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[002]2002年11月1日
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バセドウ病の放射性ヨード治療と発癌の因果関係
田尻クリニック / 田尻淳一
1986年にチェルノブイリ原発事故が起こり、周辺地域で4〜5年後から小児の甲状腺癌が急増したために、患者さんや医師の間に放射性ヨード治療に対する不安が出てきました。ここでは、今まで分かっている事実を示し、バセドウ病に対して通常行われている放射性ヨード治療では、甲状腺癌になる心配はないことを述べたいと思います。

1996年4月、ウィーンにて「チェルノブイリ原発事故から10年」という議題で国際会議が開かれました。共同声明は「チェルノブイリ原発事故による一般住民に対する唯一の影響は、原発事故当時、周辺地域に住んでいた子供の甲状腺癌が増加したことである」というものです。「どの放射性物質が、小児の甲状腺癌の原因なのかは不明である」と述べています。

長崎大学のNagatakiら(Thyroid 8: 115-117, 1998)はチェルノブイリ原発事故による小児の甲状腺癌増加の原因を、Cs-137(セシウム-137)、131-I(ヨード-131)、放射線外照射、 短時間で崩壊する(短半減期)放射性物質【Te-132(テルリウム-132)[78時間],132-I(ヨード-132)[2.3時間]】、他の環境因子(ヨード、化学物質)を挙げています。

上記の物質のうち、ヒトで甲状腺癌を引き起こすことが証明されているのは、Cs-137(セシウム-137)、放射線外照射、Te-132(テルリウム-132)、132-I(ヨード-132)だけです。しかし、今回のチェルノブイリ原発事故後の研究から、はっきりした原因物質を突き止めることはできませんでした。甲状腺癌のみ増加した事実から、当初、131-I(ヨード-131)が原因物質として疑われていました。しかし、「今まで、治療量の131-I(ヨード-131)によって甲状腺癌が発生したという報告はない」とNagatakiらは述べています。「しかし、乳児や小児は放射線感受性が高いたに、131-I(ヨード-131)の被爆を受けた年令は考慮すべきである」と付け加えています。ただ、「乳児や小児に少量の外照射を与えた場合に、甲状腺癌が増加することや短時間で崩壊する放射性物質【132-I(ヨード-132)】も同様に甲状腺癌を誘発する事実もある」とも述べています。結局、131-I(ヨード-131)の被爆によって小児の甲状腺癌が増加したという証拠はないということです。

Astakhovaら(Radiation Research 159: 349-356, 1998)は107例のベルラーシ在住の小児甲状腺癌について報告しています。チェルノブイリ原発事故当時、15歳以下の小児を対象としていますが、甲状腺癌を起こしたのは全例、原発事故当時11歳以下でした。最近、Farahatiら(Cancer 88: 1470-1476, 2000)は483例のベルラーシ在住の小児甲状腺癌について報告しています。この研究も当初、チェルノブイリ原発事故当時、15歳以下の小児を対象としていましたが、その対象になるのは497例で、そのうち483例は原発事故当時8歳以下でした。そのため、最終的に原発事故当時8歳以下を対象にしています。どちらの研究にも共通するのは、ほとんどが乳頭癌であることです。そして、小児甲状腺癌になっているのは、原発事故当時0〜5歳だった小児に集中しているのも共通した結果です。

チェルノブイリ原発事故後に急増した小児甲状腺癌の原因は不明ですが、少なくとも、131-I(ヨード-131)によるバセドウ病に対するアイソトープ治療は15歳以上なら問題ないと考えます。
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