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第75回日本内分泌学会報告記
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

現在、第75回日本内分泌学会(6月28日〜6月30日)に参加するために大阪に来ています。大阪国際会議場という立派なところで行われています。初日は、会場についたのは昼前でした。早速、ランチョンセミナーを聞きました。弁当を食べながら、講義を聞くのです。最近の学会では、昼休みも惜しんで勉強します。医者も大変な時代です。

今は、医学関連学会が持つ共通したものですが、分子生物学すなわち遺伝子を扱った研究が圧倒的に多いのです。医学の進歩には欠かせないことかもしれませんが、日常、患者さんを診察している臨床家にとっては明日にでも役立つ情報が欲しいわけです。学会の持つジレンマかもしれません。学会には基礎の学者(患者を診るのではなく、物実験を主体とした研究をしている医師)、大学病院などの臨床医(患者を診ている医師)、その分野を専門にしている医師(開業医も含む)などが参加します。今、問題になっているトピックなどを知るには学会に参加するということは都合がいいのです。日頃、聞きなれない医学用語に頭が混乱することが多い、昨今です。しかし、医学の進歩に遅れないために勉強しなくてはいけないのです。硬くなった頭にはちときついことです。ですから、自然と分子生物学に関する発表は避けて臨床研究の発表(患者さんをみることで日常臨床に役立てようとする研究)を聞くことになるわけです。まあ、致しかたないことと思います。前置きが長くなりましたが、わたしの独断と偏見で興味があった研究発表をご紹介します。

一日目
バセドウ病アイソトープ治療の再評価』という演題で、九州大学2内科から報告がありました。バセドウ病患者さん698人からのアンケート調査を行ったものです。治療を開始するときにアイソトープ治療の説明を受けた人は287人(41.7%)、詳しい説明を受けた人は118人(16.9%)、実際にアイソトープ治療を受けた人は78人(11.2%)でした。アイソトープ治療を受けた人の85.9%(67人)は治療に満足していた。アイソトープ治療を受けていない620人のうち、納得できたらアイソトープ治療を受けてみたいと答えたのは409例(66%)で、そのうち70%は外来でアイソトープ治療を受けたいと回答した。九大2内科では、1998年まではバセドウ病のアイソトープ治療は年間10例以下であったが、1999年以降は年間30例以上になっているという。彼らは、考察として「日本においてアイソトープ療法が比較的普及していない原因として、被爆国であるという国民感情がその一因として挙げられてきた。今回の調査の結果、主治医から十分な説明を受けていないことが示された。一方、当院におけるアイソトープ治療例は、規制緩和により外来でアイソトープ療法が可能となった1998年以降著増した」と述べている。結論として、「わが国でアイソトープ療法が普及しにくかった原因として、入院が必要であったという規制と、患者に十分な情報が与えられていなかったことも考えられた」と締めくくっている。

. Dr.Tajiri's comment . .
. バセドウ病に対して外来でアイソトープ治療が可能になったことが、アイソトープ治療の比率が増えた大きな理由と考えます。しかし、問題点もあります。外来でアイソトープ治療を行っても保険診療では、点数がありませんので医療機関にとってはこの治療行為自体はただなのです。これから外来アイソトープ治療がもっと普及するためには、アイソトープ治療に保険点数をつけるべきでしょう。でないと、新しく設備を作ろうとしないし、外来でアイソトープ治療をしようという医療機関は増えては来ないと思います。因みに、米国ではアイソトープ治療の費用は病院によって異なりますが、400〜1,100ドルです。日本円にして48,000円〜132,000円です。少なくとも、4〜5万円くらいが妥当と考えます。 .
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久留米大学医学部内分泌代謝内科のグループは、『やせ薬により甲状腺中毒症や肝障害をきたした10例』という演題で報告した。平成12年12月、『個人輸入した健康食品と称する未承認医薬品の服用後に発生した健康被害事例について』の厚生省通達がでた。症例はいずれも20〜40代の女性で、中国から輸入されたやせ薬を服用、服用開始半月以内に頻脈、動悸、振戦、下痢、倦怠感、体重減少などの症状が出現。近医を受診し、甲状腺機能亢進症を指摘され精査目的としてまたは、バセドウ病と誤診され抗甲状腺剤の投与を受け難治例として久留米大学医学部内分泌代謝内科を紹介された。いずれもやせ薬服用中止1ヶ月後には甲状腺機能は正常に復した。健康食品としては、せんのもとこうのう4例、美麗痩身3例、Challenge fortyone1例、Anything evidence1例、Comet1例であった。これら薬剤中のT3、T4を測定したところ、いずれの薬剤も甲状腺ホルモンT3、T4を含んでいた。彼らは、結論として「通信販売、インターネット、ロコミなどで、かなり出回っているとのであり、日常の診療において念頭に置く必要があろう」と述べている。

