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プロピルチオウラシル(PTU)による肝障害に対する50年間にわたる経験:我々は、何を学んだか?
KATHERINE V.WILLIAMS, SUNIL NAYAK, DOROTHY BECKER, JORGE REYES, LYNN A.BURMEISTER
J Clin Endocrinol Metab 82: 1727-1733, 1997

まとめ
本研究の目的は、プロピルチオウラシル(PTU)<注釈:日本ではチウラジールもしくはプロパジール>による肝障害を起こした患者の最適の治療法を決めることである。

1966年〜1996年4月までに、PTUによる肝障害を起こした症例について英語で書かれた論文をMEDLINEで検索した。PTUによる肝障害を起こした後、患者の治療について記載されている27症例を検討した。MEDLINEの検索でみつかった症例の85パーセントは、上記の基準(PTUによる肝障害を起こした後、患者の治療について記載されている)を満たした。我々の施設で経験したPTUによる肝障害を起こした2症例の治療についても供覧する。

PTUを中止すれば、大部分の患者は肝障害から回復するが、7人の患者は死亡した。死亡した患者と比べると、肝障害が回復した患者は、肝障害を起こしているときに放射性ヨード治療(131-I治療)を受けている割合が多かった(Fishes's exact test, P<0.03)。我々が経験した2症例では、血清ビリルビン濃度と血清総T4値は直線的に減少していたが(r=0.91; P<0.001)、1人の患者は臨床的には甲状腺機能亢進症の症状がみられていた。

これらの結果から導き出される結論は、PTUによる肝障害を起こした場合、甲状腺機能亢進症に対して適切な評価をし、早急に治療をすることが必要であるということである。さらに、我々はPTUによる肝障害を起こした小児患者に対して初めて肝移植行ったことも報告する。PTUによる肝障害を起こした患者に対する肝移植の是非についても、議論したい。

はじめに
プロピルチオウラシル(PTU)による副作用として最初に報告されたのは肝障害で、50年前のことである。しかし、それ以後の症例報告(2-24)がなされたにもかかわらず、この潜在的に致命的な副作用の治療について系統的再調査がなされていない(9,13,21-24)。PTUによる肝障害を起こした患者は、甲状腺機能亢進症と肝不全の治療を行うために、特別な患者管理を必要とする。我々は、PTUによる肝障害を起こした2症例を提示する。一人は肝移植でうまく治療されたが、もう一人は多臓器不全で死亡した。医学の進歩に伴うこの50年間の経験についての我々の再調査は、PTUによる肝障害に対する新しい治療の可能性を示唆するものであり、肝疾患を合併する甲状腺機能亢進症の診断と治療への新しいアプローチを提供する。

症例報告
症例:1
ラテンアメリカ系の14歳の女性が、暑がり、体重増加、振戦、不眠、下痢、5kgの体重増加を主訴として、4月に受診した。彼女は、集中力低下のために学業成績が落ちた。彼女には眼球突出もみられた。初潮は10歳であった。彼女は1年前から月経不順があった。既往歴には特に何もなかったし、薬は飲んでいなかった。家族歴では、甲状腺疾患または肝疾患はみられなかった。

初診時、彼女の頸部には顕著な血管雑音が聞かれ、頻脈、振戦、眼球突出、甲状腺腫がみられた。検査結果は、甲状腺機能亢進症を示していた【表1】TSHレセプター抗体陽性(66%;正常、12%以下)、マイクロゾーム抗体陽性(5540IU/ml; 正常、120/ml以下)、サイログロブリン抗体陽性(7625IU/ml; 正常、120IU/ml以下)を示した。加えて、彼女は軽度のγ-GTP 高値とアルカリホスファターゼ(ALP)高値がみられた【表1】。彼女はバセドウ病と診断され、PTU400mg/日(6.0mg/kg/日)とプロプラノロール80mg/日(1.2mg/kg/日<注釈:インデラール>)による治療が開始された。10週間後に、PTUは、450mg/日(6.7mg/kg/日)に増量された。症状と甲状腺ホルモン値は徐々に改善され、γ-GTP値も正常化した。しかし、肝機能検査(GOT, GPT)はわずかに悪化した【表1】

