■ |
ヨードは他の食物すべてを合わせたより、もっと甲状腺の病気の原因になりやすいものです。ヨードを取り過ぎても、取り方が少なすぎても病気になることがあります。一部の国では、特にヨードの1日の摂取量が25マイクログラムに満たない僻地の山岳地帯では、クレチン病を含むもっとも重篤な形の甲状腺機能低下症が見られます。この悲劇的な疾患は極端なヨード欠乏に原因があります。この病気に罹った子供は、聾や小人症を含む著明な精神的、身体的発達遅滞を持って生まれ、社会に役立つメンバーには決してなることができません。世界的にはヨード欠乏症の問題の方がはるかに大きく、きわめて深刻なものです。10億人(世界人口の5分の1)が食餌から十分なヨードを摂取しておらず、夥しい数の集団調査で、このような人達が甲状腺に関連する病気に罹っていることが示されています。見苦しい甲状腺腫に加え、乳児死亡率の増加や不妊症、発育障害、そして頻度の高い、“地方性”甲状腺機能低下症が見られます。いちばん害のあるのは、もっと軽い形の精神発達遅滞が非常に多く生じることで、この結果学校や職場での成績が悪くなります。これらのファクターは、社会的経済的発展の遅れに反映されています。事実、今日の世界では、ヨード欠乏症が予防できる精神発達障害の最大の原因であります。 |
世界地図【図41】は、ヨード欠乏症が北アメリカを除き、世界中いたるところに見られることを示していますが、旧ソ連の食餌性ヨードの状況はよく分かっていません。しかし、一部の地域ではヨードの欠乏が普通に見られ、チェルノブイリの事故の影響でそのような地域の住民の状況が悪化した可能性があることをうかがわせるデータがいくつかあります。食餌の中に正常な量のヨードがなければ、甲状腺は放射性降下物の中からより多くの放射性ヨードを吸収することになり、そのため結果的に甲状腺機能不全や甲状腺癌を起こすリスクが高くなるのです。 |
西暦2000年までに世界中のヨード欠乏症を撲滅しようという、重要な努力が現在続けられています。ヨード欠乏性疾患のコントロールのための国際協議会(ICCIDD)が先頭に立ち、UNICEFや世界保健機構、世界銀行そしてアメリカ甲状腺財団(TFA)のような機関が後押しをし、塩や都市の水道水にヨードを添加したり、ヨウ化オイルの経口投与や注射によって治療することで、ヨード欠乏症を治すプログラムを実施しています。ここに、皆様の御助力がもっとも価値あるものとなる素晴らしい機会があります。もっと詳しい情報については、ICCIDDまたはTFAに問い合わせてください。
住所または電話番号が【付録7】に挙げてあります。 |
対照的に、アメリカ合衆国やカナダ、日本およびそれ以外のある国では、実際に 必要な量以上にヨードを摂取しています。国立研究評議会の食品栄養委員会では、一日あたりのヨード摂取量を150から300マイクログラムにするよう勧告しています。アメリカに住んでいるのであれば、おそらく一日あたりのヨード摂取量は200から700マイクログラムの間になるでしょう。これはパンやミルク、塩そして日常よく食べる食物の中に別にヨードが添加されているからです。 |
ダルス(食用になる紅藻の1種)のような海草を食べる国では、ヨードの消費量がもっと高いと思われます。北海道という日本の島の住人は昆布と呼ばれる海草を大量に食べ、一日あたり所要量の1000倍にあたる200ミリグラム(200,000マイクログラム)以上のヨードを毎日摂取していることを明らかにした研究があります。北海道では甲状腺の肥大または甲状腺腫の発生率は10%ですが、住人が他の甲状腺の病気になるリスクは高くなっていないように思われます。 |
正常な人は、余分なヨードが食餌から摂取されても、実際に甲状腺に入るヨードの量をコントロールする能力があるようです。しかし、【表4】に示したように、甲状腺に問題がある場合は、食餌やそれ以外の経路からヨードを摂取し過ぎることで甲状腺の機能に変化をきたす可能性が高くなります。例えば、甲状腺全体の活動し過ぎ(びまん性中毒性甲状腺腫またはバセドウ病)による甲状腺機能亢進症に罹ったことがあるか、あるいは慢性リンパ球性甲状腺炎(橋本病)として知られている軽度の甲状腺の炎症がある場合、実際にそうなります。どちらの場合も、ヨードの過剰量が中程度であっても、甲状腺機能低下症を起こしやすくなります。事実、バセドウ病患者では1日あたりわずか18ミリグラムのヨードを摂取した後でも甲状腺機能低下症になるのです。 |
