りやすい病気なのです。

急速に甲状腺が増大し、気管圧迫による呼吸困難のために気管切開を必要とすることもあります。気管圧迫の危険性が高いときには、緊急気管切開をさけるため予防的に気管切開をすることもあります。

治療として、手術は一般的に行いません。悪性リンパ腫が甲状腺に留まっている場合(ステージIE)や甲状腺と頸部リンパ節に留まっている場合(ステージIIE)には、放射線を外照射します<外から放射線を当てること:通常、40〜50Gyを照射します>。ステージIIIEやステージIVは、抗癌剤を使用します。甲状腺悪性リンパ腫に使用される抗癌剤は、シクロホスファミド(cyclophosphamide、商品名:エンドキサン)、ドキソルビシン(doxorubicin、商品名:アドリアシン)、ビンクリスチン(vincristine、商品名:オンコビン)です。これに副腎皮質ホルモン剤(プレドニゾン)を加えて、CHOP療法といいます。CHOPの由来はC(cyclophosphamide)、H(Doxorubicin Hydrochloride:HydrochlorideのH)、O(オンコビン:Oncovin)、P(プレドニゾン:prednisone)です。3種類の抗癌剤(CHO)を初日に静注し、プレドニゾンを5日間服用します。これを1クールと呼びます。これを3週間毎、繰り返します。通常、3〜6クール治療を行います。

ステージIEやステージIIEの場合には、治療により85%は治ります。しかし、稀に放射線照射したところ以外のリンパ節や臓器に転移を起こしてきます。神戸・隈病院の研究では、組織学的悪性度(WF分類)に関係なく、放射線外照射とCHOP療法6クールを行うと8年生存率が約100%と良好になると報告しています。これは、甲状腺悪性リンパ腫の治療において朗報です。ただ、高齢者で抗癌剤の治療に体が耐えられないときには、放射線外照射のみで治療することもあります。以下に述べますように、私自身の経験でも高齢者には、外照射のみで治療することが多いです。

当クリニックでは、1992年から2002年までの間に甲状腺悪性リンパ腫10例を診断し、治療してもらいました【表】。平均年令は、72.2才(55〜85才)で、男2例、女8例でした。全例、甲状腺腫が急速に大きくなってきました。全員、治療により腫瘍は消失しましたが、2例でリンパ節に再発がみられました。再発例に対しては、1例は外照射のみ、もう1例は外照射と抗癌剤の治療で腫瘍は消失しました。ステージIVの症例は、骨髄に転移しており外照射と抗癌剤で治療し、毎年ガリウムシンチを行っていますが、6年経つ現在も再発はみられていません。死亡した1例は、悪性リンパ腫で死亡したのではなく、高齢のため老衰で死亡しました。甲状腺悪性リンパ腫は、治療によく反応し予後がいいという今までの報告と一致した結果でした。10例全例が、慢性甲状腺炎を持っていました。慢性甲状腺炎で経過をみているとき、急に甲状腺腫が増大してきたときには、まず超音波で検査をするべきです。甲状腺悪性リンパ腫は特徴的な超音波像を示しますので、診断は難しくありません。また穿刺吸引細胞診も行うべきです。

一般医の先生は、慢性甲状腺炎の患者を治療中に甲状腺腫が急速に増大してきたら、甲状腺専門医に紹介されることをお勧めします。慢性甲状腺炎の患者さんは、急に甲状腺腫が大きくなったら甲状腺悪性リンパ腫の可能性があるので、主治医の先生に相談して甲状腺専門医に紹介してもらうようにお願いしてください。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 甲状腺悪性リンパ腫は稀な病気ですが、特徴は慢性甲状腺炎(橋本病)を持っている人から出てくることです。慢性甲状腺炎(橋本病)で治療を受けているか、経過をみている患者さんは甲状腺の大きさが急に大きくなってきた場合には、主治医の先生に甲状腺悪性リンパ腫の有無についてよく調べてもらってください。場合によっては、甲状腺専門医に紹介してもらうようお願いしてください。
甲状腺悪性リンパ腫は、治療によりほとんどの例で治ります。診断をしっかりしてもらうことが重要です。
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