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抗甲状腺剤による肝障害
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

はじめに
抗甲状腺剤の副作用で一番多いのは、蕁麻疹です。これは、一般的に軽い副作用ですが、抗ヒスタミン剤を一緒に投与することで落ち着く軽いものから、ステロイド(副腎皮質ホルモン)を使用するほどひどいものまで程度は様々です。通常、原因となる抗甲状腺剤を中止して、もう一方の抗甲状腺剤に変更します。稀ですが、抗甲状腺剤の副作用には無顆粒球症があります。この副作用は重篤ですので、甲状腺専門医は非常に気を遣います。無顆粒球症が出現した場合には、抗甲状腺剤の治療はできません。もう一方の抗甲状腺剤でも、50%の確率で無顆粒球症になる可能性があるためです。手術アイソトープ治療に切り替えます。

抗甲状腺剤による肝障害についての報告例は、重症例がほとんどです。重症例の場合は、死亡率が20〜30%という恐ろしい副作用です。しかし、そのような重症の肝障害は非常に稀で無顆粒球症より頻度が低い副作用です。日常臨床で遭遇するのは、抗甲状腺剤による軽度の肝障害です。最近、PTUによる劇症肝炎の報告がなされていますので、肝障害が出現したら早めに抗甲状腺剤を中止して、手術やアイソトープ治療で治す方が安全と思います。私は医師として、肝障害があるのにそのまま経過をみるほど度胸はありませんし、さらに患者さんのことを考えると怪しいクスリは中止すべきでしょう。ここで、問題になるのは抗甲状腺剤を中止する決定をするのは、肝障害がどの程度になったときかということです。肝障害といっても、軽度なものから誰がみても異常と思う重症のものまであります。具体的に正常値の何倍くらいになれば、抗甲状腺剤の副作用と考え、クスリを中止すべきなのでしょうか?

今回、わたしは抗甲状腺剤治療前の肝機能が正常かもしくは軽度異常(AST(GOT), ALT(GPT)が100IU/L未満)を示す例で、抗甲状腺剤治療中にAST(GOT)もしくはALT(GPT)が100IU/Lを越えたら副作用と考え、抗甲状腺剤を中止しました<正常値:GOT(AST)9〜48IU/L、GPT(ALT)5〜49IU/L>。この基準のもとになったのは、長年、伊藤病院で薬剤師をされていた永井育三先生が書かれた『実践服薬指導“抗甲状腺薬”改訂版』(神谷書房;平成11年7月20日改訂版)です。その本の56頁に、「GOT、または、GPTが正常上限から2倍以上の上昇」がみられたときに薬剤性肝障害を疑い、当該薬物を中止すべきであるという記載があります。

対象と方法
平成10年7月〜平成14年5月までに田尻クリニックを受診したバセドウ病患者のうち、抗甲状腺剤を投与した986例を対象とした。メルカゾール888例【男; 178例、女; 710例、年令; 40.8±15.5才(10〜86才)】、PTU(チウラジールまたはプロパジール)253例【男; 33例、女; 220例、年令; 35.8±15.1才(9〜82才)】であった。メルカゾール888例のうち、155例は何らかの副作用のためPTUに変更した。PTUのみ服用したのは、98例である。すなわち、155例はメルカゾールとPTUを服用しているので、全体の症例数はメルカゾール888例とPTUのみの98例を加えた986例になる。

抗甲状腺剤治療前の肝機能が正常かもしくは軽度異常(AST(GOT)、ALT(GPT)が100IU/L 未満)がみられる症例で、抗甲状腺剤治療中にAST(GOT)もしくはALT(GPT)が100IU/Lを越えた症例を抗甲状腺剤による肝障害と定義した<正常値:GOT(AST); 9〜48IU/L、GPT(ALT); 5〜49IU/L>【「実践服薬指導ム抗甲状腺薬ム改訂版」(永井育三著, 神谷書房, 平成11年7月20日改訂版)の56頁から引用】<永井育三先生にお聞きしたところ、この基準は以下の文献から引用されたとのことである(臨床成人病20巻, 1157-1162, 1990)>。

