情報源 > 書籍の翻訳[C]甲状腺のことがわかる本
<第6章>
<第6章>
甲状腺癌と言われたら
癌とは、恐ろしいイメージや悪夢を思い起こさせる、気持ちにずしんと響く言葉です。しかし、癌は死刑判決ではないのです。ある種の癌は他のものより治しやすいのです。しかし、早い段階で発見されれば、多くの癌は治療によく反応します。−たとえ、白血病や乳癌のようなもっと悪名高いものでもそうです。白血病は、今では60%以上が治せるようになっています。乳癌の治療は素晴らしく進歩しました。
1940年代以来、甲状腺癌の95%は完全に治せるようになっています。甲状腺癌は、ゆっくりと発育し、広がるのに非常に長い時間がかかる特別に怠け者の類の癌です。事実、未診断の甲状腺癌を抱えていても10年ぐらいは元気で歩き回っていると考えられますし、それでもまだ治療によく反応するのです。また、放射性ヨード(1940年に発見されました)で甲状腺癌を撲滅できることが多いのです。
放射性ヨードは甲状腺癌に対する奇跡的治療となることが非常に多いと言えます。
すべての甲状腺疾患患者の約10%が甲状腺癌の診断を受けます<注釈:この記載はおかしいと思います。甲状腺癌がそんなに多いはずがありません。甲状腺結節患者の5%程度と考えられています>。これは、異常な原始的細胞が甲状腺に発生し、活発に増殖していきます。これらの細胞を取り除くか、殺すかしない限り、最終的には体の他の部位に広がり、浸潤(または転移)を起こします。このような浸潤、あるいは転移が起こった場合は、体の正常な機能を妨げるようになります。最悪の筋書きでは、甲状腺癌が肺や骨に広がることもあります(これには20年かかるでしょうが、そうなる可能性はあります)。もちろん、そのようなことが起こったとしたら、その通り−甲状腺癌は致命的なものになりうるでしょう。しかし、本当のところ、今日では甲状腺癌で死ぬ人よりお産で死ぬ人の方が多いのです。運悪く甲状腺癌ができたとしても、それはいちばん治りやすい形の癌なので、ある意味では、癌になるなら甲状腺がいちばんよい場所であると言えます。
甲状腺癌は普通、第1期または第2期の段階で見つかります。第1期では、悪性の結節またはしこりが甲状腺の中に留まっています。第2期では、悪性の結節が近くのリンパ節に見つかり、それは甲状腺から来たものとわかります(結節については、<第5章>で述べております。この章の先を読む前に、かならずそこを読んでおくようにしてください)。したがって、第2期では甲状腺癌がすでに甲状腺以外のところに広がっています。私の場合、甲状腺癌が第2期で見つかりましたが、一般的に言って、それは平均的な甲状腺癌患者に見つかるのとほぼ同じ程度のものです。
罹りやすいのはどんな人?  
大体において、甲状腺癌の原因はわかっておらず、特発性です。先の章でも述べましたが、年齢や性別によって甲状腺癌に罹りやすい人を見分けることができます。しかし、過去にX線治療を受けたことがある人は、そうでない人に比べ甲状腺癌になりやすいのです。
X線治療
1940年代と1950年代に、乳幼児の胸腺肥大(これが乳幼児の突然死の原因だと誤って信じられていました)や子供のアデノイドおよび扁桃腺肥大の治療にX線治療が広く使われていました。X線治療は、顔のにきびや赤あざ、百日咳、そして頭皮の白癬の治療にも使われており、また時には聾の聴力改善の手段として使われることもありました。X線の臨床使用は1920年代に始まり、1940年代と1950年代にピークに達しましたが、その後1960年代までに使用頻度は徐々に下がっていきました。この治療はX線照射機を使うもの(これは外部放射線照射と呼ばれます)、あるいはラジウムなどの放射性物質を直接患部の上または中に置くものでした。治療直後の結果は有望なことが多かったのです。例えば、にきびは跡が残ることが少なくなって症状が改善され、ある種の聾にも改善が見られました(リンパ組織の肥大で内耳がふさがり、それが聾を引き起こすことがあります。放射線照射はリンパ組織を小さくし、聴力を改善するために使われました)。
しかし、X線治療の長期的結果は、短期的な利益をすべて帳消しにするものでした。レーザー治療とは違い、X線治療では周辺組織を照射することなしに、ある一つの小さな領域に集中して照射することができなかったのです。甲状腺は首の中央部にあるため、顔やアデノイド、扁桃腺、胸腺、耳、あるいは頭皮に当てたX線は甲状腺にも当たることになったのです。1950年代までに、以前X線で治療を受けた患者の甲状腺に良性または悪性の結節が増えていることに医師が気付きはじめました。その後、1950年代の終わりから、1960年代始めまでに、広島や長崎に投下された原爆被爆者の多くに、甲状腺の良性腫瘍が生じていることが見出されました。これらの報告がでた時、医師は放射線が原因であるという結論を出しました。X線治療はそれから禁止されたのです。
北アメリカやヨーロッパ、そしてイギリス全体で何百万人という人がこれらの治療を受けたと推定されます(アメリカ合衆国のみで、推定される人数だけでも200万人を超えています)。一般的に言って、過去にX線治療を受けた人は、10年から60年後のいずれかの時期に結節が見つかっています。それでも、30から50歳の間の人がいちばん罹りやすくなっています。これらの治療を受けたことがあるか、受けたのではないかという疑いがある場合(X線治療を受けたことがわからないほど子供が小さく、無知であったか、または乳児に治療をした場合も多いのです)、定期的に甲状腺のチェックをしてもらうようにしてください。これは最低年1回です。そして、甲状腺の検査をしてもらいたい理由をはっきり医師に伝えてください。また、子供のころにかかった医師がまだ生きている場合は、その医師に連絡をとり、自分の古い記録がどこにあるか探し出すようにしてください。医師が仕事を辞めている場合、若い医師に業務をそっくりそのまま譲り渡していることがよくありますが、その医師が古い記録を保管していることが多いのです(普通は、どこでも患者がその病院にかからなくなってから25年から50年後まで記録は保管されています)。X線治療を受けた時に住んでいた場所を覚えているのであれば、この地域の病院に連絡をとり、診療記録を請求してください。
