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年次論評:甲状腺
Kenneth A. Woeber, MD; FRCPE
Ann Intern Med 1999; 959-962

様々な甲状腺疾患を持つ患者の管理に関し、重要な意味を持つ研究が最近いくつか発表された。これらの研究は甲状腺疾患のスクリーニングや甲状腺眼症、および放射性ヨードを用いた治療、抗甲状腺剤治療、甲状腺機能低下症の治療、甲状腺結節の管理に関するものである。各研究に関し、その結果を挙げて臨床診療での解釈にあたっての勧告も提示した。
過去1年余りの間に、臨床上重要な意味を持つ研究がいくつか発表された。これらの研究は甲状腺疾患のスクリーニングや甲状腺眼症、抗甲状腺剤治療、甲状腺機能低下症の治療、および甲状腺結節の管理に関するものである。

甲状腺疾患のスクリーニング
1998年にアメリカ内科医会が、甲状腺とは無関係な理由で初期医療担当医を受診した際の甲状腺疾患スクリーニングに関するガイドラインを発表した(1,2)。これらのガイドラインは疫学的証左に基づいたものである。甲状腺検査でスクリーニングすると4種類の疾患を見つけることができる。顕性甲状腺機能亢進症;顕性甲状腺機能低下症;および潜在性甲状腺機能低下症と潜在性機能亢進症である。後者では血清甲状腺刺激ホルモン(TSH)レベルは異常であるが、甲状腺ホルモンレベルは正常である。勧告事項は以下のとおりである。

まず、感度の高いTSH検査を行い、TSHレベルが0.3から0.4mU/L未満か10mU/Lを超えていれば遊離サイロキシン(FT4)レベルを測定する方法が50歳以上の女性に勧められる。このようなスクリーニング法で71名の女性に1人の割合で疑われていなかった症状のある甲状腺機能障害が見つかり、そのほとんどは治療で治るのである(95%CI; 111名の女性に対し59名)。50歳以下の女性または男性のスクリーニングでは、この集団における疑われていない症状のある甲状腺機能障害の罹患率が低いのでそれほど効果は上がらない。

次に、スクリーニングで潜在性甲状腺機能亢進症(TSHレベルが0.3から0.4未満で遊離サイロキシンとトリヨードサイロニンは正常)(罹患率は約1%)が見つかった人は心房細動や骨粗鬆症、および顕性疾患に進行する危険性が高いが、その治療の効果についてはまだ研究されていない。しかし、甲状腺腫やバセドウ病特有の眼の所見がある場合は、診察と治療のため内分泌病専門医への紹介対象となる。これらの身体的徴候のない患者の管理についてははっきりしないが、私見では6ヶ月から12ヶ月毎にTSHや遊離サイロキシン、および遊離トリヨードサイロニンを測定して観察するべきであると思う。

最後に、スクリーニングによって潜在性甲状腺機能低下症(TSHレベルが5mU/L以上で遊離サイロキシンレベルが正常)が見つかった人は高コレステロール血症や顕性甲状腺機能低下症に進む危険性が高いが、治療効果は不明である。小規模な無作為比較対照試験が3つ行なわれているが、互いに相反する結果が出ている。TSHレベルが5から10mU/Lの間である潜在性甲状腺機能低下症の人は高コレステロール血症や顕性甲状腺機能低下症へ進行する危険性は低い。このことから1年から2年おきに観察する方が妥当なアプローチであると思われる。その一方で、TSHレベルが10mU/L以上であるか、または抗甲状腺抗体の抗体価が高い人はこれらの合併症を起こしてくる危険性が高い。そのため、L-サイロキシン治療をするべきであると思われる(3,4)

甲状腺眼症
以前に行なわれたいくつかの前向き研究では、甲状腺切除や抗甲状腺剤治療を受けた患者よりも放射性ヨード(131-I)で治療した患者に甲状腺性眼症が悪化する者が多いことが示唆されていた(5,6) 。軽度の甲状腺眼症の経過中に、3ヶ月間のグルココルチコイド(副腎皮質ホルモン)治療を行なった場合と行なわなかった場合で、メチマゾールと放射性ヨード治療の効果を比較した最近の無作為試験(7)では、放射性ヨードだけで治療を受けた患者150名の中で、前から軽度の甲状腺眼症のあった患者72名のうち17名に悪化がみられ(24%, [CI; 14〜35%])、最初に軽度の甲状腺眼症のなかった患者78名のうち6名に眼症が発症した(8%, [CI; 3〜16%])。甲状腺眼症が発症または悪化した23名の患者のうち、15名ではその変化が2〜3ヶ月続く一過性のものであった。放射性ヨードで治療を受けた後に3ヶ月間のプレドニゾン治療(最初の1ヶ月間は0.4〜0.5mg/kgで放射性ヨード治療後2〜3日して開始し、その後2ヶ月かけて徐々に量を減らしていく)を受けた 145名の患者の中で、前から軽度の甲状腺眼症のあった患者70名には悪化がみられず、また最初から眼症のなかった患者70名には発症がなかった。メチマゾールで治療を受けた148名の患者では、前から軽度の甲状腺眼症のあった患者74名のうち3名が悪化し、眼症のなかった74名のうち1名が発症した(3%, [CI; 1〜7%])。

