甲状腺機能低下症は、正常な甲状腺が産生するホルモンと全く同じ化学的成分を含む甲状腺ホルモンの錠剤で治療されます。したがって、その薬に対するアレルギーが起こることはありません。さらに、このホルモン剤は胃液により破壊されることはないため、経口投与が可能です。最後に、適切な投与がなされれば、甲状腺ホルモン剤が体の組織に好ましくない影響を与えることはありません。 |
今日では様々な甲状腺ホルモン製剤が製造されています。しかし、長年の間、動物の甲状腺から作られた甲状腺ホルモン剤だけしか手に入りませんでした。これらの製剤は非常に役立ったのですが、残念ながらサイロキシン(T4)だけではなく、もっと作用の早い第2の甲状腺ホルモンであるトリヨードサイロニン(T3)も含んでいるのです。2つの理由から、T3を含まない甲状腺ホルモン剤を投与する方が好ましいのです。まず最初の理由として、通常、体はT4からT3を作ります。
実際に、正常な状況では体の中のT4の大部分は、体が使う量に応じてT3に変ります。2つ目の理由は、T3を含んでいる薬を飲んだ後、血液中のT3レベルが異常に高くなる可能性があります。T3のレベルが異常に高いと、頻脈や心臓への負担が増加し、心臓病のある人にとって危険なことがあります。これらの理由から、今ではほとんどの医師が純粋なT4の錠剤<注釈:日本ではチラージンS>で甲状腺機能低下症を治療しています。 |
また、今日ではより高価な商標名で販売されている形のものに対抗して、一般薬の形で使う傾向が増えています。
一般薬は普通値段が安いのですが、一般甲状腺ホルモン製剤は、常に力価の信頼性が低いという問題を抱えています。最近、アメリカで試験が行われ、一般T4錠剤のこの力価の変異が明らかになりましたが、事実T4錠剤の内、一貫して信頼できるものは3種類しかないことがわかりました。シントロイド、レボトロイド、およびレボキシルです。したがって、筆者は現在のところ、これら3種類の甲状腺ホルモン剤だけを処方するようにしています。これらの錠剤は、ほとんど同じ“カラーコード”(力価が異なるサイロキシン錠には異なる色がつけてあります)がついており、そのため甲状腺ホルモンの投与量が紛らわしくなくてすみます。様々な薬用量の強さが得られるため、医師は個々の患者に対して用量を正確に合わせることができます【表1】。 |
シントロイドはアメリカとカナダで販売されている。レボキシルとレボトロイドはアメリカでのみ、またエルトキシンはカナダでのみ販売されている。 |
サイロキシン錠が最初に使われ始めた時、医師は100マイクログラムのT4が乾燥甲状腺剤の1グレイン(0.0648g)錠の力価に等しいと考えていました。しかし、臨床では、これらの古い製剤の力価はあてにならないことがわかりました。したがって、患者に乾燥甲状腺錠からT4に投薬を切り替える際は、普通、T4投与量をわずかに低くしてから始めていたのです。例えば、2〜3グレインの乾燥甲状腺剤を飲んでいた人には、75から125マイクログラムのサイロキシンから始めるようにしていました。事実、100から200マイクログラム以上のサイロキシンが必要な患者はほとんどおりません。 |
ある種の薬がサイロキシンの腸からの吸収を妨げることがあります。このような薬には、高コレステロールの治療に使われるコレスチラミン(クエストラン)とコレスチポール(コレスチド)、胃潰瘍の治療に使われる水酸化アルミニウム(制酸剤)、サクロフェート(カラフェート)があり、および貧血の治療に使われる鉄剤も入ると思われます。これらの薬のどれかを飲む場合は、甲状腺ホルモン錠をこのような薬を飲む前か後、数時間おいて飲むようにし、甲状腺ホルモンがすべて確実に吸収されるようにしなければなりません。 |
たとえ甲状腺機能低下症が重い場合でも、甲状腺ホルモンによる治療を2〜3ヶ月続ければ完全に治って、健康体に戻るはずです。この時点で、医師は血液中のT4とTSHレベルを測定し、甲状腺ホルモン剤の投与量が正しいことを確認します。
もし、飲んでいるT4の量が多すぎる場合は、血液中のTSHレベルが低く、T4レベルは正常範囲を超えて高くなっているでしょう。一方、T4の投与量が少なすぎる場合、血液中のTSHレベルは高いままで、T4レベルは下がっているはずです。甲状腺ホルモン剤を飲むのをやめてはいけません。 |
