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ウィッカム(Whickham)研究の最新報告:スクリーニングで見つかった潜在性甲状腺機能低下症が20年後にはどうなっているか?
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

イギリスのウィッカム(Whickham)地方において住民検診が行われ、甲状腺疾患についての研究報告が1975年に発表された。ウィッカム地方に住む2779名の英国人が無作為に選ばれ、年令、性、職業別に経過を観察された。20年後に甲状腺疾患について、研究結果が分析された(Clin Endocrinol 1995; 43: 55-68)。20年後も生存している1,877名のうち96%は経過を追跡できた。91%は甲状腺の検査を受けた。その結果から以下のことが分かった。
  • 年令が進むにつれて、甲状腺機能低下症の頻度が高くなった。
  • 甲状腺機能亢進症の頻度は、年令とともに増えるわけではない。
  • 甲状腺腫の頻度は年令とともに減少した。今回の研究では女性で甲状腺腫の頻度は10%、男性で2%であった。20年前は女性で23%、男性で5%であった。
  • 女性では、抗甲状腺抗体と甲状腺腫の間に関連がみられた。
  • 女性、男性とも、1975年の時点において抗甲状腺抗体(MCHA:マイクロゾーム抗体)が陰性で、血清TSHが高い人は経過観察中に甲状腺機能低下症になりやすい。
  • 女性、男性とも、1975年の時点において血清TSHが正常で、抗甲状腺抗体(MCHA)が陽性である人は経過観察中に甲状腺機能低下症になりやすい。
  • 女性、男性とも、1975年の時点において抗甲状腺抗体(MCHA)が陽性で、血清TSHが高い人は経過観察中に甲状腺機能低下症になりやすい。
  • 1975年の時点で血清TSHが2mU/L以上の人は、経過観察中に甲状腺機能低下症になりやすい。特に、抗甲状腺抗体(MCHA)が陽性の場合には、さらに経過観察中に甲状腺機能低下症になりやすい。
今回、紹介する論文は少し古いものですが、「血清TSHが2mU/L以上の人は、20年後に甲状腺機能低下症になりやすい。特に、抗甲状腺抗体(MCHA)が陽性の場合には、さらに経過観察中に甲状腺機能低下症になりやすい」という結注目に値すると思い、紹介しました。

ウィッカム(Whickham)研究は、現在存在する論文の中で、スクリーニングで発見された潜在性甲状腺機能低下症患者がどれくらいの頻度で顕性甲状腺機能低下症に進展するのかについての最も信頼おけるものである。ウィッカム研究では、血清TSH6mU/L以上を潜在性甲状腺機能低下症と定義している。血清TSH6mU/L以上を示す女性の2/3が抗甲状腺抗体(MCHA)を持っていた。20年間の観察中に、血清TSH6mU/L以上で抗甲状腺抗体(MCHA)陽性の女性の55%が顕性甲状腺機能低下症に進展した。これらの女性の25%は最初から血清TSH10mU/L以上であった。血清TSH10mU/L以上で抗甲状腺抗体(MCHA)陽性の女性が顕性甲状腺機能低下症に進展する危険率は90%である。

ウィッカム研究では、抗甲状腺抗体(MCHA)陽性を3群に分けている:弱陽性100倍〜200倍、中等度陽性 400倍〜800倍、強陽性800倍以上。この場合の抗体検査は、2倍希釈で行っている。現在は、4倍希釈である。すなわち、100倍未満、100倍、400倍、1,600倍、6,400倍、25,600倍、102,400倍、…となるわけである。しかし、陽性は100倍以上だから、現在と同じである。現在の感覚でいくと、800倍でも弱陽性から中等度陽性と受け取れる。この話は、ウィッカム研究のものであるので、彼らの定義に従うのが妥当であろう。抗甲状腺抗体(MCHA)のみで、20年後の甲状腺機能低下症の発症頻度を比較している。20年の経過観察中に甲状腺機能低下症になる頻度は、1975年の時点で抗甲状腺抗体(MCHA)陰性の場合4%、抗甲状腺抗体(MCHA)弱陽性の場合23%、抗甲状腺抗体(MCHA)中等度陽性の場合33%、抗甲状腺抗体(MCHA)強陽性の場合53%である。