2番目の研究では、同じ研究者が放射性ヨード治療後に喫煙が眼症悪化の危険性を増加させることを明らかにした。最初の研究の患者150名を喫煙者と非喫煙者に分けたところ、82名の喫煙者のうち19名で甲状腺眼症が悪化した(23%, [CI; 13〜33%])が、非喫煙者68名のうち悪化したのは4名(6%, [CI; 3〜9%])であった(8)。この研究では重症の甲状腺眼症患者で喫煙が眼窩への放射線照射治療やグルココルチコイド治療の効果が減少することも示された。

上述の情報からバセドウ病による甲状腺機能亢進症の治療選択に関し、どのようなことが勧められるのだろうか。活動性の甲状腺眼症のある患者では喫煙者の場合、放射性ヨード治療を避けた方が賢明であると思われる。他に理由があって、そのような患者が放射性ヨード治療しか選択できないような場合、完全に根治できる線量を照射し、その後3ヶ月間のプレドニゾン治療を行なうべきである。一方、軽度の甲状腺眼症がある患者が非喫煙者であれば、軽度の甲状腺眼症の悪化は大抵一過性のものであり、プレドニゾンがすでに骨密度減少の危険がある患者の骨密度減少をさらに悪化させる恐れがあるため、このデータは放射性ヨード治療後のルーチンなプレドニゾン使用の裏づけとはならない。

どのようなメカニズムで放射性ヨードと喫煙により甲状腺眼症が悪化するのであろうか?放射性ヨードによる甲状腺の破壊は甲状腺抗原の放出とTリンパ球の活性化を引き起こす。活性化されたTリンパ球が甲状腺組織と共通な発現抗原を持つ眼窩の線維芽細胞と結び付き、向炎症性サイトカインが放出されると考えられる。同様に、相対的低酸素症を誘発することにより、喫煙も眼窩後部スペースにサイトカインを放出させるような刺激を加えるのだと思われる。

抗甲状腺剤治療
初期の研究では、バセドウ病患者の長期にわたるメチマゾール<注釈:メルカゾールのこと>またはプロピルチオウラシル<注釈:プロパジールまたはチウラジール>による治療に甲状腺ホルモン剤を加えると、抗甲状腺剤による治療を中止した際に寛解が起こりやすいことが示唆されている(9,10)。さらに、これらの初期の研究では、併用療法を受けた患者でサイロトロピン(TSH)レセプター抗体の減少がより早いことが示唆されている。これらの研究の理論的根拠は抗甲状腺剤が免疫抑制作用も及ぼすのではないかということである。併用療法では、甲状腺抗原の発現と免疫抑制効果を損なう可能性のある内因性TSHによる甲状腺刺激を起こすことなく抗甲状腺剤の使用量を増やせるという利点がある。

長期的なメチマゾールまたはカルビマゾール療法単独のものと高用量のメチマゾールまたはカルビマゾールにL-サイロキシン<注釈:チラーヂンSのこと>を加えた併用療法とを比較した数件の大規模な無作為試験では、初期の所見を確認することができなかった(11-14)。もっとも新しい研究(14)では、149名の患者を18ヶ月にわたるメチマゾール治療の中止後に平均27ヶ月フォローアップした(6ヶ月から47ヶ月)。併用療法の方に割り当てられた患者では、この間L-サイロキシン治療が続けられていた。どちらのグループでも再発率は約59%であった。これらのより新しい所見を考慮すると、併用療法の使用は特に高用量の抗甲状腺剤に伴う重大な副作用の危険性が増すことを考えれば正当とは言い難い。

抗甲状腺剤は放射性甲状腺炎による甲状腺機能亢進症の悪化を未然に防ぐため、放射性ヨード治療の前に患者の甲状腺を正常な状態にするのによく使われる。このアプローチは特に心疾患を持つ患者には重要なものである。初期の研究ではチオウラシル<注釈:プロパジールまたはチウラジール>が放射線防護効果を通じて放射性ヨード治療の効果を減じるのではないかということが示唆されているが、同じような治療効果減少がメチマゾールでも起こるのかは定かでない。最近の後ろ向き研究では、93名の患者で放射性ヨードの1回投与線量により治癒する率を調べているが、そのうち33名はプロピルチオウラシルを、また22名はメチマゾールの投与を受け、38名は抗甲状腺剤の投与を受けなかった(15)。メチマゾール投与患者または抗甲状腺剤非投与患者の1回投与線量治癒率はほとんど同じであった(61%と66%)。しかし、プロピルチオウラシル投与患者では著しく減少した(24%)。特に注目すべきは、放射性ヨード治療の55日も前にプロピルチオウラシル投与が中止された例でも治癒率の減少が見られたことである。この研究では、通常見られるよりも1回投与線量治癒率が低くなっており、前向き研究で確かめる必要がある。それでも、1日30mg以下の量であれば薬を飲む回数が少なくてすむことや顆粒球減少症を生じる危険性が低いことと相まって、プロピルチオウラシルよりもメチマゾールを使う方が好ましいことの裏づけとなる。

