|
無顆粒球症の定義は、顆粒球数が500/mm3未満である。白血球の数は問わない。無顆粒球症単独である条件は、ヘマトクリットが30%以上、血小板が10万/mm3以上である。これは、再生不良性貧血との鑑別のためである。抗甲状腺薬による無顆粒球症の頻度は、メルカゾールで0.35%、PTUで0.45%である(1)。
現在は、白血球数および顆粒球数は、血球自動分析器により簡単に測定できる。ただ、そのような高価な機械は、大病院か検査センターにしかないのが現状であろう。抗甲状腺薬を服用中に発熱などの感染症を思わせる症状がでたら、白血球数だけでなく顆粒球数も測定することが必要になってくる。その場合には、昔ながらの血球計算板による顕微鏡での目算が必要になってくる。医学部学生の頃や研修医時代には、自分で白血球数や赤血球数を測ったものである。しかし、忙しい日常臨床の場では、自分で顆粒球数を数える時間などない。最近は、白血球数、赤血球数、血小板までは測定できる機械が、クリニックレベルでも揃っているところも増えてきた。検査センターに出しても、至急にすればその日のうちに結果は判明する。一般臨床医の先生は、このような対応でいいと思う。因みに、当院では簡単な白血球分画まで分かる機械を使っている。抗甲状腺薬を服用中の患者には、全例、白血球数と顆粒球数を測定している。しかし、この機械は高価なものではないので、白血球分画として保険請求はできない。保険請求できるのは大学病院や検査センターにある高価な機械で測った白血球分画である。それなら、実際どのようにしているかというと、簡単な機械で顆粒球数が1,000/mm3以下なら、検査技師が血球計算板による顕微鏡での目算で顆粒球数を測る。簡単な機械の値と大きく乖離したことは、いまだ一度も経験がない。しかし、ダブル・チェックの意味もあるので、血球測定器械で顆粒球数が少ない場合には必ず、人間の目で顆粒球数を測るようにしている。 |
抗甲状腺薬を中止するのは顆粒球数がいくつになったとき? |
|
抗甲状腺薬を中止するのは、顆粒球数が1,500/mm3未満になったときと書いている教科書もあるが、実地臨床では1,000/mm3未満でいいと思う。1,000/mm3未満を顆粒球減少症と定義したい。できれば、一般臨床医の先生は、この時点で甲状腺専門医に紹介することをお勧めします。1990年、Arch
Intern Med に発表した55例の抗甲状腺薬による無顆粒球症の報告(2)で、55例中9例で抗甲状腺薬を中止したときには、顆粒球減少症(940±340/mm3)であったが、数日後に無顆粒球症になった(270±160/mm3)。さらに、1997年、Thyroidに発表した報告(4)では、顆粒球減少症に対してG-CSF治療を行ったにもかかわらず、顆粒球減少症28例中3例で無顆粒球症に陥った。以上より、顆粒球減少症で抗甲状腺薬を中止後、顆粒球数が減少するタイプは無顆粒球症に準じた対策を取るべきである。当然のことながら、抗甲状腺薬を中止した後は、ヨウ化カリウムまたはルゴール(場合によってはベータ遮断剤も)を投与しておくことを忘れてはいけない。バセドウ病に対する治療を手術やアイソトープ治療に切り替えるために、甲状腺機能をできる限り正常に保つ必要があるからである。 |
|
抗甲状腺薬による顆粒球減少症または無顆粒球症と診断がついたら、一般臨床医の先生はこの時点で、甲状腺専門医に紹介することをお勧めします。紹介を受けた甲状腺専門医は、入院が必要かどうかを決断しなければならない。そのときに、威力を発揮するのが、G-CSF一回投与試験です。この試験について簡単に説明しますと、75μg(商品名:グラン、三共製薬)または100μg(商品名:ノイトロジン、中外製薬)のG-CSFを一回皮下注し、4時間後の顆粒球数が1,000/mm3を越えていれば、顆粒球数は自然に増えてきますので、入院の必要はなく、その後G-CSFを投与することもありません。もし、G-CSF皮下注して4時間後の顆粒球数が1,000/mm3未満なら、顆粒球数は抗甲状腺薬を中止しても減り続けますから、入院の上、感染症の治療を受ける必要があります(4)。G-CSF皮下注4時間後の顆粒球数に基づいた抗甲状腺薬による顆粒球減少症および無顆粒球症に対する治療戦略を【図1】に示します。これについては、治療のところで詳しく説明します。
