橋本病は遺伝性の病気のようです。バセドウ病がそうであるように、おそらくこの病気を起こす能力がある遺伝子、あるいは遺伝子の組み合わせを受け継いでいるはずです。しかし、この遺伝的傾向を受け継いでいても、それだけではこの病気を実際に発病することはないと思われます。したがって、この病気の発病原因となる別のファクターが存在するはずです。 |
このようなファクターには、性別、年齢、そして体の免疫系が含まれます。つまり、女性は男性より約4倍から8倍罹患しやすいのです。この形の甲状腺炎を子供時代あるいは思春期に発病する場合もありますが、いちばん多く診断されるのは50歳以降で、これは患者の多くが甲状腺機能低下症に罹る時期であるためです。
<第3章>で述べたように、この慢性リンパ球性甲状腺炎で起こる甲状腺の炎症と組織の破壊には、体の免疫系が関わっています。自己免疫抗体として知られる物質、これはリンパ球と呼ばれる白血球で作られるのですが、この病気になるとそれが血液中に現れます。これらのリンパ球や抗体がどのように、あるいはなぜ働くのかまだ完全にわかっていませんが、最終的には甲状腺の組織に損傷を与えます。十分な量の甲状腺組織が破壊された時に、甲状腺ホルモンの産生は正常以下に下がり、甲状腺機能低下症の症状が現れます。 |
この形の甲状腺炎はありふれており、その発生率は増加しつつあるようです。
1935年から1944年にかけて、ミネソタでメイヨー診療所の医師により行われた集団調査では、女性の間で1年間に発生する慢性リンパ球性甲状腺炎の新しいケースは、100,000人あたり6.5人の割合であったことが報告されています。同じミネソタの集団で、1965〜67年に再度調査が行われましたが、その時のこの病気の発生率は、女性100,000人あたり69人に増加していました。 |
医師が橋本病の罹患率を見積もるのにとってきた一つの方法は、大きな集団での甲状腺機能低下症の検査を行うことです。先に記したように、この形の甲状腺炎では甲状腺組織が損傷を受け、甲状腺機能不全を引き起こします。
甲状腺機能低下症に対するもっとも感度の高い検査は、脳下垂体の甲状腺刺激ホルモン(TSH)の血液中のレベルを測定する検査です。大きな集団でTSHの検査を行うと、55歳以上では女性の約10%、男性の約4%に血液中のTSHレベルの上昇が見られます。これが60歳になると、女性では15から20%、男性では5から10%にも増加します。
言い換えれば、少なくとも女性の6人に1人、男性の12人に1人は生涯の間に橋本病を発病するということになります。それぞれその後に甲状腺機能低下症を起こす可能性が大きいため、甲状腺機能不全の徴候を見逃さないようにしなければなりません。 |
もしこの病気になったら、最初は甲状腺の炎症は非常に軽いものであるため、どこか悪いところがあるとは思いもしないでしょう。この問題の最初の徴候が甲状腺腫である場合があります。痛みを伴わずに甲状腺が徐々に肥大してくることがあります。この時期には甲状腺にリンパ球が浸潤するようになり、そのため徐々に甲状腺の破壊と瘢痕化が始まり、それに引き続いて甲状腺機能不全になる場合があります。甲状腺がもはや正常な量の甲状腺ホルモンを作れないところまで甲状腺の機能が落ちてくると、甲状腺機能低下症の症状が現れ、初めて具合が悪いように見え、そう感じるようになります。この時点では、甲状腺の破壊は広範囲にわたっていて、正常な組織はほとんど残っていないことがあります。 |
甲状腺機能低下症が起きると、おそらくだるくて“疲れきった”ように感じるでしょうが、この病気の進行は非常に遅いので、どこか悪いところがあると気付かないことがあります。便秘や足がつる、髪が抜ける、頭の働きが鈍くなるなどの症状が、<第6章>ですでに概要を述べたその他の甲状腺機能不全の症状や徴候と一緒に現れることがあります。しかし、慢性リンパ球性甲状腺炎は進行性の傾向を持つ病気であるため、おそらくは病気に気付いて治療が行われるまで、甲状腺ホルモンレベルは下がり続け、甲状腺機能低下症の症状は悪化していくことになるでしょう。 |
