情報源 > 書籍の翻訳[C]甲状腺のことがわかる本
<第3章>
<第3章>
自己免疫疾患
前に述べたように、甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症という病気があるわけではありません。もっと大きな問題があってその結果生じたものであるか、または症状なのです。主に甲状腺のある特定の病気か、機能不全です。患者はただ甲状腺が活動し過ぎとか不活発であるとだけ告げられることがよくあります。
それから医師は甲状腺に何が起こっているのかを説明し、その結果として体に起こっていることを言う場合があります。心拍が速くなり過ぎたり、遅くなり過ぎたりする理由や、なぜだるくなったり、疲れるのか言われることもあると思いますが、まず最初にどうして活動し過ぎが起きたり、あるいは不活発になったのかは告げられないと思われます。言い換えれば、その問題の背後にある問題は何かということです。
<第2章>で、甲状腺機能亢進症の全ケースの80%がバセドウ病として知られている自己免疫疾患が原因であり、甲状腺機能低下症は、橋本病として知られているもう一つの自己免疫疾患が原因であることが多いことを述べましたが、この章では自己免疫疾患とは何かということについて述べ、バセドウ病と橋本病の両方を詳しく説明いたします。
自己免疫疾患とは何か?  
自己免疫という言葉は“自己を攻撃する”という意味です。しかし、この意味を本当につかむには、まず正常な場合に体がどのようにして感染や病気と戦っているのかを理解することが重要です。
ウィルスまたは細胞が侵入してくると、体は抗体と呼ばれる特別な“軍隊”をつくり、それが抗原と呼ばれる外部よりの侵入者を攻撃します。抗体はある一つのタイプの白血球(リンパ球と呼ばれます)から作られ、それぞれの抗体は、ちょうど鍵が特定の鍵穴に合うようになっているように、特定のウィルスに合うようにデザインされています。抗体は抗原が鍵穴とすると、その鍵として働きます。
例えば、子供の頃に水疱瘡に罹ったのであれば、水疱瘡のウィルスを殺す抗体で武装するので、再び罹ることはありません。しかし、この水疱瘡ウィルスに効く抗体は、おたふく風邪やはしかのような他のすべてのウィルスに対しては無効です。
小児麻痺のような特定のウイルスが発育するのを予防するために、医師がワクチンを接種することがよくあります。ワクチンは次のように作用します。血清の中には弱くして、感染しない形のある種のウィルスが少量、含まれています。すると、ワクチンは体にウィルスの写真を見せることになります。これはちょうど警察がある特定の逃亡者の“お尋ね者”のポスターを貼るようなものです。ワクチンの血清は、体を刺激してそのウィルスと戦う特異的な抗体を作らせます。後で、そのウィルスに感染した場合、体はそのウィルスが何も悪さをすることができないうちに破壊してしまいます。これが、水疱瘡から身をまもるために、水疱瘡に必ずしも罹る必要がない理由です。その代わりそれに対するワクチンを接種してもらうことができます。しかし、ワクチンを作り出すのは非常に骨の折れる、複雑なプロセスです。そしてある特定のウィルスに対するワクチンの開発には何年もかかります。小児麻痺はワクチンが発見されるまで、1940年代から1950年代にかけて、大いに流行しました。今では、エイズを起こすHIVウィルスに対するワクチン開発競争が繰り広げられています。
自己免疫疾患に罹った場合、体は外部から来た組織と正常な組織とを区別する能力を失います。そのため、この2つを混同し、健康な組織を外部からの侵入者とみなしてしまいます。その結果、体が自分自身の組織を攻撃することになるのです。それを一種のアレルギーとして説明する医者もいますが、そこでは実際に体が自分自身に対してアレルギーを起こしているのです。体がある特定の感染と戦うために、それに対する特定の抗体を作るように、ここでも体のある組織を攻撃するために、体の中にそれに対する特定の抗体が生じます。これは自己抗体として知られています。事実、多くの病気は自己免疫疾患なのです。バセドウ病や橋本病もそのような病気です。
どのような人が自己免疫疾患に罹りやすいのでしょうか?  