抗甲状腺薬による無顆粒球症無顆粒球症は、ほとんどの場合、抗甲状腺薬の服用を開始して3ヶ月以内に起こるので、少なくともその期間は診察時に白血球数とできれば顆粒球数を測定することは、多くの甲状腺専門医も異論はないと思う。ここで気をつけなければいけないことは、バセドウ病患者は白血球数がもともと少ない人がいるということです。抗甲状腺薬で治療を開始する前の白血球数と顆粒球数は必ず調べておくことが重要です。もし、抗甲状腺薬治療を開始する前に血球数や顆粒球数が少ない場合でも、抗甲状腺薬の投与は通常通り開始して問題はありません。治療とともに白血球数、顆粒球数は正常に戻ることもあるし、変わらないこともありますが、治療前値より下がらなければ抗甲状腺薬を続けても大丈夫です。
抗甲状腺薬による無顆粒球症無顆粒球症は、症状がでてから白血球数、顆粒球数を測ればいいと主張する研究者もいます。その場合、無顆粒球症が重症化したら敗血症による多臓器不全で死亡する危険性があります。昨年暮れに、マスコミで抗甲状腺薬による無顆粒球症で7人が死亡したという報道がなされました。これは、氷山の一角で、実際にはもっと多くの人が抗甲状腺薬による無顆粒球症で亡くなられているのではないかと思っています。抗甲状腺薬を処方する場合、甲状腺専門医以外の先生は、副作用、特に無顆粒球症について患者にちゃんと説明しているでしょうか。忙しい外来で、そのような副作用の説明をする時間はないのが実状です。では、薬剤師は副作用について説明しているかというとかなり怪しいと思います。ここも、時間がないのです。早い話が、日本の医療制度の問題にまで遡ることになります。数でこなす医療ではなく、患者さんにきめ細かい医療ができるように医療制度自体を改革して欲しいものです。話が、脱線してしまいました。本論に戻りましょう。
我々は、1990年に抗甲状腺薬による無顆粒球症55 例をまとめてArch Intern Med誌に発表した(2)。これが、現在、抗甲状腺薬による無顆粒球症に関する英文で書かれたもので一番大きな規模の報告である。その後、症例数を70例に増やして1993年、日本内分泌学会誌に再度発表した(1)。この研究で分かったことは、今まで言われてきた発熱などの感染症状を伴って突然発症する典型型(19例、27.2%)は以外と少なく、ルーチン白血球測定で発見されたときには無症状で抗甲状腺薬中止後数日して感染症状のでる移行型(17例、24.3%)や抗甲状腺薬中止後もずっと症状のない無症状型(34例、48.5%)が多いことが分かった。いままでは、抗甲状腺薬による無顆粒球症は急激に発症する典型型であると教科書にも記載されており、白血球をルーチンに測定することは有用でないと言われていた。しかし、移行型で白血球を測定しないでそのまま抗甲状腺薬を投与しつづけ、症状の出たときに初めて白血球を測ると、あたかも典型型であるように思えることが今回の研究により分かった。無症状型では、早期に無顆粒球症を発見して抗甲状腺薬を中止し、適切な治療を行ったために症状が出なかったと考えたいが、control
studyをしていないので治療効果については不明である。しかしながら、この無症状型の症例を無顆粒球症と知らずに抗甲状腺薬を使用し続けると重症化して症状が出現してくることが予想される。又、今回我々が経験した抗甲状腺薬による無顆粒球症70例で1例の死亡例もなかったことは早期発見、早期治療によるところが大きいと思われた。以上より、抗甲状腺薬による無顆粒球症の早期発見にはルーチンの白血球測定の重要性を主張してきた。ただ、この意見に反対の立場を取る研究者も多い。
しかし、バセドウ病患者が年間1,000例以上新患で訪れるような野口病院、伊藤病院、隈病院のような甲状腺専門病院では、ルーチンに白血球測定を測定することで、無症状期の無顆粒球症を発見できることが実感できると思う。野口病院では、1975年から抗甲状腺薬を服用中の患者は全例、白血球をルーチンに調べており、1989年5月までは白血球数を自動血球測定装置(Sysmex
CC700、東亜)にて測定し4,000/mm3以下の場合スメアー顕鏡にて顆粒球数を測定し、1989年5月以降はSysmex
