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臨床的展望:母親の甲状腺機能低下症または低サイロキシン(T4)血症と神経心理的発達は関係あるのか?
Gabriella Morreale de Escobar, MarIa JesUs ObregOn and Francisco Escobar del Rey
J Clin Endocrinol Metab 85: 3975-3987, 2000

. Dr.Tajiri's comment . .
. まず、今回の論文を紹介する前に、最初に理解しておいていただきたいことがあります。それは、ここで述べられている胎児への影響を論じている背景には、母親および胎児にヨード不足があるということです。日本では、未だかつてヨード不足は報告されていません。反対に、ヨードを沢山摂ることで有名な国民です。これは日本人の食生活や日本の土壌にヨードが沢山含まれているという事情があるからです。今回紹介する論文や以前紹介したHaddowらの論文は、妊娠中の母親に甲状腺機能低下症(TSH高値を基準にしたり、またはFT4低値を基準にしている)があると、子供の神経精神発達に悪影響を及ぼすというものです。

これらの報告を読む場合、念頭に置いておかなければならないのは、ヨード不足が根底にあるということです。ヨード不足の報告のない日本でも、妊娠中に甲状腺機能低下症のみられた妊婦から生まれた子供の知能指数を調べた研究が、百渓先生たちによってなされています。この研究の結果は、今回紹介した論文やHaddowらの論文の結果と異なり、妊娠中の母親に甲状腺機能低下症があっても子供には知能障害は起こさないというものです。この違いを説明する場合、現時点で納得できる理由はヨード摂取量の違いのみです。

日本ではヨード不足がありませんから、今回のような情報は必要ないかもしれません。しかし、世界に目を向けますと、10億人以上の人々がヨード不足で苦しんでいます。自分の国とは関係ないことだと無関心にならないで、同じ甲状腺の病気で悩む仲間として読んでください。

そして、日本の医師がこのような論文を読んで、即、日本も同じと勘違いして、母親に説明した場合に混乱を招くこともあると考え、敢えて公開しました。

改めて言いますが、この研究結果は日本では当てはまりません。百渓先生たちの素晴らしい研究を信じてください。
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. . .

まとめ
子供の将来的な神経心理的学的発達に母親の甲状腺ホルモンの状態が及ぼす役割について、最近発表された論文が注目されている。妊娠第2三半期<注釈:妊娠4〜6ヶ月>の母親のTSH上昇に基づき、妊婦の顕性あるいは潜在性甲状腺機能低下症のスクリーニングが提唱されてきた。ここでは、第1三半期<注釈:妊娠1〜3ヶ月>に低サイロキシン血症(TSHの増加の有無にかかわらず、妊娠月数に対する母親の血中フリーT4が低いこと)をもたらす条件が、胎児の神経心理学的発達不良のリスクを増大させることを強く示唆する現在の疫学的実験的証左をまとめた。これは発育中の脳が利用できる母親のT4が減少する結果、起こるものである。妊娠第1三半期には母親のT4が、胎児にとっての唯一の甲状腺ホルモン源であり、様々な脳の構造が経時的にも空間的にもうまく発達するのに必要な量のT3を個体発生学的に調節しながら産生するための基質としてT4が必要なのである。母親の血中T3濃度が正常でも、T4の供給が足りないために起こる潜在的な脳障害を防ぐことはできないようである。もし母親の血中TSHのみが測定された場合には、血中T3濃度が正常なら、血中のTSHは正常を示し、低サイロキシン血症を発見できないことがある。低サイロキシン血症は、顕性あるいは潜在性甲状腺機能低下症や自己免疫性甲状腺疾患よりも妊婦の罹患率がはるかに高いように思われる。特に、妊婦のヨード摂取量が妊娠中のT4必要量増加を満たしていない地域ではその傾向が強い。妊婦に対する甲状腺疾患のスクリーニングに、妊娠第1三半期のフリーT4測定を主要な検査としてできるだけ早く含めるようにすべきであると考える。なぜなら、甲状腺自己抗体の抗体価が高いことや血清TSHの上昇とはかかわりなく、低サイロキシン血症が発達不良という転帰に関係しているからである。先天性甲状腺機能低下症に対する有効なスクリーンニングプログラムが多くの国で制度化されてきているが、低サイロキシン血症はおそらく先天性甲状腺機能低下症の150倍以上の頻度で起こると思われる。

「妊娠中の母親の甲状腺ホルモン欠乏とその後の子供の神経心理学的発達」に関するHaddow et al.(1)が最近発表した論文は、母親の甲状腺ホルモン欠乏とその母親の子供の将来的な神経心理学的発達との間の関係に新たな注意を喚起した。これはきわめて重要な問題であるが、Mestman(2)が診療所に予約を入れた時点で甲状腺機能低下症であったLos Angelesの78名の女性について行った最近の研究で偶然に発見するまで、残念ながら何十年にもわたって幾分誤解があったのである。この研究では34名(44%)は妊娠がわかった時点ですでに甲状腺ホルモン剤治療を中止していたが、「何人かは自分達がかかっていた医療専門家のアドバイスを受けた後に、その他の者は妊娠に甲状腺ホルモン剤が有害な影響を与えるのではないかと心配したために中止した」。

Haddow et al.(1)の報告とその他の最近の研究(3)の結果、妊婦の甲状腺ホルモン欠乏に関するスクリーニングにより、予防可能と思われる神経心理学的発達の変化を避けることができるかどうか議論されているところである。母親の甲状腺の状態と子供の知的発達との関連性について、この新しい証拠が提示される前にも妊娠中の甲状腺機能障害のスクリーニングが提唱されていたが、これはその発生頻度が高く、母親の健康に対するリスク、および妊娠の転帰に対するリスクのためである(4)

そのようなプログラムは簡単に実施できないため、我々は本コメントが数多くの子供達に対し、最大限の利益をもたらすものと信じている。

母親の甲状腺ホルモン欠乏と胎児の神経発達
目 的
我々の目的は、子供の神経発達不良をもたらす主要原因が次のようなものであるかどうかを明らかにすることである。1]顕性または潜在性にかかわりなく、TSHが一般集団の98パーセンタイル以上と定義された母親の甲状腺機能低下症(1)または、2]TSHの上昇にはかかわりない母親の低サイロキシン血症(3)