治療を始めて3ヶ月後に、患者は2週間の休暇を取り、ドミニカ共和国に帰国している間、PTUを中断した。そのとき、彼女と彼女の家族は下痢になったが、それは48時間で良くなった。彼女は、甲状腺機能亢進症の症状が著明になったので【表1】(8/11)、8月に入って主治医の診察を受けるために受診した。PTU(450mg/日)とプロプラノロール(240mg/日)が再開され、2週間後には、甲状腺機能は改善されていた【表1】(8/23)<注釈:このとき、肝機能を検査していれば、肝機能異常が判明していた可能性もある>。

1週後に、彼女は疲労、嘔吐、下痢、眼球結膜の黄染と濃い色の尿が出現した。彼女は、頻脈、黄疸、眼球突出、顕著な血管雑音による甲状腺腫と振戦を示していた。血液検査は、甲状腺機能亢進症と高度の肝細胞障害【表1】(8/31)を示した。A型肝炎、B型肝炎、C型肝炎、抗核抗体、抗平滑筋抗体は陰性だった<注釈:自己免疫性肝炎の場合には、抗核抗体、抗平滑筋抗体が陽性にでる>。PTUは中止され、プロプラノロールは240mg/日を引き続き服用した。放射性ヨード摂取率試験は、42%(24時間)であった。肝機能障害は、凝固障害が進行し、劇症肝炎と肝性脳症の症状が出現してきた【表1】。患者は、ピッツバーグ小児病院へ転院した。甲状腺機能検査は、総T4値とフリーT4値は正常を示した【表1】(9/11)。ウイルス肝炎の検査は、再び陰性だった。プロプラノロールは120mg/日まで減量し、ルゴール液(5滴、一日3回<注釈:ヨード剤>)が開始された。総T4値は正常で、進行性の高ビリルビン血症を呈した【表1】。試験切開による肝生検を行い、顕微鏡で広範囲な肝細胞壊死がみられた。次の日、彼女は肝移植を受けたが、合併症はなかった。
肝機能検査は、肝移植後2日以内に正常に戻った【表1】。免疫抑制剤は、タクロリムスとプレドニゾンが投与された。ルゴール液とプロプラノロールは引き続き投与された。彼女は2週間後には、甲状腺機能亢進症と眼球突出が改善してきた。肝移植から18日後、彼女は甲状腺亜全摘を受けた。1年後に、患者は健康で、甲状腺ホルモン剤による補充療法と少量の免疫抑制療剤を受けている。
症例:2
15年間の過剰アルコール摂取の既往歴をもつ54歳の白人が、12月に運動時呼吸困難、動悸、嘔気、そう痒症、右上腹部痛を主訴として受診した。4ヶ月前から、彼は食欲があるにもかかわらず、体重が8.2kg減った。受診の2週間前から、便通の回数も増え、暑がり、不眠、振戦を訴えた。彼は過去に大量に飲酒していたことを認めたけれども、現在は週にビール6缶を飲むだけだと言った。薬物服用、肝炎、輸血、同性愛者との接触、注射歴、海外旅行もなかった。彼は、過去に病気をしたことがなかった。家族歴では、甲状腺または肝疾患はみられなかった。

