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バセドウ病に対する外来アイソトープ治療:短期治療成績2000年版
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

1999年7月16日より外来アイソトープ治療を開始しました。以前、『バセドウ病に対する外来での放射性ヨード治療:この一年』というタイトルで外来アイソトープ治療について公開しました。このときは、各症例の詳細な検討は行っていませんでした。今回、1999年7月16日から2000年4月22日までに当院にて外来でアイソトープ治療を受けたバセドウ病患者180人を対象として短期治療成績を検討しましたので、公開します。

対 象
1999 年7月16日から2000年4月22日までに当院にて外来でアイソトープ治療を受けたバセドウ病患者180人を対象としました。2001年4月末までの治療成績を検討しました。観察期間は12〜21ヶ月間です。このうち、22人は経過を追うことができず、残り158人について検討しました。内訳は男37人、女121人です。年令は19歳から80歳まで、平均45.7歳(45.7±14.6)でした。年令分布は【図1】に示します。

方 法
治療日の選択
当院が休診以外の日で、患者さんが都合の良い日に治療しています。アイソトープの余裕があれば、当日できることもありますが、基本的には予約制です。治療は3.5〜4時間で終わります。途中、約3時間の待ち時間(アイソトープカプセルを服用して摂取率を測定するまでの時間)がありますので、外出されても結構です。
治療前の注意
  1. 1週間前からヨード制限:
    具体的には以下の食品を控えてもらいます。海草類(昆布、ひじき、ワカメ、のり、寒天など)、ヨード卵、昆布出しの入った調味料。
  2. 抗甲状腺剤(メルカゾール、チウラジールまたはプロパジール)の中止:
    治療4日前から中止してもらいます。
  3. ヨード剤の中止(使用している場合):
    治療7日前から中止してもらいます。
  4. ベータ遮断剤:
    症例によって、抗甲状腺剤、ヨード剤を中止した時から開始します。甲状腺機能が落ち着くまで服用してもらいます。
治療前の注意
治療のカプセル(上段左から1mCi、3mCi、5mCiです。外来で使用するのはこの3種類だけです)を飲む前に甲状腺にどれくらいアイソトープが取り込むかをみる検査(摂取率)をします。このとき、検査用アイソトープ(右下の水色のカプセルが検査用です)のカプセルを飲みます。3時間後に検査用アイソトープの摂取率を測定します。この摂取率と甲状腺重量からアイソトープの投与量を計算します。計算式は次の如くです。
アイソトープ投与量(mCi) =
甲状腺重量(g) × 80μCi / 131-I摂取率(%) × 10
<注釈:通常、131-I摂取率(%)は24 時間値を用いますが、何故3時間値で良いかはあとで述べます>

治療は、大変簡単です。治療用のカプセルを服用するだけです。
治療後の注意
  1. 治療後3日間(治療翌日を1日目とする)ヨード制限
  2. 治療後3日間(治療翌日を1日目とする)抗甲状腺剤中止
  3. 治療後3日間(治療翌日を1日目とする)ヨード剤中止(使用している場合)
治療後48時間の注意
  1. 毎日少なくとも4杯の水か他の水分を摂りましょう。
  2. 他人の料理を作るときには、注意深く手をよく洗いましょう。
  3. 他人への汚染を防ぐために、バスタオルは別のものを使いましょう。
  4. 唾液、血液、尿、生理中のナプキンで汚染された使い捨ての紙類はトイレに流すかプラスチックバッグに入れて捨てましょう。
  5. トイレに行った後は手を洗い、洗面台も水でよく洗いましょう。
  6. 可能なら、一人で寝て下さい。キスやセックスはさけてください。
  7. 赤ちゃんがいるのなら、世話をするのは1日2時間以内にしてください。
  8. 使用したティシューは速やかにトイレに流してください。
  9. 女性の場合、6ヶ月間は避妊してください。

アイソトープ治療後の治療および追加アイソトープ治療の決定について
アイソトープ治療後の診察は、1ヶ月後、3ヶ月後、5ヶ月後です。甲状腺機能が落ち着くまでは抗甲状腺剤もしくはヨウ化カリウムを服用してもらいます。通常、アイソトープ治療5ヶ月後に2回目のアイソトープ治療を行うかどうかを決めます。もし、甲状腺の大きさが縮小してきていたら3ヶ月待ちます。それでも、甲状腺の大きさに変化がなく、クスリを中止できなければ、2回目のアイソトープ治療を決めます。その後の追加アイソトープ治療を決める場合も、同じやり方で決めます。