非常に集約された形ではあるが、母親の甲状腺の状態、特に妊娠初期の状態が子供の生存率や神経心理学的発達に因果関係を持つということを強く示唆する疫学的、臨床的、および基礎科学的研究より得た情報を見ていくこととする。
重篤なヨード欠乏のあるヒト集団からの報告
地方性甲状腺腫のある地域で生まれたクレチン病の子供達を長期的に観察した後、母親の甲状腺機能が重要な役割を果たしているのではと、疑われた。「全障害児の出産前の経過を問合せることと母親の甲状腺機能障害の検査を行うことが最重要課題である(5)」。

しかし、1965年までは妊娠中に低下した血中T4を母親が上昇させる能力がないことがクレチン病の子供の出生と因果関係があることを示唆するデータが提示されていない(6)。その後、数多くのグループ【表1】で、妊娠初期の母親の低サイロキシン血症が生殖機能障害や神経学的クレチン病の子供の出生原因となるだけでなく、同じ地域での見かけ上は「正常(非クレチン病)」な大きな集団にそれほどひどくない知的欠陥を生じているという確実な証拠が示された。クレチン病の子供の出生だけでなく、これらの欠陥も非可逆的なヨード欠乏の結果生じるものであるが、妊娠初期のうちに適切なヨード供給によってのみ予防できるのである。この所見は神経学的クレチン病で特徴的に冒される妊娠初期(第1三半期<注釈:妊娠1〜3ヶ月>)の脳組織発達と概念的に一致する。他にもこの点に関してきわめて重要な所見が2つある。すなわち、児の運動と認知障害は母親の低サイロキシン血症の程度や血中のT3またはTSHレベルとは相関していなかった。そしてこれらの低サイロキシン血症の女性は、血中T3レベルが比較的正常であるために臨床的な甲状腺機能低下症ではなかったということである。
重篤なヨード欠乏のないヒト集団からの報告
【表2】には重篤なヨード欠乏のない地域で実施された研究から得られた関連情報をまとめてある。これでは、母親のT4が妊娠の転帰と子供の精神神経学的発達に重要な役割があることが示唆されており、また母親の妊娠初期の低サイロキシン血症がきわめて重要なファクターであることが明らかになってきている。

妊婦の「低サイロキシン血症」の概念は、Man et al.(18-21)によって、「臨床的に明らかな甲状腺機能低下症」であるかどうかにはかかわらず、血中T4レベル(それまではブタノール抽出性ヨードとして測定していた)が同じ妊娠時期の女性の正常範囲を下回っていることと定義された。これらの先駆的研究は低サイロキシン血症の女性の子供に知的発達の遅れがあることに注意を喚起しただけでなく、この子供の知的発達遅延の影響が甲状腺ホルモン剤を用いて母親の低サイロキシン血症を早期に治すことで予防できることも報告されている。

【表2】には低サイロキシン血症の女性の妊娠転帰不良や合併症の発生率増加(すなわち、自然流産、早産、出産時の主な合併症、周産期死亡、先天性奇形)と第1三半期<注釈:妊娠初期>のFT4(フリーT4)低下との関連性に関する報告は含めてあるが、出産間近のフリーT4との関連性については含まれていない。そしてそのような合併症を予防するための早期治療が強調されている(22)

過去10年間に、Popら(23)は妊娠中の甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)の抗体価が高い母親の子供に、知能指数において平均10.5の知恵遅れがあることに注意を喚起した。彼等は後に、正常な妊娠では妊娠12週の母親のフリーT4が妊娠初期の値(この研究では10.4pmol/L)の10パーセンタイル以下であることが、TSHや抗TPO抗体の上昇の有無にかかわらず、生後10ヶ月時点で子供に明らかな精神運動発達障害が見られることと関係があることを報告した。彼等はこの事を実施中の前向き研究(24)で、生後3週、1年、および2年時に測定した発達指数と母親のフリーT4を比較して確認した。Smithら(25)も、妊娠初期のフリーT4と治療を受けた甲状腺機能低下症の女性から生まれた子供の早期神経学的発達との間に同様な関係を見出した。これらの研究(3,25)では妊娠後期の母親のTSHあるいはフリーT4と神経学的発達の転帰とを関連付けた際に有意な相関関係は見出されなかった。

妊娠中期以降のフリーT4レベルが発達の転帰と相関しないという所見は、妊娠中期以降は母親のT4の保護効果が失われたとか、胎児の脳がもはや甲状腺ホルモンを必要としないということを表すものではない。甲状腺欠損症<注釈:先天的に甲状腺がない病気>の乳児を出産後速やかに治療することで、治療が遅れた際に生じる重篤な精神発達遅滞を防ぐことができる(30)。この新生児スクリーニングプログラムのきわめて明白な結果から、ヒトの胎児の脳は、その出産前の正常な発達のために甲状腺ホルモンを必要としないという論拠として引用されてきた(31)

しかし、胎児の脳が母親の正常な甲状腺状態によって守られているというもう一つの見方もある。実際に、母親の甲状腺状態が妊娠期間を通じて正常でなく、胎児の甲状腺機能も損なわれた場合は、子供の神経学的損傷と精神発達遅滞は、たとえ産後直ちにT4で乳児を治療したとしても神経学的クレチン病患者と同程度に重篤になる場合がある(17,32-35)