抗甲状腺剤は、原則として服用開始したら2〜3週間間隔を2回来てもらい、それを過ぎたら来院ごとに1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と診察期間を延ばし、その後は3ヶ月毎の診察とした。初診時、再診時には肝機能をチェックした。肝機能検査は、総ビリルビン(T.B)、AST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GTP、アルカリフォスファターゼ(ALP)である。バセドウ病の場合、アルカリフォスファターゼ(ALP)は骨由来であるので検討から除外した<正常値:AST(GOT); 9〜48IU/L、ALT(GPT); 5〜49IU/L、γ-GTP; 0〜53IU/L、T.B; 0.2〜1.0mg/dl>。

抗甲状腺剤の肝障害と診断したら、その抗甲状腺剤は中止し、ヨウ化カリウム; 38.5mg/日に変更し、手術もしくはアイソトープ治療を勧めた。原則として、もう一方の抗甲状腺剤は使用しなかった。15才未満の場合には、手術を勧めた。肝障害が重症と判断した症例は、入院治療をしてもらった。

肝炎ウィルスは、入院を要した4例とメルカゾールを中止後に肝機能が悪化した1例でチェックしているが、陰性であった。

結 果
上記の抗甲状腺剤の肝障害の定義を満たす症例は、51例であった。男; 9例、女; 42例、年令; 11〜86才(42.5±16.9才)であった。原因となった抗甲状腺剤による内訳は、メルカゾール25例【男; 7例、女; 18例、年令; 49.3±16.5才(16〜86才)】、PTU(チウラジールまたはプロパジール)26例【男; 2例、女; 24例、年令; 35.9±14.8才(11〜66才)】であった(PTU症例の年令は、メルカゾール症例の年令より有意に若かった、p<0.01)。PTU症例とメルカゾール症例では、性別での差はなかった(カイ二乗検定)。

肝障害を起こす頻度は、最初にメルカゾールを使用した症例880例中25例(2.8%)、最初にPTUを使用した症例98例中3例(3.1%)、メルカゾールを使用したが副作用が出てPTUに変更した症例155例中23例(14.8%)であった。最初にメルカゾールを使用した症例と最初にPTUを使用した症例の間には、肝障害の頻度に差はみられなかったが、最初にメルカゾールを使用した症例とメルカゾールを使用したが副作用が出てPTUに変更した症例(p<0.001)、最初にPTUを使用した症例とメルカゾールを使用したが副作用が出てPTUに変更した症例(p<0.01)の間には有意な差がみられた(カイ二乗検定)。

メルカゾールを使用したが副作用が出てPTUに変更した症例23例の副作用は、蕁麻疹17例、顆粒球減少症1例、頭痛1例、関節痛2例、胃腸障害1例、筋肉痛1例であった。肝障害を起こしたときに同時にみられた副作用はメルカゾール症例では、蕁麻疹4例、発熱1例、PTU症例では、蕁麻疹2例、発熱1例、顆粒球減少症1例であった。

肝障害を起こしたときのメルカゾールの投与量は22.1±8.4mg/日(2.5〜30mg/日)、PTUの投与量は367±177mg/日(100〜900mg/日)であった。肝障害を起こすまでの期間は、メルカゾール症例; 33.3±27.8日(3〜113日)、PTU症例; 44.0±25.0日(11〜114日)であり、一見PTU症例の方が長いようにみえるが、統計学的には有意の差はみられなかった(カイ二乗検定)。

肝障害を起こした抗甲状腺剤を投与前の肝機能は、正常39例であった。何らかの肝障害を示していた症例は11例、不明1例である。何らかの肝障害を示していた症例の内訳は、T.Bのみの異常なし、AST(GOT)のみの異常なし、AST(GOT)とALT(GPT)の異常1例、ALT(GPT)のみの異常5例、ALT(GPT)とγ-GTPの異常3例、γ-GTPのみの異常2例である。AST(GOT)は50IU/L、ALT(GPT)は51〜86IU/L、γ-GTPは64〜162IU/Lと軽度異常がみられたのみである<正常値:AST(GOT); 9〜48IU/L、ALT(GPT); 5〜49-53IU/L、T.B; 0.2〜1.0mg/dl>。