誰でも自己免疫疾患を起こす可能性があります。多くの自己免疫疾患は遺伝性ですが、一部は遺伝性ではないものの、家族内に伝わる傾向が強いのです。これは、遺伝的傾向あるいは遺伝性素因と呼ばれます。
それでも、ストレスが自己免疫疾患の発症の引き金となる主なファクターであるということを示唆する多くの証拠があります。異常な、あるいは過度のストレスにさらされた場合、うつ病や疲労が起こることがあり、それが免疫系を弱めます。では、“異常な”とか“過度の”というのはどのようなことなのでしょうか。
家族の死や不幸な出来事は過度のストレスとみなされます。新しい仕事に就いたり、引越し、あるいは配置転換も非常なストレスになります。結婚や子供が生まれることもまたストレスです。一般的に言って、日常生活の大きな変化−それがプラスであってもマイナスであっても−はストレスになりますが、人は様々な形でその変化に折り合いをつけます。ある人にはストレスになることが、別の人では何ともないこともあります。バセドウ病患者とバセドウ病でない患者を調査した最近の研究では、バセドウ病の患者の方が多くストレスにさらされていることがわかりました。専門家は、ストレスの多い時期が終わってしまえば、弱まった免疫系も再び正常に戻りますが、あまり急にもとに戻ったために正常な組織を“攻撃”するのかもしれないと信じています。小犬を一日中狭いケージに閉じ込めていた時に起こることと同じです。−ケージから“解き放されると”、小犬は気が狂ったようになり、あなたに飛びつくでしょう。そして、どれくらいの強さか知らずに、ひどく噛み付く場合もあるでしょう。
しかし、妊娠中あるいは出産直後の女性は特に自己免疫疾患に罹りやすいのです。妊娠の初めの3ヶ月間と出産後6ヶ月間は女性の生涯の内で自己免疫疾患になるリスクがもっとも高い時期です。妊娠初期の3ヶ月間は、成長を続ける胎児にせっせと栄養(ヨードを含む)を与え、妊娠それ自体に適応しようとするため、一般的に疲れやすくなるのが普通です。実際に、妊婦はこのために自然にヨード欠乏状態になります。また、妊婦は胎児の組織を“拒絶”しないよう、免疫を抑制した状態にもあります。そのため、免疫系が攻撃的な状態にまで“リバウンド”して、自己免疫性甲状腺疾患を起こす可能性があります。これは<第4章><第7章>にもっと詳しく述べております。出産後、体は新しい状態に再び順応していきますし、またさらなるホルモンの変化を被ります。このため、出産後に甲状腺が炎症を起こすことがあります。そして、前の章で述べたように、産後は10%もの女性が一次的な甲状腺機能低下症または橋本病になる可能性があります。
したがって、甲状腺の病気が家族内に伝わっている場合、統計学的にバセドウ病または橋本病がこの時期に起こる可能性が高いのです。
 バセドウ病(びまん性中毒性甲状腺腫とも呼ばれます) 
いちばん多い甲状腺の病気はグレーブス病(バセドウ病)です。最初にこの病気を見つけた19世紀のアイルランド人医師、ロバート・グレーブスの名を取って病名が付けられました<注釈:やはりこの病気を記載したドイツ人医師アドルフ・フォン・バセドウ氏の名前を取ってバセドウ病とも呼ばれますが、日本ではこちらの方が一般的です>。バセドウ病は若い女性と中年の女性が罹る傾向があり−普通20歳から40歳の間で、通常は子育てをしている時期です。しかし、50代や60代でバセドウ病を発病した人のことを聞かないわけではありません。
【図3.1】
図3.1
甲状腺腫と甲状腺性眼症(TED)のある典型的なバセドウ病患者
統計学的に、バセドウ病は15倍から20倍男性より女性に多く起こります。おおよそ人口の1%にバセドウ病の人がいます。この中には前大統領のジョージ・ブッシュ、その夫人のバーバラ・ブッシュ、彼らの愛犬が含まれ、もっと新しい例では、ジョン・F・ケネディージュニアがいます。ひと頃は、ブッシュ家が揃ってバセドウ病になったのは、類まれな医学的偶然の一致だと考えられていましたが、いくつかのデータからバセドウ病の発病には何らかの感染物質が関係している可能性が示唆されています。一部の研究者は風疹も自己免疫疾患の発病の引き金になるのではないかと疑っています。これで、バセドウ病患者一家があるように見えることの理由が説明できるかもしれません。1994年のバセドウ病会議に私も参加したのですが、ある内分泌病専門医がブッシュ家の感染物質をブッシュ氏の自宅で検査した時の経験に関連付けて述べておりました(検査結果はプラスでした)。ジョージ・ブッシュ氏は半分冗談で、“血をカーペットに落とさないでくれよ。さもないとバーバラからこっぴどくやられるよ。”とはっきり言いました。今日まで、感染説はまだ単なる理論に過ぎません。はっきりした答えが出るまでにはもっと研究が必要です。
バセドウ病の遺伝性については強力な証拠がありますが、一部の医師は“家族内に伝わる傾向が強い”疾患として分類する方を好みます。2つの言い方には対して違いはありません。学術的に遺伝性とは特定の遺伝子がこの病気に関係しているということを意味します。今までのところ、医師はまだバセドウ病の原因となる特定の遺伝子を見つけてはいませんが、ある家族はこの病気に罹りやすい遺伝的素因を間違いなく持っていることを知っております。