母親からの甲状腺ホルモン供給が早期に絶たれた多くの乳児に発達不良が起きているという報告−胎児の甲状腺が極めて未熟な時に起こる(36)−もまた、妊娠期間中を通じて胎児の脳が甲状腺ホルモンを必要としており、母親のT4の正常な供給が妊娠中期以降でも重要な保護的役割を持っていることを示している。これら2つの研究のデータ(37,38)から新生児の低サイロキシン血症の程度と子供の将来的な神経学的発達との間に直接関係があることが証明された。5歳時の神経学的機能障害と9歳時の学業不振のどちらも、新生児期の低T4レベルと有意な関係がある(37)。それ以外の周産期の紛らわしいファクターを修正した後も、T4レベルが1SD<注釈:SD;標準偏差>ずつ減少する毎に神経学的機能障害と学業不振の発生確率には、統計学的に有意な30%の増加があった。2番目の研究(38)では、新生児低サイロキシン血症を持つ早産児では脳性小児麻痺の確率比が4倍以上増加し(混同される可能性のある多くのファクターを修正した後)、2歳時の精神発達スコアが平均7点減少した。早産児の産後のフリーT4は、まだ子宮内にいる同齢の胎児のフリーT4よりも低く、これには通常血中TSHの上昇(39)を伴なっており、神経学的発達の転帰と新生児のTSHレベルとの間に相関関係は見出されなかった。したがって、これらの乳児では将来起きてくる神経学的発達の問題の予測に欠かせないファクターは、新生児期の低サイロキシン血症の程度であり、血中TSHレベルの上昇で見つかる甲状腺機能低下症ではない。低サイロキシン血症の程度は妊娠齢と新生児の甲状腺の未熟度によるだけでなく、ヨード摂取量の低下によっても増加する(40)。しかし、母親の出産時までの低サイロキシン血症と関連がある可能性もあるが、母親の低サイロキシン血症、特にそれがヨード欠乏に関連している場合、それが新生児の脳の発達に必要な分も含め、産後の甲状腺ホルモンの必要量を満たせない原因としては唯一信頼できるものと思われる。
基礎研究からの情報
母親の甲状腺ホルモンの胎児への移行が保護的効果を及ぼす可能性については、1960年代半ばから1970年代始めまで実際に活発な議論がなされることはなかった(41-43)。しかし、その後、胎盤が事実上ヨードサイロニン<注釈:甲状腺ホルモン>に対し不透過性であり、少量の移行はあるかもしれないが、そのことが正常時にも疾患時にも生理学的重要性を持たないだろうという一般的な合意ができた。この考え方は、ヒツジを使った実験により裏付けられたのである。妊娠中(第1三半期を含む)に生物学的に意味のある甲状腺ホルモンの移行はなく、妊娠初期の(あるいは後期の)胎児の脳の正常な発達に甲状腺ホルモンは必要ないという考え方が大勢を占めていたことが、【表1】【表2】にまとめた疫学的研究や'床研究の結果に対する理解や支持が得られなかった一因であると思われる。妊娠初期(主に第1三半期)の母親の低サイロキシン血症と子供の神経発達の転帰不良との間の関係について、納得のいく説明を提唱することができなかったのである。クレチン病患者の非常に重篤な、そしてそのほとんどが非可逆的な神経学的障害(ヨードが与えられた場合は正常な甲状腺機能を持つ)と無甲状腺症を含む先天性甲状腺機能低下症の乳児を産後早期に治療することで、うまく重篤な脳の障害を予防できるということとを矛盾なく説明することはきわめて難しい。ひどいヨード欠乏のある地域で、T4と比べ、母親のT3の保護効果の欠如が観察されており、これも多くの答えられない疑問を投げかけている。

新しい発見、そのほとんどは過去15年間に動物やヒトでの実験から得られたものであるが、それが今では胎児期を通じての脳の発達における母親の甲状腺ホルモン移行の役割を明らかに指し示しており、上記の疑問に妥当と思われる説明を与えることとなった。これらの新しい発見や先天性甲状腺機能低下症における重篤な脳障害予防に対する母親のT4の役割の重要性が次第に受け入れられて来たにもかかわらず、「第1三半期に甲状腺ホルモンが必要とされるかどうかははっきりしない」ということがまだ言われているのである。胎児の神経発達には第1三半期のフリーT4が重要である可能性があるということに理解を得るには、この点がきわめて重要であるため、現在入手できる実験用動物やヒトに関する情報のほとんどを【表3】に簡単にまとめた。

実験動物から得られた情報
胎児の甲状腺が機能し始める前
初期の胎芽が利用できるT4とT3のどちらも、母親の血中濃度が低い場合はきわめて低い濃度になることがわかっている。このようなことが起きた場合、出産前後の発達に変化が見られることがある。T3の核レセプターも、ラットやニワトリ、ヒツジでは初期の胎児の脳に見つかっており、皮質神経形成が非常に活発な期間に濃度の増加を伴ないつつ、部分的にT3により占有されている。ヒトの妊娠後半期と生後早期の脳の発達時期に相当する期間に、甲状腺ホルモン不足に敏感な多くの脳遺伝子が主に生後のラット(45,46)で確認されている。ヒトの妊娠第1三半期に相当する発達時期でのラット胎児への生物学的影響を報告した研究が少数あるが、それらの研究は妊娠17.5〜18日の胎児甲状腺機能開始と一致するか、あるいは開始後の期間に限定されている[E17.5〜E18(47-49)]。しかし、母親の甲状腺ホルモンが胎児甲状腺機能開始前にすでに必要とされていることが次第に明らかになってきた。抗甲状腺物質による治療または甲状腺切除で誘発された母親の甲状腺機能低下症が通常はE12(妊娠12日)までに完了する一部のニューロンの正常な増殖を妨げる(50)。また、E14〜E15(妊娠14〜15日)に起こる増殖した細胞の移動(51)[通常この移動はE16-E17(妊娠16〜17日)までに皮質の6層に達する]やE16-E17(妊娠16〜17日)までに皮質に発現する数種類の遺伝子にも影響する(52)。甲状腺機能低下症を伴なわない母親の低サイロキシン血症が果たしている可能性のある役割に直接関係して、重篤なヨード欠乏のあるラットの子供に皮質細胞の早期移動に変化が見られる場合があるということを我々がごく最近見出した(53)。これら母親の血中T4はきわめて低いのだが、血中のT3は「臨床的」甲状腺機能低下症を防ぐに十分なほど高いのである。
胎児甲状腺機能開始後
母親から胎児への甲状腺ホルモンの移行は、妊娠の終わり頃まで妨げられることがなく、胎児の組織が利用できる甲状腺ホルモンを与え続ける。この状況で特別な関心を引くのは、母親のT4レベルが正常であれば甲状腺機能低下症の胎児を出産まで脳のT3欠乏から守るに十分であるという発見である。母親のT4とT3は甲状腺機能低下症の胎児の脳をT3欠乏から守るということに関しては、同じではないということの認識が大切である。母親のT4低下を治さなければ、母親や胎児の血中T3レベルが正常であってもそれに保護効果はないのである。これはラットの胎児期と生後の脳組織の発達は、タイプII5'-ヨードサイロニン脱ヨード酵素(D2)<注釈:5'-ヨードサイロニン脱ヨード酵素はT4からT3に変換するときに必要な酵素です。タイプIIは主に中枢神経系、脳下垂体に存在し、タイプIは主に甲状腺、肝・腎・筋肉に存在します>による局所的なT4からT3の変換にすべて頼っているためである。この酵素の活性は利用できるT4の量に逆比例する。T4とT3の両方を不活性化する働きを持つ5'-ヨードサイロニン脱ヨード酵素(D3)の活性<注釈:5'-ヨードサイロニン脱ヨード酵素はT4から活性を持たないT3(リバースT3)に変換する酵素です>の変化も胎児の脳の発達に役割を果たしている。これらの発達期間中、胎児脳組織内のT3の量に対する全身で必要なT3の寄与度は無視できる程度のものである。胎児の脳のT3レベルも母親の過剰な血中T4からも保護されているが、一方母親の血中T3が過剰な場合は胎児の脳のT3の恒常性が確保されない。そのような結果から、母親の治療でT4を過剰投与している場合は母親の低サイロキシン血症よりも胎児の脳の障害が少ない可能性があることが示唆されている。

