子供に起こる甲状腺の病気の中で、いちばんよく分かっているものの一つが、一部の新生児に見られる甲状腺の活動性の増加で、新生児甲状腺機能亢進症として知られています。この病気はまれなもので、バセドウ病のため甲状腺機能亢進症になった母親から生まれた乳児にしか起こりません。これは、刺激抗体と呼ばれる化学物質が、母親の血液から胎盤を通り、生まれる前の赤ちゃんに行くために起こるものです。この化学物質が赤ちゃんの血液中に入ると、赤ちゃんの甲状腺を刺激して過剰な甲状腺ホルモンを作らせるようになることがあります。 |
幸いなことに、このタイプの新生児甲状腺機能亢進症は、赤ちゃんの血液の中に母親から貰った甲状腺抗体が残っている間だけしか続かず、通常は3週間から12週間です。さらに、甲状腺が活動し過ぎの女性のほとんどは、血液中の甲状腺刺激物質のレベルはあまり高くないので、病状は軽いのが普通です。時に、母親の甲状腺刺激物質の血中レベルが非常に高く、赤ちゃんが突き出した目や過敏性、皮膚の紅潮、頻脈など−どの年齢にも共通する甲状腺の活動し過ぎの特徴をすべて備えて生まれてくることがあります。さらに、これらの赤ちゃんは大変な食欲があるのに、体重が増えません。甲状腺腫は普通に見られますが、生まれた時点でははっきりしないことがあります。 |
この病気のいちばん軽い形のものでは、治療の必要がないことがあり、時間が経てばひとりでに治まります。しかし、赤ちゃんの病状が重ければ、活発すぎる甲状腺をコントロールするためにヨードやプロピルチオウラシル<注釈:プロパジールまたはチウラジール>のような抗甲状腺剤による治療が必要な場合があります。
もっと迅速な症状のコントロールが必要であれば、アテノロール<注釈:テノーミン>やプロプラノロール<注釈:インデラール>のようなベータ遮断剤が役に立つことがあります。この薬は、赤ちゃんの体の中の高レベルの甲状腺ホルモンの作用を遮断することで効き目を現します。甲状腺の手術は、あるにしても、まず必要なことはめったになく、赤ちゃんの甲状腺が非常に大きくなっていても、ヨードによる治療で急速にサイズが小さくなるのが普通です。これはありがたいことですが、そのような小さな患者では甲状腺の手術は大変に難しいものになるからです。治療は普通2〜3週間で中止されます。これは赤ちゃんの血液の中から母親の甲状腺抗体がすぐに消えてしまうからです。 |
このような病気はきわめて希ですが、妊娠中の女性で、甲状腺機能亢進症があるか、または過去に甲状腺機能亢進症に罹っていた人は、妊娠中の甲状腺の病気について産科医に注意して診てもらうようにするべきです。そうすれば、主治医は赤ちゃんの甲状腺の異常を捜す用意をしておくでしょう。 |
新生児期を過ぎて子供に起こる甲状腺機能亢進症は、大人の甲状腺機能亢進症と非常によく似ています。しかし、一般的に子供があまりに元気があり過ぎるとか神経質に感じるというようなことを訴えることはなく、さかんに動き回り、昼寝も必要としないように見えるほど少しもじっとしていない子供にあなたが疲れ果ててしまうことがあっても、甲状腺が活発すぎる病気に子供が罹っているとはなかなかわからないものです【図37】。 |
【図37】 |
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甲状腺機能亢進症の子供は、エネルギーが有り余っています。 |
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そのような問題があるという唯一の手がかりが急に発育が速くなり、そのため活発すぎる甲状腺のある子供の背が急に高くなるという場合がきわめて多いのです。子供の身体測定記録を丁寧に記録している小児科医がそのような変化に気がつくこともありますが、やはり両親が新しい洋服がすぐに小さくなってしまうことで、急な成長に気付くことが多いようです。 |
甲状腺機能亢進症に気付くための手がかりは他にもあります。全部と言ってよいほどの子供に甲状腺腫と目の突出があります。他に甲状腺の活動が活発すぎる徴候として多く見られるものには、頻脈、神経質、汗をかく量が増える、暑い天候を嫌うなどがあります。両親が学校の成績が下がったことに気付いたり、学校の先生が授業に集中していないことを報告する場合があります。爪がどんどん伸びるので、ぎざぎざになった爪の間に汚れがたまってくることがあります。手が震えて、不器用になったり、字がうまく書けなくなったりする一方で、肩や大腿部の筋肉が弱くなっているのが遊んだり、スポーツをしている時にはっきりわかることがあります。感情的な動揺も見られ、ほんのちょっとしかっただけで、泣き叫ぶことに両親が気付くことも多いのです。 |
子供の甲状腺が活発すぎることが疑われたら、医師に診てもらわなければなりません。普通、子供の甲状腺ホルモンレベルを測るために血液サンプルを採取します。甲状腺ホルモンのレベルが高く、脳下垂体の甲状腺刺激ホルモンのレベルが低いことで診断が確かめられたら<第4章>、医師は直ちに治療を始めることができるでしょう。この病気があるという疑いがある大人では、放射性ヨード取り込み試験とスキャンで検査をするのが普通です。これは、甲状腺の機能が活発すぎることを確かめ、甲状腺自体に関するもっと詳しい情報を得るためです。これらの検査は、診断がはっきりしている子供には必ずしも行われるとは限りません。医師は子供を放射性物質に不必要に曝すことを避けたいのです。しかし、甲状腺スキャンに使われる少量の放射性ヨードが有害であるという証拠はありません。 |