古い記録を請求するには、病院の診療記録科に連絡をとるか、その業務についている診療記録管理責任者に尋ねるようにしてください。どのような種類の治療を受けたか、またどの程度の放射線が使われたのかを尋ねたいはずです。時に、病院が率先して、あなたがそのような治療を受けたことを手紙で知らせてくることがあります。連絡を受けた場合、医師の診察を受け、甲状腺の定期的なチェックをしてもらうようにしてください。
放射性降下物と甲状腺癌
放射性ヨードは、原発事故や核実験、そしてもちろんのこと原爆からの降下物が発生した際にかならず放出されます。1997年に発表されたものですが、14年間にわたる国立癌研究所の研究では、1951年から1958年にかけてネバダ州の核実験基地で放出された放射性降下物が健康にリスクをもたらすと見ています。その結論は、北アメリカの中西部地域に住んでいる人、特に実験が行われた時に子供であった人に甲状腺癌のリスクが高くなっている可能性があるということです。
ノースダコタ州保健課は、その州の甲状腺癌発生率が5%から10%に倍増したことを1994年に報告しました。この増加は放射性ヨードの降下物のためだと考えられています。オークリッジ保健契約運営委員会は、核実験による放射性降下物で汚染されたミルクを飲んだ1952年生まれの女性は、合衆国北東部で生まれた女性に比べ、生涯のいずれかの時期に甲状腺癌を生じてくる可能性が高いことを報告しています。
アメリカ合衆国のエネルギー研究財団は、北アメリカの何千人もの人がこの降下物で汚染されたミルクを飲み、甲状腺癌になる危険性が非常に高くなっているのではないかという結論を出しています。いちばん残念なことは、ロシアの一部地域やベラルーシ、そしてウクライナなどのある種の“ホット(危険)”な地域における子供の甲状腺癌の大変な増え方を見ていることです。これらの地域は1986年のチェルノブイリ原発事故の降下物の被爆を受けたところで、この事故では4千万キュリー(測定の単位)もの放射性ヨードが大気中に放出されました。バセドウ病患者が治療で受けるのは10ミリキュリー(100分の1キュリー)、そして甲状腺癌患者が受けるのが100ミリキュリーであることを考えれば、これは大変な量です。甲状腺癌が高率に発生しているという報告は、住民が1944年から1970年代半ばを通じて(1940年代中期から後期の間に特に集中しています)核実験による被爆を受けたハンフォードやワシントンからも入ってきています。
1951年と1962年の間にネバダ州核実験基地の風下に住んでいた人(例えばユタ州南西部に住んでいた人)もやはり、甲状腺癌に罹りやすくなっていますが、そのような地域は合衆国内に限っても多数あり、甲状腺癌の発生率には疑問が投げかけられています。
降下物の影響を受けたその他の地域には、1954年のビキニ環礁での核実験によるものですが、南太平洋のマーシャル群島があります。ここでは、一般集団の100倍の頻度で甲状腺癌が発生しています。長い間続いた冷戦後、北アメリカやヨーロッパ、そしてその他の地域でどこがどの程度本当に“ホット(危険)”なのかという情報がやっと少しずつ入るようになってきました。甲状腺癌の発生率は生涯を通じて上がり続けると予想されますが、この傾向が他の種類の様々な癌にもあることがわかってきました。
放射性ヨードは健康な子供にどのように影響するか?
子供の甲状腺は放射性ヨードに対する感受性が高いのですが、これは大人に比べて甲状腺細胞の成長が早いためです。甲状腺自体もサイズが小さく、したがって、成人よりも放射性降下物から受ける線量が大きくなります。子供の甲状腺癌は実際に、ウクライナやロシアのチェルノブイリ事故後の地域では流行の域に達しているとみなされています。これは世界中で多くの外科医が非常に気にかけていることです。これらの子供の癌は治療で治せるものが多いのですが、他の集団に比べてチェルノブイリ地区の子供たちの中にもっと悪性度の高い癌を見ています。この事については、<第11章>でもっと詳しく述べることとし、また合わせて寄付の受け付け先の電話番号も載せております。
その当時どれだけの放射能が大気中にあったかというだけでも定かでないため、子供の(そしてあなた自身もですよ)首や体にしこりや肥大したリンパ節がないか注意を怠らないようにしておくことが大切です。このようなしこりを無視してはなりませんし、医師にも無視させてはいけません。穿刺吸引細胞診(<第5章>参照)でこれらのしこりは簡単に調べることができます。
アジア−カリフォルニア現象
甲状腺癌になる危険性が高いもう一つのグループは、カリフォルニア州に移住したアジア人女性です。研究はまだ始まったばかりですが、研究者は栄養ファクターとヨードに何らかの関係があるのではないかという疑いを持っています。その仮説は、これらの女性では、若い時や子供の時のヨード欠乏食から、成人してヨードが豊富に含まれる食餌に切り替わった際に、何らかの原因でヨード含有量の変化が甲状腺癌を起こす引き金となるというものです。これらの女性は、切り取った足の爪を通じて追跡が行われています。足の爪は元素の跡をたどるのに非常によいマーカーとなります。この事については、今後の版で新しい情報をお知らせする予定です。
甲状腺癌の徴候
いちばん悪性度の高い甲状腺のしこりは硬く、痛みがない一方で、しこりが悪性である可能性を示す徴候がいくつかあります。例えば、甲状腺ホルモン剤を飲んでいる間にしこりが大きくなり続ける場合、これはそのしこりが癌である目安です。甲状腺ホルモン剤を飲むと、良性のしこりは普通小さくなります。頚部組織や顎骨、あるいは耳の痛みに気付いたり、食べ物や飲み物が飲み込みにくいとか、ぜいぜいという音がでたり、しゃがれ声になったりした場合、これは、癌が甲状腺を超えて他に広がっている可能性を示すものです。
統 計
一部の外科医が甲状腺癌に関する面白い統計を報告しています。例えば、男性に甲状腺結節ができた場合(これは女性の方にできる頻度が高いのです)、一部の医師はそれが甲状腺癌であることが多いと見積もっています(見積もりでは50%にも達します)<注釈:この記載も甲状腺癌の頻度が多すぎると思います>。これは甲状腺疾患患者全体の50%が男性というわけではありません。今までに甲状腺結節になったことのある男性全部に前に出てもらうとすれば、その人達の半分に甲状腺癌が見つかり、残りの半分はその他の様々な甲状腺疾患であるだろうということです。したがって、男性の甲状腺疾患は統計学的に癌である可能性がより高いということです。しかし、甲状腺癌患者の10人に1人しか男性はおりません。そして、今では甲状腺癌は18歳から50歳の女性にいちばん多く見られる種類の癌だと考えられています。