胎児もヨードの過剰には敏感です。したがって、妊娠中に薬剤やケルプ(昆布の1種)、あるいは他の海草から大量のヨードを摂取すると、赤ちゃんが生まれながらに甲状腺腫になっていたり、またおそらくは甲状腺が不活発であるようなリスクが生じます。大きな甲状腺腫は、赤ちゃんの気道を圧迫し、呼吸を妨げる可能性があります。さらに、ヨードは母親から母乳を通じて赤ちゃんに伝わるため、授乳中は余分なヨードを含む薬剤や健康食品を避けるようにしなければなりません<注釈:この考えはおかしいと思います。バセドウ病の妊婦に対しても、今はヨード剤で治療をしても全く問題ないことが、わかっています。また、妊娠中に、体に良いということで海草を沢山取っている妊婦は沢山いますが、問題は起こっていません、少なくとも日本では>。 |
世界のヨード欠乏地域に住む人が、急に食餌から摂取するヨードの量を増やすと甲状腺機能亢進症を起こすことがあります。長年の問題であったヨード欠乏症の蔓延を治すため、国が食餌にヨード添加を行った際に、流行性甲状腺機能亢進症が数ヶ国で見られました。これは、1920年代に健康管理当局が塩にヨードを添加した時にアメリカでも起こりました。 |
また、アメリカとそれ以外の食餌性ヨードの量が十分な世界の地域では、ヨード過剰によって引き起こされた甲状腺機能亢進症も観察されています。そのような地域では、甲状腺にしこりのある(結節性甲状腺腫)高齢者がヨード摂取量の増加にもっとも影響を受けやすいのです。そのような人は甲状腺の活動が活発すぎるようになると、頻脈や不整脈による合併症を起こす可能性も高くなります。 |
したがって、バセドウ病または橋本病に罹っている人や、妊娠中または授乳中の人、あるいは結節性甲状腺腫のある人は、急激なヨード摂取の増加を避けるようにしなければなりません。ケルプを食べてはいけませんし、ビタミン剤やその他の薬の瓶に貼ってあるラベルをよく読むようにしてください。X線撮影のため、造影剤の経口投与または注射を受ける人は、ヨードが入っていないかどうか確かめるようにしてください。腎臓や脊髄管、胆嚢あるいは血管のX線撮影をする場合、その可能性があります。これは、ヨードを含む薬を飲んではいけないとか、そのようなX線撮影をすべきでないということではありません。むしろ、そのような場合、医師が薬を飲んだり、X線の撮影を行った後に甲状腺の機能に変化がないか確かめるために検査をする可能性があるということです。 |
ほとんどの食物に自然に含まれるヨードはわずかです。いちばん含有量が高いのは海草で、パンやミルク、卵および肉に含まれるヨードの量は様々です。果物や野菜には、ほうれん草を除いてほとんどヨードは含まれていません。これらの食材に含まれるヨードの正確な量は、ばらつきが大きく、満足な食物中のヨード含有量のリストを作ることが不可能なほどたくさんのファクターに依存しています。その代わり、ここに挙げたメッセージは、妊娠中または授乳中、あるいは自分に甲状腺の病気があることを知っている場合に“毎日の食餌”で食べるものについて述べたものです。ヨード化塩やパン、海草を避ける必要はありません。ただケルプのような特殊な食べ物に含まれている余分なヨードをできるだけ取らないようにするだけでよいのです。 |
多量のヨードを含む薬の中には、重大な病気の治療に大切なものがあります。その良い例は、心臓病薬のアミオダロンで、生命を脅かすような心拍の乱れを安定させるため、医師の使用が増えている薬です。1錠毎に75ミリグラムのヨードを含んでおり、平均的な人では毎日薬から摂取し、血液中に入る過剰なヨードの量は約9ミリグラムです。アメリカ合衆国に住んでいて、アミオダロンを飲まなければならない場合、甲状腺機能低下症が起こる確率は約20%で、甲状腺機能亢進症になるリスクはわずかです。そのような甲状腺機能の変化はすぐに起こらないため、おそらく医師が定期的にTSHの血液検査を行い、甲状腺機能のチェックをすることになると思われます。その他の食物あるいは必要な薬も同様に医師の監督下で使用することができます。 |
あなた自身または主治医がヨード摂取量についてもっと詳しく知りたい場合は、尿の中のヨード含有量を測定するのが最良の方法です。大体において、尿の中に含まれるヨードの量は、食物や薬、そして特殊なX線撮影用の造影剤などのヨード源から摂取したヨードの量と等しいのです。そのような検査は、妊娠中や摂取しているヨードの正確な量を知りたい場合に役に立ちます。しかし、ほとんどのケースでは、甲状腺ホルモンやTSHの血液レベルの測定から得られる情報に比べ、はるかにその重要性は低いものです。 |
