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[046]
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疾患のメカニズム:甲状腺疾患におけるTSHレセプター[総説]
Ralf Paschke, M.D., and Marian Ludgate, Ph.D.
N Engl J Med 337: 1675-1681, 1997

甲状腺の発育と機能はTSHレセプター<注釈:レセプターは受容体とも言われ、TSHを鍵とすれば、受容体は鍵穴のようなものである>の活性化を介してTSHによりコントロールされている(1)。このレセプターはG蛋白共役型レセプターに属している。このリガンド(レセプターに結合する蛋白)には非常な多様性があるにもかかわらず、このG蛋白共役型レセプターには共通の分子構造がある。7個の膜貫通セグメント、3個の細胞外ループ、3個の細胞内ループ、細胞外アミノ基端、および細胞質内カルボキシル基端である【図1】。TSHレセプターは糖タンパクホルモンレセプターでもあり、特異的結合のための特に長いアミノ基端領域が細胞外にあるのが特徴である(1,21)

TSHレセプターは14番目の染色体上に58キロベースにわたって広がる10個のエクソン<注釈:DNAからメッセンジャーRNAが読みとる部分。その読みとった情報から蛋白が作られる>によりコード化されている。大きな細胞外領域は最初の9個のエクソンでコード化されており、膜貫通セグメントは10番目のエクソンでコード化されている。レセプターのスプライシング<注釈:エクソン同士が結合すること>変異の数は記載されているが、その病理生理学的重要性は不明である(1,21,22)

TSHレセプターは刺激性グアニン−ヌクレオチド結合蛋白のαサブユニット(Gs α)<注釈:G蛋白の一部>と好んで共役するが、この蛋白はアデニレートシクラーゼを活性化し、環状AMP(c-AMP)を増加させる。もっと高いTSH濃度では、レセプターがグアニン−ヌクレオチド結合蛋白αのqサブユニットとも結合し、その結果、ホスホリパーゼCの活性化が起こる。最近、レセプターが他のG蛋白族と共役する可能性を持つ証拠が見出されている(23)。さらに、インスリン様成長因子I、表皮成長因子、分化成長因子β、血小板由来成長因子、線維芽細胞成長因子およびサイトカインなど、主に蛋白チロシンキナーゼ情報伝達経路によって作用するものが甲状腺上皮細胞の成長と分化を促している(1)

甲状腺の成長と機能のどちらもc-AMPによって刺激される(1,24)。この第2のメッセンジャーがサイログロブリン(Tg)と甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)遺伝子の発現を間接的に調節している。そのプロモーター(促進因子)は転写ファクター(TTF1、TTF2)およびPAX8に対する結合部位を持っている(25)。その結果、c-AMP経路の継続的刺激が起こり、甲状腺機能亢進症と甲状腺過形成を引き起こすのである【図2】。この一番わかりやすい例がバセドウ病やトランスジェニックマウスである。バセドウ病では自己抗体(TSHレセプター抗体)がTSHの作用を模倣し(26)、トランスジェニックマウスでは甲状腺にA2アデノシンレセプターを発現する(27)

したがって、1個の甲状腺上皮細胞に起きた体細胞突然変異<注釈:突然変異には、生殖細胞系列遺伝子変異と体細胞突然変異がある。生殖細胞系列遺伝子変異とは、生殖細胞での遺伝子変異を指すものである。受精直後の細胞に変異が生じれば、その後、細胞が分裂してできた個体すべての細胞に同一の変異を持ってる。その個体の生殖細胞を調べることはすでに細胞がたくさん分裂した後ですので、実際には不可能である。したがって、生殖細胞系列由来の細胞(一般的には白血球、口腔内上皮など)を調べることにより、生殖細胞系列遺伝子変異の有無を調べたことにしているわけである。しかしそれは白血球や口腔内上皮などに遺伝子変異をおこすような異常をもっていないことが大前提で、白血病など後天的に染色体転座や変異がおこったときには、白血球を調べて変異があってももそれは生殖細胞系列遺伝子変異ではないかもしれない。一方、体細胞突然変異とは、生殖細胞系列遺伝子変異と異なり、個体の臓器や器官が形成された後に、ある細胞に遺伝子変異が後天的に生じ、それが腫瘍内に認められるもの。この場合、腫瘍に存在する変異は、生殖細胞系列の遺伝子を調べても同一のものは認められない>がc-AMP経路の慢性的刺激を引き起こすとすれば、その細胞は成長促進を獲得し、それによりクローン拡大が起こるであろう。そして、それが自律的に機能する甲状腺腺腫となり、最終的に甲状腺機能亢進症となるであろう。反対に、TSHレセプターをブロックする自己抗体、あるいは欠陥TSHレセプターによってこの一連の反応が妨げられると、甲状腺機能低下症となる。近年、TSHレセプターの変化とそれをコントロールする調節回路が、甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の両方で確認されている。