結 果
アイソトープ治療前の甲状腺重量は32.8±21.8g(4.5〜123.3g)で、分布図は【図2】に示します。131-I摂取率3時間値は43.8±18.9%(6.1〜87.1%)で、分布図は【図3】に示します。初回投与量は6.1±2.6mCi(2.6〜15.4mCi)で、分布図は【図4】に示します。

治療が1回のみでよかった例は84人、治療を2回要した例は66人、3回要した例は5人、4回要した例は2人、5回要した例は1人であった。治療が2回以上要した例の総投与量は、治療を2回要した例11.9±4.7mCi(4.6〜29.8mCi)、3回要した例23.3±11.7mCi(10.6〜35.7mCi)、4回要した例45.2mCiと68.0mCi 、5回要した例69.1mCiであった。

初回治療から2回目治療までの期間は7.9±2.5ヶ月(2〜14ヶ月)、2回目治療から3回目治療までの期間は8.2±3.5ヶ月(4〜14ヶ月)、3回目治療から4回目治療までの期間は6.5±3.5 ヶ月(4〜9ヶ月)、4回目治療から5回目治療までの期間は3ヶ月であった。この治療期間の検討には、以前にアイソトープ治療を他院(野口病院9例、熊大放射線科1例)で受けている10例は除外した。

アイソトープ治療を選択した理由は、ATD中止後再発54例、術後再発14例、抗甲状腺剤を中止不能26例、早く治りたい17例、2つの抗甲状腺剤で副作用あり15例、重大な副作用あり(無顆粒球症、顆粒球減少症、肝障害など)13例、甲状腺腫が大きい11例、アイソトープ治療後再発2例、一つの抗甲状腺剤にて副作用がありクスリに対して不安あり4例、他疾患あり(糖尿病、慢性肝炎)2例であった。

アイソトープ治療の前治療は、メルカゾール103例、PTU(チウラジールまたはプロパジール)24例、ヨウ化カリウム(KI)29例、前治療なし2例であった。

メルカゾール前治療例の年令、甲状腺重量はそれぞれ46.8±14.7歳(19〜80歳)、33.9±21.6 g(4.5〜123g)であった。PTU前治療例の年令、甲状腺重量はそれぞれ45.4±13.0歳(24〜72歳)、34.1±26.3g(8.9〜123.3g)であった。ヨウ化カリウム(KI)前治療例の年令、甲状腺重量はそれぞれ44.4±15.4歳(22〜76歳)、27.4±16.5g(6.2〜82.7g)であった。メルカゾール、PTU、ヨウ化カリウム(KI)にて年令、甲状腺重量には差はみられなかった。

メルカゾール前治療例103例中、アイソトープ治療1回で治った人は54例、アイソトープ治療2回以上要した人49例であった。PTU前治療例24例中、アイソトープ治療1回で治った人は15例、アイソトープ治療2回以上要した人9例であった。ヨウ化カリウム(KI)前治療例29例中、アイソトープ治療1回で治った人は15例、アイソトープ治療2回以上要した人14 例であった。

治療後12〜21ヶ月経って、甲状腺機能亢進症19例(12%)、潜在性甲状腺機能亢進症35例(22%)、甲状腺機能正常48例(31%)、潜在性甲状腺機能低下症21例(13%)、甲状腺機能低下症35例(22%)である【図5】
<注釈:「甲状腺機能亢進症」は、まだ抗甲状腺剤もしくはヨウ化カリウム(KI)を服用中です。「潜在性甲状腺機能亢進症」とは、甲状腺ホルモン値は正常でTSHのみが抑制されたもので、治療の必要はありません。「潜在性甲状腺機能低下症」とは、甲状腺機能低下症ですが甲状腺ホルモン剤を飲むほどでない軽いものです。「甲状腺機能低下症」は、全員甲状腺ホルモン剤を服用しています>