二日目
東京・伊藤病院から、「メルカゾール(MMI)の関与を否定し得たMMI長期投与後発症の無顆粒球症(agra)の2例」という演題で報告があった。まず、彼らが報告をするにいたった経緯を説明しておきます。教科書的には、また実際診療においても抗甲状腺剤による無顆粒球症<注釈:顆粒球数500/mm3以下を無顆粒球症と定義します>は抗甲状腺剤服用後2〜3ヶ月以内に起こると理解されています。最近、厚生省からの副作用情報でメルカゾール長期投予後にも無顆粒球症が発症するという報告がなされた。しかし、この情報に関して引用文献がなく、どの論文を根拠にしているのか分からない。でも、このように厚生省からの通達となれば、御旗のもとにこの情報が一人歩きを始める可能性があり、個人的には危惧を隠せません。伊藤病院の医師たちも同じ考えを抱いたと思います。そこで今回の症例報告を行うことで、そのような情報に警鐘を鳴らしたのだと思います。
症例1
45歳男性。平成6年7月、バセドウ病と診断されメルカゾールにて加療し寛解、再発を繰り返していた。平成12年5月、近医にて顆粒球と血小板の減少を指摘されメルカゾールからPTUに変更されたが、嘔吐出現するため当院紹介となった。入院時、白血球数3,760/mm3、顆粒球数1,278/mm3。メルカゾール30mg/日、プレドニン30mg/日の投与を行ったが、6日後、白血球数4,220/mm3、顆粒球数886/mm3。8日後、白血球数3,750/mm3、顆粒球数637/mm3に減少したためメルカゾール中止、RI治療となった。その後、狭心症発作が頻発し、メルカゾールの再開を余儀なくされた。投与開始時、白血球数4,890/mm3、顆粒球数1956/mm3であったが、その後メルカゾール45mg投与にも拘らず、3日後に白血球数2,900/mm3、顆粒球数1,305/mm3まで低下した後、白血球数4,800mm3、顆粒球数1,680/mm3まで上昇を認めた。
症例2
昭和62年3月、当院受診。バセドウ病の診断にてメルカゾール開始となるが6月に自己中止。平成1年6月MMIを再開。平成3年2月23日より45mg/日に増量したところ3月19日より発熱と咽頭痛を認め、近医入院。扁桃炎の治療を受け改善を見るも3月25日、白血球数1,100/mm3、顆粒球数77/mm3と無顆粒球症の診断により4月2日当院転院となった。この間、前医にてメルカゾールの投与は継続されていたが、転院時、白血球数3,700/mm3、顆粒球数851/mm3まで改善、骨髄穿刺では正常骨髄であったため、メルカゾールの投与を継続した後、甲状腺亜全摘術を施行した。
この2症例の経験から、彼らは「伊藤病院では、4ヶ月以上MMIを継続投与したバセドウ病患者で無顆粒球症を発症した例は経験がない」と述べている。結論として、「長期間メルカゾール内服後に無顆粒球症を発症した場合、その病因に関しては慎重に検討する必要があると考えられた」と締めくくっている。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 最近、全国の甲状腺専門医にメールで問い合わせを行いましたところ、稀でありますが、抗甲状腺剤を長期に投与している例にも無顆粒球症が発症していることが判明しました。
現時点では、抗甲状腺剤を服用している間は、白血球と顆粒球は測定していた方が安全なようです。
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神戸・隈病院のグループから、「バセドウ病患者の尿中ヨード排泄量および抗甲状腺剤治療における食事性ヨード制限の意義」という報告がなされた。欧米などのヨード摂取が比較的少ない地域では、食事性ヨード摂取量が増えるとバセドウ病患者の抗甲状腺剤治療に対する反応性や寛解率が低下することが報告されている。しかし、日本のようなヨード過剰摂取地域において、バセドウ病患者の抗甲状腺剤治療における尿中ヨード値の変化や、ヨード摂取制限を行った場合の治療への影響についての詳細な報告はなされていない。
対象と方法
未治療バセドウ病患者をヨード摂取の制限をしていないコントロール群36 例とヨード摂取制限群40例の2群に分け、メルカゾール15mg/日内服にて治療を開始した。治療前と4週後、8週後に尿中ヨード、クレアチニンと血中FT4、FT3、TRAb(TSHレセプター抗体)の測定を行った。
結 果
1]ヨード摂取の制限をしていないコントロール群のFT4値(ng/dl)は前(4.30±1.09)、4週後(1.85±0.84)、8週後(1.41±0.89)であった。ヨード摂取制限群のFT4値は前(4.23±1.17)、4週後(1.87±0.80)、8週後(1.30±0.65)であり2群間に有意差は認めなかった。同様にしてFT3、TRAbの経時的変化を比較したが有意差は認めなかった。2]ヨード摂取制限群の尿中ヨード値(μg/日)はヨード摂取の制限をしていないコントロール群に比して低かった。3]治療一年後に抗甲状腺剤を中止後の再発も2群間に有意差は認めなかった。結論として、彼らは「バセドウ病患者の抗甲状腺剤治療において、ヨード制限の有無で治療初期反応性は変わらないこと、抗甲状腺剤中止後の再発率にも差はみられない」と述べている。