患者は、非常に神経質になっていた。心拍数は140/分で、不規則であった。血圧は140/80mmHgで、皮膚は湿潤しており、くも状血管腫がみられた。眼球結膜に黄疸はみられなかった。眼球突出もなく、眼球運動は正常であった。甲状腺腫は触れなかった。心雑音もなく、肺は聴診にて異常なかった。腹部の触診で、中等度の右上腹部痛があったが、肝臓は腫脹していなかった。末梢の浮腫はなかった。心電図は、頻脈を伴った心房細動を示した。検査結果は、甲状腺機能亢進症とともに肝酵素とビリルビンの高値を示した。マイクロゾーム抗体は陽性で(1:6400:正常、1:100未満)、甲状腺刺激抗体は陰性だった(83%:正常、70〜150%)【表2】。右上腹部超音波は、肝内胆管の拡張、肝臓外の胆管は拡張がなく、胆石もなかった。肝臓と脾臓のコンピューター断層撮影(CT)は、正常であった。肝臓シンチでは、急性胆嚢炎の所見はみられなかった。B型肝炎抗原、B型肝炎抗体、B型肝炎C抗体、C型肝炎抗体は、全て陰性であった。

心房細動は、まずジルチアゼム<注釈:カルシウム拮抗薬、日本では商品名ヘルベッサー>とジゴキシンの静脈注射で治療された。甲状腺機能検査の結果が出てから、PTU(800mg/日)、メトプロロール<注釈:ベータ遮断剤、日本では商品名ロプレソール>とルゴール液の投与を開始した。心房細動は正常洞調律に戻り、甲状腺機能検査と肝機能検査【表2】(12/7)は改善してきた。彼は、PTUとメトプロロール治療を継続した状態で退院した。

12日後に、彼は黄疸、右上腹部痛、肝機能異常【表2】(12/20)にて受診した。PTUは、中止された。A型肝炎抗体とC型肝炎PCR<注釈:C型肝炎ウィルスの遺伝子を見つける検査法>は、陰性だった。肝臓の超音波では、肝内胆管や総胆管の拡張は認められなかった。造影剤による腹部CTスキャンは、肝内胆管のわずかな拡張がみられた。メチマゾール<注釈:メルカゾール>が入院6日目に与えられたが、肝機能異常が続くために入院9日目に中止された。ルゴール液(3滴/日)を2日間投与された。

彼は、12月29日にピッツバーグ大学医療センターへ転院になった。入院時、遊離T4係数は24.5と高いにもかかわらず、見た目には甲状腺機能亢進症のようには見えなかった【表2】。血清学検査では再びA型肝炎、B型肝炎、C型肝炎、抗核抗体、マイクロゾーム抗体、抗平滑筋抗体は陰性だった。肝生検では、急性障害、薬による軽度の好酸球増加症、ウイルスもしくは自己免疫反応を伴う慢性肝炎の所見であった。彼は、肝移植のドナーがみつかるまで退院して待つことになった。

3日後に、彼は十二指腸潰瘍による悪心嘔吐のために再入院になった。彼は、臨床的には甲状腺機能は正常のように見えたが、遊離T4係数は17.6と高値のままであった【表2】(1/14)。総T4値は正常で、進行性の高ビリルビン血症がみられた【表2】。肝移植は、心房細動、低血圧、発熱、急性腎不全のために延期された。甲状腺クリーゼの可能性も考慮された。放射性ヨード摂取率試験は、8.24%(24時間)であった<注釈:12/20入院時に造影剤を使用しているために、放射性ヨードの取り込みが低下したと思われる>。プロプラノロールによる低血圧が出現した。ハイドロコルチゾン(150mg/日)とヨウ化カリウム(一回5滴、6時間毎)が投与された。抗生物質は、亜急性細菌性腹膜炎と尿路感染のために与えられた。繰り返し行われた血液、腹膜、尿の細菌培養が陰性にもかかわらず、発熱と不安定な血行動態が続いた。彼は、5週後、多臓器不全で死亡した。死亡時の遊離T4値は高かった【表2】(1/26)。

対象と方法
抗甲状腺薬による肝障害に関する報告をMEDLINEで検索した。その中から、PTUによる肝障害に関する英語で書かれた論文で、抗甲状腺薬の投薬期間、投薬量、肝不全の治療、予後に関して詳細に記載されているものを対象に分析した。