今回の結果に対する検討
まず、全ての症例において、外来でバセドウ病に対してアイソトープ治療を行うことは可能であるということです。甲状腺腫が100gを越える大きなものであっても(分割投与すれば問題ありません)、高齢者であっても、糖尿病や肝炎などを持っていても、それらの病気がコントロールされていれば問題ありません。要は、甲状腺機能をできるだけ正常にコントロールしてアイソトープ治療を行うことが肝要です。そのために、わたしは抗甲状腺剤の中止期間をアイソトープ治療前後あわせて7日間にしています。抗甲状腺剤の中止期間が短いことでアイソトープ治療の効きが悪くなっても、問題にはなりません。アイソトープ治療は効き過ぎが、唯一の欠点ですから。外来でアイソトープ治療を行う場合の医師側からの利点は、「1回で治す」ということを患者から強く要求されないことです。入院でアイソトープ治療を行う場合には、仕事の関係や家庭の事情などから1回で治して欲しいと考えるのは当然です。何度も入院していたら、費用もいるし、会社の同僚や家族にも迷惑をかけます。その点、外来でアイソトープ治療を行う場合には、治療後しばらくの間、若干の注意事項はありますが、日常生活に支障をきたすものではありません。患者さんの中には、かえって1回で治してしまうことを嫌がる人もいます。アイソトープ治療の欠点をよくご存じですから、なるだけ甲状腺機能低下症になりたくないわけです。

最近、わたしが経験した患者さんのことをお話ししたいと思います。バセドウ病でクスリの治療を数年間受けている20歳代後半の女性の話です。彼女は、抗甲状腺剤を中止しては再発を繰り返していました。それまでクスリ以外の治療は拒否していたのに、一番最近の再発時に「アイソトープ治療を受けようと思う」と話し始めました。わたしは、「良い選択です」と答えました。しかし、彼女の次の言葉を聞いて、驚きました。「アイソトープ治療を受けますが、毎年1mCiずつ服用したい。10年かかってもいいから、そのやり方で治療して欲しい」というのです。わたしも、意表をつかれて一瞬とまどいましたが、おもむろに「あなたが納得されているなら、そのような治療方針でいきましょう」と答えました。彼女は、甲状腺機能低下症を恐れているのです。このような治療法は、アメリカ人が聞けば笑うかもしれません。でも、私自身はどのような結果になるのか興味津々です。この方の甲状腺重量は25g程度の小さなものです。以前、内分泌学会会場で九大の岡村先生と立ち話をしていた際に、岡村先生が「バセドウ病のアイソトープ治療は摂取率などという面倒なことをしないで1mCiずつ定期的に投与すればいいのではないか」と仰っていたことを思い出しました。アイソトープ治療も、現在では確立した治療法になってしまって、工夫をしようなどとは考えません。ある意味では患者のニーズに応えることが、医学の進歩につながることもあるわけです。患者さんは生きた教科書という言葉は、今でも陳腐なセリフではなく、われわれ医師がいつも心に留めておくべき言葉です。患者あっての医師です。話が、少し脱線しました。

