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今までに慢性甲状腺炎(橋本病)に対して放射性ヨード治療を行った研究は、報告されていない。わたしの報告が最初のものと思う。例えば、びまん性甲状腺腫を呈するバセドウ病やNon-toxic
diffuse goiterでは、放射性ヨード治療が有効であることは分かっている。最近、SNM(Society of Nuclear
Medicine【米国核医学会】:核医学の分野で国際的に一番権威ある学会)が放射性ヨード治療のガイドラインを発表した(J
Nucl Med 43; 856-861, 2002)。適応疾患にNon-toxic diffuse goiter(非中毒性びまん性甲状腺腫)が明記されている。わたしは以前から、何故、同じびまん性甲状腺腫を呈する慢性甲状腺炎に対して放射性ヨード治療が行われないのか疑問に感じていた。
Non-toxic diffuse goiter(非中毒性びまん性甲状腺腫)は、自己免疫が関与していないびまん性甲状腺腫で、ヨード欠乏地域ではEndemic
diffuse goiter(地方性びまん性甲状腺腫)と呼ばれ、ヨードが十分な地域では、Sporadic diffuse goiter(散発性びまん性甲状腺腫)と呼ばれる。日本では、単純性甲状腺腫と呼ばれることがある。Non-toxic
diffuse goiter(非中毒性びまん性甲状腺腫)に対する放射性ヨード治療については、2つ報告があるのみである(Nygaard
B et al, Clinical Endocrinol 46; 493, 1997: Hegedus L et al, Lancet
350; 409-410, 1997)。
Nygaardらの研究(Clinical Endocrinol 46; 493, 1997)では、放射性ヨードの投与量は一回投与で、平均9.0mCi(5.5〜20mCi)を投与している。10例中2例で、抗TPO抗体が陽性であり、この2症例は慢性甲状腺炎であったと彼らも認めている。この2症例は、1年後には治療前の甲状腺重量の31%、55%に縮小している。10例で放射性ヨード治療を行い、治療前の甲状腺重量の47%に縮小している。
Hegedusらの研究(Lancet 350; 409-410, 1997)では、放射性ヨードの投与量は一回投与で、16.2mCiを投与している。11例中2例で、抗TPO抗体が陽性であり、この症例も慢性甲状腺炎と思われる。この研究では、1年後には減少率が62%(治療前の甲状腺重量の38%)と有意に縮小している。
この2つの研究において少数を占める慢性甲状腺炎患者に対する放射性ヨード治療の結果から、慢性甲状腺炎に対しても放射性ヨード治療は有効であることが推察される。彼らの研究の目的は、Non-toxic
diffuse goiter(非中毒性びまん性甲状腺腫)に対する放射性ヨード治療の効果を検討することであった。たまたま、その対象患者の中に、慢性甲状腺炎の患者が紛れ込んでいたわけである。
Nygaardらの研究(Clinical Endocrinol 46; 493, 1997)の対象患者は甲状腺重量が平均41ml(27〜160ml)、Hegedusらの研究(Lancet
350; 409-410, 1997)の対象患者は甲状腺重量が72.9±7.2mlであった。今回のわたしの治療した慢性甲状腺炎患者の甲状腺重量124.9±61.1ml(62.0〜269.4ml)と比べると甲状腺重量が小さい傾向にある。これが、縮小率や放射性ヨードの投与量の違いの原因かもしれない。
慢性甲状腺炎に対して放射性ヨード治療を行えば、甲状腺機能低下症になりやすいことは予想されたことであった。しかし、TSHが100mU/Lを越えるような顕性甲状腺機能低下症になった症例は9例中2例だけであった(146.7mU/L,
115.7mU/L)。残り7例のうち、6例では治療前とくらべてTSH値がほんの少し増加した軽度甲状腺機能低下症を示したのみであり、一例は全く甲状腺機能は正常であった【表3】。甲状腺機能が低下した症例は全例縮小したが、甲状腺機能が治療後も正常であった症例は放射性ヨード治療を6回行ったにもかかわらず、甲状腺腫のサイズはほとんど縮小しなかった。ただ、全例、治療前から甲状腺腫を縮小するために甲状腺ホルモン剤を服用していた。放射性ヨード治療を受けたことで甲状腺ホルモン剤の服用量が増えたのは、たった1例のみであった【表1】。
実地臨床で、橋本病患者の中に少数ではあるが、甲状腺腫が100mlを越す大きな甲状腺腫を持つ人がいる。甲状腺腫の経過が長く、血清TSHが正常である場合には、このような甲状腺腫の大きな症例に対して甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を試みても効果がみられないことがある。閉経後の女性なら、骨粗鬆症の危険性があるので、長期間投与は避けるべきであろう。また、高齢者では同じく骨粗鬆症の危険性に加えて、心房細動などの不整脈の危険性も増す。そのような症例では、甲状腺機能が正常(TSH正常)なときは、通常、投薬なしで経過観察することが多い。しかし、圧迫感があるような例では、手術の必要性も出てくる。高齢者や手術を拒否する症例には、今回の研究結果から放射性ヨード治療も治療の選択肢に入れても良いのではないかと考える。実際、今回の治療対象となった症例も女性はすべて閉経後であり、一人の男性も高齢者であった。患者の平均年令も63才と高齢であった。
ケナコルト(副腎皮質ホルモン)局注療法(ケナコルトを甲状腺に直接注射する治療法)が、慢性甲状腺炎患者の甲状腺腫を縮小させるのに有効であるという報告が、4〜5年前の日本内分泌学会総会でなされた(虎ノ門病院からの報告)。わたしも、今回の9症例中5例でケナコルト局注療法を行ったが、効果は一時的なもので、時間が経つと元の大きさに戻るため、実地臨床には使用できないと判断し、治療を中止した。その後、放射性ヨード治療を始めたわけである。
橋本病に対して放射性ヨード治療を行う場合、果たしてどれくらい経過したら効いてくるのか?投与量はどれくらいが適当か?という疑問が生ずる。
まず、効果の少ない症例1と治療が2回と少ない症例8を除いた7例で検討してみた。甲状腺腫が有意に縮小するのに要する期間、治療回数、放射性ヨード投与量はそれぞれ、13.0±4.3ヶ月(8〜18ヶ月)、4.0±0.8回(3〜5回)、67.2±13.6mCi(52〜90mCi)であった。ただ、投与量が38.8mCiと少なかった症例8も29ヶ月後には有意に縮小してきていること、症例3、5、6、7でもそれぞれ29ヶ月後、31ヶ月後、29ヶ月後、23ヶ月後まで徐々に縮小してきていることなどを考えると、実際の放射性ヨード投与量は少なくてよいのかもしれない。例えば、初回治療時の甲状腺腫と摂取率から計算した投与量を分割投与して、その後は経過をみるというやり方や投与量を30〜40mCiに決めて、1〜2年間経過をみて不十分なら追加投与を行うなどの方法もありうる。これについては、今後、検討していきたいと思う。
今回、長期間チラーヂンSを服用して甲状腺機能を正常にしても、甲状腺腫の縮小がみられない慢性甲状腺炎(橋本病)患者9例に対して、放射性ヨード治療を行った。平均縮小率は45.5%と満足のいく結果が得られた。慢性甲状腺炎に対して行った放射性ヨード治療としては、これが最初の報告である。今後、追試がなされ、有効性が確認されることを期待します。 |
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