甲状腺癌のタイプ  
甲状腺癌は2つのカテゴリーに分けられます。分化型と未分化型です。これらの言葉は、癌細胞の複雑さを表わしています。分化型癌細胞は正常な甲状腺細胞のように行動し、見かけもそう見えます。事実、そのような細胞は実際に、サイロキシンを作るというような他の細胞の日常的な機能を助けます。これらの細胞は甲状腺の手伝いに時間をいくらか費やすため、増殖に使う時間が減り、そのため体の他の部位に転移するのにもっとずっと長い時間がかかります。分化型癌は、甲状腺癌の中でいちばん多い形のものです。この癌をもっと細かく分けて、乳頭癌または濾胞癌と言います。乳頭および濾胞とは、細胞の振る舞いだけでなく、癌細胞の形態や性質の両方を表わすものです。要するに、乳頭であればブロンドでおとなしく、濾胞であればブルネットで気が荒いということです。言い換えれば、濾胞はより危険、あるいは活発な種類の癌であるということです。しかし、癌細胞には乳頭と濾胞の両方が組み合わさっていることが非常に多いのです。これは、乳頭−濾胞混合型と呼ばれます。このような 場合、おとなしく、“理性”が勝った乳頭癌が濾胞癌の攻撃性をいくぶん抑えます。このため、この種の癌は、非常に治療しやすく、生存率はずば抜けて高くなっています。事実、乳頭−濾胞混合型の癌は、甲状腺癌の中でいちばん多い形の癌です。50歳以下の女性と40歳以下の男性においては、治癒率はほぼ100%になります。最悪のケースでも、この癌が再発する確率は17%に過ぎず、また死亡率はわずか1.7%です。
甲状腺癌が純粋に乳頭である場合は、純粋に濾胞であるタイプのものに比べて、はるかにおとなしいものであることは明らかです。それでも、生存率はどちらも非常に素晴らしく、50歳以下の女性と40歳以下の男性では、ほぼ100%です。
いずれにせよ、乳頭癌と濾胞癌は若い人、すなわち40歳以下の人に起こる傾向があります。ヒュルトレ細胞癌は、もっと攻撃性の高いタイプの濾胞癌ですが、一般的に60歳以上の人に起こります。しかし、分化型であるため、この癌もまた非常に治しやすいものです。
未分化型癌は非常に原始的な細胞からできていて、すべての時間を増殖に費やします。これは非常にまれですが、もっと重篤なタイプの甲状腺癌で、未分化癌と呼ばれます。したがって、未分化癌細胞は、甲状腺に何ら貢献することがないため、早く広がります。ただ増殖のためだけに存在しているのです。このタイプの癌は高齢の患者に見付かるのが普通で、40歳以下の人にはまずないと言ってよいでしょう。未分化癌が一般的に、高齢者に生じるのは幸いなことです。なぜなら普通は治療しても治すことができず、生存率もよくないからです。
さらに希なものは、髄様癌と呼ばれる一種の遺伝性の甲状腺癌です。これは甲状腺から“場所を借りる”独特の細胞が関与しており、この細胞はカルシトニンというホルモンを分泌します。この細胞はC細胞と呼ばれ、カルシトニンをチェックする特殊な血液検査を通じて実際に検知することができます(<第1章>参照)。
髄様癌が家族に伝わっている場合、おそらく他の家族や家族歴に詳しい医師による警告を受けるでしょう。そのため、ほぼ年1回の割合で血液中のカルシトニンをチェックしてもらうことになるでしょう。髄様癌は未分化癌よりも重篤度は低いのですが、分化型癌よりも深刻なものです。それでもまだ治しやすい方です。
最近、ミシガン大学の医師が髄様癌の危険性を決定する特定の遺伝子を検知することができるまったく新しい血液検査法を開発しました。アメリカ合衆国では、年間に1000人ほどしか髄様癌に罹りません(人口のほんのわずかです)。髄様癌の遺伝子の検査でプラスと出た場合、予防的甲状腺切除を受けることになるでしょう。これは病気になる前に予防的に甲状腺を取ってしまうことです。このことで、髄様甲状腺癌が生じるリスクを除いてしまうことになります。髄様癌は広がって、もっと深刻な癌になることがあるからです。
時に、甲状腺にリンパ腫が生じることがあります。リンパ腫は通常リンパ節から発生する癌細胞で、まれな例ですが甲状腺自体に生じることがあります。リンパ腫は道を誤り、機能臓器を攻撃するようになった白血球が関与しています。ほとんどは、患者に橋本甲状腺炎(<第3章>参照)がある時に、リンパ腫が甲状腺にだけ見つかります。しかし、橋本甲状腺炎の患者でリンパ腫が生じる人はほとんどおりませんし、それでもリンパ腫はまだ治しやすいものです。
最後に、甲状腺にある癌細胞がどこか別の場所に生じ、甲状腺に広がった癌である場合があります。このようなケースでは、癌は甲状腺癌ではなく、腎臓や乳腺のような体の別の場所からやってきて、侵入してきた癌です。このような場合、この転移の元となった癌が甲状腺に達するよりずっと前に見つかっているはずです。
甲状腺癌の診断  
甲状腺癌は、硬く、滑らかで、痛みのないしこりが甲状腺のところや首のどこかにあることから、診断されるのが普通です。自分でしこりに気付いて医師に診てもらったり、あるいは医師がいつも通りの検診の際に気付いたりします。一部の医師は、甲状腺や頚部にあるそのようなしこりの中で、悪性のものはごくわずかしかないため、さらに詳しい検査を行う前に、2から4週間後にしこりの再診査を行うようにします。しこりは大体良性です。そして、2週間ほどしてしこりをもう一度調べることで、疑いがはっきりするか、または疑いがはれるかのどちらかになります(<第5章>で悪性と良性のしこりの特徴を詳しく述べております)。
しこりが疑わしいものである時は、この時点で医師が専門医に紹介することがあります。しこりが甲状腺にある場合は、おそらく内分泌腺とホルモン(全体をまとめて内分泌系と言います)を専門にしている内分泌病専門医に紹介されることになるでしょう。内分泌病専門医はどのような検査を行うかを決めます。穿刺吸引細胞診、超音波、あるいは甲状腺スキャンです(これらの検査の詳細は<第5章>をご覧ください)。
しこりが首の甲状腺から離れた場所にある場合、頭頚部外科または形成外科のどちらかに紹介されることがあります。首にあるしこりには、様々な原因が考えられます。頭頚部外科や形成外科は正常なしこりと異常なしこりの鑑別に関してははるかに経験豊富です。外科医がしこりを取って、生検を行う可能性がいちばん高いでしょう(<第5章>のしこりの切除の項をご覧ください)。しこりが甲状腺の表面または内部にあって、癌であることが疑われる場合、外科医は先に治療を進め、葉切除または甲状腺切除を行うことになります。これについても<第5章>に述べております。一般的に、甲状腺全摘が勧められます。