我々が今回提示する2症例に関する甲状腺機能検査は、別の5医療機関からのものも含む。それらの検査データは、【表1】【表2】に示している。

統計解析は、必要に応じてt検定、Wilcoxon rank sum test、分散分析(ANOVA)、カイ二乗検定、Fishers's exact testをStatistical Packageを用いて行われた。P<0.05 の場合を有意であると判定した。

結 果
文献検索にて、28症例のPTUによる肝障害の報告がみつかった(1-24)。我々の2症例を加えた計30の症例について検討を加えた。抗甲状腺薬による肝障害に関するいくつかのレポートがあったが、十分に詳細を分析していなかったので研究対象から除外した(25-29)。PTUによる肝障害の最初の症例報告(1)は、PTU中止後の黄疸に関する記載がなかったので、今回のデータ分析には含めなかった。PTUによる肝障害を呈した患者の特徴は、【表3】に示している。胎盤を通してPTUの投与を受けて、生後5日目に肝障害を来した新生児(女性)はこの分析から除外した(6)。PTUによる肝障害は男性より女性で多くみられ、女性:男性の比率は、8.3:1であった。死亡した患者と生存した患者を比較した場合、年齢、PTUの投与量、投与期間に差はみられなかった【表3】。大部分の患者(75.0%)は、PTU治療開始前に肝機能検査がなされていなかった【表3】。PTU治療開始前の肝機能検査異常は、我々の2症例と別の3症例でみられた(2,14,20)
甲状腺機能亢進症の診断と治療
肝障害が出現したら、全ての症例でPTUは中止されていた。肝障害があるときの甲状腺機能については、症例の38.1%において記載されていなかった【表4】。記載がある場合、甲状腺状態は正常か機能亢進症であった。肝障害を起こしている患者に対して、甲状腺機能亢進症を治療する根拠は、必ずしも記載されているわけではない。いくらかの症例では治療を受けていて甲状腺機能が正常であると記載されているが、別の症例では治療を受けていないために甲状腺機能亢進症を呈していた。

PTUによる肝障害を起こした患者のほとんどは、肝障害が出現後に放射性ヨード治療を受けている(2,4,5,7-9,12,14,16,20)【表4】。2人の患者は、肝障害の出現時に妊娠していたため、放射性ヨード治療を受けることができなかった(8,15)。放射性ヨード治療と生存率の間には相関がみられた(Fisher's exact test、p=0.024)。放射性ヨード治療を受けた患者では、死亡例はなかった。肝障害が出現後1〜15週【平均(32±8日)】の間に放射性ヨード治療が行われた。放射性ヨード治療を受けた患者12人のうち10人は、肝機能検査がまだ異常である時期に行われた。

プロプラノロール単独(9,11,21,22)またはメチマゾール(8,15,16)が、7症例で使用されたが、合併症はみられなかった。我々が経験した2症例も含めて、4症例は、甲状腺切除術や放射性ヨード治療の前後にヨード剤を服用した。我々が提示した第1例目は、甲状腺機能亢進症の治療として甲状腺切除術を受けた最初の症例である。
肝障害の診断と治療
PTUによる肝障害の診断は、我々の2症例と別の14症例では肝生検もしくは病理解剖によってなされた(3,10,14,16,18-23)。肝臓の組織像は、例外もあったが(9,24)、種々の程度の肝臓壊死の像を示した。1症例でのみ(16)、PTUと肝障害の関連は、PTUの再投与によって確かめられた。肝障害が出た後、9症例ではリンパ球感作試験を行った。PTUに対するリンパ球感作は、5症例において陽性で(6,10,14,15,18)、4症例(4,11,12,19)において陰性だった。

