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慢性甲状腺炎に対する外来放射性ヨード治療について:新しい治療法《更に詳しい情報[056]患者さんのための分かりやすい解説》
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

. Dr.Tajiri's comment . .
. 更に詳しい情報[056]で、慢性甲状腺炎(橋本病)に対する外来放射性ヨード治療について公開しました。この治療は、新しい治療法と考えています。この治療法について、簡単に説明します。 .
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慢性甲状腺炎は軽いものも含めると甲状腺の病気の中で、結節性甲状腺腫に次いで多いものです。慢性甲状腺炎はこの病気を発見した九州大学の橋本策先生の名を取って、別名「橋本病」とも呼ばれます。日本人の名前が付いた数少ない病気の一つです。外国などでは、橋本病としての方が一般的です。ただ、人の名前が付いた病気は難しい病気、治らない病気と患者さんから誤解を受けることがあります。このような理由から、わたしは、「慢性甲状腺炎」という病名を好んで使います。これは、個々の医師の考え方であって、当然、呼び方は自由です。

慢性甲状腺炎の患者は血液の中に甲状腺のタンパクに対する抗体をもっています。普通、抗体は外部から侵入してくるバイキンやウイルスに対する防御の働きをします。自分の体に対して抗体はできません。抗体が自分の体を攻撃しては困るからです。しかし、自分の体の部分に対して抗体(自己抗体と呼ばれます)のできる病気があります。これを、自己免疫病といいます。慢性甲状腺炎はこの自己免疫病の代表的なものです。

慢性甲状腺炎患者を診察するときに、問題になってくるのは2つの場合です。
一つは甲状腺全体が腫れてくること(びまん性甲状腺腫)、もう一つは甲状腺ホルモンが不足してくること(甲状腺機能低下症)です。甲状腺機能低下症に対しては、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を適量服用すれば、治療は簡単です。必ず、甲状腺ホルモンは正常化します。時に、問題となるのは甲状腺腫が非常に大きくなった場合です。甲状腺機能低下症があれば、甲状腺が大きく腫れていても甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を服用して甲状腺機能を正常にすることで、多くの場合は甲状腺腫も縮小します。甲状腺機能が正常、すなわち血清TSH値が正常な症例で、甲状腺腫が非常に大きい場合、甲状腺ホルモン剤投与によるTSH抑制療法も効かないとき、さてどうするか、頭を痛めます。美容上の問題で、手術を希望する人もいますが、通常、手術は嫌がります。仕方ないので、甲状腺ホルモン剤を投与してお茶を濁すか、経過だけをみているのが現状です。

バセドウ病機能性甲状腺結節に対して、放射性ヨード治療は確立した治療法になっています。最近では、非中毒性多結節性甲状腺腫(腺腫様甲状腺腫)に対しても、放射性ヨード治療の有効性が報告されてきています。大きな甲状腺腫を持つ慢性甲状腺炎患者に対して、放射性ヨード治療が効くのかどうかについては、まだ誰も報告していません。放射性ヨードが取り込みさえすれば、理論的には慢性甲状腺炎にも放射性ヨード治療は効果があることが予想されます。

『慢性甲状腺炎に対する外来放射性ヨード治療について:新しい治療法』更に詳しい情報[056]の内容を分かりやすく、箇条書きにしてみます。
  1. 甲状腺ホルモン剤投与によるTSH抑制療法やケナコルト(副腎ホルモン剤)局注療法が効かない大きな甲状腺腫を持つ慢性甲状腺炎患者9例に対して、外来で放射性ヨード治療を行った。
  2. 治療前の甲状腺重量は、124.9±61.1ml(62.0〜269.4ml)である。放射性ヨード治療後の甲状腺重量は、64.1±23.4ml(24.1〜91.6ml)と有意に縮小した。縮小率は45.5±19.3%(6.8〜66.0%)である。
  3. 放射性ヨード投与回数は、5.0±1.3回(2〜6回)で、総投与量は84.4±22.2mCi(38.8〜108.4mCi)である。
  4. 放射性ヨード治療後、TSHが100mU/Lを越えるような顕性甲状腺機能低下症になった症例は9例中2例だけであった(146.7mU/L,115.7mU/L)。残り7例のうち、6例では治療前とくらべてTSH値がほんの少し増加した軽度甲状腺機能低下症を示したのみであり、一例は全く甲状腺機能が正常であった。
  5. 甲状腺腫が有意に縮小するのに要する期間、治療回数、放射性ヨード投与量はそれぞれ、13.0±4.3ヶ月(8〜18ヶ月)、4.0±0.8回(3〜5回)、67.2±13.6mCi(52〜90mCi)であった。
  6. 慢性甲状腺炎に対して行った放射性ヨード治療としては、これが最初の報告である。今回の結果から、限定された患者に対して治療法の一つとして選択肢に加えても良いのではないかと考える。