バセドウ病で起こることは、ある特定の異常な抗体が作り出されることです。これは甲状腺刺激抗体(TSA)と呼ばれています。TSAは甲状腺を刺激して、甲状腺ホルモンを大量に作り過ぎるようにします。正常な場合、脳下垂体のコントロール下にあるのですが、甲状腺は混乱して、異常な抗体にだまされてコントロールされてしまいます。その結果甲状腺機能亢進症が起こります。そしてほぼすべてのケースに甲状腺腫が生じます。それでも、時には甲状腺腫が非常に小さくて、医師が触れることができない場合もあります。
一般的に、バセドウ病の症状は、バセドウ病によって引き起こされる甲状腺機能亢進症の症状そのもです。
甲状腺眼症(TED)  
目の問題はどのような甲状腺機能亢進症を起こす病気でも起こりうるものですが、バセドウ病の人は特有の目の問題の重荷を経験する傾向があります。これは、今では甲状腺眼症(TED)または臨床家の間では甲状腺関連性眼症(TAO)として知られています。接頭語のophthalは“目”の意味で、pathyは“病気”という意味です。それ自体が“甲状腺の眼”という表現が使われる病気−突き出した、涙目−眼球突出症として知られている病気のことを表しています。これは、バーバラ・ブッシュ夫人にもちょっと見られましたし、また例えば、俳優の故マーティー・フェルドマンではもっとはっきりしていました。
どのタイプの甲状腺機能亢進症にも関連して見られる目の問題は、瞼の後退です。ここでは、上の瞼がわずかに後退し、白目のところが多く見えるようになることがあります。瞼の後退で、ドラマチックな“目を見開いた”ような見かけや大袈裟な表情が作り出されます。甲状腺機能亢進症が治れば、目は改善されることが多いのです。
しかし、バセドウ病に伴う目の問題はもっとひどいものです。多くのバセドウ病患者が甲状腺眼症を経験しています(控え目に見積もっても約10%、数種類の報告の数字では90%にも上ります)。
煙が目にしみる  
この本の初版が出て以来、甲状腺眼症について一つの興味深い事実が浮かび上がってきました。バセドウ病の喫煙者はほぼ全員と言ってよいほどこの病気に襲われるのに、非喫煙者でははるかに少ないのです(いくつかの情報筋では、希であるとなっています)。どうしてこうなるのか誰も正確なことは知りません。わかっているのは、喫煙者は非喫煙者に比べ、より多くの病気に罹りやすく、健康上の問題も起こしやすいということです。甲状腺眼症は明らかにこの中の一つです。
しかし、あなたの周囲の環境や間接的なタバコの煙が甲状腺眼症を悪化させたり、あるいは発病の引き金にさえなるということは、確かに意外なことではありません。事実、非喫煙者が煙で充満した部屋にいると非常に不快に感じるのは、煙が目を刺激し、涙目やかゆみ、目の充血を引き起こすからです。禁煙によって症状のいくつかは和らぐのではないかと思われます。
甲状腺眼症の症状  
目の組織は炎症を起こし、目の痛みや充血、涙目になり、“目に砂が入ったような”感じを伴います。他に多く見られる症状は光に過敏になることです。目の問題を抱えているバセドウ病患者の一部は、特に風や太陽の光に敏感です。目の入っている入れ物(眼窩といいます)の内容物(眼球以外の筋肉や脂肪のこです)も炎症を起こし、腫れます。同時に瞼や目の周囲の組織は、水分が溜まるために腫れ、眼球が眼窩から突き出る傾向が見られます。目の筋肉が損なわれるため、目が正常に動かなくなり、その結果物がぼやけて見えたり、複視が起こります。
その他の症状には、見上げたり、横の方を見たりする時の不快感があります。そして、一部のバセドウ病患者はひどい涙目になる一方で、多くは目のひどい乾燥に苦しみます。希で、極端なケースでは、視神経に圧がかかり過ぎるために視力が落ちてきます。
いわゆる“ホット期”または初期の活動期の間、目の周囲と後ろ側の炎症と腫れが普通に見られます。この時期は約6ヶ月続き、その後炎症が治まる“コールド期”になります。そしてさらなる視覚の変化に気付きます。
一般的に、目の変化は2年以内に“バーンアウト(燃え尽きる)”の時期に達し、その後止まります。時に、独りでに目がよくなってくることもありますが、バーンアウト期の後、目の変化はそのまま残るのが普通です。しかし、それ以上悪くなることはありません。目の変化の重篤度は眼科医(目の病気の専門医)が眼球突出計という道具を使って測ります。この道具は目が突き出している程度を測るものです。
いちばん多い目の変化は、目の突き出しと複視です。
目の病気のひどさも、年齢や性別そして職業によって異なります。若い男性や女性に比べて、中年の男性や女性の方が目の病気に罹りやすいという証拠がありますが、一方でストレスの多くかかる職業が目の病気を悪化させるようです。
症状の緩和策  
点眼薬または“人工涙液”は目のひりつきや炎症を和らげるのによいでしょう。
三角形の形をしたプラスチックのプリズムレンズは、いつもかけている眼鏡の内側にはめ込んで使えますが、複視の緩和に役立ちます。あるいは、もっと後の時期に、子供の斜視を治すのと同じ方法を使って、手術を行うこともできます。
視力の低下に対しては、様々なアプローチの仕方があり、目の外科の責任者とよく話し合う必要があります。治療には、炎症を抑えるのに有効なステロイドの投薬、減圧手術、あるいは放射線外部照射などがあります。ステロイドの問題は、たくさんの副作用があることです。一次的に視力が失われた場合、普通は治療で視力が戻ります。永久的に視力が失われるのはごく希な場合のみです。