大部分の患者は、抗甲状腺薬を中止した後に肝臓に対する治療を行えば、肝機能異常は改善する(2-7,9-20)。3人の患者はステロイドの投与を受けたが、ステロイド治療の理由は単一でなくて、我々が提示した第二例目では、自己免疫性肝炎(3)、発疹(10)、原因不明の低血圧の治療としてステロイドを使用した。我々が提示した第一例目も含めて、2症例でPTUによる肝障害のために肝移植を受けた。肝移植を受けたもう一人の患者は妊娠中であったが、肝移植は成功した。しかし、胎児は死亡した(8)。7人の患者は、PTUによる肝障害のために死亡した(9,13,21-24)。肝障害出現後、1〜17週【平均(39±14日)】の間に死亡した。死因は、脳死(9,21)、肝腎症候群(22)、敗血症(13,24)、消化管出血(23)などの肝不全の合併症によるものである。

議 論
PTUによる肝障害は、抗甲状腺薬の副作用としては稀だが、死亡率の高い合併症である。抗甲状腺薬による肝障害の発症率は0.5%未満(30)と考えられているが、真の発症率は不明である(31,32)。我々は、PTUによる肝障害を起こした2症例を報告し、今までに報告されたPTUによる肝障害に関する英語論文について検討した。

PTUによる肝障害は全ての年齢に起こりうる、また甲状腺疾患(33)と同じく、女に起こりやすい。PTUによる肝障害を起こした患者において、PTU投与量と投与期間は様々で、一定しない。PTUによる肝障害の症状は、臨床的に特徴があるわけではない。肝機能検査異常や肝機能悪化により、診断できる。しかし、肝機能障害を引き起こす他の原因の検索も必要である。肝生検を行うと、非特異的な肝細胞壊死がみられる(3,9,14,16,20-24)。病気の重症度に基づいて、軽度の肝細胞炎症と腫脹から、広範囲な肝壊死までみられる。抗甲状腺薬による肝障害の機序は、現在のところ不明であるが、PTUによる肝障害を起こした患者の一部において、リンパ球感作試験が陽性に出るので、肝障害はPTUに対する免疫反応により引き起こされている可能性を示唆する。PTUを中止した後も、甲状腺機能亢進症と肝機能障害が悪化するかもしれないので、二つの疾患の治療が重要になってくる。

肝障害を認めたら、PTUは即座に中止しなければならない。肝臓に対する治療を行うことで、大部分の患者は肝障害が正常化する。しかし、今回検討した症例の25%が肝不全により死亡した。このように、早い時期に劇症肝炎の診断を行い、早急なる治療が必要である。劇症肝炎になったときに、生存率が20%未満と非常に予後が悪いことと関連しているいくつかの予後因子が知られている(34)。これらの予後因子には、患者の年令(11歳未満と40歳以上)、肝性脳症が開始する前の黄疸の期間(7日間以上)、血清ビリルビン濃度(300μmol/L以上)とプロトロンビン時間(50秒以上)がある。劇症肝炎の病因のうちで、薬物のアレルギー反応による劇症肝炎は生存率が13.6%と大変予後が悪く、予後を決定する最も重要な因子であるかもしれない(34)。肝移植を受けた場合、このタイプの劇症肝炎の生存率は20〜30%に上昇する(35)。この理由で、肝移植はPTUによる肝障害患者において慎重な臨床的および検査での結果に基づいて、考慮されるべきである。肝移植の必要性は証明されており、我々が今回提示した小児科患者を含んだ2人の患者の命を救っている(8)。このために、移植センターに対する早い時期での照会は、適切なドナーを見つけるチャンスを高めるかもしれない(34)。肝性脳症、低プロトロンビン血症、肝腎症候群の存在は、移植を早急に行う必要性を示している(36)。最後に、血液凝固障害と肝性脳症の改善のためのプラスマフェレーシス(血漿交換)または血液透析は、移植までの時間を稼ぐのに効果的かもしれない(37)