抗甲状腺剤による治療を開始して、肝機能が悪化した(GOT,GPTともに100IU/L未満)症例は、メルカゾール症例で25例中3例(12%)、PTU症例26例中8例(31%)であった。

肝障害を起こしたときのAST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GTP、T.Bをメルカゾール症例とPTU症例で示す【表1】【図1】

  • メルカゾール症例
    AST(GOT); 115.6±65.8IU/L(33〜329)、ALT(GPT); 199.0±117.1IU/L(54〜493)、γ-GTP; 186.5±152.2IU/L(16〜595)、T.B; 0.7±0.3mg/dl(0.2〜1.4)
  • PTU症例
    AST(GOT); 143.0±225.0IU/L(39〜1154)、ALT(GPT); 226.7±252.1IU/L(47〜1351)、γ-GTP; 113.3±115.0IU/L(16 〜587)、T.B; 0.7±0.4mg/dl(0.3〜2.3)

メルカゾール症例2例で、抗甲状腺剤を中止した後も肝障害が悪化した。一例は54才、女性で、メルカゾールを中止した時はAST(GOT); 122IU/L、ALT(GPT); 283IU/Lであったが、その後GOT; 467IU/L、GPT; 532IU/Lまで上昇した。肝障害が回復するのに50日を要した。もう一例は、61才、男性で、メルカゾールを中止した時はAST(GOT); 174IU/L、ALT(GPT); 354 IU/Lであったが、その後GOT; 257IU/L 、GPT; 1157IU/L まで上昇した。肝障害が回復するのに30日を要した。この2例は、甲状腺眼症にて同時に副腎皮質ホルモン(プレドニゾロン)をそれぞれ5mg/日、20mg/日を服用していた。

肝障害が回復するまでの期間は、メルカゾール症例15.6±11.5日(4〜50)、PTU症例11.6±5.4日(6〜21)であり、2群間には統計学的な有意差はなかった(Welch's t test)。肝障害のため、3例は入院治療を要した。

バセドウ病に対する治療は、アイソトープ治療40例、手術4例、ヨウ化カリウム(KI)9例【内訳:寛解状態3例、治療中4例(軽度の亢進症2例、アイソトープ治療や手術を拒否2例)】である。

討 論
VitugとGoldmanは彼らの薬物による肝障害の総説において、メルカゾールとPTUで肝障害を起こす危険因子について比較している(Horm Res 1985; 2l: 229-34)
  1. メルカゾールによる肝障害を起こす人の年令が、PTUによる肝障害を起こす人の年令より有意に高い。
  2. 投与量を比較すると、メルカゾール(40mg/日)の方が、PTU(385mg/日)より比較的多い量で起こしている。
  3. 投与期間はメルカゾールの方が短い。
今回のわたしの研究とVitug & Goldmanの報告を一つずつ比較検討してみる。まず[1.]については、今回のわたしの研究でも、PTU症例の年令はメルカゾール症例の年令より有意に若かった(p<0.01)。次に[2.]に関しては、投与量はメルカゾール(22.1±8.4 mg/日)が、PTU(367±177mg/日)より比較的多い量で起こしているということは観察できなかった。最後に[3.]についていえば、肝障害を起こすまでの期間は、メルカゾール症例33.3±27.8日(3〜113日)、PTU症例44.0±25.0日(11〜114日)であり、一見PTU症例の方が長いようにみえるが、統計学的には有意の差はみられなかった(カイ二乗検定)。