日本に目を向けますと、伊藤病院すみれ病院の共同研究で慢性甲状腺炎(橋本病)の予後に関する研究を行なっています。その結果を紹介します。甲状腺腫が硬くて、抗甲状腺抗体が高い(サイロイドテスト[TGHA]6,400倍以上、マイクロゾームテスト[MCHA]25,600倍以上)患者さんは、将来甲状腺機能低下症に陥りやすいということが判明しました。この3つ(甲状腺腫が硬い、サイロイドテスト6,400倍以上、マイクロゾームテスト25,600倍以上)を甲状腺機能低下症になりやすい因子(因子と略します)としますと、甲状腺機能正常の橋本病患者さんが10年後に機能低下症になる確率は、以下のようになります。
  • 因子を3つ持っている場合:90%%以上
  • 因子を2持っている場合:約60%
  • 因子を1つ持っている場合:約20%
  • 因子がない場合:約5%

今回のウィッカム(Whickham)研究の最新報告で分かったことですが、血清TSHが2mU/L 以上の人は、20年後に甲状腺機能低下症になりやすく、特に、抗甲状腺抗体(MCHA)が陽性の場合には、さらに経過観察中に甲状腺機能低下症になりやすいという結果は、注目に値します。何故かというと、日常の診療でも通常、抗甲状腺抗体陰性で甲状腺腫がなければ、血清TSH2mU/L〜正常上限までだと、患者さんには「心配ありません」と説明します。血清TSHの正常値は、測定法にもよりますが、大体0.4〜4.0mU/Lあたりが妥当なところではないでしょうか。患者さんへの説明はこれでいいのか、問題ないのか悩んでしまう結果です。

最近、アメリカではTSHの正常値を0.4〜2.5mU/Lに変更する傾向にあります。TSHを測定している施設では、抗甲状腺抗体陰性、現在および過去においても甲状腺機能正常、甲状腺疾患の家族歴が無く、甲状腺腫がなく、薬物服用のない健常人最低120人を対象としてTSHを測定し、正常値を出すように勧めています。わたしも、その条件に該当する366人のTSHを調べました。日本では、ヨード摂取が多いためかアメリカとは正常値が違うようです。結論として、新しいTSH正常値は0.51〜3.35mU/Lになりました。それまでの当院のTSH正常値は0.3〜3.5mU/Lでした(この正常値は、甲状腺ホルモン測定機械を作っている会社の勧める正常値です)。従って、正常値の範囲が少し狭くなりました。ウィッカム(Whickham)研究の結果をそのまま使えませんが、TSH3mU/L以上の症例は、20年後に甲状腺機能低下症になりやすいのかもしれません。ただ、このTSH3mU/L以上という値には、何の科学的根拠はありません。ただ、ウィッカム(Whickham)研究の結果から、日本ならそれくらいではないかと考えたわけです。日本でも、ウィッカム(Whickham)研究のような地道な研究が必要だと思います。日本は、文化的にも他国と異質であると同様にヨード摂取においても特異な国です。ヨード摂取が異常に多い国です。そのために、血清TSHに与える影響もかなりあることが想像できます。日本人独自の研究が必須です。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 今回は、有名なウィッカム研究を紹介しました。20年後に分かった結果は、臨床的にも大変有用なものです。潜在性甲状腺機能低下症が20年後に、顕性甲状腺機能低下症になりやすいとか、抗甲状腺抗体陽性者が20年後に、顕性甲状腺機能低下症になりやすいということは、今まで想像していたことを確認したに過ぎないものです。しかし、血清TSHが2mU/L以上の人は、20年後に甲状腺機能低下症になりやすく、特に、抗甲状腺抗体(MCHA)が陽性の場合には、さらに経過観察中に甲状腺機能低下症になりやすいという結果は、ショッキングな結果でした。果たして、日本では、血清TSHが2mU/L以上云々という話がそのまま通用するのかどうか、疑問です。まず、ヨード摂取量の違いがあります。この情報でも書きましたが、日本人のTSHの正常値は、欧米のそれと異なる可能性があります。ですから、現在、アメリカでTSHの正常値を0.4〜2.5mU/Lに変更する動きが出ていますが、日本としては独自のTSH正常値を出すべきだと思います。でないと、多くの人が潜在性甲状腺機能低下症になってしまいます。

今回の公開に関連した以下のページを参考にしてください。
臨床ガイドライン(Part-1)甲状腺疾患のスクリーニング
臨床ガイドライン(Part-2)甲状腺疾患のスクリーニング:最新情報
実地臨床:潜在性甲状腺機能低下症
潜在性甲状腺機能低下症は想像以上に多い
潜在性甲状腺機能低下症の治療は、ほとんどの場合、不必要である
潜在性甲状腺機能低下症は軽度の甲状腺機能不全であり、治療すべきである
アメリカ一般国民におけるTSH、T4、甲状腺自己抗体(1994-1998):NHANES 3
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