最近の研究で、甲状腺眼症が実際はある種の自己免疫抗体によって悪化する別の病気であることが示唆されています。さらに、甲状腺眼症がバセドウ病につながりを持つのは、単に血液中の抗体が甲状腺細胞と目の動きをコントロールする目の筋肉の両方の蛋白質と反応するためで、このため目の後ろ側の筋肉に圧力がかかり、眼球が前に押し出されるのです。言い換えれば、バセドウ病で作り出された攻撃性の抗体は甲状腺の細胞のみでなく、目の筋肉の細胞も攻撃するということです。これは学術用語で交差反応と言います。この説が事実であることが証明されれば、甲状腺眼症は甲状腺を手術で取るか、放射性ヨードで死滅させるかのどちらかで治療ができることになります。こうすることで、目の筋肉を攻撃する可能性のあるTSAをも取り除くことになります。もしそうならば、将来は甲状腺眼症は予防できるようになる可能性があります。
交差反応説が証明されるまで、甲状腺眼病の治療は効き目が一定しない薬物といろいろな方法で治療されることになります。治療の筋書きは次のような風に進みます。バセドウ病が原因の甲状腺機能亢進症の治療がまず行われます(次の項を参照)。一部のケースでは、甲状腺機能亢進症が治療されれば、バーンアウトが起きる前に目がよくなる傾向を示します。これは交差反応説を裏付けるものです。
残念ながら、バーバラ・ブッシュ夫人がそうであったように、いつもこういう風にうまく行くわけではありません。次のステップは、コバルト照射かX線治療ということになります。この方法は、X線とCTスキャン、そしてX線のねらいを正しく定めるための注意深い計測を行うシミュレーションからなっています。X線は目の背後の水晶体の後ろ側にある筋肉にねらいを定めてあてられます。これで目の炎症を起こしている細胞を殺すことができると考えられています。3本のレーザー光線を使って、測定が行われます。これらの治療の約80%がうまく行きます。そして、X線治療は無害だと考えられています。この治療は、普通の場合、失われた視力を戻す効果があります。X線治療が効かない場合は、骨を取り除いて目の後ろ側のスペースを広げ、腫れた組織がそこに入れるようにする手術を行うことができます。これは眼窩減圧術として知られている方法です。甲状腺や目の領域自体にどのような治療を行っても目の問題が悪化する場合は、視神経の損傷を防ぐため、免疫系を抑制する薬が処方されます。視神経が損なわれれば、目が見えなくなることがあります。しかし、このようなことはいちばんひどいケースでのみ起こるもので、めったにこのようなケースはありません。
いちばん厄介な目の問題は、普通、物がだぶってみえることで、これは複視と呼ばれます。患者の中にはプリズムレンズを装着せずに、片方の目を被う人がいますが、これで薬や治療なしでもいくぶん症状が軽くなります。一部のケースでは筋肉の手術が必要です。バーンアウト期になる前に、中等度の目の問題がある人の大部分は、よくなる見込みはまずないため、複視と何とか折り合いをつけて生活することを学びます。普通、目が著しくよくなることはありません。そして、少数のケースでは、甲状腺機能亢進症の治療を行っても、またバーンアウト期が過ぎても目はそのまま変わらない状態が続きます。今では、ひどい状態であれば、外見を治すための効果的な手術法があります(例えば、メイヨークリニックは、いくつかの素晴らしい結果を報告しています)。これらの選択肢については、眼科医と相談してください。醜い外見に甘んじる理由は何もありません。
バセドウ病の診断と治療  
繰り返しますが、バセドウ病の徴候ははっきりわかることが多いのです。甲状腺腫ができ、甲状腺機能亢進症の典型的な徴候をすべて示しているかもしれません。あるいは、甲状腺眼症が生じている場合もあるでしょう。これは大体、バセドウ病の徴候を示すものです。徴候がはっきりしている場合、医師は血液中の甲状腺ホルモンレベルと抗甲状腺抗体の存在をチェックする血液検査を行い、診断を確かめるだけです。
甲状腺機能亢進症だとはっきりわかるような徴候が出ていなくても、家族歴やもっと軽い症状を経験していることからバセドウ病が疑われる場合は、ここでも甲状腺機能をチェックする血液検査を通じてバセドウ病を突き止めることができます。前に述べたように、誤診は決して少なくないのですが、今日ではほとんどの医師が診断法にもっと進んだ方法をとっています。甲状腺機能検査で甲状腺機能亢進症であることが確かめられたら、医師は次に血液中に抗甲状腺抗体が存在するかどうかを検査します。バセドウ病は全甲状腺機能亢進症の80%の原因を占めているので、ほとんどの医師は甲状腺機能亢進症が確かめられたら、ルーチンに抗体の検査を行っています。
バセドウ病の原因そのものを治療する方法はありません。自己免疫疾患そのものの治療です。したがって、バセドウ病の治療には、甲状腺機能亢進症の症状に対する治療が関わってきます。甲状腺機能亢進症を治療するには、普通、抗甲状腺剤や放射性ヨード、あるいは手術で甲状腺を取り除いて甲状腺が活動しない状態にします。
甲状腺を死滅させるのには、放射性ヨードがいちばん多く使われる治療法です。