各時点ですべての組織に到達するT3の血中濃度は同じであるという事実があるにもかかわらず、個体発生学的にプログラムされたD2とD3の発現と甲状腺ホルモン欠乏または過剰に対するこれらの酵素の活動が、異なった発達段階で異なった脳組織内に適切なT3濃度が得られる(54,55)ことの主要なメカニズムである。これは、他の組織や種に対しても当てはまる発達中の一般的原則であるように思われる(56-58)。また、甲状腺ホルモン過剰、特にT3の過剰も胎児の発達に有害な影響を与え、妊娠期間中を通じて母親−胎児間でそれを避ける数々のメカニズムがあるらしいということについても、次第に意見の一致が得られてきている。これは多くの母親−胎児間の組織でD3の発現と活性が高い(58-62)、特に子宮と胎盤で高い(63)ことの理由であろう。ヨードサイロニン類の硫酸化、それらの脱ヨード化および硫酸塩によるさらなる脱硫酸化もまた、発達中の時間的、空間的に変化するT3必要量を合わせる上で重要な役割を果たしているようである(64,65)

妊娠ヒツジやヒツジ新生児から得られた夥しい情報は、他の研究者による検討がなされている(64,66-69)。入手できる情報のほとんどは妊娠中期以降に得られたもので、この時期はヒトの胎児期後期および早期新生時期の脳の発達時期に相当する。そして、胎児と新生児の血中甲状腺ホルモンの量を調節する数多くのメカニズムが存在するということが裏付けられている(69-71)。この種では、胎盤付着様式が上皮絨毛胎盤となっており、ヒトやラットとはまったく異なっている。それでも、胎児甲状腺機能開始前に胎児の脳にT3が存在することが示されたとおり、ある程度の甲状腺ホルモン移行がこの種にも認められる。そのT3の一部は核甲状腺ホルモンレセプターに結合している(72,73)。ラットでもそうであるが、妊娠中期以前に雌ヒツジにヨード欠乏による低サイロキシン血症があると、胎児の脳の重さが減り、形態にも変化が起きる(68)

まとめると、ほとんどはラットから得られたものであるが、実験所見からは正常な母親に先天性甲状腺機能低下症の胎児ができた症例で、出産時に重大な非可逆的脳障害がないことの説明が得られた。また、このことから胎児の脳に対してはT3よりT4が保護的役割を持つメカニズムに多く関与していることだけでなく、妊娠期間中を通じて母親と胎児のどちらも低サイロキシン血症であった場合は、早期にヨード欠乏による非可逆的脳障害が起きることの説明も得られた(74-76)
ヒトから得られた情報
ヒトはラットと同じ母体血液と絨毛膜外胚葉の胎盤を持つが、母親から胚および胎児への甲状腺ホルモンの移行は両種でまったく異なっている可能性がある。それでも、ラットの実験から導き出された結論が、ヒトの脳の初期発達を理解する上で関連性があることを示唆する多くの所見がある。これらの類似性は【表3】に挙げてある。

過剰な甲状腺ホルモンが胎児の血液中に行くのを防ぐメカニズムもまた、ヒトの母親−胎児間で働いている。これらのメカニズムには脱ヨード酵素、スルホトランスフェラーゼおよびスルファターゼが関わっている(64,115-120)。これらのメカニズムがあっても、母親のヨードサイロニン<注釈:甲状腺ホルモン>が胎児に到達する。甲状腺ホルモン、特にT4は胎児甲状腺機能開始(胎児の甲状腺によるヨードサイロニン<注釈:甲状腺ホルモン>分泌開始と定義されている)前でも、すでに胚や胎児の組織が利用できる状態にある。ヒトでは、胎児甲状腺機能開始が妊娠中期(18〜22週)に起こり<注釈:教科書的にはヒトの胎児甲状腺機能開始は12〜13週であり、この記載は遅すぎると思う>、脳下垂体−門脈血管系の発達と一致している。T4は今まで研究された中で一番早い時期、すなわち妊娠6週で卵黄嚢<注釈:卵に栄養を与える物質を入れた袋>を浸している体腔液に見つかり、母親の血中レベルと有意に相関していた(83)。一方、T3はかろうじて検知できる程度である。体腔液のT4濃度は成人の血液内の濃度と比べて低いが、フリーT4濃度は成人での生物学的有効量に匹敵する(84)。ヒト胎児の脳の精製抽出物でT3が妊娠9〜10週にはもう定量されており(93,94)、妊娠中期までに胎児の脳のT3濃度は成人の量の34%に達する。したがって、胎児のT3血中濃度がきわめて低いことから[成人の値の<10%(121)]、胎児の脳のT3濃度は以前推測されていた値よりもはるかに高いのである。この脳のT3は母親から由来した体腔液内のT4から局所的に生じた可能性がある。脳のD2とD3が、母親の低サイロキシン血症に対応する酵素活性で、妊娠中期前にはすでにヒト胎児の皮質に重要な役割を持っている可能性がある(98)

