甲状腺の調子を悪くする事柄はたくさんあります。
甲状腺ホルモンをたくさん作り過ぎることもありますし(甲状腺機能亢進症)、少なすぎることもあります(甲状腺機能低下症)。
感染したり、炎症を起こすこともあります(甲状腺炎)。
嚢胞や腫瘍ができることもあります。おそらく、もっとも普通に見られる甲状腺の異常は甲状腺腫、すなわち甲状腺が単純に大きくなったものでしょう。
これらの状態の一つ以上が同じ患者に存在したり、あるいは時間をおいて出てくることがあります。そして、異なってはいても関連性のある甲状腺の異常が、同じ家族内の数人に起こってくることがあります。甲状腺の病気を起こすメカニズムのすべてが研究者にわかっているわけではありませんが、関係のあるファクターのいくつかについては多くのことがわかっています。 |
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ある種の甲状腺の問題を生じる傾向は、遺伝するようです。これらの状態でいちばんよく研究されているのは、甲状腺ホルモンの産生不全から起こるいくつかの希な疾患です。これらの疾患の中には、甲状腺が十分なヨードをうまく血液中から取り込むことができないものがあります。それ以外では、より複雑な甲状腺ホルモン分子を作る際にヨードを利用できないという問題があります。
また、甲状腺がその機能レベルを変化させ、活発になり過ぎたり、あるいは不活発になったりするほとんどの例でも、遺伝が役割を果たしているようです。それでも、そのような甲状腺の状態のどれか一つを生じるような傾向を遺伝している人でも、決して病気にならない場合があるのです。したがって、家族内の甲状腺の病気は、世代を“飛び越す”ことがあるように思えます。ご両親は健康であるのに、あなたには甲状腺の問題があるかもしれません。そして、祖父母にも甲状腺の問題があったことがわかるかもしれません。その他の例では、数種類の異なった甲状腺の問題が一つの家族の中に現れるというものです。親族の誰かが甲状腺が活発になり過ぎ、その外の者は甲状腺が不活発になることがあります。また、非常に病状が重くなる者もいれば、ごく軽い症状しか出ない者もいるということもあります。 |
実際に、全部と言ってよいほど甲状腺の病気は男性より女性に多いのです。例えば、甲状腺機能亢進症は女性の方に男性の8倍罹りやすいのです。今でも、どうして女性にこのような異常な傾向があるのかが分かっていないのです。それにもかかわらず、このことは、女性の健康問題に関心を持つ研究者にとって、将来優先的に研究を行わねばならない問題です。 |
もし、あなたの甲状腺が活発になり過ぎるとしたら、それが起こるのはおそらく20歳から40歳の間であるはずです。その一方で、甲状腺の機能不全の場合は、もっと遅い年代−普通50歳に手が届いた後−で起こってくることがはるかに多いのです。同じように、あるタイプの甲状腺腫瘍は若い人に起こる傾向があり、それ以外のものは年齢の高い人により多く見られます。残念ながら、このような年齢差は興味深いものではあるものの、その理由は全く不明のままです。 |
たくさんの健康関連組織の懸命な努力にもかかわらず、世界中で何百万人もの人(特に山岳地帯の僻地)が食食事から十分なヨードを摂取していません。その結果、甲状腺腫や重篤な甲状腺機能低下症を起こす傾向が高くなります。一方、アメリカではヨード欠乏症は存在しません。問題はその反対です。我々の食餌の中には、適量以上のヨードが含まれており、薬や健康食品、腎臓や胆嚢、脊髄腔のX線撮影に使われる造影剤からも、さらに多くのヨードを摂取している可能性があります。
ヨードが多すぎると、甲状腺の病気が潜在している人の中には、突然甲状腺の活動レベルが上がったり、下がったりすることがあります。幸いなことに、ほとんどの人は過剰な量のヨードにさらされても余り影響をうけることはありません<第15章>。
食物の中には、ゴイトロゲン(甲状腺腫誘発物質)という、甲状腺ホルモン産生を妨げることにより、甲状腺腫を引き起こす可能性がある化学物質を含んでいるものがあります。そのような食物には、キャベツ、ケール、カブカンラン、蕪(かぶ)などが含まれます。しかし、これらの食物の中のゴイトロゲンの量はごくわずかであり、甲状腺の機能に明らかな変化を生じるにはこれらの食物のどれか1種類以上を大量に食べる必要があります。大豆エキスもヨードの腸からの吸収を減らし、甲状腺の肥大を起こしうるものです。例えば、1950年代に、ミルクアレルギーのため、豆乳を与えられていた乳児で、大豆タンパクが甲状腺腫とヨード欠乏症の原因であることがわかりました。この問題は、豆乳に少しヨードを加えるだけで解決しましたが、大豆タンパクは今、安価なタンパク源として成人用の食物に使われる量が増えています。現時点では、大豆タンパクの取りすぎで何か被害があったという証拠は全くありませんが、これはおそらく食餌の中にヨードが豊富に含まれているためだと思われます。 |
時に、クスリによって甲状腺の機能に変化が起こることがあります。例えば、ある種の精神障害の治療に使われるリチウムが一部の人に甲状腺腫と甲状腺機能低下症を起こすことがあります。政府機関は、新薬の副作用に関して、注意深いテストを行いますが、甲状腺に害を及ぼす可能性のある薬を投与される場合は、医師または薬剤師から警告があるはずです。また、薬瓶のラベルは必ず読むようにしてください。 |
皆さんは少量の環境放射線に常にさらされています。このような形で甲状腺が被爆する線量が有害であるという証拠はありません。その一方で、甲状腺の近くに腫瘍やその他の病気があり、相当大きな線量のX線で治療をしなければならない場合や、かなりの量の環境放射線を被爆した場合(原発事故や爆発で起こる可能性があります)、重大な影響を被る可能性があります。この場合、甲状腺が不活発になる可能性がありますが、これは甲状腺ホルモンの錠剤を服用することで治すことができます。放射線被爆のもっと大きな問題は、甲状腺癌が起こってくる可能性があることです。今では、甲状腺領域の放射線治療を受けた人では、何年も経ってから甲状腺の結節を生じるリスクが高くなるということがわかっています。このような結節の中には甲状腺癌が含まれている可能性があります<第12章>。最後に、甲状腺がある首の領域の放射線照射治療の後で、活動が活発すぎる甲状腺(バセドウ病)を起こしてくる人は相当な数にのぼると思われます。 |
ストレスももう一つの環境上の問題ですが、評価するのは困難です。甲状腺機能異常のある患者を数多く診てきた医師のほとんどは、典型的な形の甲状腺機能亢進症が家族の死や、あるいは失業というような生活上のストレスを受けた後に起こることが多いという事実があるという印象を持っています。最近行われたいくつかの研究では、ストレスが免疫システムを変化させ、次に甲状腺の機能に変化が起きることが示唆されています。このように明らかな関連性があるにもかかわらず、ストレスがどのように甲状腺に影響を及ぼすか、あるいはそのようなストレスに満ちた状況で、どうしてある人は他の人より甲状腺への影響を強く受けるのかということについては、まだはっきりとわかっていないのです。 |
甲状腺の細菌感染は非常に希です。ウイルス(風邪を起こすようなウィルス)による感染が、甲状腺の病気を起こす可能性が高く、亜急性甲状腺炎と呼ばれる病気の原因と考えられています。 |