しこりを取る方法がどのようなものであろうとも、甲状腺癌が分化型か未分化型であるかは、生検で確かめられます。結果がはっきりすれば、専門医が検査結果を告げて、今後の治療の概略を説明することになります。また、かかりつけの家庭医にも結果が知らされます。
甲状腺癌は普通、手術や放射性ヨードで治療され、内分泌病専門医と/または頭頚部外科医により管理されます。両方の専門医にかかる場合もあれば、どちらか片方だけの場合もあります。内分泌病専門医が癌を見つけた場合、手術が必要になるため、治療を先に進める前に頭頚部外科医に相談することになるでしょう。
しかし、頭頚部外科医が癌を最初に見つけた場合は、治療の前に内分泌病専門医の意見を聞くことはめったにありません。このような場合、治療開始前に内分泌病専門医への紹介をたのむようにするとよいでしょう。最終的には、手術の後で甲状腺ホルモンのバランスをとる上で、内分泌病専門医に頼らなければならなくなるので、この専門医との関係を早く作り上げておけば、それだけ状態がよくなります。
癌の診断が下された後のある時点で、かかっている専門医または医師から直接答えを聞く必要が出てくるでしょう。いちばんよい方法は、このために別に予約をし、その時間をすべて質問と答えに使うことです。あらかじめ質問をすべて書いておくようにします。そして、後で自分で、または友人に手伝ってもらって再検討できるように答えをテープに吹き込んでおくようにします。不安な時には相手のいうことを正しく聞いていないことがよくあります。事実を誤解したり、聞きたくないことには耳を塞いでしまうのです。そのため、医師の答えを録音しておくことが大切なのです。何を聞くべきなのでしょうか。質問は一人一人違うと思いますが、ここにまず始めるにあたっての一般的な留意事項をいくつか挙げてみます。
  1. 医師に首と甲状腺の絵を描いてもらい、癌があるところ、または広がっているところを黒く塗ってもらいます。
  2. 癌が分化型か未分化型かを尋ねます。
  3. 癌がここまで大きくなるのにどれくらいかかったか、どこに広がる可能性があるか、そしてどの段階にあるのかを聞き出します。
  4. どこでもっと詳しい情報を得ることができ、また医師が癌患者を専門に担当しているソーシャルワーカーに紹介できるかどうかも聞き出します。
甲状腺癌の治療  
通常の甲状腺癌の治療手順は、手術と放射性ヨード治療の組み合わせとなります。時に、癌が第2期である場合、放射線照射治療が必要になることがあります。まれな未分化型または未分化癌に罹った場合にのみ、化学療法が必要となります。甲状腺癌は、一般的に再発率が非常に低く、ほとんどの年齢グループおよびほとんどのタイプの甲状腺癌で、癌の再発は17%ほどにしかなりません。
手 術
癌がどの段階にあるかは関係なく、治療法としては手術がかならずといってよい程使われます。甲状腺にあるしこりが癌であるとわかった場合、これは癌が甲状腺以外の場所に広がっておらず、第1期であることを意味しますが、そのような場合であっても、甲状腺亜全摘または全摘が行われます。 この考え方は“チャンスを逃すな”ということです。
甲状腺癌が首にあるしこりから見つかった時は、癌が甲状腺を超えて甲状腺のまわりのリンパ節に広がっており、第2期であることを意味します。このようなケースでは、周辺のリンパ節のみならず、甲状腺も全部とってもらう必要があります。これが甲状腺全摘術と言われるものです。外科医は、首の奥の方にある一見健康そうなリンパ節も癌がないかどうか確かめるため、調べるようにします。このためには、2〜3リンパ節をとって、あなたがまだ手術室にいる間にそのリンパ節に癌細胞がないかどうか顕微鏡で素早く調べます。もしあった場合、癌が首のもう少し奥の方まで広がっていることを意味します。そして、外科医は癌細胞のあるリンパ節をすべてとってしまいます。これが頚部リンパ節郭清と言われるものです。純粋な乳頭癌であれば、癌は首の方に広がることが多いのですが、濾胞癌は肺や骨に広がります。乳頭−濾胞混合型のものは乳頭癌と同じように振る舞い、首に広がります。もっとまれなタイプの甲状腺癌だけは手術が勧められませんが、手術は常に分化型の甲状腺癌に対する第1段階の治療です。
甲状腺全摘術対甲状腺亜全摘術(葉切除)は、現在甲状腺外科医と内分泌病専門医との間で大変な論争となっている問題です。多くの外科医はできるだけたくさん甲状腺組織を手付かずで残そうとする“保存的”アプローチを取るようにしています。これはまったく素晴らしいことですが、最高の研究とトップクラスの外科医によると、大体において、甲状腺癌が見つかった場合、これは誤ったアプローチとなるということです。例え、癌が小さくて限局している場合でもです。そして、甲状腺癌が再発する可能性は低いため、あるいは外科医が癌性の小片をすべて見ることはできないと思われるので、 通常は、“仕事の締めくくり”に放射性ヨードが勧められます。葉切除は、サイズが1cm以下の乳頭.癌あるいは非常に悪性度の低い濾胞癌にのみ許容できるものです。しかし、どちらを選ぶかということになれば、再発のリスクが間違いなく最小限になり、甲状腺の手術を繰り返す必要がなくなるため、このような場合でも甲状腺全摘術を受けるだけの価値はあるかと思われます(このようなはめになった人を知っています)。
甲状腺切除後の放射性ヨード治療は、すべての甲状腺組織−つまり、癌性である可能性がある組織−を根絶する重要な方法です。放射性ヨードスキャンは、甲状腺癌の再発を見つける大切な方法です。しかし、甲状腺が半分まだ体の中に残っている場合は、その組織が結局甲状腺炎を起こすため(これは約60%の割合で起こります)、放射性ヨード治療はそれほど効果が上がりません。また、放射性ヨードスキャンも、裸眼では見えない甲状腺の残遺物を見つけ出すようにデザインされているため、役に立ちません。要するに、甲状腺組織が残っていればいるほど、それが癌になる可能性が高くなり、そのために手術だけでなく、すべての診断用検査をもう一度繰り返さなければならない可能性も高くなるのです。専門家の間では、正常な甲状腺組織をすべて破壊すれば、甲状腺組織が作る蛋白質である、血液中のサイログロブリンレベルがはるかに検知しやすくなるということでも、意見が一致しています。甲状腺を取ってしまい、残った小片(“残存組織”と言います)をすべて破壊した後に、体がサイログロブリンを作っているようであれば、癌が再発したかもしれないという徴候です。
