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慢性甲状腺炎に対する外来放射性ヨード治療について:新しい治療法
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

はじめに
慢性甲状腺炎は別名、橋本病と呼ばれ、日本人の名前が付いた数少ない病気の一つです。この病気の患者は血液の中に甲状腺のタンパクに対する抗体をもっています。普通、抗体は外部から侵入してくるバイキンやウイルスに対する防御の働きをします。自分の体に対して抗体はできません。抗体が自分の体を攻撃しては困るからです。しかし、自分の体の部分に対して抗体のできる病気があります。これを、自己免疫病といいます。慢性甲状腺炎はこの自己免疫病の代表的なものです。

この病気が、臨床上、問題になってくるのは次の2つの場合です。一つは甲状腺全体が腫れてくること(びまん性甲状腺腫)、もう一つは甲状腺ホルモンが不足してくること(甲状腺機能低下症)です。甲状腺機能低下症に対しては、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を適量服用すれば、治療は簡単です。必ず、甲状腺ホルモンは正常化します。時に、問題となるのは甲状腺腫が非常に大きくなった場合です。甲状腺機能低下症があれば、甲状腺が大きく腫れていても甲状腺機能を正常にすることで、多くの場合は甲状腺腫も縮小します。甲状腺機能が正常、すなわち血清TSH値が正常な症例で、甲状腺腫が非常に大きい場合、甲状腺ホルモン剤投与によるTSH抑制療法が効かないとき、さてどうするか、頭を痛めます。美容上の問題で、手術を希望する人もいますが、通常、手術は嫌がります。仕方ないので、甲状腺ホルモン剤を投与してお茶を濁すか、経過だけをみているのが現状です。

ケナコルト(副腎ホルモン剤)局注療法が慢性甲状腺炎で甲状腺腫の大きな例に有効であると報告されましたが、追試で長期間の効果はないことが証明されています。実際、わたしも数人に試みましたが、効果が持続しません。中止すると元の大きさに戻ります。

バセドウ病に対して、放射性ヨード治療は確立した治療法になっています。また、機能性甲状腺結節に対しても放射性ヨード治療は確立した治療法になっています。最近では、非中毒性多結節性甲状腺腫(腺腫様甲状腺腫)に対しても、放射性ヨード治療の有効性が報告されてきています。大きな甲状腺腫を持つ慢性甲状腺炎患者に対して、放射性ヨード治療が効くのかどうかについては、まだ誰も報告していません。放射性ヨードが取り込みさえすれば、理論的には慢性甲状腺炎にも放射性ヨード治療は効果があることが予想されます。今回、わたしは甲状腺ホルモン剤投与によるTSH抑制療法やケナコルト(副腎ホルモン剤)局注療法が効かない9例の大きな甲状腺腫を持つ慢性甲状腺炎患者に対して、放射性ヨード治療を行い、満足のいく結果が得られたので報告します。

対象および方法
橋本病(慢性甲状腺炎)の診断は、触診、甲状腺ホルモン、TSH、超音波、甲状腺自己抗体(MCHA、TGHA)で行った。一部の症例では、超音波で低エコー領域がみられたため穿刺吸引細胞診を行い、悪性リンパ腫がないことを確認した。

1999年11月以降、甲状腺ホルモン剤投与によるTSH抑制療法やケナコルト(副腎ホルモン剤)局注療法が効かない大きな甲状腺腫を持つ慢性甲状腺炎患者12例に対して、放射性ヨード治療を行った。2例は放射性ヨード治療を1回受けただけで、Drop-outした。1例は、現在治療中である。残り9例を対象として検討を行った【表1】。男1例、女8例で、年令は63.0±9.3才(51〜79才)である。アイソトープ治療を受けるまでの甲状腺腫の期間は13.9±8.6年(5〜33年)である。1例(症例7)は以前、結節性甲状腺腫で甲状腺左葉切除術を受けており、5例(症例2、症例5、症例6、症例7、症例8)はケナコルト局注療法が無効であった【表1】

甲状腺重量は、短冊を用いる横沢らの方法により超音波にて測定した(横沢 保著、甲状腺疾患診断アトラス、p25、ベクトル・コア、1997年)

放射性ヨード摂取率は3時間値のみを測定した。Verulakonnda USらの方法から摂取率3時間値から予測24時間値を算定した(Clinical Nuclear Medicine 21; 102-105: 1996)。計算式は以下の如くである。
予測24 時間値 = -38.618 + 65.216 × log[3時間値]
放射性ヨード治療は、全例、外来で行った。投与量は摂取率、甲状腺重量から計算した。計算式は次の如くです。
アイソトープ投与量(mCi) =
甲状腺重量(g) × 120μCi / 131-I摂取率(%)[予測24時間値] × 10
120μCi/g で計算したが、多くの場合、計算投与量は外来使用最高量を超していた。そのため、一回の放射性ヨード投与量は、外来で使用できる最高量(月曜日検定で500MBq)を投与した。放射線照射量を計算する場合、有効半減期は5.9日として計算した。分割投与で、2回〜6回まで投与した。投与間隔は3〜6ヶ月で治療した。治療目標は、体積が50%以下とした。目標に達したら、治療を終了した。