細胞核内の甲状腺ホルモン(T3)レセプターは妊娠10週の胎児の脳に存在し、皮質神経発生の非常に活発な時期である妊娠16週までに急速に増加する(93,94)。この期間を通じてT3の甲状腺ホルモン(T3)レセプター占有率は25%であった(94)。その結果、胎児の脳全体で甲状腺ホルモン(T3)レセプターユニットを占有するT3の数が10週から18週の間に約500倍に増加する。これは母親の甲状腺ホルモンが妊娠初期のヒトの脳に達することを確認する所見である。後に、脳領域とレセプターアイソゾームに特異的な発生学的変化を伴ない、甲状腺ホルモン(T3)レセプターが妊娠18週までにはすでに発現していることが発見された(95)

ラットでもそうであるが、母親から胎児への甲状腺ホルモン移行は出生時まで続く。放射性標識を施した、あるいは安定なヨードサイロニンを投与した後、このことが早期に起こるという事実がVulsma et al.(110)により確認された。彼等は完全型ヨード有機化障害のある新生児では、臍帯血のT4レベルが正常な新生児の20〜50%であり無視出来ないことを明らかにした。このT4は母親から来たものであるはずで、なぜなら完全型全身性ヨード有機化障害のある子供は甲状腺ホルモンを合成できないからである。ラットで得られたデータをヒトに当てはめることができるなら、T3への依存度が高い他の組織では甲状腺ホルモン欠乏症状がよりはっきり出る(すなわち、骨格成熟や肺成熟の遅延など)可能性があるが、胎児の血中T4の量は甲状腺機能低下症胎児の脳を出生時までT3欠乏から保護するはずである。

成人で甲状腺ホルモンの生物学的影響によって生じることがわかっているすべての状態(いわゆる機能的D2、T4[母親か胎児由来かは不明であるが]、およびT4から作られるT3により部分的に占有される特異的核レセプター)はヒト胎児の脳においてもみられる。

このin vivo<注釈:生体での>でのT3−甲状腺ホルモン(T3)レセプター相互作用から直接生じる初期生物学的影響が確認できるような情報はまだほんのわずかしかない。13週から23週のヒト培養脳を使ってin vitro<注釈:実験での>で実施された最近の研究では、T3を加えることで細胞骨格蛋白、特にアクチンを好んで刺激することが報告されている(101)が、in vivoでの甲状腺ホルモン欠乏がこのプロセスに影響を与え、また第1三半期にそのような影響があるかということはまだはっきり示されていない。初期発達における甲状腺ホルモン作用が脳にいたる終末点までは明らかにされているが、母親の低サイロキシン血症が胎児の脳にマイナスの影響を与えるメカニズムについては長年論争が続いており、まだ解決されていない。一般的にもっとも可能性が高いと考えられているのは次のようなものである。1]胎盤機能の不良と母親の妊娠への適応不良、2]第1三半期の胚組織が利用できるフリーT4のレベルが低い、あるいは3]その両方である。我々の意見としては、2]の主な役割と共に、3]の可能性を示す証拠が集まりつつあると見ている。可能性1]が主な役割を果たしているとすると、母親の血中T3が正常で、臨床的に甲状腺機能低下症でない神経学的クレチン病患者の著しい神経発達障害を説明できない。

【表1】【表2】【表3】にまとめた所見を結び合わせる仮説
どのメカニズムが関与しているにせよ、発達中の脳が利用できるT4(そして結果的にT3の利用性)に悪影響を及ぼす可能性がある限り、母親の甲状腺の状態と子供の神経発達不良を関係付ける主なファクターが、TSHの上昇の有無にかかわらず妊娠初期の母親の低サイロキシン血症であることが疫学的、実験的研究で強く示唆されている。様々なメカニズムでT4から作り出されるT3の量が細かく調節されている。この調節は母親あるいは胎児の血中T3とは関わりなく、様々な脳の構造にとって甲状腺ホルモン作用の時間的、空間的に必要なT3の量を合わせている。しかし、これらのメカニズムは十分な基質、すなわちT4がある時にしかうまく働けない。妊娠後期に母親の低サイロキシン血症が続いており、それと胎児の甲状腺が十分なT4を分泌する能力に悪影響を及ぼすような病気が重なり、さらに脳が利用できるT4が減少すると神経発達障害が悪化することになる。【図1】に、低サイロキシン血症、先天性甲状腺機能低下症、未熟児における、脳の発達に障害を受ける時期を示した。
甲状腺機能低下症の女性と比較した低サイロキシン血症の女性の子供に起こる神経発達障害の頻度と重篤度
【表4】は妊娠中に不適切なT4、フリーT4、TSHあるいは抗TPO抗体の抗体価を有していた母親から生まれた子供の認知力を定量化しようと試みたものである。このために様々な研究の著者が提供したデータや我々の計算から得られたデータを、これらの研究で報告されている統計や私信(V. Pop博士)で提供された統計を用いて評価した。我々は、IQ<注釈:知能指数>スコアが85以下(平均-1SD;知恵遅れまたは精神薄弱)あるいは70以下(平均-2SD;精神発達遅滞)の子供の発生率を計算するため、様々な研究に出ているIQスコアを、正常範囲を100±15に取って「正規化」した。ほとんどの研究は神経発達スコアが85以下の発生率を出しているが、70以下のものを分けて出しているものはわずかである。ヨード欠乏地域で得られた結果のメタ分析にはクレチン病患者は含まれておらず、明らかに「正常な」集団しか含まれていない。これらの研究はすべて、混同されやすいファクターの補正がなされている。

