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バセドウ病の理想的な治療法は、甲状腺と眼窩に対する自己免疫反応を治すことにより甲状腺の機能を正常にし、その結果、眼症の消失をもたらすものであるが、そのような治療法はない。バセドウ病に対する現在の治療法は抗甲状腺剤、放射性ヨード、および手術である。その治療法の選択については地域毎に多少違いがある−例えば北アメリカでは放射性ヨードが好まれ、その他のほぼ全地域で抗甲状腺剤が好んで使われている。免疫抑制治療は非特異的であり、効果が完全なものではなく、重大な副作用があるため、軽度または中等度の眼症のある患者では、心理的問題が関わってくるものの、局所的方法で治療を受けるのが一般的である(58)。甲状腺機能亢進症と眼症の治療については、別の論文で詳しく述べられており(59-61)、その概要を【表2】と【表3】に示した。 |
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カルビマゾ−ル、その活性代謝産物であるメチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>、およびプロピルチオウラシル<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>はすべて甲状腺ペルオキシダーゼを阻害し、その結果甲状腺ホルモンの合成を阻害する。プロピルチオウラシルは甲状腺外でサイロキシン(T4)からヨード分子が取れ、トリヨードサイロニン(T3)になるのも阻止するため、血清トリヨードサイロニン(T3)濃度の初期減少がより急速に起こり、他の薬剤に比べ甲状腺機能亢進症症状の改善が早く起こる可能性がある。臨床では、この作用は重症の甲状腺機能亢進症または甲状腺中毒クリーゼのある患者にのみ価値のあるもので、カルビマゾ−ルおよびメチマゾールは初期治療開始時に必要な量が少なくてすむことと、軽度の甲状腺機能亢進症患者や3〜4週間の初期治療が終わった後のより重篤な甲状腺機能亢進症患者では1日1回の投与でよいという利点がある。薬剤の選択は主にその地域の診療法によって決まる。例えばプロピルチオウラシルは北アメリカで選択される薬剤であり、カルビマゾ−ルはイギリスで、またメチマゾールはヨーロッパとアジアで選択される。
抗甲状腺剤で治療を受けた患者の約30〜40%が、薬剤治療を中止してから10年後に正常な甲状腺状態を保っている。これはバセドウ病が寛解したことを意味する。この寛解がまったく自然に起きたものか、甲状腺機能亢進症がよくなったためのものか、あるいは薬剤の免疫調節作用によるものかは不明である(4)。抗甲状腺剤による治療の後に甲状腺機能亢進症が再発した場合は、2度目の治療で永久的な寛解が得られる確率はほとんどない。
若い患者や大きな甲状腺腫、眼症のある患者、あるいは診断時の血清TSH受容体抗体濃度が高い患者は永久的な寛解が得られる可能性は低いが、いろいろ試みたものの薬剤治療を中止した後の経過を予測するための信頼できるマーカーを見つけることはできなかった(62)。抗甲状腺剤の投与法に関しては、投与量を徐々に減量していく投与法【表2】を使用している場合、18ヶ月以上治療しても利益がないが(63)、その一方で「ブロック−補充」投与法<注釈:抗甲状腺剤と甲状腺ホルモンを一緒に投与する治療法>を用いて6ヶ月以上治療しても利益がないことが無作為治験で証明されている(84)。
私は「ブロック−補充」投与法の方を好むが、それは来院回数が少なくてすみ、正常甲状腺状態を維持しやすいように思えるからである。「ブロック−補充」投与法では、甲状腺機能低下症を避けるため抗甲状腺剤に加え、サイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>が投与される。サイロキシンの別の役割として、TSHの分泌を抑制し、それにより甲状腺抗原の放出を防ぐ可能性があると言われているが、そのことはメチマゾールによる治療中と治療後にサイロキシンの投与を受けた患者の研究で、甲状腺機能亢進症の再発率が極めて低いという所見が得られたことからもうかがえる(65)。これらの結果は他の数件の研究で再現できなかったが、その理由は不明である(66)。
抗甲状腺剤による治療で起こるもっとも深刻な合併症は、無顆粒球症である。発生頻度は年間患者10,000人あたり3例未満であると見積もられているが(67)、これよりも10倍の頻度で起こるという見積もりもある(日本やアメリカからの報告では1,000人に3〜4人の頻度である。実は、ヨーロッパからは抗甲状腺剤による無顆粒球症の頻度に関して多数例を対象とした研究が出ていない)。喉の痛みや発熱、あるいは口内炎が出たら患者には薬を止めて白血球数を調べてもらうように言っておかねばならない。ほとんどの医師はルーチンに白血球数を調べていないが、日本での研究からそのような検査をルーチンに行なっていれば症状が出る前に顆粒球減少症が見つかることが示唆されている(68)。無顆粒球症の治療は薬剤を中止し、入院させて監視しながら広域スペクトル抗生物質を用いて行なう。顆粒球コロニー刺激ファクターの無作為治験では効果がなかった(69)。もっとまれな合併症には肝臓への影響がある(急性肝壊死または胆汁鬱滞性肝炎)が、これは深刻なもので薬剤治療を中止しても継続し、死亡する場合もある(70)。 |
