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潜在性甲状腺疾患はいまだに意見の一致をみない問題である。潜在性甲状腺機能低下症は最近、この雑誌に総説が掲載された(13)が、潜在性甲状腺機能亢進症はいま研究中である<注釈:潜在性甲状腺機能異常については、患者情報[005]<9>・更に詳しい情報[008]・更に詳しい情報[009]を参考にしてください>。 |
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潜在性甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモン(T3, T4)が正常でTSHが抑制されている状態と定義される。実地臨床では、TSHが抑制されている患者は3つのカテゴリーに分けられる【Box2】。 |
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●顕性
●潜在性 |
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●甲状腺刺激ホルモン(TSH)低値とT4低値
●下垂体機能低下症の症状と検査データ |
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●生理的 |
- 妊娠(妊娠3ヶ月ころ):ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(HCG:甲状腺刺激作用を持つ)がピークに達し、数週間、甲状腺刺激ホルモン(TSH)を抑制する。HCG高値は妊娠悪阻(ツワリ)のある症例で、より著明である。この場合は、甲状腺刺激ホルモン(TSH)抑制のみならず、T3やT4も高くなる(14)。
- 高齢者:T4の代謝が悪くなり、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の抑制がみられる。
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●甲状腺疾患以外の病気 |
- 重症疾患の際にみられる甲状腺刺激ホルモン(TSH)の抑制とT3低値(まれにT4低値)が、一番多くみられる。これはソマトスタチンや他の神経伝達物質による中枢性の甲状腺刺激ホルモン(TSH)の抑制とコルチゾールなどによる末梢でのT4からT3への変換障害によって引き起こされる。
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潜在性甲状腺機能亢進症は持続性と一過性に分けられる【Box3】。いくつかの多数の住民を対象とした研究では、潜在性甲状腺機能亢進症の頻度は2%〜16%とバラツキがある。これは対象とした人達の違いによるところが大きい。女性、高齢者、結節性甲状腺腫の存在している人(多結節性甲状腺腫では20%)で、頻度は高い(15)。 |
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●外因性 |
- 医原性の過剰甲状腺ホルモン剤投与(患者が勝手に多く飲んだ場合と処方の間違い)
- TSH抑制療法(甲状腺癌術後や甲状腺腫に対して)
- 甲状腺ホルモン剤の隠れ飲み
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●内因性 |
- バセドウ病
- 多結節性甲状腺腫<注釈:腺腫様甲状腺腫のこと>
- 機能性甲状腺結節
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●亜急性甲状腺炎
●無痛性甲状腺炎
●産後一過性甲状腺炎
●薬剤性甲状腺機能亢進症(アミオダロン、インターフェロンα) |
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一般的に、潜在性甲状腺機能亢進症が顕性甲状腺機能亢進症になる可能性は低い(多結節性甲状腺腫では年に4%が顕在性甲状腺機能亢進症になる)。持続性のTSH抑制と顕在性甲状腺機能亢進症への進展は、高感度アッセイで感度以下の例で多い。それに反して、TSHの抑制が不十分、正常値より少し低い場合にはTSH値は正常値に復することがよくある。 |
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[心血管系] |
フラミンガム研究の10年間の経過観察で、心房細動の頻度は甲状腺刺激ホルモン(TSH)の抑制の程度と関連していることが分かった【TSH値が正常なとき(心房細動の頻度:8%)、TSH値が0.1〜0.4μU/mlのとき(心房細動の頻度:12%)、TSH値が0.1μU/ml以下のとき(心房細動の頻度:21%)】(16)。加えて、左室収縮期機能亢進や左室壁の肥厚、拡張期機能の障害、最大運動能力の低下、運動時の心駆出率の低下などの心臓機能への影響を潜在性甲状腺機能亢進症が引き起こすことが分かってきた。しかしながら、虚血性心疾患による死亡率や入院の頻度が増えたという証拠はみつかっていない(17)。これは、潜在性甲状腺機能亢進症では総コレステロールやLDLコレステロール<注釈:悪玉コレステロールと言われている>が低いことが、多分その原因と思われる(18)。 |