アイソトープ治療を一日で、それも3〜4 時間で終わるにはどうしたらよいか工夫しました。最初のころは、Verulakonnda USら(Clinical Nuclear Medicine 21; 102-105: 1996)の方法で、131-I摂取率3時間値から24時間値を計算してアイソトープ投与量を決めていました。131-I摂取率は、その換算式で解決するのですが、問題は甲状腺重量です。甲状腺重量は超音波で測定しています。本来は、甲状腺重量は甲状腺シンチから算出します。しかし、甲状腺シンチは時間も費用もかかりますので、費用も時間もかけないでというわたしの考えには反します。野口病院時代の経験から、超音波で算出した甲状腺重量でアイソトープ投与量を算出すると、甲状腺シンチで算出した甲状腺重量で算出したアイソトープ投与量より少なく感じていました。これくらいの甲状腺の大きさならどれくらいのアイソトープを投与すればいいかは、経験を積んでいけば自然と分かるようになります。科学的ではありませんが、俗に言う「医者のさじ加減」というやつです。これは、言葉で表すのは難しい「勘」といったらいいかそのようなものです。そこで、野口病院時代に甲状腺シンチと超音波で甲状腺重量を同時に測定していた72例の甲状腺シンチと超音波での測定重量を比較しました。すると、8割の症例ではシンチで算出した重量は、超音波で算出した重量の1.5倍を示していました(p<0.0001)。先に述べたVerulakonnda USらの方法で131-I摂取率3時間値から24時間値を計算すると、大体1.5倍になるのです。ここで、アイソトープ投与量の計算式を思い出してください。
アイソトープ投与量(mCi) =
甲状腺重量(g) × 80μCi / 131-I摂取率(%) × 10
上記の計算式の分母の131-I -摂取率(%)3時間値に1.5倍を掛けると24時間値になります。分子の超音波での甲状腺重量(g)に1.5倍を掛けるとシンチでの甲状腺重量になります。ここで、分母と分子の1.5を相殺すると、131-I摂取率(%)3時間値と超音波での甲状腺重量(g)で、アイソトープ投与量(mCi)を簡単に計算できるのです。現在ではこの方法でアイソトープ投与量を決めています。それでもアイソトープ治療成績には影響はありません。最近、公開しましたアイソトープ治療成績をみてもそれは言えます。物ごとは、簡単な方がいいのに決まっています。

このサイトでトピック[036]として紹介しましたが、「PTU(チウラジールまたはプロパジール)による前治療は、バセドウ病に対する放射性ヨード治療の効果を弱める。メルカゾール前治療では、そのようなことは起こらない」という研究結果について検討してみました。今回の検討では、ヨウ化カリウム(KI)で前治療した場合も検討しました。結論からいいますと、メルカゾール、PTU(チウラジールまたはプロパジール)、ヨウ化カリウム(KI)のいずれで前治療しても、治療成績には変わりはありませんでした。それぞれの群で、甲状腺の大きさ、年令には差はありませんでした。今回は、発症時の甲状腺機能や病気の期間を検討していませんから、断言はできません。今後、検討したいと思います。

アイソトープ治療の追加をいつ行うかは重要な問題です。方法のところでも述べましたが、私の場合、通常、アイソトープ治療5ヶ月後に2回目のアイソトープ治療を行うかどうかを決めます。もし、甲状腺の大きさが縮小してきていたら3ヶ月待ちます。それでも、甲状腺の大きさに変化がなく、クスリも中止できなければ、2回目のアイソトープ治療を決めます。2回目のアイソトープ治療までの期間は、今回の検討では平均7.9ヶ月でした。2回目治療から3回目治療までの期間は平均8.2ヶ月、3回目治療から4回目治療までの期間は平均6.5ヶ月、4回目治療から5回目治療までの期間は3ヶ月でした。なるべく甲状腺機能低下症にしないようにすることも重要ですが、もっと重要なことはバセドウ病を治すことです。アイソトープ治療を受けたのに抗甲状腺剤を何年も服用しなければならないのは、患者にとっては苦痛以外の何ものでもありません。患者は、医師から次の言葉が発せられるのを希望を持って待っているのです。「バセドウ病は治りました。一生、再発はしません」この言い回しは、医学的に言えば、ちょっと科学的でないかもしれません。でも、患者さんに分かってもらうには大変分かりやすい表現です。たとえ甲状腺機能低下症になったとしても、患者さんはバセドウ病が治ったことの方を喜びます。甲状腺機能低下症については、治療前によく説明してあれば、患者さんはそのことで気落ちはしません。アイソトープ治療を受けることを決心したときに、甲状腺機能低下症についてはある程度の覚悟ができているのかもしれません。しかし、甲状腺機能低下症になったことに失望を感じている患者さんもいるかもしれません。ですから、もし永続性甲状腺機能低下症に陥ったときには、よく説明する必要があります。患者さんは十人十色です。それぞれの患者さんに対して、対応していくべきでしょう。納得を得られることが重要です。ここで、一つ知っておいて欲しいことは、アイソトープ治療後一年以内の甲状腺機能低下症は一過性で回復する可能性があるということです。甲状腺機能低下症になってしまったと落胆するのは、その後にしましょう。