NE6000(東亜)にて、全例で白血球数と顆粒球数を測定している。ルーチンに白血球数を調べるようになって以来、野口病院では抗甲状腺薬による無顆粒球症で死亡した患者はいない。これは、ルーチンに白血球数を調べることで早期発見、早期治療が行われているからであると想像できる。このように、抗甲状腺薬による無顆粒球症はルーチンに白血球を測定することで無症状期に発見できる可能性があるので、抗甲状腺薬服用中の患者にはルーチンに白血球を測定することをお勧めする。 |
|
1993年に我々は、抗甲状腺薬による無顆粒球症77例のうち、無顆粒球症と診断された時点で白血球数3,000/mm3以上の症例が12例(15.6%)存在することを報告した(3)。このうちの10例では無顆粒球症が見つかったときには感染の症状もなかった。この10例の中には白血球数5,700/mm3と5,900/mm3の2例も含まれていた。白血球数3,000/mm3以上の抗甲状腺薬による無顆粒球症を“normal
WBC count agranulocytosis”という概念として取り扱うことを提唱した。この研究から、従来のように白血球数のみを調べていたのでは、“normal
WBC count agranulocytosis”を見逃し、重症化する可能性がある。抗甲状腺薬の投与を受けている患者に対しては、白血球数と共に顆粒球数もルーチンに測定する必要性を改めて痛感した。従って、我々は抗甲状腺薬の投与を受けている患者に対しては、白血球数と共に顆粒球数もルーチンに測定することをお勧めする。 |
|
|
これは、重要な問題です。入院日を発症日とした場合は、G-CSFの効果を云々するのが、難しくなります。すでに自然に回復してくる時期であったなら、あたかもG-CSFがすぐ効いたように思えるでしょう。我々の症例は大部分がルーチンの白血球、顆粒球測定で偶然に見つかった症例なので、顆粒球500/mm3未満と診断した日が発症日です。すなわち、移行型、無症状型は無顆粒球症と診断した日がイコール発症日です。典型型は症状が出た日を発症日とした。他院から紹介された症例の場合は、問い合わせて無顆粒球症と診断された日を初日とした。 |
|
抗甲状腺薬を服用している患者に対して、いつまでルーチンに白血球数、顆粒球数を測定すればいいか? |
|
野口病院院長・野口志郎先生が『抗甲状腺薬による無顆粒球症』(7)というタイトルで執筆された中で、野口病院で経験した1998年までの120例の無顆粒球症を詳細に調査したところ、「無顆粒球症の発症までの期間は2ヶ月以内が66%、2ヶ月以上〜12ヶ月以内が21%、1年以上が5%、不明が7%」と書いておられました。特に、服用開始して時間が経ってから無顆粒球症が発症している症例を詳細に調べると、途中で1〜2ヶ月間クスリを中止している症例が多いとのことでした。話は古くなりますが、1989年に第62回日本内分泌学会総会において、九大心療内科と隈病院の共同発表でメルカゾールによる無顆粒球症31例の検討を発表されています。その中で、メルカゾール投与開始して6ヶ月以上経って無顆粒球症を発症している症例が7例(22.6%)にものぼっています。これは、私信なのですが、隈病院・内科部長の深田修司先生のお話では、隈病院でも抗甲状腺薬の服用開始一年以上経ってから無顆粒球症を発症してくる症例は結構いるそうです。患者さんに何度も確認して、ちゃんと服用していた人も含まれますが、多くは服用が不規則で途中で1〜2ヶ月間クスリを中止している症例が多いというのが実状のようです。最近、メルカゾールを販売している中外製薬からの副作用情報で、「本剤投与中は定期的に血液検査を行い、異常が認められた場合は投与を中止するなど適切な処置を行うこと」という記載変更がありました。すなわち、抗甲状腺薬を服用している間は定期的に白血球数と顆粒球数を測ることを義務づけているわけです。以上から、言えることは基本的には、抗甲状腺薬による無顆粒球症は服用開始3ヶ月以内に起こることが多いが、抗甲状腺薬をちゃんと服用していない人が想像以上に多く、途中で1〜2ヶ月間クスリを中止している症例などは再投与の都度、無顆粒球症になる危険性があり、ただ単に長期間抗甲状腺薬を服用しているという理由で無顆粒球症が絶対に出ないという保証はないということです。すなわち、抗甲状腺薬を服用中の患者は、診察時には必ず、白血球数および顆粒球数を測定することが望ましいということです。患者の中には、クスリの服用が不規則であることを話してくれない人もいますから、医師の側が有効な対策を立てておく必要があります。 |
|