未治療の妊婦(対そのコントロール)から生まれた子供のIQ点数減少および対応する確率比から評価したところ、女性の選択基準としてヨード欠乏(研究I)、妊娠初期の低フリーT4(研究IV)、および妊娠中の抗TPO抗体陽性を使用した場合に最大の影響が見られた。Haddow et al.(1)の研究で示されたデータは妊娠中期のTSH値の上昇を選択基準に用いており、最初はそれほど遅れているようには見えないが、表5にまとめた結果は研究I〜IVに比べ重要な違いを示している。すなわち、このようにして確認された危険性の高い子供の数は5から7倍少ないのである。これは妊娠中期ではTSHの上昇が、他の基準:ヨード欠乏、母親のT4またはフリーT4低下、自己免疫性甲状腺疾患を用いて選択された女性に見つかる頻度に比べて、妊婦に見つかる頻度が少ないことと関係がある。【表5】はもう一つの重要な問題も浮かび上がらせた。 異なった研究でのIQ点数の平均減少度は不適切な治療を受けた先天性甲状腺機能低下症児で先に報告されたものよりも低かった(30)が、罹患児数は150〜200倍多いのではないかということである。

したがって、TSHの上昇にもとづいたスクリーニング(1,44)が、母親の甲状腺ホルモン状態が不適切であることに関係した神経学的発達障害を持つ子供を産む危険がある妊婦を確認するのに最適な方法であるという提唱には完全に同意できないのである。母親の甲状腺が高レベルのhCG<注釈:ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン>のTSH様活性による影響を受け、妊娠初期のTSHの反応が鈍るおそれがあるため、妊娠初期のTSH測定でさえも不適切である可能性がある(125)。さらに、TSHの増加のある妊婦の中には正常なフリーT4レベルである者もいると思われ、そのような人達を研究に含めることで、このグループとそのコントロールグループから生まれた子供の間に見られる神経発達の転帰の差に影響が出るおそれがある。コントロールグループに、TSHは正常であるが妊娠初期のフリーT4が低いかもしれない女性を含めた場合に同じことが起こる可能性がある(126)。母親の抗TPO抗体が高いことも子供の神経心理学的発達不良に関係しているが、かならずしも母親の血中TSHの上昇を伴なっているわけではない(23)。低サイロキシン血症のある未熟児から得られた所見を先に簡単にまとめたが、そのような子供は選択基準として新生児の血中TSH増加を用いても見つからないことも示唆されている。故に、我々は現在の情報は本コメントの目的のポイント1と2に関する答えと認めることとし、そのことから妊婦の甲状腺機能低下症発生率を変更し、妊娠初期の母親の低サイロキシン血症の発生頻度を述べるべきではないかというUtiger(44)が投げかけた疑問と非常に近い立場を取ることになる。

我々が本コメントを出したもっと重要な理由は、世界的に母親の低サイロキシン血症の主要原因がヨード欠乏であるということであり、これはHaddow et al.(1)の論文に添付したUtiger(44)の最近の論説でもはっきりと力説されている。原発性甲状腺機能低下症患者に通常見られる所見とは対照的に、ヨード欠乏状態、特にそれが軽度または中等度である場合、血中T4レベルの低下に血中TSHの上昇が常に伴なうとは限らないのである。甲状腺は、甲状腺の血流増加や甲状腺の体積の増加、甲状腺のヨードクリアランスの増加、T4よりもT3の甲状腺内合成が優先されること、そしてヨード含有化合物の甲状腺内半減期増加のような血中TSHの増加を必要としない甲状腺内の自己調節メカニズムを通じてヨード欠乏に反応し、正常甲状腺状態を維持する能力を持つ。ヨード欠乏の場合には、血中T4が減少し、血清サイログロブリン(Tg)が増加するが、甲状腺腫のある者もない者も通常はTSHが正常である(127)。これは血中T3が正常か、あるいは上がっているためである可能性が極めて高い。甲状腺の肥大と血清Tgの増加はTSHの増加よりも信頼性の高いヨード欠乏のパラメーターである(128)。神経学的クレチン病患者が生まれるような非常にヨード欠乏のひどい地域であっても、TSHレベル(上昇していても)はヨードが十分な地域の臨床的甲状腺機能低下症患者ほどには高くないのである(129,130)。そして子供の発達の転帰とは関連していない(15)

母親の低サイロキシン血症の発生頻度はヨード欠乏地域ではるかに高い可能性がある。グレードIII(重度)のヨード欠乏地域では、妊婦の43%で蛋白結合ヨード(PBI)が低値であり(<6μg/dl)、蛋白結合ヨード値と神経発達の転帰には正の相関関係がある。もう少し進んだ国であっても、ヨード摂取量が低いために母親に妊娠初期の低サイロキシン血症が起こる頻度はPop et al.(3)が研究を実施したオランダより高い場合がある。したがって、ヨード欠乏が中等度(グレードII;妊婦の尿中ヨード平均値が56μg/L)であるブリュッセルでGlinoer et al.(125)が実施した徹底的な研究では、妊娠初期のフリーT4の濃度低下が30%以上の女性で、これはTSH上昇の発生頻度(2.3%)のほぼ10倍、また甲状腺自己抗体の高抗体価の発生頻度(5.2%)の6倍であった。ブリュッセルよりもヨード欠乏が軽度であるマドリッド(妊娠中を通じて尿中ヨード平均値が90μg/L)では、妊娠初期のフリーT4レベル値が適切なヨード補充を受けている女性の値の10パーセンタイル未満である女性の数が2倍に増加し、ここでもほとんどは血中TSHの98パーセンタイル以上の増加、あるいは甲状腺自己抗体陽性の増加を伴なっていなかった。これらヨード補充を受けている女性の尿中ヨード平均値は190μg/Lであり、これは平均尿量を1.4Lとすると1日270μgの24時間ヨード排泄量に相当する。他の研究(125)でも繰り返し報告されているように、妊娠中はフリーT4が減少しているものの、妊娠期間を通じてヨード補充を受けていない女性に比べて有意に高い。実際に、妊娠各三半期<注釈:妊娠初期、中期、後期のこと>でフリーT4が尿中ヨードと有意に相関しており、妊娠週数やT4結合蛋白の濃度とは無関係であった。ヨード補充を受けていた女性で、出産時に甲状腺腫が見られた者は一人もいなかったが、補充を受けていない女性では24%に見られた。このことから妊婦のヨード必要量は1日200〜300μgであると思われる(少なくとも、以前、妊婦や胎児の必要量を満たすに十分なヨードの蓄積ができなかった軽度のヨード欠乏地域では)。この量は子供や妊娠していない、または授乳していない成人に勧められる量のほぼ2倍である。