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北アメリカでは、バセドウ病患者に対する初期治療として放射性ヨードが好んで使われる(71)。ある分析では、放射性ヨード治療がもっとも費用効率のよい方法とされているが(72)、同じ程度の患者で行なった別の分析では抗甲状腺剤による治療の方がわずかにコストが低いとなっている(73)。放射性ヨードは妊婦や授乳中の女性には禁忌であり、眼症を誘発、あるいは悪化させる恐れがある。特に喫煙者ではその危険性が高い(74,75)。眼症の悪化は一過性であることが多く、グルココルチコイド治療(1日40mgのプレドニゾンを3ヶ月かけて徐々に中止していく)によって予防できる可能性がある(74)。放射性ヨードの催奇形性の危険性ははっきり証明されていないが、治療後少なくとも4ヶ月は妊娠を避けるべきである。放射性ヨードと抗甲状腺剤の利点と欠点の比較を【表4】に挙げてある。私は50歳以下で、バセドウ病が初発した患者には抗甲状腺剤を勧め、50歳以上の患者には放射性ヨードを勧めている。なぜなら甲状腺機能亢進症の再発により心房細動の危険性が生じるからである。また、甲状腺機能亢進症の再発を見た患者にはすべて、手術の適応がない限り放射性ヨードを勧めている。
あらゆるタイプの甲状腺機能亢進症の患者での放射性ヨード治療後の標準死亡率はわずかに増加するが、これは主に甲状腺機能亢進症や循環器疾患、および大腿骨骨折が原因である(76,77)。治療後、時間が経つにつれて死亡率は減少していく。したがって死亡原因は治療の直接的影響というよりも甲状腺機能亢進症そのものである可能性が高い。放射性ヨードで治療を受けた患者での癌の総発生率は変わらないか(78)、わずかに減少するが(79)、甲状腺癌およびおそらくそれ以外の癌によるものと思われる死亡の危険性はわずかに増加する。このリスクがバセドウ病に関係したものか、あるいは放射性ヨードに関係したものかは不明である。このような安心できるデータはあるものの、それゆえ一層バセドウ病に罹った小児の治療には注意が必要であると思われる(80)。
放射性ヨード治療の主な副作用は甲状腺機能低下症である。放射性ヨード治療後最初の数ヶ月内に甲状腺機能低下症が起きた場合は一過性の可能性がある。甲状腺刺激抗体の血清濃度がもっとも高い患者がいちばん治りやすいが(81)、中には甲状腺機能亢進症を治癒させるため、2度目の治療を必要とする者もいる(82)。複雑な計算をして放射性ヨードの投与量を定めても、甲状腺機能低下症の発生率、あるいは甲状腺機能亢進症の再発率が減少することはないし、また費用も高く不便である(83)。ほとんどの医師は甲状腺のサイズの評価を元にした5〜15mCi(185〜555MBq)の固定量を投与する方を好む(84)。
放射性ヨード治療の直前または直後に抗甲状腺剤を投与すると、放射性ヨード治療の効果が減少する。これは特にプロピルチオウラシル<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>では問題となるが、この薬は最長55日放射能防護効果を発揮する可能性があるからである(85)。軽度または中等度の甲状腺機能亢進症である患者は、放射性ヨード治療の前後に抗甲状腺剤治療を行なう必要がない。このような患者の症状は放射性ヨードの効果が出てくるまでにベータ作動性拮抗剤でうまく軽減できるからである。重症の甲状腺機能亢進症患者は、放射性ヨード投与の4週間から8週間目前に抗甲状腺剤で治療すべきである。この薬剤により急速に甲状腺ホルモン分泌が減少し、そのためわずかであるが放射性ヨード投与後まもなく甲状腺クリーゼが起こる危険性を減少させることができるからである。放射性ヨード治療後は、放射性ヨード投与時に甲状腺機能亢進症のコントロールが不良であった患者にのみ抗甲状腺剤を投与するようにすべきである<注釈:全例で抗甲状腺剤により甲状腺機能を正常にして、放射性ヨード治療を行うべきである。治療後も甲状腺機能が落ち着くまでは抗甲状腺剤を投与すべきである。その方が安全であり、患者さんもきつくないと思う。放射性ヨード治療は効きすぎが欠点であるので、効きが少しくらい悪くても問題にならない。2回目の放射性ヨード治療をすればいいのである。日本でも外来で放射性ヨード治療が可能になったので、好都合である>。 |