もし、最終的に葉切除を受けることにした場合、手術後に甲状腺ホルモン剤を飲む必要がないと思われます。普通、残った側の葉がわずかに大きくなり、体に必要なだけのホルモンを作るため、“倍の”働きをするようになります。
手術のリスク
少なくとも1週間に1回は甲状腺切除術を行なっている熟練した外科医が行うのであれば、この手術のリスクはほんのわずかです。甲状腺切除を受けた患者の約1%が甲状腺に非常に近いところを走っている声帯へ行く神経の損傷を経験します。
<第1章>でも述べましたが、カルシウムレベルを調節している副甲状腺の損傷の可能性もいくらかあります。副甲状腺の損傷により、唇のまわりや口、手、および足にしびれやちくちくした感覚が生じることがあります。筋肉の痙攣やれん縮、そして時には痙攣発作さえも起こることがあります。このようなことが起こったら、大量のビタミンDをカルシウム剤と一緒に与えて治療することになります。
最後に、どの手術でもそうですが、傷口が感染する危険性がわずかですがあります。甲状腺の手術はデリケートなもので、何をしているかがよくわかっている熟練した頭頚部外科医にかかるようにすることが大切です。もっと詳しい情報については、<第10章>をご覧ください。
手術の準備
癌が見付かったら直ちに、外科医は手術日を予約します。手術の約12時間前には病院の受け付けをすませる必要があります。この間に、病院のレジデント(専門医研修生、この場合は外科研修生)が来て、手術の手順を詳しく説明することになります。また、そのレジデントがアレルギーがあるかどうか、あるいは合併症を起こす可能性のある薬を飲んでいないかどうかを見るために、病歴を聞きます。レジデントは、あなたの質問や心配なことにもすべて答えてくれるはずです。病院は人が動かしています。そして、人は過ちをおかします。そのため、この時点で正しい処置のために予約がなされているか、そして自分が紹介された外科医と同じ医師が手術を行うのかをはっきりさせておくことが大切です。
最後に、レジデントが病院にあなたの手術許可を与えるための書類を渡し、署名するように言います。この書類は法律に基づいた文書です。署名をする前にかならず読んでください。この書類に関してわからないことがあれば、レジデントに説明してもらうようにしてください。レジデントが質問に答えられない場合は、答えられる人を捜してくることになります。質問に答えてもらうまで、署名してはなりません(この書式は州毎に、また国毎に様々に異なっています)。
それから、麻酔専門医(手術中に麻酔を行う専門医)が会いにくるでしょう。この麻酔専門医はある種の情報を確認するため、同じ質問をすることがあります。また、手術の手順についても詳しく説明しますが、手術の前12時間は絶食するように指示し、麻酔に伴うリスクについても簡単に説明します。また、麻酔で意識がなくなったり、麻酔から覚める時にどのようなことが起こるかも教えてくれます。この時点で、心配なことや質問があったら、かならずはっきり口に出して言うべきです。皆、気にかかることはそれぞれ違います。正しい質問とか、間違った質問とかはありません。ここでもう一度、正しい処置のために予約が入っているか、手術する医師が紹介を受けたのと同じ医師であるかなどはっきり確かめます。これは念を押すためです。
最後に、看護婦が来て、実際の麻酔が行われる前に、眠りを誘発するための静脈注射をします。朝は手術のために非常に早く起こされ、手術室まで運ばれます。
ここまでは、非常にふらついた感じで、何もかもが夢の中のように見え、半覚醒状態です。実際にとても眠く感じるので、心配事は頭から離れてしまっているでしょう。首と胸全体に消毒剤を塗られますが、皮肉なことにこれはヨードです。
それから麻酔専門医が麻酔剤の静脈注射を始め、100から逆に数を数えるように言います。90まで数えないうちに深い眠りに入ります。
目が覚めた時、2時間から5時間かかる手術を受けた後で、もとの部屋に戻っています。麻酔の後で吐き気がし、目が覚めてから最初の2〜3時間に吐いたりする人もいます。これは正常です。首は完全に包帯で被われており、包帯を巻いたところには何も感じません。これは、手術の間に神経の端が切断されたためです(元どおりになるまで数年かかります)。また、首にチューブが着いているのに気がつくでしょう。このチューブは首からの液を排出し、手術後に溜まる液をすべて吸い出すためのものです(これはどの手術でも行われることで、甲状腺切除術だけではありません)。それでは痛みはどうなのでしょう。信じようと信じまいと、静脈注射や吸引チューブの方が痛みよりも不快に感じるのです。これは神経の端が切断されたためで、おそらく少しばかり喉が痛いのですが、しびれたように感じるでしょう。それだけです。本当ですよ。また、痛み止めも投与されますが、これは一般の市販薬であることが多く、これも不快感を和らげてくれます。
どこの病院であれ、1日から4日入院することになるでしょう。そして、その後は自宅で1週間から3週間ほど静養します。形成外科のテクニックが傷口を閉じるのに使われますが、そのため傷痕はほとんど残らず、首の自然な皺に紛れてわからなくなることが多いのです。さらに、傷痕は非常に細いので、ネックレスで簡単に隠せます【図6.1】。2週間ほど自宅で過ごした後、糸を取ります。そして、針でさらに溜まった液を出すこともあります。それから、永久に甲状腺ホルモン剤を飲みようになります。ホルモンのバランスが取れるまで、普通は内分泌病専門医が薬の量をモニターすることになります。しかし、正しい量がわかるまで、甲状腺機能低下症になったり、亢進症になったりすることがあります。
【図6.1】甲状腺切除後
図6.1
放射性ヨード治療
第2期の癌があり、甲状腺全摘を受けた場合、手術の後の次のステップとして放射性ヨード治療があります。この治療の目的は、徹底的に殺してしまうことで、体のどこにも甲状腺癌が絶対確実に生じるチャンスがないようにするためのものです。
放射性ヨードは体内のすべての甲状腺細胞と組織を破壊し、したがって分化型甲状腺癌の細胞、または将来癌になる可能性のある正常な細胞をすべて破壊することになります(<第11章>で放射性ヨードについて詳しく説明しています。この治療が必要な人は、かならず読んでおくようにしてください)。