結 果
治療前の甲状腺重量は、124.9±61.1ml(62.0〜269.4ml)である。放射性ヨード治療後の甲状腺重量は、64.1±23.4ml(24.1〜91.6ml)と有意に縮小した(p<0.01, paired Student's t test)【図1】【表1】。縮小率は45.5±19.3%(6.8〜66.0%)である。甲状腺重量の経時的変化を【図2】に示す。

放射性ヨード投与回数は、5.0±1.3回(2〜6回)で、総投与量は84.4±22.2mCi(38.8〜108.4mCi)である。アイソトープ治療後の観察期間は26.0±7.4ヶ月(12〜35ヶ月)である。

治療前の甲状腺機能は甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を服用している状態で、FT4; 1.15 ±0.23ng/dl(0.89〜1.61ng/dl)、TSH; 1.56±0.94mU/L(0.25〜2.67mU/L)であった。治療後の甲状腺機能は甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を服用している状態で、FT4; 1.52±0.91ng/dl(0.63〜1.91ng/dl)、TSH; 3.82±3.86mU/L(0.65〜11.22mU/L)であった。

各症例の放射性ヨード摂取率および投与量、照射線量は【表2】に示す。各症例の放射性ヨード治療前後の甲状腺機能を【表3】に示す。

放射性ヨード治療後に、甲状腺腫が増大したり、圧迫感を訴えた症例はなかった。

検 討
今までに慢性甲状腺炎(橋本病)に対して放射性ヨード治療を行った研究は、報告されていない。わたしの報告が最初のものと思う。例えば、びまん性甲状腺腫を呈するバセドウ病やNon-toxic diffuse goiterでは、放射性ヨード治療が有効であることは分かっている。最近、SNM(Society of Nuclear Medicine【米国核医学会】:核医学の分野で国際的に一番権威ある学会)が放射性ヨード治療のガイドラインを発表した(J Nucl Med 43; 856-861, 2002)。適応疾患にNon-toxic diffuse goiter(非中毒性びまん性甲状腺腫)が明記されている。わたしは以前から、何故、同じびまん性甲状腺腫を呈する慢性甲状腺炎に対して放射性ヨード治療が行われないのか疑問に感じていた。

Non-toxic diffuse goiter(非中毒性びまん性甲状腺腫)は、自己免疫が関与していないびまん性甲状腺腫で、ヨード欠乏地域ではEndemic diffuse goiter(地方性びまん性甲状腺腫)と呼ばれ、ヨードが十分な地域では、Sporadic diffuse goiter(散発性びまん性甲状腺腫)と呼ばれる。日本では、単純性甲状腺腫と呼ばれることがある。Non-toxic diffuse goiter(非中毒性びまん性甲状腺腫)に対する放射性ヨード治療については、2つ報告があるのみである(Nygaard B et al, Clinical Endocrinol 46; 493, 1997: Hegedus L et al, Lancet 350; 409-410, 1997)

Nygaardらの研究(Clinical Endocrinol 46; 493, 1997)では、放射性ヨードの投与量は一回投与で、平均9.0mCi(5.5〜20mCi)を投与している。10例中2例で、抗TPO抗体が陽性であり、この2症例は慢性甲状腺炎であったと彼らも認めている。この2症例は、1年後には治療前の甲状腺重量の31%、55%に縮小している。10例で放射性ヨード治療を行い、治療前の甲状腺重量の47%に縮小している。

Hegedusらの研究(Lancet 350; 409-410, 1997)では、放射性ヨードの投与量は一回投与で、16.2mCiを投与している。11例中2例で、抗TPO抗体が陽性であり、この症例も慢性甲状腺炎と思われる。この研究では、1年後には減少率が62%(治療前の甲状腺重量の38%)と有意に縮小している。

この2つの研究において少数を占める慢性甲状腺炎患者に対する放射性ヨード治療の結果から、慢性甲状腺炎に対しても放射性ヨード治療は有効であることが推察される。彼らの研究の目的は、Non-toxic diffuse goiter(非中毒性びまん性甲状腺腫)に対する放射性ヨード治療の効果を検討することであった。たまたま、その対象患者の中に、慢性甲状腺炎の患者が紛れ込んでいたわけである。

Nygaardらの研究(Clinical Endocrinol 46; 493, 1997)の対象患者は甲状腺重量が平均41ml(27〜160ml)、Hegedusらの研究(Lancet 350; 409-410, 1997)の対象患者は甲状腺重量が72.9±7.2mlであった。今回のわたしの治療した慢性甲状腺炎患者の甲状腺重量124.9±61.1ml(62.0〜269.4ml)と比べると甲状腺重量が小さい傾向にある。これが、縮小率や放射性ヨードの投与量の違いの原因かもしれない。