[骨塩密度] |
甲状腺ホルモン剤の効きすぎによる潜在性甲状腺機能亢進症や甲状腺の働き過ぎによる潜在性甲状腺機能亢進症に際にみられる骨塩密度についてはかなり研究されている。最近、骨塩密度に対する甲状腺ホルモン剤の効果についてメタ分析した論文が2つ発表された。最初のものは5〜15年間という長期間、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を受けた750名(13の研究論文の合計)の患者を対象としている(19)。閉経前の女性では、健康な女性に比べて、前腕遠位側、大腿骨骨頭、腰椎の骨塩密度の減少はそれぞれ年0.46%、0.27%、0.17%と有意なものではない。それに反し、閉経後の女性では、同じ場所の骨塩密度の減少はそれぞれ年1.39%、0.77%、0.92%と有意であった。
2番目のメタ分析論文は1,250名(41の研究論文の合計)の患者を対象としている(20)。患者は、甲状腺ホルモン剤による補充療法を受けている人とTSH抑制療法を受けている人である。TSH抑制療法を受けている場合には、最初のメタ分析論文と同様に、閉経前の女性では骨塩密度は減少しないが、閉経後の女性では有意に骨塩密度が減少していた。逆に、甲状腺ホルモン剤による補充療法を受けている場合には、閉経前の女性では大腿骨骨頭、腰椎の骨塩密度の減少がみられ、閉経後の女性ではそのような減少はみられなかった。しかし、方法論に問題がある。例えば、データを比較しやすいように、いろいろな除外項目にもかかわらず、研究者たちは体重、初潮年齢、閉経年齢、食事のカルシウム摂取量、喫煙、アルコール摂取量、運動などの骨塩量に影響を与える因子をマッチさせたコントロールとの比較はしていないことを明記している。甲状腺ホルモン剤治療の偽薬を使用した前向き研究のみが甲状腺ホルモン剤と骨塩減少や骨折との関連性に対して、結論を示してくれるであろう。 |
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治療を行う前に、潜在性甲状腺機能亢進症がTSHの低値を示す他の疾患との鑑別や持続性のものであることを診断する必要がある。一般的には、経過観察が一番良い方法である。しかし、明らかな甲状腺機能亢進症の症状があれば、治療が行われるべきである。患者が心房細動を持つ高齢者なら、もし心血管系疾患や筋肉骨格系疾患のある場合や甲状腺腫が大きい場合、治療を考慮すべきである。もし、TSH抑制療法中なら、ビホスフォネート剤を一緒に投与すべきである。 |
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アミオダロンはヨードを37%含んでいる強力な抗不整脈薬である。ライソゾーム内のリン脂質に強い親和性を持ち、ホスフォリパーゼ(リン脂質を加水分解する酵素)によるリン脂質の分解を防ぎ、リン脂質が蓄積し、ライソゾームの働きを妨げる。これらの封入体は肺、肝臓、心臓、角膜、末梢神経にみられられる。これらの所見から、多くの臓器における副作用や副作用と使用期間、総使用量との間の関連性を説明できる(21)。 |
[甲状腺機能におけるアミオダロンの影響] |
甲状腺機能におけるアミオダロンの影響は以下のごとくである。a]アミオダロンは薬理学的に大量のヨードを含有する。通常使用量(200〜600mg/日)で75〜225mgのヨードを摂取する(正常ではヨードの一日摂取量は0.2〜0.8mgである)。b]甲状腺のヨード摂取が増加し、6週間でピークに達する。慢性のヨード過剰は一過性に甲状腺ホルモンの産生を減少させ
(Wolff-Chaikoff効果)、TSH値が増加する。c]3ヶ月以内にはこの甲状腺ホルモン産生障害の効果は消失し、甲状腺ホルモンは正常になる。長期間にアミオダロンを服用している甲状腺機能正常患者の50%以上で、サイロキシン(T4)がほんの少し増加して、トリヨードサイロニン(T3)が減少して、ときにTSHが抑制される。これらの変化は甲状腺機能の経過をみる以外、特別の治療を必要としない。【Box4】にアミオダロンにより引き起こされる甲状腺機能異常の簡単なまとめを示している。ここでは、実地臨床の立場と最近の考えを強調している(22,23)。 |
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●頻 度 |
- 1.7%(ヨード摂取の多い地域)
- 12%(ヨード摂取の少ない地域)