また、甲状腺切除手術がうまくいったかをチェックするため、もう一度甲状腺スキャン(<第5章>参照)を受けることになりますが、これは甲状腺組織がまだ体内に残っているのであれば、どれくらいかを確かめるものです。ここでも放射性ヨード(123-I)の“トレーサー(追跡子)”が使われます。普通は、この検査にはやや高い線量が必要になります。このフォローアップのためのスキャンを行った後、おそらく体のスキャンも必要になるでしょう。このスキャンでは、体全体の写真を画像装置が撮影し、甲状腺を超えて癌が広がっていないかを確かめます。
医師は甲状腺ホルモン剤を中止して、わざと甲状腺機能低下症の状態にして、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が血液中に放出されるようにします。TSHが正常な組織と癌組織の両方を刺激して、ヨードを取り込み易くします。そうすれば検査の精度がはるかに高くなります。最終的に甲状腺癌の治療として放射性ヨードが投与される時は、まったく同じことが行われます。
甲状腺癌に対する放射性ヨード治療は、もう少し程度がひどいものです。通常の線量は、100から150ミリキュリーの間です。これは大変多い線量です。そのような高線量(30ミリキュリーを超えるものは何であれ)になる理由は、甲状腺癌ではその目的が体全体の甲状腺癌組織をすべて殺すことにあるためです。これは、癌がどの程度進んでいるかによりますが、第2期の治療として行われるのみです。“取り残した”正常甲状腺組織、または残遺組織を破壊するのに、どれくらいの線量の放射性ヨードが必要かということについては、すべての甲状腺専門医の意見が一致しているわけではないことを頭に入れておくことが大切です。一部の人は29ミリキュリー程度の線量しか与えられませんが、北アメリカでは、これが入院せずに受けることができる最大線量です。
高線量(30ミリキュリーを超える線量)で治療した後、病院の個室に少なくとも2日間隔離されます。これは見舞い客がないということです。口が乾いて、首のところに圧痛がある以外は、不快なことはほとんどありません。そのような経験をしているということだけを考えると、明らかに不安や抑鬱を感じるかもしれませんが、そういうことから離れて、読書をしたり、テレビを見たり、あるいは家族や友達と電話で話したりして、病院で静かな時間を過ごすようにします。
病院のスタッフが食餌やタオルなどすべて運んでくれます。トイレの便座の上にちょうど“幼児用便器”のようにはまる特殊な容器の中に排尿する必要があります。病院のスタッフが定期的に部屋に入り、放出された放射能の量を測るため、ガイガーカウンターで尿をチェックします。他の人が被爆しても十分に“安全”な放射能レベルになれば、帰宅を許されます。<第11章>で概略を述べていますが、おそらくもう2日ほど経って放射線の半減期が相当減少するまで、予防処置をとるべきです。
約10日後、治療が効いたかを確かめるためにもう一度スキャンを受ける必要があるかもしれません。まず全部と言ってよいほど効いています。治療後の検査がすめば、普通は家で自由に過ごします。治療がうまく行かないのは、まれなケースのみです。
もちろん、放射性ヨードについても制約がいくらかありますが、甲状腺の検査や治療には非常に安全で、日常的に使われる方法であると考えられています。治療に抵抗し、治療せずに病気の進行を許せば、もっと危険な状態になります。おそらく、実際にもっと有害な毒素を毎日のように吸い込んでいるかと思われます。
本当のところ、チェルノブイリ原発事故で放射能に被爆するようなそんな危険なものでないことは確かです。
放射性ヨードが白血病や他のどのような種類の癌も起こすことはありません。さらに、不妊になったり、少なくとも治療後6ヶ月待って妊娠するようにすれば、奇形児が生まれる確率が増えるというようなこともありません。
それはそうとして、主治医のせいで電話口で助けを求める読者からどれだけの数の電話がかかってきたか、ちょっと言えないくらいです。普通、初期治療を担当する医師は放射性ヨードについて何もかも知っているわけではないのに、放射性ヨード治療が白血病や乳癌、卵巣機能不全、そしてありとあらゆる恐ろしい病気を挙げて、その原因になるとその人達に言ったのです。甲状腺専門医は誰でも、そんなことは全然ないというでしょう。私も同じ事を報告している研究をファイルしたものを持っています。この治療を受けた患者は、私も含めてですが、1950年代からずっと追跡検査を受けており、これらの癌の発生率は一般集団と同じです。主治医が違うことを言った場合は、その先生がただ新しい文献をちゃんと読んでいないだけです。初期の研究では、500ミリキュリーの放射性ヨードで治療を受けた患者1000人あたり5ケースの白血病が起こるであろうことが示唆されています。この線量はちょっと聞いたことのない量です。要するに、標準的な線量である100ミリキュリーの放射性ヨード治療を受けた後に白血病に罹りやすくなるということは、この治療の後に自動車事故に遭う確率が高くなるというのと同じような論理です。
しかし、本当のことは、一つの内分泌腺に癌ができたら、統計学的に乳癌のような他の内分泌腺の癌になり危険性が高くなるということですが、これは放射性ヨードとは何の関係もありませんし、すべては遺伝子と家族歴に関わりのあることです。
今現在、研究されているそれ以外の唯一のリスクは、放射性ヨードが唾液腺に及ぼす影響です。この治療を受けた後で唾液腺の炎症(唾液腺炎と呼ばれます)が起こるリスクが増加するようです。専門家は治療後にレモンをなめたりして唾液腺が働くように刺激を与えることを勧めております。
いろいろな面で、放射性ヨードは本当に“奇跡”の治療法です。もっと詳しい情報を得たい方は、核医学学会にお電話(番号212-889-0717)なさるか、この本の巻末に挙げた甲状腺協会の一つに連絡なさってください。
外部照射
甲状腺切除を受け、周辺のリンパ組織もとってしまった場合、一部の例で、外科医が放射線療法、または放射線の外部照射を受けるように言うことがあります。
これは治療列車の終着駅ですが、治療の中でいちばん不快な部分でもあります。
ここでも、外部照射の目的は、甲状腺癌がまた再発するという心配をしなくてよいように、徹底的に殺してしまうことです。