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一部のバセドウ病患者では甲状腺亜全摘の方が好ましい。特に大きな甲状腺腫がある場合はそうであるが、その性質がはっきりしない甲状腺結節が同時に存在している場合も適応となることがある。患者は甲状腺機能が正常状態になるまで抗甲状腺剤で治療を受けなければならない。通常は、手術前7日間、無機ヨードの投与も行なわれる。抗甲状腺剤や放射性ヨードによる治療に比べ、手術は費用が高い(73)。もっとも経験あるセンター(医療施設)では、98%以上の患者で甲状腺機能亢進症が治癒し、手術の合併症の発生率もきわめて低い。術後に甲状腺機能低下症が起こる率は甲状腺亜全摘よりも、甲状腺をほぼ全部摘出した場合に高くなる。また、血清中の甲状腺ペルオキシダーゼ抗体濃度の高い患者の方に術後の機能低下症の発生率が高い(86)。甲状腺をほぼ全部摘出する手術は、眼症に対して悪影響を与えない(87)。 |
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理想を言えば、甲状腺機能亢進症が適切に治療されるまで妊娠を避けるべきである。未治療の女性では胎児の死亡率が高いからである。妊娠中にバセドウ病の発病や再発が起きた場合は、血清遊離サイロキシン(FT4)レベルを正常な基準値の上限または上限よりやや高いところに維持するに必要な最低量の抗甲状腺剤を投与すべきである(88)。抗甲状腺剤とサイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>の併用治療<注釈:「ブロック−補充」投与法>は避けなければならない。サイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>による治療も受けている患者では必要な抗甲状腺剤の用量が高くなり、サイロキシンはほとんど胎児には届かないので結果的に胎児が甲状腺機能低下症になるためである。胎児の甲状腺機能低下症を起こしてくる可能性に関しては、プロピルチオウラシルの方が血清蛋白と結合するレベルが高いため、理論的に胎盤を通過する危険性は低いとなっているが、プロピルチオウラシル<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>とメチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>ではほとんど違いがない(89)。適切にモニターしながら治療すれば抗甲状腺剤治療は妊婦にも安全に行なえる。母親のメチマゾールまたはカルビマゾール使用と先天性皮膚欠損症との間にはわずかながら関連性がある。そのリスクは不明であるが、この合併症の発生頻度を評価する研究では、リスクがまったくないと言い切れるだけの十分な根拠が示されていない(90)。プロピルチオウラシルの効果は同じ程度であり、催奇形性もないと思われるため、甲状腺機能亢進症のある妊婦にはプロピルチオウラシルが普通使われる(88)<注釈:プロピルチオウラシルでは奇形について統計学的に研究した報告がないので、この記載は根拠がない。妊娠中はメルカゾールでもプロピルチオウラシルでもどちらでも問題ないと考える>。
理由はよくわからないが、妊娠中に甲状腺刺激抗体の血清濃度が下がり、時にTSH受容体阻害抗体が現われることがある(91)。この結果、妊娠7ヶ月以降に甲状腺機能亢進症の自然寛解が起きることがよくある。このようなケースでは抗甲状腺剤による治療を中止することができる。妊娠中にバセドウ病であった女性の1〜5%で、その胎児または新生児に甲状腺機能亢進症が起こる。これは甲状腺刺激抗体が胎盤を通るために起こったものである。罹患した母親ほぼ全員の胎児、または新生児の血清TSH受容体抗体濃度が非常に高くなっている。新生児の甲状腺機能亢進症のリスクは、妊娠7ヶ月始めに母親の血清TSH受容体抗体濃度を測定して評価することができる。この検査はこの時期にまだ抗甲状腺剤を飲んでいる女性では特に役立つものである(48,92)。胎児では、甲状腺機能亢進症により子宮内発育が不良となり、1分間に160以上の心拍数となる。新生児では、頻脈や多動性、いらいら、および筋力低下などの甲状腺機能亢進症症状が出る。低用量の抗甲状腺剤を飲んでいる母親は、安全に授乳できると思われるが、子供の甲状腺の状態を定期的に診察してもらう必要がある。 |
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軽度から中等度の眼症は自然に治まることが多く、ごく簡単な治療しか必要としない【表3】。重症の眼症、特に視力に障害が出ているような場合は、高用量のグルココルチコイドや眼窩への放射線照射、あるいはその両方の治療の組み合わせで患者の3分の2は改善する(93)。眼窩減圧療法は視神経に障害が出ているか、眼球突出のある患者に効果があり、初期治療として行なわれる場合もグルココルチコイド治療が効を奏しなかった後に行なわれる場合もある(94)。他に代わりとなる治療があるかどうかは不明である。 |