自律的機能性甲状腺腺腫
十分なヨードのある地域では、バセドウ病による甲状腺機能亢進症が自律的機能性甲状腺腺腫により引き起こされる甲状腺機能亢進症の50倍の発生率となっている(29)。反対に、ヨード欠乏地域では甲状腺機能亢進症の原因が異なっている。例えば、東ユトランド(デンマーク)では、バセドウ病が原因の甲状腺機能亢進症は患者の39%であり、自律的機能性甲状腺腺腫によるものは10%、中毒性多結節性甲状腺腫によるものが48%である(29)。したがってヨード欠乏が自律的機能性甲状腺腫の発症を促進しているように思われる。

これらの腺腫は甲状腺ホルモンを自律的に合成し、分泌する。そのためTSHの分泌が抑制され、結節外の組織は休止状態となる。甲状腺の核医学画像上では、TSH刺激が抑制されている結節周囲の甲状腺組織と比べ、腺腫が過機能状態(ホット)になっている。ヨード摂取量や成長の潜在的能力、およびその他の要因にもよるが、甲状腺機能亢進症を起こすのに十分なほど腺腫が大きくなるまでに、何ヶ月もあるいは何十年もかかる場合がある(30)

甲状腺内に自律性をもつ組織と休止中の組織が共存することから、自律的機能性甲状腺腺腫の原因として固有の欠陥があることが示唆されている。この推測は、細胞培養やヌードマウスに移植した後も腺腫の過活動状態が消えないことから裏付けられている(31)。さらに、腺腫のTSH依存性成長が甲状腺機能亢進症と同時に起こることから、c-AMP伝達系の慢性的活性化が示唆されている【図2】。c-AMP伝達系遺伝子内の体細胞突然変異がこの伝達系の構成的活性化(刺激リガンドのない活性化)につながることが、脳下垂体成長ホルモン産生腺腫のGs α(刺激性グアニン−ヌクレオチド結合蛋白のαサブユニット)で最初に見つかった(32)。それに続き、Gs α変異が自律的機能性甲状腺腺腫の12〜38%に見つかった(33)

G蛋白共役レセプターは、レセプター活性化に関わる膜通過領域に広範な相同性<注釈:アミノ酸配列が似ていること>を有している。これは他のG蛋白共役レセプターであるα1b-アドレナリン作動性レセプターに伴なう部位指向性変異生成の研究で証明された(34)。したがって、自律的機能性甲状腺腺腫での体細胞突然変異に対しては、TSHレセプター遺伝子の同じ領域をスクリーニングすることが理にかなっていると思われる。最初の突然変異はTSHレセプターの3番目の細胞内ループで確認された(2)【図1】が、他の領域での突然変異もそれに続いて確認された(2-4)。遺伝子異常のある患者の一部は臨床的に甲状腺機能正常状態であったが、ほとんどは甲状腺機能亢進症であった。今日まで、TSHレセプターに構成的作用(リガンドと関係ない機能異常)を及ぼす21のアミノ酸残基内に28個の置換が確認されている(家族性または散発性の先天性非自己免疫性甲状腺機能亢進症に見つかるものも含めて)【図1】。これらの突然変異の機能をCOS細胞に組み換え構成分を導入して評価した際に、すべて突然変異タイプのレセプターにより誘発されるTSH非依存性c-AMP産生が増加した(1-12)。構成的に活性化する突然変異も思春期早発症の男児の黄体形成ホルモンレセプター(35)、ヤンセンの骨端軟骨異形成症患者の副甲状腺ホルモンレセプター(36)、および下垂体切除を受けた持続性精子形成のある男性の卵胞刺激ホルモンレセプター(37)に対する遺伝子内に確認された。このため、G蛋白共役レセプター内の構成的活性化突然変異も、内分泌学の新たな病理生理学的実体として浮かび上がってきている。