放射線療法としてはコバルト線か、レーザー光線治療(これはライナック治療の間違いと思います)のどちらかで治療されます(コバルト線の方が多く使われます)。X線治療でも抗ガン剤療法でもありません。したがって、どちらの治療でも、髪が抜けたりすることもなく、また化学療法に伴う吐き気やその他の副作用に悩まされることもありません<注釈:首に対して上方に15度の角度をつけて照射しますので、うなじの上は抜けます>。レーザー光線は癌が広がった首の部分だけをきわめて正確に照射することができます。この考え方は非常に単純なものです。レーザー光線はねらった細胞を刺激し、殺す一種のエネルギー線を放出します。細胞が癌性である場合、それも殺してしまいます。しかし、実際のプロセスはもうちょっと複雑になります。まず、放射線治療を専門とする放射線治療専門医に紹介されます(X線写真や診断用検査の読み取りを専門とする放射線科医と混同しないようにしてください)。放射線治療専門医は特殊な染料を首の正確な部位に点状に注入し、“刺青”を入れます。この点々は小さな青いそばかすのよう見えます。この染料は後でレーザー光線によって取り除かれますが、この刺青は放射線治療専門医があらかじめ定めた首の部分を区切ることで、照射目標をはっきりさせるために使われます。外部照射治療の線量は、他の部位の癌の投与量と比べて少ないです。甲状腺癌の通常の治療手順は、平日に毎日30秒の照射を1ヶ月間行います。例えば乳癌のある女性では、毎日10分間もの照射を6ヶ月間行うことがあります。これで照射線量がどれ程小さいものであるかお分かりになったと思います。
刺青を入れた後、2〜3日後に病院の地下にある放射線治療室に行くことになります。放射線治療室は、健康な人への被爆のリスクを最小限に止めるため、地下にあります。これは本当に安全対策のために過ぎないのですが、病院のいちばん底にある治療室に行くのは、非常に孤立し、憂うつに感じられることがあります。
そのために誰か力になってくれる人と一緒に行くことが大切で、そうすれば決して一人ではありません。
放射線治療室は実際に機械を操作するたくさんの放射線技師が配属されています。暗い部屋に入り、頭上に装置がある診察台のように見えるものの上に横たわります。この装置はレザー光線を発するものです。首のところだけを出して、鉛入りの毛布で被われます。それから、光線のスイッチが入れられます。
処置そのものは痛みがありませんが、その後はそうではありません。このことをあらかじめ知っていても、症状が和らぐわけではありませんが、もっとよく理解できることで、耐えやすくなると思われます。
治療の最初の週は、おそらくたいして異常を感じないでしょう。2週目までに、光線があたる区切られた部位がひどい日焼けをしたようになり、喉がとても痛くなります。ものを飲み込むの時にひどく痛むようになります。治療が進むに連れて、喉の圧痛がだんだんひどくなっていきます。また、治療の3週目または4週目までには、非常な疲れも感じるようになります、これはこの処置が身体的のみならず、精神的にも消耗するものだからです。
症状を和らげるためには、いつもアスパーガムを噛んでおくようにするのがいちばんよいようです。これは本当によく効きます。放射線治療専門医の中には、キシロカイン(英語ではザイロカインと発音します)のような局所麻酔剤を症状を和らげるために処方するひともいます。これは喉の感覚をすべてしびれさせるものです。味はとても悪く、そのため必ずしも効かないことがあります。日焼け様の症状を緩和するには、市販の日焼け止めクリームを使うか、担当の放射線治療専門医または放射線技師に何かよいものがないか尋ねてみるようにしてください。一般的に、赤ちゃんに安全に使えるおむつかぶれ用クリームや日焼け止めクリームが非常によく効きます。また、やわらかい食べ物の方がよいのは明らかです。食べ物をすべて受け付けない場合は、エンシュアと呼ばれる飲み物で生きることができます。これは薬店や病院内の薬局で売っている栄養食品のドリンクです。このドリンクは、ちょうど甘いミルクセーキのようで、味は様々なダイエットプログラムの食餌代わりのドリンクと似ています。
治療が終わったらすぐに、気分がよくなり始めるでしょう。その後、3ヶ月してからもう1回甲状腺スキャンを受ける必要があります。それで治療は終わり、癌も治っているはずです。
“C”のつく言葉への対処 <注釈:「C」はcancer(癌)の頭文字です>  
診断のいちばん難しい部分は、実際に癌があると知らせることです。何度も繰り返して、甲状腺癌は命に関わるものでなく、かならずと言ってよい程治るものだと保証されたとしても、まだ癌の症状がそこにあるのです。さらに悪いことには、ほとんどすべての自分の時間を他の人、特に家族や近い親族を安心させるために費やしている癌患者がよく見られることです。その人達を励まし終え、第三者のパニックを消散させる頃までに、自分自身のために使うエネルギーがほとんど残っていないという結果になります。憐れみも、もう一つの問題です。他の人達があなたの病気に不安を感じ、あなたの病気が自分達にどう影響するかとか、同じ境遇になることを恐れる場合は、その人達の反応は憐れむことです。この感情は「私はそうなりたくない」という特徴があります。誰も憐れみを受けるのが好きな人はいません。しかし、人が力になってあげようと思っている場合は、その人達の同情には、「もし私だったらどうやって治療してもらいたいだろう」という態度が垣間見えます。「他の人に何かしてあげよう」という考え方です。