純粋なサイロキシンを使って医師が甲状腺ホルモンレベルのスムースなコントロールができるのは、体がサイロキシンを消費する速度が遅いからです。実際に、正常な人の甲状腺が突然働かなくなった場合、体は約7日かけてすでに血液中にあるT4の半分を消費するだけです。したがって、甲状腺機能低下症で甲状腺ホルモンの欠乏を治すため、サイロキシンの錠剤を飲んでいる場合でも、突然サイロキシンの服用を止めても、急に具合が悪くなることはありません。さらに、急に気分が変ることがないために、甲状腺の病気はもう存在していないと誤って思い込み、完全に薬を止めてしまう場合があるのです。残念ながら、甲状腺機能低下症が再発した場合でも、徐々にしか発病しないため、症状がはっきり現れるまで、病気が再発したことに気付かない可能性があります。 |
慢性リンパ球性甲状腺炎による甲状腺機能低下症では、この病気がバセドウ病による甲状腺機能亢進症のように遺伝する病気であるため、適切な
“家族のフォローアップ”も必要となります。この病気を起こす遺伝子は母親または父親のどちらか一方から伝わります(両方からということはめったにありません)。したがって、罹患した側の家族の中で、年配の方はある種の関連疾患だけでなく、甲状腺の問題もチェックしてもらう必要があります。これらの関係については、<第8章>で述べることにします。 |
もし、甲状腺機能低下症にかかったら、医師に定期的に検査してもらうことが大事です。ほとんどの甲状腺機能低下症は、時間の経過とともにだんだん悪化する傾向があるために、数年前には正しかった甲状腺ホルモンの量が今では十分ではない可能性があります。したがって、医師は定期的に血清T4とTSHを測定し、ホルモンの投与量を変える必要がないかどうか確かめるのです。甲状腺の病気が正しくコントロールされているかを確かめるために、最低年1回検査を受けることをお勧めします。ただし、妊娠した場合は、このルールはあてはまりません。妊娠中は、甲状腺ホルモンの必要量が増える事が多く、そのため甲状腺機能低下症で、甲状腺ホルモンを飲んでいる時に妊娠した場合は、TSHレベルのチェックを妊娠2ヶ月目にしてもらう方がよいでしょう。もし、値が高ければ、医師は出産が無事終わるまで薬の量を増やし、その後前のレベルまで投与量を減らすようにするでしょう。 |
甲状腺機能不全の原因となる他の病気の治療についても一言言っておいた方がよいと思われます。例えば、亜急性甲状腺炎ですが、これはウィルス感染によって起こることがあり、甲状腺機能の低下は一次的にしか起こらないことがあります。一過性の甲状腺機能低下に対し、サイロキシン療法が必要であっても、何週間、または何ヶ月かだけのことで、その後薬を止めてもそのまま健康な状態を保つことができます。また、甲状腺機能低下症がヨードの摂取や、抗甲状腺剤によって起こったものである時は、ただ薬の量を減らすか、薬をやめる
だけで済むことがあります。そのような例のどれに対しても、医師は適切に患者の治療を行うためのガイドに沿って、必要な検査が受けられるよう準備しています。これのきわめて特殊な例が出産直後に起こる甲状腺機能低下症です。この病気は産後甲状腺炎として知られているもので、出産後の女性全体の約5〜8%に見つかります。普通は、出産後2〜6ヶ月で発病し、多くは甲状腺ホルモンによる治療が必要となります。意外な事に、この形の甲状腺機能低下症は永久的なものでなく、普通は6〜12ヶ月後に自然に治ってしまいます。そのため、このタイプの甲状腺機能低下症に対して、医師は2,3ヶ月甲状腺ホルモンの薬を投与した後、投薬を中止して問題が消えたかどうか様子をみます。しかし、この病気になった女性の約25%で、甲状腺機能低下症が永久に残ります。 |
すでに述べたように、何年も前に甲状腺ホルモン剤を飲み始めた患者の多くは、その後の甲状線に対する治療は必要でなかったかもしれず、あるいは今では必要ない可能性があります。今日では甲状腺の検査で、そのような患者が甲状腺ホルモン錠の服用を中止し、そのまま健康な状態を保てるかどうか、安全かつ簡単に知ることができます。 |
何年にもわたって甲状腺ホルモン療法を受けている場合で、まだ薬が必要なのかどうか知りたいのであれば、自分で勝手に治療をやめたりせずに、医師の指示を受けるようにしてください。医師と患者の双方が甲状腺ホルモン錠を止めてみることに合意したら、医師は投薬中止後4週間から6週間で血液中のTSHレベルを測定するでしょう。
その時にTSHレベルが正常であれば、甲状腺機能は良好で、それ以上のサイロキシン療法は必要ではありません。このような場合、医師は数ヶ月後に再度TSHの検査で甲状腺機能をチェックし、甲状腺が健康であるかどうか確かめます。 |