放射性ヨードとは、単に放射能を持つヨードのことです。甲状腺は機能するためにヨードを吸収する性質があるため、ヨードに放射能を帯びさせるか、放射性にすれば、機能に異常を来した甲状腺は貪欲にそのヨードを吸収し、その過程で自分自身を見事に破壊することになります(普通は、いくらか残遺甲状腺の機能が残ります)。これはちょっと激烈で、恐ろしいように聞こえますが、この方法自体に危険はありません。そして、喉が少し腫れたり、ひりひりしたりする以外は副作用は全くないのが普通です。放射性ヨードが使われないのは、患者が20歳以下の場合のみです。用心のため、通常の場合、子供や若い人は放射線にさらすことはしません(35年間にわたって積極的に使用されてきましたが、放射性ヨードが有害であるとまだ証明されていません)。カプセルか液体で与えられた放射性ヨードは甲状腺をうまく破壊します(第6章に放射性ヨードについてもっと詳しく述べておりますので、参照してください)。普通は、放射性ヨード治療を行った後、甲状腺機能が下がったかどうかを見るために、しばらく待つ期間があります。通常、医師は甲状腺機能低下症になるのを待ってから、機能中の甲状腺が作り出す量に見合うホルモンを補うため、甲状腺ホルモン剤を処方します。
2番目に多い治療法は、甲状腺の一部、あるいは全部を手術で取ってしまう甲状腺切除術です。甲状腺切除術は、甲状腺腫があったり、患者が20歳以下の場合に行われるようです。これは、全身麻酔をし、術後に最低2日間の入院が必要な大きな手術です。ここでも、待つ期間があります。時に、甲状腺組織のごくわずかな取り残しがあり、そこからバセドウ病が再燃する可能性があります。そのようなことがあれば、取り残した組織を死滅させるために、放射性ヨードが使われます。この場合も、甲状腺機能低下症になった時に、甲状腺ホルモン剤が処方されます。
時には、医師が抗甲状腺剤を使ったバセドウ病の治療を好む場合があります。この薬は甲状腺が甲状腺ホルモンを作らないようにするものです。そのため、甲状腺ホルモンの産生が減るにつれて、甲状腺機能亢進症が消失します。抗甲状腺剤は普通、患者が20歳以下の場合に使われますが、どの年齢の人にも好んで使う医師もおります。時には、患者自身がもっと過激な手段を使う前に抗甲状腺剤を試してみる方を選ぶ場合もあります。一般的に、抗甲状腺剤は約50%で有効ですが、医師の中には30%の成功率しかないと報告している人もおりす。これらの低い成功率は、どちらかと言えばコントロール率というより症状の緩和率を表わしています。そのため、抗甲状腺剤の統計学的数字を正しく解釈することが肝要です。バセドウ病では、事実上すべての患者を抗甲状腺剤で簡単にコントロールできます。これは、バセドウ病で引き起こされる甲状腺機能亢進症の症状が抗甲状腺剤でおさまるということです。しかし、患者が薬を止めれば、真の寛解が実際に見られるのは約40%に過ぎず、残りの60%はバセドウ病が再発します。それなら、なぜ抗甲状腺剤をわざわざ使うようなことをするのでしょうか。多くの医師が、バセドウ病の患者はもっと過激な治療法を行う前に、初期の段階で寛解するはずだと感じているからです。甲状腺が正常な機能を取り戻すまで、投薬しながら約6から8週間かかります。しかし、患者は、真の寛解が起こるかどうかがはっきりするまで、何ヶ月も、あるいは何年も投薬を受け続けるのです。結局は、抗甲状腺剤を飲んでいる患者の少なくとも半数が甲状腺切除術か、放射性ヨード治療のどちらかを受けることになります。しかし、抗甲状腺剤にはよい面もあります。目に問題のある患者は、他の形の治療を受ける場合より、抗甲状腺剤の投薬を受けている間に目の改善を見ることが多いのです。抗甲状腺剤についての詳しいことは<第12章>をご覧ください。
バセドウ病の治療に関して、最後に一言述べておきたいと思います。いくつかのデータから、放射性ヨードは、最初に抗甲状腺剤で治療した患者には、同じように効かないということが示唆されています。まだ抗甲状腺剤の投薬を受けているうちに、放射性ヨード治療を受ける場合、最近の文献で、あらかじめ抗甲状腺剤で治療を受けた人は、放射性ヨードの量が多く必要であることが示唆されています。一般的に、医師が将来間違いなくあなたが放射性ヨード治療を受けることになると知っている場合、抗甲状腺剤の使用を避けることが勧められています。時たま、放射性ヨード治療や手術の後で、自然に甲状腺が正常に機能するままに任せておいてよい場合、つまり甲状腺ホルモン剤は必要ない場合がありますが、これは普通に見られることではありません。バセドウ病に罹っている場合、治療の後で生涯甲状腺ホルモン剤を飲む必要があると考えることの方がはるかに現実的です。
 橋本病(慢性甲状腺炎) 
バセドウ病ほど深刻ではありませんが、橋本病はもう一つのよく見られる自己免疫疾患です。これは甲状腺が炎症を起こす病気です。臨床的には、甲状腺の炎症を甲状腺炎と言います。このため、橋本病は橋本甲状腺炎とも呼ばれます。しかし、自己免疫疾患でない他の形の甲状腺炎があるということを頭に入れておくことが大切です。医療界では、橋本病のことを慢性リンパ球性甲状腺炎と言います。これは自己攻撃性のリンパ球が関与しているためです。1912年に最初にこの病気を記載した日本人医師橋本策氏の名前を取って病名が付けられました。