ブリュッセルとマドリッドでの研究から、妊娠開始時または妊娠前からヨードの補充を受けていない女性は妊娠中に低サイロキシン血症であった可能性が示唆されている(44,132,133)。Utiger(44)が指摘したようにアメリカは、以前認識されていたよりもヨード欠乏に関連した問題により多く直面している可能性がある。氏のコメントはアメリカでの最近のヨード摂取に関連した研究(134)にもとづいたものである。アメリカのヨード摂取量は過去20年間に著しく減少した。尿中ヨードの平均値は320μg/Lから145μg/Lに減少した。出産可能年齢の女性の15%が50μg/Lに満たない濃度であった。したがって、北アメリカの住民も妊娠中、できうれば妊娠のごく初期か妊娠前からヨード補充を勧められるべきである(44)

さらに、すでに述べたとおり、ヨード欠乏によりTSHの上昇を伴なう甲状腺機能低下症が起きるとは限らないのである。そして子供に神経発達障害が生じるリスクを持つ女性の選択基準としてTSH上昇を用いた場合、検知できないおそれがある。それでも、かなりの数の女性で母親のフリーT4減少を生じ、精神運動障害のリスクが増加する結果を招くであろう(3)。この相対的ヨード欠乏は簡単に予防でき、費用もほんのわずかですむため、ヨード欠乏が将来の世代に危険を及ぼしつづける恐れのあるこの問題を一般大衆と医学界が完全には理解していないことがなおさらいらだたしいのである。

我々の本コメントは主に母親の不適切な甲状腺機能、特に低サイロキシン血症と子供の神経発達障害との間の関係に焦点を当てているが、自然流産率の増加や胎盤剥離、胎児切迫仮死、奇形、早産、出生時体重低下、周産期転帰不良、および妊娠誘発性高血圧のようなその他のマイナス効果を見逃すことはできない(20,22,26,27,135-138)。自己免疫性甲状腺疾患(AITD)により引き起こされるマイナス効果については、潜在性または顕性甲状腺機能低下症および潜在性または顕性甲状腺機能亢進症、そして一過性の妊娠期甲状腺機能亢進症に関して広範な研究が行われ、Glinor(4,125,139)により再検討がなされている。氏の結論は、妊娠初期の自己免疫性疾患と4mU/L以上または0.1mU/L未満のTSHのシステマチックなスクリーニングは、現在わかっている限りでは、有害な妊娠転帰や周産期罹病率が高まるリスクに関して有効であり、適切な治療により子供と母親の将来の健康状態に益するものであるとなっている。ここで再度、このGlinor(4,125,139)の結論は妊娠中に母親のTPO抗体の抗体価が高いことも子供の神経発達障害のマーカーである(23)、あるいはTSHレセプターブロッキング抗体の抗体価が高い未治療の母親の子供では転帰がきわめて不良である(35,145,141)ことを考慮せずに出されたものであることを述べたい。
スクリーニングすべきか、せざるべきか、それが問題である。
現在入手できる疫学的、実験的証拠は、妊娠中の母親の甲状腺状態にもっと注意を払う必要があることを裏付けている。Glinor(125,139)がすでに妊娠初期の自己免疫性甲状腺疾患および潜在性または顕性甲状腺機能低下症と亢進症に対する確実な治療プロトコールだけでなく、システマチックなスクリーニングアルゴリズム(4)を提唱している。提唱されたスクリーニングプログラムは、抗TPO抗体陽性(経済的に実行可能であれば抗Tg抗体の陽性も)とTSHが4mU/L以上または0.1mU/L未満であることにもとづいており、できれば妊娠12週に行うのが望ましい。このアルゴリズムには、子供にきわめて重篤な神経発達障害を起こすリスクが高いにもかかわらず、TSHレセプターブロッキング抗体検査が含まれていない。これはおそらく発生率が低い[1:180,000妊娠(142)]ことと今までに開発されたアッセイ法が簡単に実施できるものではないためであると思われる。今までに我々がここで検討してきた妊娠初期の母親の低サイロキシン血症と神経発達不良の転帰との間の関係を証明する結果を見ると、低フリーT4をスクリーニングに加えることでGlinor(4)が提唱したプログラムに相当な利点が加わるものと信じる。

様々な妊娠月数(および異なった市販のキットの使用)での低サイロキシン血症の程度を定めるに必要なフリーT4値の基準値がまだ決められていない。この基準値の決定は、ヨード摂取量が200〜300μg/日(尿中145〜220μgI/L)以上であることを確認した妊婦を対象として、行われなければならない。不十分なヨード摂取量の女性を対象にすると最低の10パーセンタイルを過小評価することになるであろう。