. Dr.Tajiri's comment . .
. わたしも、1991年の日本内分泌学会で同様の研究を発表しました。結果は今回の隈病院のものと同じでした。すなわち、ヨード摂取の多い日本では、バセドウ病の治療を抗甲状腺剤で行う場合、ヨード制限をする必要はなく、普通にヨードを摂取しても問題がないと思われる。不必要なヨード制限は厳に慎むべきであると考えます。 .
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『バセドウ病の難治性と甲状腺内結節性病変との関連性について』という演題で、高松赤十字病院と京都大学核医学科の共同研究として報告がありました。治療歴の長い難治と思われるバセドウ病において、TSHレセプター抗体の慢性刺激により反応性の良い濾胞細胞群のみが結節状に増殖し、その結果、腺腫様甲状腺腫に近い病態を示す病変が甲状腺に生じる可能性も十分考えられる。
方 法
対象は未治療バセドウ病患者115例、抗甲状腺剤治療中の患者141例である。超音波所見でびまん性甲状腺腫のみを認める1群とエコー輝度が不均一ながらも0.5cm以上の結節を認めない2群と0.5cm以上の結節を1個のみ認める3群と結節を多数認める4群とに分類した。
成 績
未治療バセドウ病患者115例では、これら4群間で年齢およびTSHレセプター抗体に有意差は認められなかった(1、2、3、4群で症例数はそれぞれ89、8、10、8例)。一方、治療中バセドウ病患者では、4群(n=33)の年齢(54.6±10.4 歳)と治療期間(15.0±8.0年)が1群(n=83)(46.6±12.2歳、10.8±5.6年)に比べて有意の高値を示した(いずれもP<0.01)。またTSHレセプター抗体に関しては1群に比べて(17.3±15.8%)、2群(n=11)、3群(n=14)、4群はいずれも有意の高値を示した(それぞれ39.9±30.5%、P<0.001;32.3±30.7%、P<001;39.0±30.3%、P<0.001)。結論として、彼らは「バセドウ病患者ではTSHレセプター抗体が治療により低下せず、長年にわたり抗甲状腺剤内服を続けている症例では甲状腺に結節を生じる頻度が上昇する」と述べている。

. Dr.Tajiri's comment . .
. バセドウ病患者を抗甲状腺剤で長期間治療していると腺腫様甲状腺腫のようになることはよく経験することである。それは、TSHレセプター抗体の慢性刺激が原因であることを示唆する研究である。 .
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『バセドウ病に対する内視鏡捕助下甲状腺亜全摘術』という演題を長崎大学医学部第二外科のグループが報告した。最近は、甲状腺のシコリや副甲状腺に対して内視鏡捕助下手術が行われています。しかし、バセドウ病に対しては、まだ行っている施設は少ないのが現状です。
対 象
抗甲状腺剤にて副作用の認められる症例、早期治療を希望する症例であり、甲状腺の推定重量が60g 以下の症例を内視鏡補助下手術の適応とした。
結 果
2000年1月より2001年11月までの内視鏡補助下甲状腺亜全摘術を施行した24例(男2例、女22例)、平均年齢31.5才であった。術後平均在院日数は、10.8日、平均出血量165g(輸血例なし)、平均手術時間4時間46分であった。術後の甲状腺機能は、初期は残置量を4g程度としていたため、術後の軽度亢進状態が3例に認められた。しかし、後期は残置量を2g程度とし、術後軽度亢進状態は全く認められていない。合併症としては、永久性反回神経麻痺は認められなかったが、一過性のものを3例(2ヶ月、1ヶ月、1週間)経験した。術創は衣服に隠れる位置にあるため、患者の術創に対する満足度は高いものであった。彼らは「バセドウ病に対する内視鏡補助下手術は、術創を衣服で隠れる部位に移すことにより患者の満足度の高い治療方法である。社会的因子を考慮し、適応を拡大できる可能性があると思われた」と結んでいる。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 最近は、甲状腺のシコリや副甲状腺に対して内視鏡捕助下手術が行われています。しかし、バセドウ病に対しては、まだ行っている施設は少ないのが現状です。今回の研究発表を聞いて、まず感じたことは手術時間が長いことである。通常のバセドウ病の手術の三倍近い時間がかかっています。これは、手技が慣れるにつれて克服できる可能性はあります。また、最近はバセドウ病術後再発に対してペイト(PEIT:エタノール局注療法)を行う施設も出てきています。今回の学会でも、PEIT 研究会でバセドウ病に対するペイト(PEIT:エタノール局注療法)について報告されていましたが、想像していたより良い治療成績でした。従来の手術やアイソトープ治療を拒否する人にとっては、選択肢は増えたように感じました。 .
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三日目は、午前中で終わり特にこれといった演題はありませんでした。昼過ぎに会場を出て、熊本への帰路に就きました。

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