医師のもとへ行った場合、甲状腺機能低下症や甲状腺腫があり、過去に甲状腺疾患の病歴がないようであれば、おそらく医師は慢性リンパ球性甲状腺炎を疑うでしょう。もし、他の家族に活発すぎる、あるいは不活発な甲状腺がある場合、この診断がなされる可能性は高くなります。医師は、甲状腺機能低下症の存在を血液検査により、甲状腺ホルモン(T4)のレベルが低く、甲状腺刺激ホルモン(TSH)のレベルが高いことを見て確かめることができます。
TSHレベルの上昇は、より感度が高く、脳下垂体ではなく甲状腺の機能が落ちていることを証明できることから、より重要な検査であります<第6章>。また、血液検査で抗甲状腺抗体の存在が示されれば、甲状腺炎の有力な証拠となります。 |
【図23】 |
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慢性リンパ球性甲状腺炎の患者の甲状腺スキャンでは一般的に甲状腺全体に斑状の放射性ヨードが認められます。 |
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甲状腺炎は甲状腺全体に起こるため、放射性ヨードによるスキャンでは、甲状腺全体にわたって見られる放射性ヨードの斑状の取り込みにより、単にこの過程の漠然とした性質が確かめられるだけです【図23】。 |
そのようなスキャンは通常この病気の診断、あるいは治療の計画に必要なものではありません。そのため医師がこの検査を指示することはあまりありません。したがって不必要な費用をかけなくて済むのです。その一方で、甲状腺に1つ以上のかたまり(結節)がある場合、医師が甲状腺スキャンを勧めることがあります。このようなことはリンパ球性甲状腺炎には起こりうることですが、癌性の結節には放射性ヨードの集積はありません【図24】。 |
【図24】不活性な(または“コールド”な)結節 |
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そのため、甲状腺に“コールド”または機能していない結節がある場合には、結節の生検を含むより詳しい検査を行い、結節に癌がないことを確かめる必要があります。 |
慢性リンパ球性甲状腺炎が間違いなく存在するという証拠は、甲状腺組織の生検と組織の顕微鏡検査を通じて得ることができますが、幸いに生検が必要なことはめったにありません。これは今までに述べた他の検査で、医師が診断を下すに十分な情報が得られるのが普通だからです。この病気の初期、甲状腺ホルモンレベルとTSHが正常に止まっている間は、別にどこも具合が悪いとは感じませんし、治療も必要ではありません。しかし、甲状腺が大きくなった場合は、医師が甲状腺腫のサイズを減少させようとして甲状腺ホルモンの錠剤を処方することがあります<第2章>。 |
後になって、甲状腺の機能が不全になり、TSHレベルが上がった時に、甲状腺機能低下症の症状が現れる可能性があり、甲状腺ホルモン治療が有効であると思われます。<第6章>で詳しく説明したように、医師は1日1回サイロキシン(T4)錠<注釈:日本ではチラージンS>を、TSHレベルが正常値に下がるまで徐々に量を増やしながら処方するでしょう。この病気は進行性であるため、生涯にわたるフォローアップが欠かせませんが、普通は年1回の検診で医師による甲状腺の診査と血液検査でT4とTSHのレベルを調べるだけで十分です。甲状腺の機能が落ちてくるにつれて、甲状腺ホルモンの投与量が適切に増やされるでしょう。それに対し、一部の高齢者では実際に投与量が減少する場合がありますが、これは年を取るにつれて体が必要とする甲状腺ホルモンの量が減ってくることがよくあるためです。 |