抗甲状腺剤による肝障害を論ずるには、最低、抗甲状腺剤を使用する前に肝機能をチェックすることが重要である。未治療バセドウ病では、肝機能検査の異常は30〜40%にみられる。また、肝疾患を合併していることもありうる。このような状況を抗甲状腺剤投与前に知っておくことは重要なことである。わたしも、今回の研究では、全例で治療前に肝機能をチェックした。Gurlek Aらは、43例の甲状腺機能亢進症で、PTU治療前と治療6週間後の肝機能について検討している(J Clin Gastroenterol 1997, 24: 180-3)。甲状腺機能亢進症と診断された時点で何らかの肝機能異常を呈した症例は60.5%であった。ALP; 19例(44.2%)、ALT(GPT); 10例(23.3%)、AST(GOT); 6例(14%)、γ-GTP; 6例(14%)であった。6週間後にPTUによる肝機能検査の悪化は7例(16.3%)にみられた<因みに、今回の研究では、抗甲状腺剤による治療を開始して、肝機能が悪化した(GOT,GPTともに100IU/L未満)症例は、メルカゾール症例で25例中3例(12%)、PTU症例で26例中8例(31%)であった>。PTUによる肝障害の発症は、年令、性別、甲状腺機能亢進症のタイプ(バセドウ病、機能性結節)、診断時の肝障害の有無とも関連がなかった。結論として、甲状腺機能亢進症では診断時に高頻度に肝機能異常を認めるが、治療前の肝機能異常はPTUによる肝障害の発症を予測することはできないと述べている。すなわち、治療前に肝障害があっても、抗甲状腺剤を使用することは問題ないということである。治療により肝機能は改善することは証明されている。ただ、著しい肝障害がある場合、肝炎ウィルスなど他の肝障害の原因も検索しなければならないことは言うまでもない。

今回の研究で興味深い結果は、最初にメルカゾールを使用した症例と最初にPTUを使用した症例の間には、肝障害の頻度に差はみられなかったが、最初にメルカゾールを使用した症例とメルカゾールを使用したが副作用が出てPTUに変更した症例(p<0.001)、最初にPTUを使用した症例とメルカゾールを使用したが副作用が出てPTUに変更した症例(p<0.01)の間には有意な差(カイ二乗検定)がみられたことである。日本では、一般的にメルカゾールをファースト・チョイスとして使用されることが多い。約10〜20%に何らかのメルカゾールによる副作用がでる。その場合には、重大な副作用でなければPTUに変更する。この場合、すぐにPTUに変更する場合とヨウ化カリウムで一時期治療して、PTUに変更する場合がある。わたしは、基本的には後者のやり方で対応している。理由は、メルカゾールによる蕁麻疹は完全に消失するのに数日を要することが多いために、PTUに変更してから蕁麻疹が続いていると、患者はPTUの副作用ではないかと不安になるからである。KIに変更して2〜4週間後にPTUに変更する頃には蕁麻疹は消失しているので、患者も安心するのである。話が少し逸れたが、メルカゾールで軽度の副作用が出た症例では、PTUに変更してから肝障害の出現する頻度(14.8%)はPTUを最初に使用した例(3.1%)の5倍に近い。このことは、臨床上、重要なことと思われる。メルカゾールで軽度の副作用が出た症例では、PTUに変更したあと肝障害には特に気を付けなければならない。

ここで、メルカゾールによる肝障害とPTUによる肝障害の頻度について、文献的に考察してみたい。今まで報告された文献(Williams KV et al. J Clin Endocrinol Metab 1997; 82: 1727-33)や教科書(Cooper DS: Treatment of Thyrotoxicosis, In Werner & Ingbar's Thyroid ed by Braverman LE & Utiger RD, p695, 8th edition, Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia)の抗甲状腺剤による肝障害の頻度は、重症例のそれであり、1,000人に1人くらいの頻度で無顆粒球症より稀であると記載されている。開業してから、約10年間にバセドウ病に対してメルカゾール; 1613例、PTU; 475例、計2,088例に使用してきたが、幸いにも入院を要するような症例は3例のみであった。死亡例はない。それからすると、やはり今まで言われていたような重症肝障害例は1,000人に1人の頻度になる。これは、死亡率が20〜30%という恐ろしい副作用のことである。しかし、我々が日常臨床で遭遇する抗甲状腺剤による肝障害は、もっと軽症な例がほとんどである。この軽症肝障害例をどのように扱うかは、PTUによるものがほとんどであるが、いくつかの文献によると軽度肝障害なら、そのまま抗甲状腺剤を使用してもいいと報告されている。果たして、そうであろうか?