リチウムは精神病、特に双極性精神病、これは気分が高揚と落ち込みの間でいったりきたりするもので、躁鬱病としても知られていますが、その治療に使われる頻度が増えている薬です。リチウムは一部の患者で、甲状腺の機能とサイズに影響を及ぼすことがわかっていますが、甲状腺ホルモンの産生を阻害することに加え、慢性甲状腺炎と同じように甲状腺細胞に免疫的損傷を起こす可能性があります。ヨードが原因の甲状腺腫と甲状腺機能低下症がある患者、バセドウ病による甲状腺機能亢進症や橋本病による甲状腺炎の既往がある患者はリチウムによりこのような問題を起こす可能性も高くなります。しかし、バセドウ病や橋本病に罹っていても、リチウムを安全に飲むことができるのです。リチウムをのむ必要がある場合、医師が抗甲状腺抗体の血液検査をすることがあります。検査結果が陽性であれば、その後8ヶ月の間に甲状腺機能低下症になる確率は30%であることを示す研究があります。しかし、甲状腺抗体の検査を受けても受けなくても、医師はおそらく薬を飲んでいる間、定期的に甲状腺機能を調べ、甲状腺ホルモン(T4)とTSHのレベルをチェックするようにするでしょう。甲状腺の機能不全が見つかったら、リチウムの服用を中止する必要はなく、甲状腺ホルモン剤で機能不全を治し、この効き目のある薬の服用を続けることができます。 |
最近、微量元素のセレニウムの欠乏がまれですが、甲状腺機能障害のもう一つの原因であることがわかってきました。ザイールの僻地で、ヨードとセレニウム両方の欠乏した住民は甲状腺腫だけでなく、重篤な甲状腺機能不全やクレチン病の危険にさらされています。セレニウムは、正常な場合、誰の甲状腺にも見られるもので、過酸化水素を含むある種の毒性のある化学物質の蓄積を防ぐものです。セレニウムがなければ、ヨード欠乏の影響はさらに深刻なものとなります。 |
甲状腺ホルモンの結合に影響を与えると考えられる薬剤 |
<第2章>で、ほとんどの甲状腺ホルモンは血液中で蛋白質と結合していることを述べましたが、これらの結合したホルモンは積極的に体へ影響を与えることはありません。ある種の薬剤は、甲状腺ホルモンの結合を変化させ、そのため体内で作用する遊離ホルモンまたは活性ホルモンの量には影響を与えないのに、甲状腺の血液検査の結果が変ることがあります。女性ホルモン(エストロゲン)は結合を増やすことがあります。男性ホルモン(アンドロゲン)と、よく使われる薬であるディランチン(抗痙攣薬、心抑制薬:てんかんや不整脈の治療に使われる)は結合を減らす可能性があります。
前者は、T4とT3の総量を増加させ、後者はこれらのホルモンの濃度を減少させます。どちらの場合も遊離または活性ホルモンの量は同じままであるため、別に異常は感じません。これらの薬の内どれか一つを飲んでいる場合、医師が甲状腺の機能不全を疑えば、TSH血液検査を行って活性甲状腺ホルモンのレベルが正常であることからすぐにわかります。 |
インターフェロンやインターロイキンは、ある種のタイプの癌に使われる重要な新薬です。<第3章>で述べたように、どちらの薬も自己免疫疾患の場合だけでなく、体内の自然な免疫防御に重要な役割を果たします。したがって、これらの薬を使っている患者の中には甲状腺の機能に変化をきたす人がいても驚くべきことではありません。ある研究で、進行した癌に対し、インターロイキン-2およびリンフォカイン活性化キラー細胞として知られている薬を投与された患者の21%が甲状腺機能低下症になることが示されています。これらの薬の内どちらかを癌、あるいは別の重大な病気の治療にどうしても使用しなければならない場合、医師は薬の使用をすることができますが、甲状腺を時々診察したり、定期的にTSHの血液検査を行ったりして、甲状腺の機能をモニターすると思われます。 |
食物が甲状腺に与える影響については、十分すぎるくらい書かれていますが、それでもあなたが食べているもののほとんどは危険を及ぼすことはありません。ケルプ(先の項で述べました)は大量のヨードを含んでいることがあります。アブラナ科の仲間の食物(キャベツ、ケール、カブカンラン、蕪を含みます)は、食餌中のヨードが欠乏していれば、動物とヒトのどちらにも甲状腺腫を生じさせるような物質を含んでいます。医学研究では、これらの食物はゴイタリンとして知られている甲状腺にマイナス効果を及ぼす化合物を作り出すため、甲状腺腫や甲状腺の機能減退を生じることが示唆されています。 |
ヨードの欠乏した人に甲状腺腫を生じせしめる可能性のあるもう一つの重要な食品は、熱帯地方で普通に食べられている植物であるキャッサバです。キャッサバの成分は体内で甲状腺の機能を阻害するチオシアネートに変ります。 |
これらの食物はヨード欠乏地域に住んでいる人に甲状腺腫を生じる可能性がありますが、食餌中に十分ヨードが含まれている地域では、これらの食物を食べているというだけで実際に甲状腺が不活発になった例は見当たりません。 |
何年か前、ミルクにアレルギーのある乳児に、ミルクの代わりに大豆タンパクから調整した人工乳があたえられていました。これらの乳児の中に、甲状腺腫と甲状腺機能不全を生じたものがいますが、人工乳の中にヨードを添加することで問題は解決しました。大豆調整乳はまだ使われていますが、ヨードが添加されており、これを飲む乳児に甲状腺の病気を起こすことはもはやありません。 |