ヨード摂取の多い地域(イギリスやアメリカ)では、ヨード摂取の少ない地域(イタリアなど)に比べてアミオダロンによる甲状腺機能亢進症よりも甲状腺機能低下症になりやすい。
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●病 因 |
- I型 :甲状腺機能亢進症を引き起こす。甲状腺疾患を持っている患者で起こりやすい。
- II型:甲状腺組織の破壊によっておこる甲状腺炎。これは正常甲状腺の人で起こる。
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●診 断 |
- T3(またはFT3)とFT4の増加と甲状腺刺激ホルモン(TSH)の抑制(研究者によってはFT4の増加とTSHの抑制はあるが甲状腺機能は正常と考えている人もいる。甲状腺機能亢進症の診断にはT3またはFT3の増加と性ホルモン結合グロブリンなど甲状腺機能亢進症時にみられる組織の指標が増加していることが必要である)
- 穿刺吸引細胞診を行うことで、甲状腺炎を示すII型とI型の鑑別が可能である。しかし、甲状腺が腫れている患者はほとんどいないために、この検査の有用性にも制限がある。
- II型において、亜急性甲状腺炎などで増加する炎症の指標であるインターロイキン6が著明に増加しており、非侵襲的な検査として有用であるが、実地臨床では使われない。
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●治 療 |
- 可能ならアミオダロンを中止(半減期が長いので、中止しても症状はすぐには改善しない)
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- 効きが悪いが、まず最初に大量の抗甲状腺剤を投与。副腎皮質ホルモン剤を追加することで、T4からT3への変換を阻害し、なおかつ甲状腺に対する直接的な抗炎症作用により症状が改善する。
- もし副腎皮質ホルモン剤が無効なら、専門医の監視のもとにパークロレイトカリウムを投与する。この薬剤はヨードの甲状腺への取り込みを阻害する。
- 危険は伴うが、迅速なコントロールを期待して手術を勧める。
- 一時的に甲状腺ホルモンを除去するために血漿交換も勧められるが、費用がかかる。
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●頻 度 |
- 13%(ヨード摂取の多い地域)
- 6.4%(ヨード摂取の少ない地域)
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●病 因 |
- 過剰ヨードによる甲状腺ホルモン産生抑制効果(Wolff-Chaikoff効果)の持続。これは自己免疫甲状腺炎を持つ人がなりやすい。特に、女性で抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体を持つ人では、7倍の危険率がある。
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●診 断 |
- T3、T4低値と甲状腺刺激ホルモン(TSH)高値。
- 治療を始めて3ヶ月以内のTSHの高値は、アミオダロンによる甲状腺機能低下症とは限らない。このTSHの増加は一過性のことがある。
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●治 療 |
- 甲状腺ホルモン剤を飲みながら、アミオダロンは続ける。
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[喫 煙] |
喫煙はバセドウ病と甲状腺眼症のリスクを増す(24)。低酸素状態下(タバコを吸っている状態でみられるような)で培養された眼筋線維芽細胞はグリコースアミノグリカンを多く産生する(24)。甲状腺眼症では特徴的に水分の貯留を伴う多量のグリコースアミノグリカンの沈着がみられ、筋肉の肥厚を引き起こす。正常人では、喫煙はヒートショック蛋白72に対する抗体と関連している。この蛋白は眼筋線維芽細胞にも存在し、自己免疫反応と関係している(25)。バセドウ病を持つ喫煙者は非喫煙者に比べて、可溶性インターロイキン1の拮抗物質の濃度が低い。このことはインターロイキン1の炎症誘発作用効果や線維化作用効果が抑制されないことを意味する(26)。
特に、甲状腺眼症を持つバセドウ病患者には禁煙をするようにアドバイスすべきである。バセドウ病の病気の経過における喫煙の影響、禁煙の効果についてのさらなる研究が必要である。 |