Huang MJらは、95例の甲状腺機能亢進症患者のPTU治療前後の肝機能を検討している(Am J Gastroenterol 1994 Jul; 89(7): 1071-6)。患者は2ヶ月間PTU300mg/日を、その後100〜150mg/日に減量して3ヶ月間服用した。PTU投与前に、72例(75.8%)は何らかの肝機能異常を示していた。各肝機能異常の頻度は、AST(GOT); 27.4%、ALT(GPT); 36.8%、ALP; 64.2%、γ-GTP; 16.8%、ビリルビン; 5.3%であった。ALT(GPT)が異常を示した34例中、62%はPTUの投与により肝機能は正常化した。しかし、残り38%ではPTU治療中に無症状であったが一過性に有意にALT(GPT)の悪化がみられた。これらの症例では、肝炎ウィルスは陰性であり、自己免疫性肝炎もなかった。治療を要するような薬剤性肝障害を起こしたのは、1例のみであった。以上より、彼らは、治療を要するような薬剤性肝障害を起こさない限り、PTUを中止する必要はないと結論づけている。

この台湾のグループは、1993年にも同様の発表をしている(Ann Intern Med 1993; 118: 424-428)。PTU投与前にAST(GOT), ALT(GPT)が正常値を示していた甲状腺機能亢進症患者54例について検討している。患者は2ヶ月間PTU; 300mg/日を、その後100〜150mg/日に減量して3ヶ月間服用した。15例(28%)が、PTU 投与3ヶ月後にALT(GPT)の異常がみられた。ALT(GPT)の正常値は36U/L以下である。ALT(GPT)が100U/Lを越えたのは15例中4例である。100U/L、110U/L、210U/L、231U/Lである。この4例を含めて、15例でPTUを引き続き投与したが、肝機能は13例で正常化、2例で改善した。この研究から、彼らは甲状腺機能亢進症では、PTU治療中に高頻度にALT(GPT)の異常がみられるが、PTUを中止することなく投与しても、全例肝障害は正常化もしくは改善したので、ビリルビン異常が出たり、臨床的に肝炎の症状がでなければ、PTUを中止する必要はないと結論づけている。

彼らの論文を読んで感じたことは、結果オーライであっただけのように感じた。もし、この中に劇症肝炎になった患者がいたら、彼らは何とコメントするのであろうか。現時点で、抗甲状腺剤による肝障害(特にメルカゾール)について十分なデータが蓄積されていない現状を考えると、GOT(AST),GPT(ALT)が100IU/Lを越えたら躊躇せず抗甲状腺剤を中止し、ヨウ化カリウムに変更し、手術かアイソトープ治療にもっていくことが安全であると考える<正常値:GOT(AST); 9〜48IU/L、GPT(ALT); 5〜49IU/L>。何回も繰り返し、強調するが劇症肝炎にならないという保証はないのである。薬物による劇症肝炎は、肝移植をしなければ、死亡率は80%を越すといわれている(Lee WM. N Engl J Med 1995; 333: 1118-1127)。ロシアンルーレットのような治療は止めるべきであろう。実際、GOT(AST), GPT(ALT)が100〜200IU/Lを示す肝障害を起こしている患者にそのまま抗甲状腺剤を使用する勇気は、わたしにはないと申し上げたい。抗甲状腺剤以外の治療がなければ、仕方ないが手術、アイソトープ治療という治療法があるわけだから、無理に危険を冒してまで抗甲状腺剤を続ける理由が見あたらない。PTUには、添付文書の重大な副作用として劇症肝炎が記載されているので、特に注意を要する。