アイソトープ治療後12〜21ヶ月たって、88%の症例が治っているというのは、わたしにとっては十分満足のいく治療成績です。最近、アイソトープ治療後12〜33ヶ月たった時点での治療成績を公開しました。98%の人が治っていました。理論的には、アイソトープ治療で100%治すことができます。ここで問題になるのは、2回目以降のアイソトープ治療を受けることを拒否する人がいることです。この人たちは、甲状腺機能低下症になることを恐れている人です。でも、患者さんを責めることはできません。治療方針の最終決定者は患者さん自身ですから。本人が納得しているわけですから、しばらく抗甲状腺剤を飲みながら経過をみればいいわけです。現に最近、そのような人で2年間みていたら正常になってきて抗甲状腺剤を中止できた患者さんがいました。このような患者さんや前に述べたような1mCiずつで治療して欲しいと言った患者さんなどのように、甲状腺機能低下症に対して恐怖がある人には、医師・患者の信頼関係を円滑にするために本人の意思を尊重してあげることが必要でしょう。医師の押しつけ医療だけは慎むべきと思います。

アイソトープ治療後に甲状腺眼症が悪化することがあることは、イタリアの研究者が10年くらい前に発表しました。最近、このイタリアの研究者たちは、彼らの論文の中でアイソトープ治療後に甲状腺眼症が悪化する例は15%、メルカゾール治療後に甲状腺眼症が悪化する例は3%であったと報告しています。アイソトープ治療後の甲状腺眼症悪化については、賛否両論があります。あるアメリカの研究者のグループは、大規模な研究からそのようなことは起こらないという結論を出しています。今回の研究では、158例中2例でアイソトープ治療後に甲状腺眼症が発症しました。一例はステロイド・パルス療法を一回行い、治りました。もう一例は、ステロイド・パルス療法では外眼筋の炎症が取れないために、野口病院で球後照射とステロイド・パルス療法の併用を行い、治りました。私の場合、明らかな甲状腺眼症のある患者は、まず甲状腺眼症の治療を行って、アイソトープ治療をするようにしています。現に、昨年、一人の患者で甲状腺眼症を治療してからアイソトープ治療を行いましたが、治療後、甲状腺眼症の悪化はみられませんでした。わたしの経験からいいますと、確かにアイソトープ治療後に甲状腺眼症が悪化する例があります。ただ、痛い目に遭うと記憶に残りやすいのです。それは印象であって、科学的根拠に基づいたものではありません。今回の検討では、158例中2例(1.3%)でアイソトープ治療後に甲状腺眼症が悪化しました。ただ、これは抗甲状腺剤治療時の頻度と比べても変わりありません。よって、甲状腺眼症の悪化は、アイソトープ治療のためとは言いにくいと考えます。わたしの結論は、アイソトープ治療後に甲状腺眼症が悪化することはあるが、それは自然の経過で発症しているに過ぎないというものです。

アイソトープ治療を行うのは、一体何歳からOKなのであろうか? この問題も重要です。先生によっては、20歳以上なら大丈夫という人もおり、また別の先生は18歳以上なら良いという。25歳以上なら大丈夫という先生もいます。ただ、どの先生も、これといった科学的根拠があっての発言ではないように感じています。アメリカのどの教科書をみても、何歳からアイソトープ治療をしてよいかとは明言していません。個々の医師の判断に任せているというのが現状でしょう。ただ、5歳未満の子供にはアイソトープ治療は行うべきではないというのは一致した意見だと思います。これは、チェルノブイリ原発事故の教訓から得られたものです。チェルノブイリ原発事故後に、甲状腺癌になってくる子供は、被爆時5歳未満の子供に集中しているからです。被爆時5歳以上の子供で甲状腺癌になるのは、希です。以前、トピック[002]で、「バセドウ病の放射性ヨード治療と発癌の因果関係」について公開しました。バセドウ病に対するアイソトープ治療は15歳以上なら問題ないというのが、わたしの考えです。基本的には、若い人は、抗甲状腺剤で治療を始めます。しかし、両方のクスリで副作用が出たとき、クスリで重大な副作用が出たとき、クスリで治りにくい例、甲状腺腫が大きい例で、別の治療法の選択を迫られた場合、15歳以上なら手術以外にアイソトープ治療も選択肢に加わったことは、患者さんにとってはラッキーだと思います。以前なら、有無を言わせず手術でした。選択の余地などありませんでした。昨年4月までに9人の19歳以下のバセドウ病患者をアイソトープ治療で治療しています。この人たちは、手術を拒否し、アイソトープ治療を選択しました。当然、親御さんも納得の上です。