非常に大きな甲状腺腫を持つ慢性甲状腺炎患者に対して、甲状腺ホルモン剤投与によるTSH抑制療法で治療しても、一部の症例では甲状腺腫縮小がみられないことは、甲状腺専門医なら誰でも経験していると思う。甲状腺機能が正常なら、甲状腺ホルモン剤を投与しないで経過をみるか、甲状腺ホルモン剤を少量投与してお茶を濁すことが多い。甲状腺機能が低下していれば、当然、甲状腺ホルモン剤を投与する。気管を圧迫するほど大きな甲状腺腫や美容上の問題から手術を必要とする場合も出てくる。しかし、元々良性疾患なので、患者は手術を嫌がることが多い。そのような症例に対しては、今までは経過観察か、甲状腺ホルモン剤を飲んで様子をみましょうと説明していたわけである。

非常に大きな甲状腺腫を持つ慢性甲状腺炎患者に対してアイソトープ治療を行おうと、わたしが何故、考え始めたかという経緯について、お話しします。野口病院に勤務していた平成2年頃、わたしが外来にて診ていた慢性甲状腺炎の患者さんで非常に大きな甲状腺腫があり、甲状腺ホルモン剤を投与しても甲状腺腫は一向に縮小しない方がおられました。年令が60才ちょっとの女性でしたので、骨粗鬆症の心配もあり、TSHを抑制する量の甲状腺ホルモン剤を長期に服用することは避けたかったわけです。また、手術は本人も嫌がっていましたし、高齢ですのでわたしも手術は考えていませんでした。今から考えると、甲状腺腫の大きさは150mlくらいあったと思います。ある日、医局で他の先生たちと雑談中に、このような症例を診ていて、何かいい治療法はないだろうかと話をしました。そのころ一緒に勤務していた放射線科の先生から、この患者さんに放射線外照射(外から放射線を当てる治療)をしたらどうだろうという提案がありました。医学的根拠は、慢性甲状腺炎は甲状腺内にリンパ球が沢山存在しているので、そのリンパ球を放射線で破壊すれば甲状腺腫は縮小するのではないだろうかというものでした。早速、患者さんに治療法についてお話しして、了解を得て、入院の上、放射線外照射をさせていただきました。確か、50Gy(5000rad)を照射したと思います。宮崎県の方で、わたしが熊本で開業すると、熊本に診察に来てくれています。今は2年に一回診察しています。外来で、経過を診ていて感じたことは甲状腺腫が徐々に縮小してきたことです。カルテをみますと平成10年4月の甲状腺腫は66.8mlです。平成14 年5月の甲状腺腫は34.5mlです。途中、平成9年4月に来院したときには、9ヶ月間チラーヂンSを服用していなかったにもかかわらず、FT4 1.30 ng/dl、TSH 2.75mU/Lと全く甲状腺機能は正常でした。現在、チラーヂンS 50μg/日を服用しています。甲状腺機能低下症はあっても軽度でしょう。放射線外照射治療を行って12年後に甲状腺腫は著明に縮小しています。この患者さんの治療結果から、慢性甲状腺炎も放射線治療が効くという確信があったわけです。
平成11 年7月から、わたしのところでもアイソトープ治療ができるようになりました。外照射の場合はレントゲン(X)線ですが、131-Iはベータ線ですので、より安全だと考えました(ベータ線は2ミリしか飛びませんから、甲状腺以外には放射線被曝がほとんどありません)。131-Iは、バセドウ病、甲状腺癌などの治療として以前より使用され、安全性も確立しているので、慢性甲状腺炎に対してアイソトープ治療を始めました。

131-Iの取り込みはバセドウ病ほどありませんが、投与量を増やすことで十分な治療効果を上げることができます。ベータ線による甲状腺濾胞細胞の破壊、リンパ球の破壊などが甲状腺腫縮小の要因でしょうか。効くまでに時間がかかることを考えると、甲状腺濾胞細胞の破壊が甲状腺腫が縮小する主な要因でしょう。

慢性甲状腺炎で甲状腺ホルモン剤投与によっても甲状腺腫の縮小がみられない大きな甲状腺腫を持つ患者に対して、アイソトープ治療も治療法の選択肢に加えてもいいと考えます。

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. 慢性甲状腺炎(橋本病)については、以下を参考にしてください。
橋本病
甲状腺の炎症 橋本病とその他のタイプの甲状腺炎
医学の進歩:慢性自己免疫性甲状腺炎(慢性甲状腺炎または橋本病)<総説>
病気別参考リンク[慢性甲状腺炎(橋本病)]
病気別コース[慢性甲状腺炎(橋本病)]
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