バセドウ病と同じように、橋本病も遺伝します。そして、若い女性もたくさん診断されていますが、ほとんどは40歳以上の女性が罹ります。統計学的には、女性の10人に1人は生涯の間に橋本病になる可能性があります。男性も橋本病に罹ることがありますが、女性の約6分の1の頻度でしかありません。
橋本病は異常な血液中の抗体と甲状腺細胞を攻撃し、損なう白血球によって引き起こされます。最終的には、絶え間ない攻撃によって多くの甲状腺細胞が破壊されてしまいます。十分な甲状腺細胞がないために、甲状腺機能低下症が起こります。ほとんどのケースで、炎症による甲状腺腫が生じてきます。しかし、時に甲状腺が実際に縮んで小さくなってしまう場合もあります。
橋本病になったら、おそらく何の症状にも気づかないでしょう。時に甲状腺に軽い圧迫感があったり、疲れやすくなることがありますが、甲状腺の病気に注意を払っていなければ、橋本病が何年も気づかれないままである可能性があります。
甲状腺が適切に機能できないところまで、甲状腺細胞が損なわれた時に初めて、<第2章>で述べたような甲状腺機能低下症の症状が出始めます。
希な例ですが、甲状腺眼症も始まることがあります。ここでも、橋本病で作り出される抗体が、目の筋肉に炎症を起こすのです。橋本病に伴う目の問題の治療には、まず初期の甲状腺機能低下症の治療が必要です。目の問題がよくならない場合は、バセドウ病のところであらましを述べたのと同じ治療パターンに従って治療が行われます。
さらに希なことですが、橋本病に罹った人の中には、甲状腺機能低下症だけでなく、甲状腺機能亢進症も起こす人がいます。この“ジャズバンドのシンバル”の様な事が起こるのは、時に、作用している抗体に2つの力があるためです。
甲状腺細胞を攻撃し破壊する力と、ちょうどバセドウ病を起こす抗体のように、甲状腺を刺激してサイロキシンの作り過ぎを起こさせる力です。
この病気は橋本甲状腺中毒症と呼ばれます。この何か矛盾した病気に罹っている人は、まず最初にバセドウ病の症状をすべて経験することになります。普通の場合、2〜3ヶ月後に甲状腺細胞を攻撃する抗体が、バセドウ病様の抗体に打ち勝って甲状腺機能亢進症は自然におさまります。その後、橋本病が進むにつれて、甲状腺ホルモン剤が処方されない限り最終的には甲状腺機能低下症になります<注釈:これは、甲状腺細胞が破壊されて、一過性に甲状腺機能亢進症になり、その後甲状腺機能低下症になる無痛性甲状腺炎のことを言っているのだと思います>。
橋本病の診断と治療  
橋本病の徴候ははっきりわからないことが多いのです。初期の段階では、甲状腺の炎症のために甲状腺腫ができることがあります。この甲状腺腫は硬いのが普通ですが、希に圧痛がある場合があります。甲状腺腫に圧痛があれば、橋本病であることがうかがえますが、普通は急に甲状腺機能低下症が起こったり、40歳以上の女性に多いため、甲状腺機能低下症の患者の年齢から疑いが持たれます。それでも、橋本病はよく誤診されます。甲状腺機能低下症は年齢のためと考えられることがよくあり、特に更年期に入りつつある女性ではそうです。
橋本病は血液検査で血液中に高レベルの抗体が検知されることで、簡単に診断をつけることができます。診断を確かめるもう一つの方法は、針生検です。甲状腺に針を刺して、細胞を少し採ります。それから、細胞をスライドガラスに塗り広げて、顕微鏡で調べます。橋本病の場合は、異常な白血球が見られます。
治療は簡単なものです。診断がつけば、症状が出ていなくても直ちに甲状腺ホルモン剤が処方されます。こうする理由は3つあります。まず、合成ホルモン剤によって脳下垂体の甲状腺刺激ホルモン(TSH)の産生を抑え、そのことで、すでに生じた、あるいはまさにできようとしている甲状腺腫を小さくします。2番目に、橋本病は甲状腺機能低下症が始まるところまで進むことが多いので、合成ホルモン剤で甲状腺機能低下症をつぼみの内に摘み取り、橋本病の患者が不快な甲状腺機能低下症の症状に苦しまないようにすることです。最後に、何らかの理由で、合成甲状腺ホルモン剤が甲状腺を攻撃する血液中の抗体の働きを妨げるらしいということです。
橋本病のために甲状腺腫ができた場合は、普通、甲状腺ホルモン剤が処方されるまで、甲状腺腫は存続します。それでも、時には甲状腺腫が自然に小さくなることがあります。甲状腺腫が小さくなるには、平均で6ヶ月から18ヶ月かかります。これが起これば、ほぼ間違いなく甲状腺機能低下症になります。しかし、縮んでしまった甲状腺が最初から小さくなっていたものであることがよくあります(甲状腺腫は単に甲状腺が大きくなったものであり、そのため甲状腺が縮んでしまった時には、もはや機能していないことを覚えておいてください)。希な例ですが、合成サイロキシンを処方しても、甲状腺腫が何年も消えないことがあります。
 バセドウ病や橋本病とつながりのあるその他の病気 
バセドウ病と橋本病は、ちょうどバセドウ病が甲状腺眼症に関連性があるように、他の病気と関連性があります。この項では、3つの病気について述べます。
貧血、関節炎、そして糖尿病です。これらの病気は統計学的に、甲状腺の病気のない人より、バセドウ病や橋本病患者に起こる可能性が高いのです。