甲状腺機能検査の解釈とPTUによる肝障害を起こしている甲状腺機能亢進症患者の治療は、我々にとってもう一つの挑戦すべき問題点である。患者の臨床症状と同様に、甲状腺と肝疾患の間の相互作用は、考慮されなければならない。検査データからだけでは、患者の真の甲状腺機能を反映しないかもしれない。急性肝炎では、甲状腺ホルモン結合グロブリン濃度が増加して、総T4値の増加と甲状腺ホルモンに結合する比率の減少を引き起こす(38)。進行性の肝機能障害では、甲状腺と肝疾患の間の相互作用は、より重要になる。総T4値と血清ビリルビン濃度は負の相関を示した(r=0.91; P<0.001)【図1】。この関係は、他の報告でもみられた(39)。それでも、我々が提示した第2例目では、総T4値が測定不能だったとき、フリーT4値(平衡透析法により測定)は著明に上昇していた。このことは、甲状腺機能亢進症の治療が不十分であったことを示している。低い総T4値は、甲状腺ホルモン結合蛋白の減少が原因である(40,41)。ビリルビンは、甲状腺ホルモン結合蛋白へのT4の結合を阻害することによって総T4値の測定を妨げたかもしれない(42)。さらに、ビリルビンは肝機能障害の重症度マーカーであるので、ビリルビンと総T4値の間の相関は重症疾患の進行を反映するだけかもしれない(40)。総T4値が、正常か、低いか、測定不能であっても、重症疾患(40,43,44)を伴う甲状腺機能亢進症では、フリーT4値が高値を示しているので、フリーT4値を測定することは患者の甲状腺機能を解釈する場合の助けになるかもしれない。

PTUによる肝障害を起こしている患者に対する甲状腺機能亢進症の治療法は、限定される。肝障害の発症機序が不明なことやPTUの再投与による肝障害再発症の報告のため(16)、PTUを使用することは禁忌である。ほとんどの患者は放射性ヨード治療を受けている。そして、放射性ヨード治療は生存率向上に一役買っている可能性もある。しかし、放射性ヨード治療を行った時期が、PTUによる肝障害により死亡した患者が生存していた期間より後であるために、放射性ヨード治療が患者の生存率に対して効果があったという確固とした証拠は証明できない。放射性ヨード治療を受けた患者は、放射性ヨード治療を受けなかった患者と比べて肝障害の程度が軽かった可能性もあり、治療する患者にバイアス<注釈:偏り>がかかっていたかもしれない。そのような事情にもかかわらず、PTUによる肝障害が疑われるとき、理想的な治療は即時の放射性ヨード治療であるかもしれない。放射性ヨード治療は、甲状腺機能亢進症に対する経口ヨード剤投与開始前または肝機能障害の原因を評価するために腹部CTスキャンを行う際にヨード造影剤を使用する前に行う必要がある。放射性ヨード治療の効果が発現してくるには数週を要すけれども、放射性ヨード治療一週間後から経口ヨード剤を投与することにより早い時期に甲状腺機能は正常状態に戻るかもしれない(30)。実際に、そのような治療を受けた2症例の報告もある(8,15)。放射性ヨード治療が十分に効いてくるまで、プロプラノロール<注釈:商品名、インデラール>が甲状腺機能亢進症の症状を緩和するのに投与されるかもしれない(30)。あるいは、肝障害が落ち着いたら、メチマゾールで治療できるかもしれない。PTUによる肝障害を起こした患者に対してまだ使用はされていないが、イポデート(造影剤)、イオパノ酸(造影剤)、炭酸リチウム(抗うつ剤)、プラスマフェレーシス(血漿交換)などが候補としてあげられる(45)