甲状腺機能低下症の治療
合成L-サイロキシン<注釈:チラーヂンSのこと>が、ずっと甲状腺機能低下症患者のホルモン補充療法の主役であった。組織がその活性型産物であるL-トリヨードサイロニン(T3)への変換を調節している。それでも、正常な人の甲状腺は毎日約6μgのL-トリヨードサイロニンを分泌している。合成L-サイロキシンが利用できるようになる前は、L-サイロキシンとL-トリヨードサイロニンのどちらも含有している動物の甲状腺抽出物がホルモン補充療法に使われていた。患者の中にはまだこれらの製剤を強く望む者がいるが、この複合物を飲んだ方が具合がよいからである。このことからL-トリヨードサイロニンが代謝上重要であることがうかがえる。最近行なわれた交差盲検試験では、1日分のL-サイロキシン補充量のうち、50μgを12.5μgのL-トリヨードサイロニンと置き換えると神経精神的機能が改善され、甲状腺ホルモン作用の指標となる性ホルモン結合グロブリンのレベルが上昇することが示された(16)

これらの所見から、元のように甲状腺抽出物を使うか、あるいは現在入手できるL-サイロキシンとL-トリヨードサイロニンの合剤を使うべきなのであろうか。現在のところ答えはノーである(17)。甲状腺抽出物の効力は一定しないことがあり、また現在入手できる合剤に含まれるL-トリヨードサイロニンは多すぎる。このため副作用が出る恐れがある。ここに述べられた所見をまず確認することが重要である。もしそうであれば100μgのL-サイロキシンと10μgのL-トリヨードサイロニンを含む合剤を、できうれば徐放剤の形で利用できるようにするべきである(17)。それまでは、L-サイロキシン単独では十分に具合がよくならない患者に対しては、L-サイロキシンの1日量のうち50μgを5μgのL-トリヨードサイロニンの2回投与に置き換える方が理にかなっていると思われる。

甲状腺結節の管理
触診で触れない甲状腺結節(偶然発見腫瘍)は、甲状腺と無関係なことで頸部画像診断を行なっている最中に見つかることが多い。触診で触れない甲状腺結節の管理に関し、最近3件の研究が行なわれた(18-20)。触知できない甲状腺結節に甲状腺癌が発生する率は、触知できる結節の場合と同様である(約5%)。この3件の研究のデータを元に、次のようなことが勧められる。過去に頭頚部および胸部領域への放射線照射歴のある患者、または甲状腺癌の家族歴のある患者に対しては超音波ガイド下による穿刺吸引細胞診を行なう。もし結節の直径が1cm以上である場合、あるいは超音波画像診断で疑わしい特徴が認められる場合は、もっとも費用効率のよいアプローチ法として6ヶ月から12ヶ月のフォローアップが勧められる。ほとんどの潜在性癌は乳頭癌であり、性質の悪いものはめったにないからである。

L-サイロキシンによるTSH抑制療法を良性の単発性甲状腺結節に使うことに関しては異論がある。一方で、そのような治療法による結節の縮小効果ははっきりしない。また、TSH抑制療法により閉経後の女性の骨密度が減少する恐れがあり、心房細動や過度の心収縮のリスクファクターでもある(21,22)。良性の単発性甲状腺結節に対しTSH抑制量のL-サイロキシンで最低6ヶ月治療し、超音波画像法で測定してその体積の縮小効果を調べた研究が7件あり、ごく最近の研究でその結果が再検討された(23)。7件の研究を合わせると、L-サイロキシンの投与を受けた患者242名のうち25%で50%以上の結節体積減少があり、プラセボの投与を受けたか、あるいは治療を受けなかったコントロール患者171名では8%であった。メタ分析ではリスク差が16.7%(CI; 5.8%対27.6%)であった(23)。さらに、結節のサイズが大きくなった患者の割合はL-サイロキシン治療患者よりコントロール患者の方が大きかった(リスク差、9.7%, [CI; 2.0%対17.4%])。

それでは、これらのことをどのように臨床診療の現場で解釈すればよいのであろうか。L-サイロキシン治療で利益を受ける患者がほとんどいないとしたらどうなのであろうか。私見では、若年の患者に対して1年間L-サイロキシン治療を行い、結節のサイズが小さくなった場合にのみ治療を続けるというのが妥当なアプローチであると思う。年齢の高い患者では、抑制療法で効果を打ち消す以上の副作用が出る可能性があり、そのような治療で内因性ホルモン(TSH)産生の抑制不可能な病巣が新にできる可能性がある。

カリフォルニア州サンフランシスコ、カリフォルニア大学サンフランシスコ/マウントジオン医療センターより寄稿

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