ただ、バセドウ病や橋本病の人がここに述べる関連疾患にかならず罹るというわけではないことを覚えておいてください。このような関連性を知っていれば、万一将来起こるかもしれない病気に備えることができるということです。
貧 血  
貧血であれば、体の様々な組織に酸素を運ぶ赤血球の数の減少があります。甲状腺機能低下症の人は、体の機能が落ちてくる傾向があるために、軽度の貧血があることが多いのです。軽い貧血に関連した特別な症状はないのが普通ですが、甲状腺機能低下症の治療を行うと自然によくなります。
もっと深刻なタイプの貧血は、悪性(“深刻な”という意味です)貧血と呼ばれ、バセドウ病か橋本病のある年齢の高い患者に起こる傾向があります。悪性貧血は、ビタミンB12(赤血球を作り出す役目を持つビタミンです)の欠乏によって引き起こされます。甲状腺が正常に機能している時は、胃の内側を被っている粘膜が“内性因子”を作り出し、これによって食べ物からビタミンB12を吸収することができるのです。この病気では、遺伝的にバセドウ病や橋本病と関連のある自己免疫疾患として、内性因子に対する自己攻撃性の抗体が生じます(甲状腺眼症と同じように)。このために、十分な量の赤血球を作り出すのに必要なビタミンB12を体が吸収するのを妨げることがあります。ビタミンB12のレベルが下がると、貧血が起こります。
悪性貧血の症状には、手足のしびれやきりきりした痛み(これはビタミンB12が神経系をも養っているために起こります)、バランスが取れなくなる、足に力が入らないなどがあります。研究では、バセドウ病の診断を受けた人の5%、橋本病の診断を受けた人の10%に悪性貧血が起こりうることが示唆されています。しかし、このタイプの貧血は普通、60歳以上の人に起こるため、バセドウ病や橋本病に罹っている若い人ではあまり危険性はないと思われます。しかし、60歳以上でバセドウ病か橋本病の診断を受けた人は、特に血液中のビタミンB12のレベルを医師に測って貰うようにしてください。ビタミンB12のレベルが低いか、ボーダーラインの人はシリングテストとして知られている別の検査を頼んでください。
これは食べ物からのビタミンB12の吸収されにくさを測ることができる検査です。悪性貧血があれば、ビタミンB12の筋肉注射で簡単に治すことができます。
普通、治療は1ヶ月に1度ですみますが、病気の程度によって様々に異なります。
関節炎  
バセドウ病または橋本病のある人の中には、腱や関節の炎症を経験する人がいます。例えば、痛みの強い肩の腱炎や滑液包炎が、バセドウ病や橋本病患者の約7%に報告されていますが、一方一般集団では約1.7%にしか起こりません。
事実、慢性関節リューマチ(RA)はもっと深刻な病気ですが、一般集団に比べて甲状腺疾患患者ではその発生率はわずかに多い程度のようです。それでも、RAでは指関節や手首、肘を含む体の多くの関節に炎症を起こしうるものです。こわばりは朝の方がひどい傾向があります。甲状腺機能亢進症か機能低下症のどちらかに罹っており、この種の痛みやこわばりに気づいた場合は、医師に関節炎の症状に対する適切な薬を出してもらうようにしてください。時に、痛みやこわばりが甲状腺の病気が治ったときに改善されることがあります。
タイプ1糖尿病  
バセドウ病または橋本病の診断が下された家族にタイプ1の糖尿病の発生率が高くなっています。これは、あなたのおばあさんがバセドウ病であったとすれば、正常な甲状腺機能の家族歴がある人に比べ、タイプ1糖尿病またはインスリン依存性糖尿病になる可能性が高いということです。これは例え、先祖が甲状腺の病気と一緒に糖尿病を発病したことはなくても、統計学的には本当のことです。同様に、あなたがバセドウ病か橋本病に罹っていれば、統計学的にあなたの子供や孫にタイプ1糖尿病が起こる可能性が高くなります。タイプ1糖尿病は、子供や若い人に発病し、インスリンで治療する必要があります。
もし、あなたに両方の病気が起きた場合、甲状腺の活動し過ぎで糖尿病が悪化し、インスリンでコントロールすることが難しくなることが多いのです。それでも、甲状腺の病気を治療すれば、再び糖尿病のコントロールができるようになります。
アジソン病  
これは、副腎がコーチゾンとステロイドホルモンを作れなくなった時に起こります。副腎の産物は、体が適切に機能するために必要なものです。甲状腺疾患患者の間ではこの病気はまれですが、悪性貧血よりずっと起こる頻度が高いのです。そして、甲状腺の病気がある患者に多く起こります。ここに興味深いことがありますが、バセドウ病に罹っていたジョン・F・ケネディージュニアはアジソン病にも罹っておりました(新聞記事によると)。そして、彼の父親であるジョン・F・ケネディー大統領も同じ病気に罹っていたのです。
炎症性腸疾患(IBS)  
これは包括的な言葉で、大腸炎だけでなく、クローン病も含みます。IBSは腸管下部が炎症を起こし、腹部のさしこみや痛み、発熱、そして粘血性の下痢を伴う悲惨な病気です。IBSは甲状腺に病気のある患者に起こりやすく、一般的に食餌と薬でコントロールできます。もし、IBSに罹っているのであれば、この病気を扱う最良の専門家である胃腸病専門医または消化器病専門医に紹介してもらうようにしてください。
紅斑性狼瘡  