低サイロキシン血症による神経発達障害に対する治療法も、Pop et al.(123)が最近の論説で強調している通り、今後の比較対照試験やスクリーニング試験で必要になると思われる。しかし、ManおよびSerunian(20,21)とPop et al.(3)が、ヨード摂取量が十分と思われる女性(ロード島とオランダ出身の女性)で実施した試験では異なった方法と試験デザインが使われていたものの、その女性達の子供の知能指数と知能指数85以下の発生頻度には驚くほどの類似点があった。だが、ManおよびSerunian(20,21)の研究のみが甲状腺抽出物で低BEI(ブタノール抽出ヨード)を直ちに治した女性グループを含めていた。これらの母親から生まれた子供達に知能指数が85以下の者は一人もおらず、平均知能指数が実際に低サイロキシン血症のない女性の子供よりも高かったことは興味深い。これは治療の効果があることを強く示唆するものである。

新生児の甲状腺スクリーニングが開始された頃には提唱されたスクリーニング検査の境界値が明確に定められておらず、陽性のケースに対する最適な治療法もなかった。精神発達遅滞の予防における明瞭な成功例とはなったのにもかかわらず、である。提唱された生化学的マーカーはすべて、現在ブラッドスポット検査として利用できるようになっている(143)。したがって、妊婦の甲状腺スクリーニングを地域の新生児甲状腺スクリーニングプログラム用に開発された算定用施設に結び付けることで、利益対費用の相当な改善がはかれるものと思われる。なぜなら生化学的検査そのものがその手のプログラムで大きな費用を占めることがないからである。

妊娠12週にスクリーニングを行うことをGlinoer(4)が提唱したのは低サイロキシン血症に対しても妥当だと思われる。それ以前に来院することはまれだからである。その時に血液サンプルを採取し、フリーT4、抗TPO(そしておそらくは抗Tg)抗体そしてTSHの測定を行うようにする。この時期にスクリーニングを受けなかった女性も、もっと妊娠が進んだ時期に検査を受けるべきである。なぜなら、特に胎児の甲状腺にも悪影響を与える恐れのある自己免疫性疾患が原因で病気になっているような場合は、まだ検査による利益を受けられるからである。妊娠前のスクリーニングは抗体価が高い女性やTSHの値に異常がある女性、あるいは低サイロキシン血症の女性には利益になると思われるが、それでもなお不十分である場合がある。妊娠自体が胎児へのT4の供給が不十分になったり、もともとあった甲状腺機能不全がはっきりでてきたり、あるいはヨード摂取量が母親と胎児の必要量の増加を満たすことができない原因となりうるからである。

将来、スクリーニングプログラムとしてフリーT4を評価するためには、血液サンプル採取日と同じ日に通常の尿サンプルを採取し、ヨードとクレアチニンを測定して妊婦のヨード摂取量を調べることが大切であろう。費用のかからない尿中ヨードの測定法、実施が容'で高価な器具を必要としない方法が現在利用でき、これらの測定をどのような生化学的'床検査や新生児スクリーニングにも組み込むことは容'である(144)。我々は現在、フィルター紙に尿を染み込ませたものでヨードの測定をする方法を開発中である。これらのデータは、後に様々な地域でその低サイロキシン血症がヨード欠乏に関係している女性の割合として出すことになるであろう。したがって、それ以上の治療をせずとも簡単に予防や矯正ができることになる。

この最初の産前受診時に、全妊婦が通常の食餌に200〜300μg/日のヨードをKI(ヨードカリウム)の錠剤、あるいはビタミン-ミネラル合剤のいずれかの形でヨード補充を直ちに始め、妊娠中と授乳中を通じて続けることにする(44,145)。後に尿中ヨード排泄値が妊娠中に十分であることを示していたとしても、補充による害はないであろう。事実、そのことは妊娠のどの時期であれ、ヨード化オイルの摂取や注射のような形ではるかに大量のヨードを投与しても、胎児の神経発達に害がないことが証明されている(146,147)。スクリーニング時のTSHデータから甲状腺の機能亢進がうかがわれる場合は、補充を中止することができる。プログラムにヨード補充を含めることは、単に一般大衆や医療専門家に情報を与えるプログラムよりも母親のヨード欠乏を確実に治す上ではるかに効果の高い方法であると思われる。

スクリーニング検査で甲状腺自己抗体、TSHあるいはその両方の値に異常がある場合、Glinoer(4)によりまとめられたアルゴリズムを実施することができる。異常値として、妊娠週数に対してフリーT4が低いだけであるならば、2週間以内に改めて血液サンプルを採取して血清フリーT4を測定することとなる。フリーT4レベルの矯正または改善は、食餌にヨードを補うだけで十分であろう。もし、ヨードを補充してもフリーT4が、適切なヨード摂取量であることを確認した同じ妊娠週の正常な妊婦の値の10パーセンタイルよりも低いままであれば、同じ妊娠時期のヨード摂取量が十分な女性で正常と見られているフリーT4レベルにするため、T4による治療を追加することを考慮するのが妥当かもしれない。
まとめ
低サイロキシン血症、甲状腺機能低下症、自己免疫性甲状腺疾患あるいは甲状腺機能亢進症のある妊婦を見つけるためのスクリーニングプログラムは、先天性甲状腺機能低下症のための新生児スクリーニングよりもより多くの機構上の問題が加わる可能性が高い。しかしながら、妊娠転帰に危険を及ぼし、子供の神経発達障害のリスクが高まる可能性のある母親の甲状腺機能の変化が見つかる頻度がはるかに高いため、そのようなスクリーニングを実施するべきである。最近、Fukushi et al.(143)が日本の札幌で1991年に始められた妊婦の甲状腺機能スクリーニングプログラムのことを報告しているが、これには70,602名の女性のデータが揃っている。著者は妊婦の甲状腺疾患が他の国に比べ日本では少ない可能性があるものの、有益なプログラムであるとの結論を出している(ヨード欠乏による低サイロキシン血症の可能性はきわめて低い)。これらのプログラムは一般医療従事者に妊娠中のヨード欠乏予防の重要性についての意識を大いに高めると思われ、また明確なプロトコールに従った適切な治療を行うため、婦人科医や内分泌病専門医との間の緊密な協力が必要になるであろう(2,4)

参考文献]・[もどる