パニックになったり、他の人の憐れみを避けるために何ができるでしょうか。まず、自分の病気を他の人に言う前に、その病気に関する情報をできる限り探し出すことです。情報を得たり、他の癌や甲状腺癌患者のネットワークにアクセスするには、アメリカ癌学会か、カナダ癌学会(電話帳に載っています)に電話してもよいし、あるいはアメリカ甲状腺協会か、カナダ甲状腺協会に連絡をとることもできます(巻末付録を参照) 。病院には普通、癌患者専門に働いているソーシャルワーカーや精神分析医、または心理療法士などがおります。主治医にこのような専門家の一人に紹介してくれるよう頼んでください。他の癌患者での経験を持つ人と話すことが大切です。そうすれば、自分が孤立していると感じなくてすみますし、先の見通しも立ちます。また、他の支援ネットワークに向かうこともできます。例えば、多くの会社や事業所が従業員に雇用者支援プログラムと呼ばれる無料プログラムを提供しています。この組織にアクセスすれば、雇用主の費用持ちで、いつでも都合のよい時に完全に信頼できる免許を持つ心理療法士と話すことができます。これらの診療の費用は前払いとなっており、このプログラムは雇用者への援助とサービスとして提供されているものです。自分の勤めている会社が雇用者支援プログラムを提供している場合は、このプログラムに関するパンフレットまたは会社の掲示板に800の数字がついたポスターがあるはずです。このプログラムが提供されているかどうか定かでない時は、会社の人事部長に尋ねてください。できれば、これをうまく利用してください。所属する宗教や団体にもよりますが、支援を行うソーシャルワーカーまたは心理療法士が常駐している財団法人化した社会奉仕団体もあります。
自分でいろいろ調べ、答えを集め、あるいは自分の癌について誰かに話した後で初めて、近しい人に自分の病気について話すだけの備えができるのです。
誰に話すか。
何を話すかということは、誰に話すかということと同じくらい大事なことです。
それが落ち着いて、自分自身のおびえが少し治まった時に病気のことを切り出す方がよい理由です。まず最初に、誰から先に話す必要があるかを決めなければなりません。
応援してくれる人に話すことが大切です。これをはっきりさせることは簡単なことではありません。診断が下された後、話さなければならない人のリストと話した方がよい人のリストを作ってください。違いがあるはずです。
例えば、扶養する子供や配偶者がいる場合は、彼らには話さなければなりません。一般的に、両親には話さなければなりません(疎遠になっていたり、非常に年を取っていてそのようなことを聞かせない方がよい場合を除いて)。一緒に住んでいたり、特に親密な関係にある人には話さなければなりません。友人や仕事仲間、および遠い親戚には話すべきでしょうが、絶対に話さなければならないというわけではありません。
それから、別の紙に自分が話したい人のリストを作ります。この範疇には本当の友達、または親友が含まれるのが普通ですが、時には親友が実際に家族であることもあります。配偶者、母親、父親、成人した子供(あなたが中年であればの話しですが)、叔母そしていとこなどです。でも、親友は家族以外の人である方が多いのです。このような場合、そういう人は大体において客観的であり、そのためより協力的なのです。
このリストが最優先のものとなります。話さなければならない人に話す前に、自分が話したい人に話すべきです。その人達が力になってくれるし、そのことが過去に証明されているために選んだ人なのです。彼らはあなたを元気付けてくれるでしょうし、そのことで、知らせなければならない人に話す力も湧いてきます。悪い知らせはよい知らせとは別のものです。よい知らせは世界中に叫びたいものですが、それは“話さなければならない”、“話すべき”、そして“話したい”人のリストに載っている名前が、悪い知らせを話す人のリストのものと大きく違っていることを意味します。
話したい人のリストに取り組む準備が整った時、かならず言葉を慎重に選ぶようにしてください。例えば、“私は癌になった”という代りに、“甲状腺の手術をしなければならなくなった”と言ってはどうでしょう。それから、徐々に手術の理由に入っていくのです。そうすれば、その情報が感情的というより、むしろもっと論理的に受け取られることになります。一般的に、他の人にパニックを起こさせないようにと考えると、自分をもっと不安にするだけです。心理療法士と役割分担を行なって、どのように相手に知らせるか練習することができます。あるいは、主治医との関係がもっとオープンなものであれば、自分の病気のことやいちばんよい知らせ方について医師と話し合うことができます。話したい人に話した後で、話さなければならない人に話す時に味方になってくれるよう頼むことができるでしょう。そうすれば、万一誰かがその知らせに取り乱した時に助けてもらえます。
話すべき人のリストへの対処としては、話さなければならない人のリストか、話したい人のリストのどちらかに載っている誰か別の人に話してもらうようにします。そうすれば、それほど近しい間柄ではないとか、自分でわざわざ話すほどでもないと思っている人にまで話さなければならないという重荷を負わなくてもよくなります。時に、近しい人があなたの病気のことを知ってしまえば、話すべき人のリストはどうでもよくなるかもしれません。普通、このリストに載っている人は礼儀上、または義理立てしなければならないという気持ちで話す相手です。
あなたが受けた診断について話すべき十分な理由がなければ、話さなくてもよいでしょう。仕事仲間や同僚に仕事を休むことを説明するには、ただ甲状腺の病気で医師にかかり、通常の検査をしてもらうと言っておけばよいでしょう。言うべきことはこれだけです。さもないと、うわさやゴシップが人から人へ伝わるような結果となります(残念なことですが、他人の不幸はいつも最高の“ゴシップ”と考えられます)。
誰にも知られたくない場合はどうでしょうか。状況にもよりますが、それもかまいません(ただ少なくともソーシャルワーカーには話した方がよいでしょう)。
年を取っていて、配偶者や大きな子供もない場合は、何も話す必要はないかもしれません。しかし、年が若く、結婚していたり、あるいは両親と住んでいる場合は、完全に秘密にしておくことは無理かもしれません。
私の経験から言いますと、甲状腺癌の治療を受けた患者は、ありとあらゆる角度からの甲状腺像を見る、まれな機会を持つことになります。様々な診断や治療法を経験するだけでなく、その後の甲状腺ホルモン剤のバランスをとる過程で、時に甲状腺機能亢進症や機能低下症にのどちらかが起こりうることもわかります。
このことで、甲状腺癌患者は特別に甲状腺に注意を向けるようになり、将来甲状腺がたどるあらゆる筋書きに対して、一種の心構えをさせることになります。経験によって多くの患者が健康上の危機に対処する技術を身につけますが、これはもっと後になってから生じるものと思われます。癌は、しばしばもっとも私たちが恐れるものですが、治せるタイプのものと取り組んでしまえば、他のもっと生命を脅かす可能性のあるものに対してもあまり恐れなくなります。
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