これは他の多くの病気を装った恐ろしい病気です。何年もの間、紅斑性狼瘡患者は多くの甲状腺疾患患者と同じように、診断されないままでした。これは多くの体の組織を冒し、関節炎の症状や皮膚の発疹、そして腎臓や肺、心臓の病気を引き起こす自己免疫疾患です。紅斑性狼瘡患者は甲状腺抗体検査が陽性であることが多いのですが、面白いことに紅斑性狼瘡に罹っている人には甲状腺の病気が多いのにもかかわらず、甲状腺の病気に罹っている人の間では紅斑性狼瘡はめったに見られません。紅斑性狼瘡に罹っている人を知っていたら、甲状腺機能検査を受けるように勧めた方がよいでしょう。それで少なくとも症状の一部は軽くなるでしょう。
手根管症候群  
この病気は一般集団より甲状腺の病気に罹っている人に多く見られます。そして<第2章>でも簡単に述べております。手根管症候群とは、手首の神経が圧迫される“手首症候群”のタイプのことを言います。甲状腺機能低下症のような水分が溜まる病気(水腫)が神経圧迫に一役かっています。手首の神経が圧迫されると、手の感覚がすべて遮断されてしまいます。症状には中指、人差し指および親指のしびれ、ピリピリした感じ、または焼け付くような痛みがあります。もっとひどいケースでは、すべての指がやられることがあり、時にはしびれが肘のところまで広がることもあります。妊娠中および/または甲状腺機能低下症であり、手根管症候群を起こす危険性のある仕事についている場合、この病気になる確率は高くなります。とにかく、この症状に注意を払うようにして、何かあったらすぐ医師に連絡するようにしてください。
重症筋無力症  
私が初めて甲状腺の病気についてのラジオトークショーを行った時に、ある方が電話でこの病気について何か知っているかとお尋ねになりました。私はその方がおそらく“バセドウ病(グレーブス病)”の発音を間違えていらっしゃるのだと思い、まったく知識がないことを弱々しく白状しました(重症筋無力症は英語でマイアスティニア・グラビスと言います。バセドウ病のもう一つの呼び方であるグレーブス病と発音がよく似ています)。そこで調べてみたのですが、何だったと思いますか。それは100万人あたり30人しか罹らないまれな筋肉の自己免疫疾患だったのです。しかし、バセドウ病患者には10倍も多く見られるのです。症状には筋肉の無力感、複視、そして物が飲み込みにくいなどがあり、バセドウ病と甲状腺性眼症の症状と重なるものがあります。両方の病気に罹っているとしたら悪夢以外の何ものでもありません。これらの症状が見られたら、重症筋無力症の検査もしてもらうようにしてください。その症状がバセドウ病だけが原因で起きているものでない可能性があります。
双極性障害(以前は躁鬱病と呼ばれていました)  
これは、意気軒昂な躁状態から意気消沈したうつ状態へと極端な気分の変化がある精神病です。双極性障害は脳内の化学物質のバランスが乱れて起こるもので、リチウムによってコントロールされます。これは甲状腺機能低下症の原因として知られています(<第12章>でも述べております)。研究では、双極性障害のある人の4分の1から半数は甲状腺の病気にも罹っていることがわかっています。双極性障害と診断された場合は、甲状腺機能検査もしてもらうようにしてください。実際にこの病気に罹っていない時でも、<第2章>で挙げた感情的症状が精神障害のものに似ていることがあります。
この本が重きを置いているテーマは、何度も繰り返しますが、情報です。このますます複雑になっていく世界では、医療はビッグなビジネスであり、本来そうであるべき医療を利用しやすい形には必ずしもなっておりません。病気を理解し、それがどのように体の他の場所へ影響するかを知っておくことは、あなたが患者として利益を受けることなのです。関節炎と糖尿病、バセドウ病と橋本病の場合は、遺伝的関係のある自己免疫性疾患であるという理由で、つながりがあるだけなのです。
自己免疫疾患は、体が自分自身を攻撃するという意味で、得体の知れない病気です。これの発病を防ぐことができるワクチンはまだありません。今のところ、バセドウ病と橋本病は現れた症状−甲状腺機能亢進症と低下症−は治療できるので、治療ができるということになっています。これら2つの病気は、症状は治療できるが原因は治療できないという良い例です。多くの医療専門家は、先に概略を述べた感情的なストレスが(ストレスは自分でコントロールできません)ある種の自己免疫疾患では、症状が急激に出る引き金となると信じています。
あなたが私と同じように 明らかな“甲状腺の病気の家系”の出身者であれば、20歳から50歳の間に、2年に一度程定期的に甲状腺ホルモンレベルの検査を受けることで、この類の甲状腺の病気の急激な発病を予防することができます。バセドウ病や橋本病は何らかの症状が出るずっと前に見つけることができることが多く、これが本当に最良の筋書きでしょう。
橋本病(産後甲状腺炎や、ほとんどの場合、無痛性甲状腺炎も含まれます)のユニークなところは、間違いなく自己免疫疾患によって引き起こされる唯一のタイプの甲状腺炎であることです(産後甲状腺炎と無痛性甲状腺炎は、自己免疫性の性質を持った病気ですが、<第4章>で述べることにします)。しかし、自己免疫性でない他の種類の甲状腺炎が数種類あります。次の章では他の種類の甲状腺炎の説明と治療法の概略を述べることにします。
もどる]…|12|3|45678910111213