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バセドウ病による甲状腺機能亢進症の発症と甲状腺眼症の発症は時期的に異なることがある。20%のバセドウ病の患者では、バセドウ病の発症前に甲状腺眼症が発症する。バセドウ病と甲状腺眼症の同時発症が40%。バセドウ病の発症後に甲状腺眼症発症が40%。この事実は以下のことを意味している。甲状腺眼症の患者の約半数は放射性ヨード治療後に、甲状腺眼症が発症すると思われる。このことは、放射性ヨード治療後に甲状腺眼症が悪化するという印象を与える危険性がある。甲状腺眼症の症状の変動によってさらに事は複雑になる。驚くに当たらないが、バセドウ病の治療後、特に放射性ヨード治療後に甲状腺眼症の症状が悪化するかどうかについての研究は多くされており、また意見が分かれているところでもある。
12ヶ月間観察した無作為抽出試験では、甲状腺眼症の症状悪化は放射性ヨード治療後患者の15%に対して、メルカゾールで治療した患者では3%であった(p<0.001)。放射性ヨード治療に副腎皮質ホルモン剤を併用することで、甲状腺眼症の症状悪化を防止できた(p<0.001)(28)。この研究は以前発表された無作為試験の結果(29)を支持するものである。
この結果に基づいて、抗甲状腺剤と異なり、放射性ヨード治療は少数例には間違いなく甲状腺眼症の症状悪化をもたらすことが推察された。たった15%の患者のために他の大部分の患者が副腎皮質ホルモン剤の副作用にさらされる危険があるので、放射性ヨード治療後に副腎皮質ホルモン剤をルーチンに使用するのは不適切と考えられている(30)。副腎皮質ホルモン剤を使用する際には、常に副作用の危険性を考慮に入れて治療すべきである。最も重要な要因は、放射性ヨード治療前の甲状腺眼症の程度である。他の要因としては放射性ヨード治療前の喫煙やT3高値などである。 |
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抗甲状腺剤【カルビマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>とプロピールチオウラシル<注釈:日本ではプロパジール(チウラジール)>】使用中の無顆粒球症の頻度は10,000人あたり3人である。特に、クスリを使用開始して3ヶ月以内に起こる(31)。最近、Drugs
and Therapeutics Bulletin誌は薬物開始3ヶ月以内は2週間毎にルーチン白血球数測定するように勧めている(32)。しかし、イギリスではこの薬物で起こす無顆粒球症の頻度が極端に低いので、この勧告は多くの内分泌科医に批判されている。もし無顆粒球症が起こる場合には、発症が急激なので、たとえ2週間毎にルーチン白血球数測定をしていてもその発症を見逃すかもしれない。また、費用がかかることや患者の管理を複雑にする割には、白血球測定することが患者の利益になるという証拠はない。
英国医学会雑誌(British Medical Journal)は内分泌科医の批判に反論する。その根拠となる論文は日本の前向き研究である(33)。この研究はメルカゾールやプロピルチオウラシル<注釈:日本ではプロパジール(チウラジール)>で治療を受けた15,000人を越える患者を12年以上にわたって、観察したものである。薬物開始3ヶ月以内に、55人(0.4%)が無顆粒球症になった。そのうちの43人は症状が出る前にルーチンの白血球数測定によって見つかった。43人全てが薬物を中止すると無顆粒球症は回復した。そのうちの29人は感染の症状もなかった<注釈:これはわれわれが1990年に発表した論文である。43人中14人はクスリを中止後に顆粒球が減少し、症状が出現している>。また、英国医学会雑誌(British
Medical Journal)は抗甲状腺剤とsulfasalazine<注釈:潰瘍性大腸炎のクスリで、日本では商品名をサラゾピリンという>に対する現在の勧告にも、反論する。この2つのクスリはどちらも薬物開始3ヶ月以内に、無顆粒球症を引き起こす。Sulfasalazine使用中にはルーチンの白血球数測定を勧告しているが、抗甲状腺剤の場合には骨髄抑制を思わせる咽頭痛、発熱、口内潰瘍などが出現したときには連絡するように患者に説明書を渡すように勧告しているのみである。もし、そのような症状が出現したらクスリは即刻中止し、医師に連絡を取り、白血球を測定するように説明してある。この論争に対して、the
Committee on Safety of Medicineは最近、ルーチンの白血球数測定は必要ではないが、前述したような注意事項は厳重に観察すべしとの見解を示した(34)。
前述の日本の研究は抗甲状腺剤の中止すべき顆粒球数を1,500/mm3以下としているが、これは異常に高い値であることは肝に銘じる必要がある。無顆粒球症(顆粒球数250/mm3以下)と違って、顆粒球数が1,500/mm3以下の症例は抗甲状腺剤治療中の患者の10%でみられる。甲状腺機能亢進症自体でも、顆粒球減少はみられることもある。従って、日本の研究グループは問題を過大評価しているかもしれない。もう一度最後に言いたいのは、彼らの無顆粒球症の頻度は0.4%である。これはヨーロッパでの報告されている頻度の10倍であり、日本の結果との違いが大きい。 |