PTUによる肝障害と診断後、経口ヨード剤の単独使用について述べることは価値あることと思われる。大部分の患者において、ヨード114mgは、7日〜14日以内に甲状腺ホルモン値を最大限に抑制し、その効果は1日〜50日以上続く(46,47)。ヨードは甲状腺ホルモンの原料であるので、通常、抗甲状腺薬と一緒に使われる。今回我々が提示した2症例では、PTUによる肝障害のため、ヨード剤は単独で使用された。しかし、甲状腺機能亢進症の原因は単一ではないので(バセドウ病や中毒性多結節性甲状腺腫)、ヨード剤単独治療が、全ての患者において推奨されるわけではない<注釈:後述しているように、中毒性多結節性甲状腺腫に経口ヨード剤を使用すると、甲状腺機能を悪化させる可能性がある。幸いにも、日本では多結節性甲状腺腫による甲状腺機能亢進症(中毒性多結節性甲状腺腫)は頻度が低く、バセドウ病がほとんどである>。今回我々が提示した第一例目はバセドウ病であったので、甲状腺切除術が行われるまで、ヨード剤単独治療は甲状腺機能亢進症をコントロールできた。第二例目は甲状腺機能亢進症の原因はバセドウ病ではなく、むしろ中毒性多結節性甲状腺腫であったと思われ、経過には記載していないけれども、ヨード剤単独治療が甲状腺機能亢進症を悪化させたかもしれない。

本研究によって解決ができなかった重要な問題は、PTU治療前に肝機能異常があるかまたは肝疾患をもつ患者が、PTUによる肝障害を起こす危険性が高いかどうかという点である。PTUは、アルコール性肝炎患者に臨床治験で投与され、死亡率が減少し、肝機能検査も悪化することはなかった(48)<注釈:PTUには、アルコールによる肝障害を予防する作用がある>。PTU治療前に肝機能が正常か異常にかかわりなく、PTUによる肝障害は起こっている。おそらく肝機能正常と思われる甲状腺機能亢進症患者の72%以上は、少なくとも1つの肝機能検査で異常値が認められる(49)。アルカリホスファターゼ(ALP)高値は、最もよくみられる異常である。しかし、ほとんどは骨由来のアルカリホスファターゼ(ALP)である(50,51)。トランスアミナーゼ<注釈:GOT, GPTのこと>高値は、甲状腺機能亢進症によって誘発された肝酸素消費量増加(52,53)のために引き起こされる不適当な肝血流(52)によるかもしれない。ある前向き研究で、PTU治療前のアラニン・アミノトランスフェラーゼ(ALT<注釈:GPTのこと>)が軽度高値を示す甲状腺機能亢進症患者は、PTU治療でALTは増加するか減少するかのどちらかであった。PTU投与量を減らすと、ALT値はほとんどの患者で正常化した(31)。我々が経験した2症例もPTU治療前の肝臓機能は異常であった;しかし、PTU治療を始める前に、第二例目は以前報告されたどの例(49)よりも高いALT値を示していた。PTU治療前に著しい肝機能異常があるときには、肝疾患の有無について検査する必要がある。

メルカゾールによる肝障害は21症例が報告されており(7,54-70)、死亡が3例あった(14%)(7,69,70)が、今回の研究では、メチマゾール<注釈:メルカゾールのこと>による肝障害に関しては検討をしていない。メチマゾールによる肝障害で死亡する比率とPTUによる肝障害で死亡する比率の間には統計学的に有意の差はみられなかった(Fisher's exact testを使用したカイ二乗検定、p=0.48)。メチマゾールによる肝障害は、肝生検から一般的に胆汁うっ滞変化の所見を特徴とする。