子供の活発すぎる甲状腺は、抗甲状腺剤:プロピルチオウラシル<注釈:プロパジールまたはチウラジール>またはメチマゾール(タパゾール<注釈:メルカゾール>)のどれか一つを使った治療で、2〜3週間以内に治まってきます。多くの医師は、抗甲状腺剤による治療を数ヶ月、時には何年も続けます。子供がきちんと薬を飲んでいる限り、甲状腺機能亢進症は治まっているはずです。約30〜50%の患者で、この病気がひとりでに治まったり、自然寛解が起こります。 |
この形の治療が子供に対して選ばれた場合、この薬が起こす可能性のある副作用についてある程度知っておく必要があります。子供の中にはこの薬に対してアレルギー反応を起こす者がおり、通常、発熱やかゆみ、蕁麻疹または皮膚の発疹の形で現れます。非常に希ですが、これらの抗甲状腺剤で、黄疸や子供を感染から守るある種の白血球(好中球)が減ったり、あるいは完全に消えてしまうようなもっと重大な問題が起こることがあります。そこで、このような薬のどれかを飲んでいる子供が熱を出したり、かゆみや蕁麻疹、皮膚の発疹が出たりした場合、または感染の証拠がある場合(喉の痛みや口内炎、または発熱)、直ちに薬の服用を中止し、医師に知らせなければなりません。医師が子供に抗甲状腺剤に対するアレルギーがあるとみとめた場合、他の形の治療が勧められます。一方で、問題が感染による発熱である場合は、好中球数が正常であれば感染症の治療をしながら薬を続けることができます。 |
幸いに、抗甲状腺剤が重大な問題を起こすことはあまりありませんし、ほとんどの子供は安全に薬の服用ができます。しかし、アレルギー反応が起こったり、これらの薬で甲状腺機能亢進症のコントロールが適切にできない場合、あるいは甲状腺が非常に大きいままで、見苦しい場合、医師が子供の甲状腺の大部分を手術で取ってしまうことを勧めることがあります。甲状腺の組織を取り除いてしまえば、過剰な甲状腺ホルモンを作り出す源はなくなり、子供はよくなるはずです。
甲状腺の手術は、きちんと訓練を受け、こどもの甲状腺の手術に経験を積んだ外科医が行えば本当に安全なのが普通です。残念ながらこの種の手術は難しく、甲状腺の近くにある頚部の組織を損傷する危険性がついてまわります【図38】。 |
【図38】甲状腺周辺の臓器 |
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甲状腺機能亢進症のため手術を受けた子供の少数は、声帯に行く神経の外科的外傷を受けます。近くにある副甲状腺を間違って取ってしまったり、傷つけたりすることも起こり得ます。前者では、永久に声がしゃがれたりしますし、後者ではカルシウムのバランスが取れなくなり、そのために一生涯薬を飲む必要が生じます。さらに、普通時間が経つにつれて次第に薄くなり、目立たなくなりますが、手術の傷が残ります。 |
子供では、薬や手術による甲状腺機能亢進症の治療でそのような重大な合併症が起こる可能性があるということを考慮して、大人で普通行うような甲状腺のコントロールの代わりに、放射性ヨードで甲状腺の一部を破壊する方法を選んでいるようです。事実、この治療法は甲状腺を手術で取ってしまうのと同じ位効果があり、声帯の神経や副甲状腺を損傷する危険性もありません。しかし、放射性ヨードを使った40年以上の大人の治療経験では、放射性ヨードによる重篤な合併症が見られないことははっきりしていますが、医師は小さな子供の甲状腺は放射線による影響を受けやすく、治療後何年も経ってから甲状腺の腫瘍やその他の腫瘍を生じてくる可能性があることを知っています。また、大人とは対照的に、子供は放射線による合併症を生じるかもしれないこれから先の年月が長いのです。幸いに、現時点では放射性ヨードで治療を受けた子供に特別な問題が生じたという証拠はありません。 |
放射性ヨードは子供の甲状腺機能亢進症をコントロールする有効な手段です。そして、大人と同じように子供でも安全であることがはっきりすると思われます。
しかし、今のところほとんどの医師がこの方法を子供に日常的に使ってはいません。その代わり、抗甲状腺剤にアレルギーのある子供やそのような薬で甲状腺機能亢進症がコントロールできない子供、また甲状腺の手術が勧められないか、望ましくない子供に放射性ヨードを使う方法をとっておくのです。あなたと医師は、特定の治療法が勧められることに至る個々の状況を十分に理解するように努力を払って、他に選びうる治療法について話し合うべきでしょう。 |
子供によく起こる甲状腺機能亢進症は、一生涯にわたる病気です。いつでも再発する可能性があります。そして、一部のケースでは甲状腺が不全になり、その結果甲状腺機能不全症になります。手術や放射性ヨードで治療を受けた子供は特に甲状腺機能低下症になりやすいのです。これらの理由から、どの甲状腺機能亢進症の子供も、確実に医師の管理下に留めておく必要があります。甲状腺が機能不全になれば、甲状腺機能低下症は甲状腺ホルモン剤を1日1回飲むだけで簡単に治療できます。 |