Hanson(Hanson JS. Arch Intern Med 1984; 144: 994-6)はPTUによる肝障害の診断基準を次のように提案している。
  1. 臨床的および検査データでの肝細胞障害の証明
  2. PTU使用との時間的な関連性
  3. 肝炎ウィルス、別の薬物、中毒物質などの否定
  4. ショックや敗血症のないこと
これは、重症例には必要であろうが、軽度の肝障害には当てはまらない。こんな重症になってから、抗甲状腺剤を中止していたのでは、遅すぎる。繰り返しになるが、PTUでは、劇症肝炎があるので、早い対応が必要である。

メルカゾール症例2例で、抗甲状腺剤を中止した後も肝障害が悪化した。PTUによる肝障害を起こした場合、PTUを中止したにもかかわらず肝障害がその後も悪化することがあるので、慎重な経過観察が必要であると言われている(Williams KV et al. J Clin Endocrinol Metab 1997; 82: 1727-33)。今回の検討では、PTUではそのような症例はみられなかった。興味深いことは、抗甲状腺剤を中止した後も肝障害が悪化した2例とも、肝障害を起こした時点で甲状腺眼症のためにステロイドを服用していた点である。しかし、ステロイドが肝機能障害の遷延化に関与していたかどうかは不明である。何はともあれ、抗甲状腺剤を中止しても、肝障害が進行する可能性があるために慎重な経過観察が必要になる。私の場合は、抗甲状腺剤による肝障害がでたら抗甲状腺剤を即、中止し1週間後に来院してもらい(遠方の患者さんなら、近くの内科の先生に1週間後に肝機能を調べてもらう旨の紹介状を書く)、肝機能が正常化もしくは改善していることを確認する。もし、肝機能障害が遷延化していたり、悪化していたら入院治療が必要になる。

日本での抗甲状腺剤による肝障害の発生頻度を調べてみた。東京・伊藤病院では、抗甲状腺剤を投与した4514人のうち肝障害は6人(メルカゾール; 4人、PTU; 2人)で、メルカゾール; 0.09%、PTU; 0.04%である(「伊藤病院に学ぶ甲状腺疾患の診かた」伊藤病院編・著, p57, メディカル・コア, 1995年)。頻度から考えて、多分、今回の更に詳しい情報/053で報告しているような重症例の肝障害であろう。札幌の上條内科クリニックの上條桂一先生が、著書(『よくわかる甲状腺疾患』上條桂一著, p62, 上條甲状腺研究所, 1996年)の中での記載では、メルカゾール投与例765例中28例(3.7%)、PTU投与例244例中15例(6.2%)である。この頻度は、今回のわたしの研究と同じく軽度の肝障害も含んでいると思われる。上條先生は、メルカゾールで肝障害がでた24例のうち、6例はアイソトープ治療を行い、多分、クスリ以外の治療を拒否したためと思うが、残り18例はPTUを投与している。当然の事ながら5例(27.8%)でまた肝障害が出現している。わたしは、基本的には抗甲状腺剤による肝障害がでたら、クスリ以外の治療に切り替えるのであるが、今回の研究で一人だけ20才の女性でメルカゾールにより肝障害がでたので手術もしくはアイソトープ治療を勧めたが、拒否したのでPTUを投与したが、肝障害が出現し、結局アイソトープ治療で治した。上條先生の報告やわたしの経験から、抗甲状腺剤による肝障害を起こしたら、手術もしくはアイソトープ治療を選択する方が安全と思われる。

抗甲状腺剤による肝障害に対する治療は、まず原因となる抗甲状腺剤を中止することである。そうすれば、ほとんどの場合には1〜2週間で肝障害は回復する。しかし、前にも書いたが、抗甲状腺剤を中止した後も肝障害が悪化する症例があるので、慎重な経過観察を要す。