まとめると、過去50年間に、甲状腺ホルモン測定法、甲状腺機能亢進症の治療法、肝移植の改良などPTUによる肝障害の診断・治療に影響を及ぼすいくつかの変化が起こった。推奨されるPTUによる肝障害患者の診断・治療は、【表5】に示している。個々の患者において、PTUによる肝障害を予測できる特異的な因子は存在しない。PTU治療前の肝機能異常は甲状腺機能亢進症に関係しているかもしれないので(31,49)、そのような患者に対して抗甲状腺薬を使用することは禁忌にはならない。PTU治療前に肝機能異常がみられる患者で、PTUによる肝障害を起こしやすいかどうかを証明するためには、現存するデータでは不十分である。PTUで治療中に有意な肝機能異常が出現した場合、PTUは直ちに中止すべきである。そして、甲状腺機能亢進症に対しては放射性ヨード治療を直ちに行うべきである。PTUによる肝障害は自己免疫機序で起こっている可能性があること(6,18)やPTUの再投与による肝障害の再発(16)のために、肝障害が回復した後や肝移植の後でさえ、PTUは再投与すべきではない。患者の甲状腺機能の適切な評価は、身体的な所見とフリーT4測定を必要とする。PTUを中止したにもかかわらず、肝不全が進行することがあるので、慎重な経過観察が必要である。迅速な肝移植の決定と移植センターへの移送は、救命の可能性を向上させるかもしれない。上述したPTUによる肝障害に対するアプローチにより、これからの50年間で死亡率を減少できるかもしれない。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 今回の詳しい情報で検討しているPTUによる肝障害は、重症例が多いように思う。死亡例の頻度は、メルカゾールとPTUでは差がないが、死亡率14%〜23%と高頻度である。この数字には、はっきり言って驚きました。幸いなことに私は、このような重症例を経験していません。肝移植まで考慮する必要があることなど考えもしなかったことです。

今回の研究を読んで驚いたことは、抗甲状腺剤治療を開始する前に肝機能検査をしている症例は全体の25%のみという点です。いくら稀な副作用とはいえ、治療前に肝機能を調べていないと肝障害の評価が正しくできないことです。未治療バセドウ病では、肝機能検査の異常は30〜40%にみられます。また、肝疾患を合併していることもあります。このような状況を抗甲状腺剤投与前に知っておくことは重要なことです。

私たちが日常臨床で遭遇する抗甲状腺剤による肝障害は、軽度なものがほとんどです。抗甲状腺剤治療前の肝機能検査が正常なら、GOT(AST)、GPT(ALT)が100 IU/Lを越えたら躊躇せず抗甲状腺剤を中止し、ヨウ化カリウムに変更し、手術かアイソトープ治療にもっていきます<正常値:GOT(AST) 9〜48 IU/L、GPT(ALT) 5〜49 IU/L>。メルカゾールで肝障害が出た場合、PTUに変更すると肝障害が高頻度(30〜50%)に出ることが分かっているので、そのような危険なことは通常しません。特に、PTUは劇症肝炎になる可能性もあるので、できれば手術かアイソトープ治療など別の治療で治療する方が安全です。

抗甲状腺剤を中止しても、肝障害が進行する可能性があるために慎重な経過観察が必要になります。私の場合は、抗甲状腺剤による肝障害がでたら抗甲状腺剤を即、中止し1週間後に来院してもらい(遠方の患者さんなら、近くの内科の先生に1週間後に肝機能を調べてもらう旨の紹介状を書きます)、肝機能が正常化もしくは改善していることを確認します。

わたしが最も知りたいことは、肝機能異常がどのポイントになったら抗甲状腺剤を中止するかという点です。これについては、専門医の間でもコンセンサスがなく、個々の医師が判断しているのが現状です。ただ、今回の詳しい情報に報告されているような重症例になってからでは致死率が高いので、肝機能異常が軽度な時点で抗甲状腺剤を中止する方が安全であると思います。何故なら、バセドウ病には抗甲状腺剤以外の治療があるからである。危ない橋は、医師も患者も渡りたくはないわけです。ロシアンルーレットのようなことは、医療においては、行うべきではありません。常に、安全な道を行くべきです。

今回の詳しい情報を読んで、抗甲状腺剤の肝障害に対する私自身の対応を振り返って、今後の診療の参考にしたいと思い、まとめてみました。更に詳しい情報[054]で公開します。

以下を参考にしてください。
抗甲状腺剤の副作用
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参考文献]・[もどる