慢性甲状腺炎に対して放射性ヨード治療を行えば、甲状腺機能低下症になりやすいことは予想されたことであった。しかし、TSHが100mU/Lを越えるような顕性甲状腺機能低下症になった症例は9例中2例だけであった(146.7mU/L, 115.7mU/L)。残り7例のうち、6例では治療前とくらべてTSH値がほんの少し増加した軽度甲状腺機能低下症を示したのみであり、一例は全く甲状腺機能は正常であった【表3】。甲状腺機能が低下した症例は全例縮小したが、甲状腺機能が治療後も正常であった症例は放射性ヨード治療を6回行ったにもかかわらず、甲状腺腫のサイズはほとんど縮小しなかった。ただ、全例、治療前から甲状腺腫を縮小するために甲状腺ホルモン剤を服用していた。放射性ヨード治療を受けたことで甲状腺ホルモン剤の服用量が増えたのは、たった1例のみであった【表1】

実地臨床で、橋本病患者の中に少数ではあるが、甲状腺腫が100mlを越す大きな甲状腺腫を持つ人がいる。甲状腺腫の経過が長く、血清TSHが正常である場合には、このような甲状腺腫の大きな症例に対して甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を試みても効果がみられないことがある。閉経後の女性なら、骨粗鬆症の危険性があるので、長期間投与は避けるべきであろう。また、高齢者では同じく骨粗鬆症の危険性に加えて、心房細動などの不整脈の危険性も増す。そのような症例では、甲状腺機能が正常(TSH正常)なときは、通常、投薬なしで経過観察することが多い。しかし、圧迫感があるような例では、手術の必要性も出てくる。高齢者や手術を拒否する症例には、今回の研究結果から放射性ヨード治療も治療の選択肢に入れても良いのではないかと考える。実際、今回の治療対象となった症例も女性はすべて閉経後であり、一人の男性も高齢者であった。患者の平均年令も63才と高齢であった。

ケナコルト(副腎皮質ホルモン)局注療法(ケナコルトを甲状腺に直接注射する治療法)が、慢性甲状腺炎患者の甲状腺腫を縮小させるのに有効であるという報告が、4〜5年前の日本内分泌学会総会でなされた(虎ノ門病院からの報告)。わたしも、今回の9症例中5例でケナコルト局注療法を行ったが、効果は一時的なもので、時間が経つと元の大きさに戻るため、実地臨床には使用できないと判断し、治療を中止した。その後、放射性ヨード治療を始めたわけである。

橋本病に対して放射性ヨード治療を行う場合、果たしてどれくらい経過したら効いてくるのか?投与量はどれくらいが適当か?という疑問が生ずる。 まず、効果の少ない症例1と治療が2回と少ない症例8を除いた7例で検討してみた。甲状腺腫が有意に縮小するのに要する期間、治療回数、放射性ヨード投与量はそれぞれ、13.0±4.3ヶ月(8〜18ヶ月)、4.0±0.8回(3〜5回)、67.2±13.6mCi(52〜90mCi)であった。ただ、投与量が38.8mCiと少なかった症例8も29ヶ月後には有意に縮小してきていること、症例3、5、6、7でもそれぞれ29ヶ月後、31ヶ月後、29ヶ月後、23ヶ月後まで徐々に縮小してきていることなどを考えると、実際の放射性ヨード投与量は少なくてよいのかもしれない。例えば、初回治療時の甲状腺腫と摂取率から計算した投与量を分割投与して、その後は経過をみるというやり方や投与量を30〜40mCiに決めて、1〜2年間経過をみて不十分なら追加投与を行うなどの方法もありうる。これについては、今後、検討していきたいと思う。

今回、長期間チラーヂンSを服用して甲状腺機能を正常にしても、甲状腺腫の縮小がみられない慢性甲状腺炎(橋本病)患者9例に対して、放射性ヨード治療を行った。平均縮小率は45.5%と満足のいく結果が得られた。慢性甲状腺炎に対して行った放射性ヨード治療としては、これが最初の報告である。今後、追試がなされ、有効性が確認されることを期待します。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 甲状腺ホルモン剤で治療しても、縮小しない大きな甲状腺腫を持つ患者さん9例に対して、外来でアイソトープ治療を行った。縮小率は45.5%と満足のいく結果であった。圧迫感がある症例、手術を拒否する例などに対する治療法として選択肢の一つになると考える。あくまでも、限定された患者さんに行う治療であることは、言うまでもない。

慢性甲状腺炎(橋本病)については、以下を参考にしてください。
甲状腺の病気:事実<第7章:橋本病>
あなたの甲状腺:家庭用医学書<第7章:甲状腺の炎症 橋本病とその他のタイプの甲状腺炎>
医学の進歩:慢性自己免疫性甲状腺炎(慢性甲状腺炎または橋本病)<総説>
病気別参考リンク<慢性甲状腺炎(橋本病)>
甲状腺全体が腫れるもの・甲状腺の働き正常<慢性甲状腺炎(橋本病)>
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