臨床的に重要な点は、肝機能検査のチェックをいつまで行うかである。今回の研究から、肝障害を起こすまでの期間は、メルカゾール症例33.3±27.8日(3〜113日)、PTU症例44.0±25.0日(11〜114日)であった。Williamsらの論文(Williams KV et al. J Clin Endocrinol Metab 1997; 82: 1727-33)では、PTUの投与期間は平均3.6ヶ月と記載されている。以上から、抗甲状腺剤投与を始めて約4ヶ月間は、肝機能検査をチェックした方が無難である。しかし、ある症例では、PTU投与1年後に重篤な肝障害を起こしたと報告している(Limaye A, Ruffolo PR. Am J Gastroenterol 1987; 82: 152-4)。一方、最近の報告では、PTU投与2日後に重篤な肝障害を起こした症例がある(Hardee JT et al. West J Med 1996; 165: 144-7)。今回の研究でも、メルカゾール症例で3日後に肝障害を起こした症例を経験した。このような報告や自分の経験から、抗甲状腺剤を投与している限り、肝機能はチェックしておく方が安全のように思う。

バセドウ病の治療であるが、今回の研究ではアイソトープ治療40例、手術4例であった。無痛性甲状腺炎であった1例を除いた50例のうち、44例は手術もしくはアイソトープ治療で治した。最近の傾向であるが、若い人でもアイソトープ治療を選択する人が増えた。治療法について説明し、最終的には本人に治療法を決めてもらっている。説明する際には、あるがままを説明している。すなわち、手術およびアイソトープ治療の長所、欠点を公平に説明する。ある治療に誘導するようなことはしていない。それでも、アイソトープ治療を選択する人が増えている事実は、我々、甲状腺専門医も率直に受け止めるべきであろう。残り6例はヨウ化カリウム(KI)を服用している。甲状腺機能亢進症の程度が軽い症例や手術もしくはアイソトープ治療を拒否した症例である。エスケープも起こさず、長期に服用している。もし、エスケープを起こしたら手術もしくはアイソトープ治療に切り替えることは説明している。症例は限られるが、KIも治療のオプションとして加えてもいいかもしれない。あくまでも、エスケープを起こさないという前提条件があるが。KIでエスケープを起こせば、患者もクスリ以外の治療に対して納得すると思う。

今回、わたしがこの研究をしようと思った動機は、副作用としての肝障害についてメルカゾールにしてもPTUにしても本当の頻度が不明であり、実際の頻度を知りたいこと。もう一つは、抗甲状腺剤を中止する時期を知りたい。この2点であった。今までのPTUによる肝障害の文献を読むと、重症例の発生頻度であり、日常臨床において重要なのは、副作用が重症化する前に対応をすることである。薬物による劇症肝炎は死亡率80%を上回る最も恐ろしい副作用である。1,000人に1人の頻度で起こる重症肝炎でも、死亡率14%〜23%と高頻度である。ある意味では、無顆粒球症より恐ろしい副作用と思う。だから、肝障害は軽度な時点で適切な対応をしておくことが重要と考える。抗甲状腺剤治療前の肝機能が正常かもしくは軽度異常(AST(GOT), ALT(GPT)が100IU/L未満)がみられる症例で、抗甲状腺剤治療中にAST(GOT)もしくはALT(GPT)が100IU/Lを越えた症例を抗甲状腺剤による肝障害と定義した場合<正常値:GOT(AST); 9〜48IU/L、GPT(ALT); 5〜49IU/L>、抗甲状腺剤による肝障害は、メルカゾールを使用した症例880例中25例(2.8%)、最初にPTUを使用した症例98例中3例(3.1%)、メルカゾールを使用したが副作用が出てPTUに変更した症例155例中23例(14.8%)である。わたしは、これらの症例に対して抗甲状腺剤を即、中止し、KIを投与して手術もしくはアイソトープ治療を選択したので、そのまま抗甲状腺剤を続けていたらどうなったかは分からない。ただ、危険を冒してまで抗甲状腺剤を使用する理由はない。臨床は、人体実験の場ではない。患者に危害が加わる可能性が少しでもあれば、避けるべきである。それは、遠い昔、ヒポクラテスが指摘した一番基本的な医師としての義務である。

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