妊娠可能年令の女性に対するアイソトープ治療は安全か?つい数年前までは、妊娠可能年令で将来妊娠を予定している女性にはアイソトープ治療は行うべきではないと考えられていました。しかし、アメリカで多人数の若い人に対するアイソトープ治療の結果から、将来妊娠する可能性がある若い女性でも4〜6ヶ月間避妊さえすれば、妊娠・出産は問題ないことが分かりました。ですから、以前は「子供を産み上げてアイソトープ治療をしよう」だったのが、現在では「子供を産む前にアイソトープ治療をしよう」に変わってきました。特に、最近、妊娠中に服用するメルカゾールの催奇形性がまたまた亡霊のように話題になってきた昨今では、この「子供を産む前にアイソトープ治療をしよう」という考えが現実性を帯びてきます<注釈:メルカゾール特有の奇形(例えば、頭皮欠損)がありますが、頻度が低いこと、まだ科学的に証明されていないことなどから、あまり騒ぎすぎると患者が不安になります。しかし、アメリカの一流雑誌に明言され、日本の製薬会社(中外製薬)が副作用として厚生労働省に報告して、添付文書に記載されれば、偶然にその奇形が出た場合、必ず問題になるでしょう> 日本に目を向ければ、伊藤病院・百渓先生たちのグループが、アイソトープ治療後に妊娠をした症例を検討し、第73回日本内分泌学会学術総会(平成12年6月17日)で発表されました。結論として、“1]催奇形性については文献的にも問題がない、2]流早産の頻度は高くない、3]TBII<注釈:TSHレセプター抗体>高値の場合は新生児バセドウ病の頻度が高くなる可能性がある。2年以内の妊娠を希望する場合は他の治療法を選択したほうが安全である”と述べています。バセドウ病の原因物質と考えられているTSHレセプター抗体が、アイソトープ治療後に増加することは以前より知られていました。抗甲状腺剤や手術では治療によって多くの場合、TSHレセプター抗体は減少してくるのとは対照的です。このTSHレセプター抗体は、胎盤を通過するのです。その結果、胎児の甲状腺を刺激します。妊娠中、胎児の甲状腺ホルモンが高くなると胎児の心音が多くなります。このTSHレセプター抗体が出産直前に50〜60%以上あると、生まれてくる赤ちゃんが一時的に甲状腺ホルモンが高くなることがあります。母親から移行したTSHレセプター抗体は、免疫グロブリンという一種の蛋白です。この蛋白は2〜3ヶ月もたつと赤ちゃんの体内から消失します。この甲状腺刺激物質、TSHレセプター抗体が赤ちゃんの血液中にある間は、赤ちゃんを抗甲状腺剤で治療する必要が生じます。わたしも今まで2〜3人経験があります。発症はTSHレセプター抗体値で予測がつきますので、出産前に産科医、小児科医と連絡を取りながら、治療をすれば問題はありません。昨年4月までに51人の29歳以下のバセドウ病患者をアイソトープ治療で治療しています。この人たちが、TSHレセプター抗体値がどれくらいすると安全域(50%以下)に低下してくるのか、将来、妊娠した場合、どれくらいの割で新生児一過性甲状腺機能亢進症が出現してくるのかは、今後検討していきたいと思います。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 今回は、1999年7月16日から2000年4月22日までに当院にて外来でアイソトープ治療を受けたバセドウ病患者180人を対象として短期治療成績を公開しました。近いうちに、1999年7月16日から2001年4月21日までに当院にて外来でアイソトープ治療を受けたバセドウ病患者371人を対象とした治療成績を公開します。現在、公開しているものは簡単な内容です。今回の検討のように詳細なものを公開予定です。

以下も参考にしてください。
日本全国のバセドウ病アイソトープ治療施設の公開
アイソトープ治療についての説明:放射性ヨードの手引き
甲状腺機能亢進症の放射性ヨード治療
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