自律的機能性甲状腺腺腫内のTSHレセプター遺伝子の突然変異発生率は、使用した検知方法の感度(1本鎖コンフォメーション多型性に関する分析に比べて直接塩基配列決定法の感度が高い)や突然変異のスクリーニング領域の範囲、調べた組織の質(凍結組織よりもパラフィン埋入組織から抽出された分断DNAの方が突然変異を見つけにくい)、そして組織サンプリングのタイプ(外科的に採取された標本対穿刺吸引生険で採取された標本)によって様々に異なる。さらに、遺伝的背景やヨード摂取量のような他のファクターが腺腫のTSHレセプター遺伝子突然変異発生率に影響している可能性がある。TSHレセプター遺伝子での突然変異発生率が低い(0または8%)と報告している研究(10,38)ではエクソン10の一部分だけを調べたのに対し、頻度が高い(48〜80%)と報告した研究(4,12,13,39)ではエクソン10のほぼすべての塩基配列決定を行なっていた。44例の腺腫でエクソン10すべての塩基配列決定を行なった研究では、突然変異発生率は20%であった(40)。しかし、同じ研究でGs α(刺激性グアニン−ヌクレオチド結合蛋白のαサブユニット)の突然変異が腺腫の24%に見つかった<注釈:2つを足すと44%になる>。他の2つの研究では、TSHレセプターのエクソン10の突然変異発生率が高く(70%と48%)、Gs αの突然変異発生率は低かった(それぞれ0%と4%)(12,13)。c-AMP伝達系の構成的活性化につながる突然変異が相当な割合(48〜70%)で自律的機能性甲状腺腺腫の原因となっているようである。

それぞれ2個の機能性結節を有する6名の中毒性多結節性甲状腺腫患者で、12個の機能性結節中5個にTSHレセプター遺伝子の突然変異が見つかった(8)。さらに、甲状腺腫誘発性にc-AMP非依存性経路が関わっていることがうかがわれ(24)、中毒性多結節性甲状腺腫の異型疾患では作用が異なっていることや病理学的メカニズムが一部重なり合っていることが示唆されている。

分化型甲状腺癌
良性の機能性甲状腺腺腫で、c-AMP伝達系により腫瘍誘発の可能性が証明されたことで分化型甲状腺癌でのこの伝達系の役割について研究がなされた。2つの研究(41,42)で、61個の癌のうち7個にGs αの突然変異が見つかった。他の2つの研究では、44個の癌のうち5個でTSHレセプター遺伝子に構成的活性化突然変異が見出された(19,20)。どの腫瘍にもGs αの突然変異は見つからなかった。これらの腫瘍で見出されたTSHレセプター遺伝子の突然変異は、すべて自律的機能性腺腫にすでに見出されていたものであった【図1】。さらに、1名の患者では体細胞突然変異を伴なう甲状腺癌のため、甲状腺機能亢進症を起こすに足るほどの甲状腺ホルモン産生が起きていた(20)

甲状腺内でのc-MPの構成的活性化は甲状腺細胞の進行性の増殖につながるが、その一方で細胞の分化度は保たれているのが普通である(24)。しかし、Gs αの突然変異を伴なう甲状腺癌はヨードを取り込まず(19)、第2の脱分化的変化が起きていることが示唆されている。甲状腺癌誘発性のマルチステップモデルに一致して、分化型甲状腺癌で活性化ras遺伝子<注釈:癌遺伝子のひとつ>と共にGs αまたはTSHレセプター遺伝子の突然変異が存在することが証明されている(19)。したがってrasとGs αまたはTSHレセプター遺伝子の突然変異の両方が相乗しあって一部の分化型甲状腺癌で腫瘍発現型を生じている可能性がある。しかし、分化型甲状腺癌ではTSHレセプター遺伝子またはGs αの突然変異はまれであり、c-AMP伝達系の慢性的活性化がさらに遺伝子の損傷を増す可能性は少ない。これは甲状腺内のアデノシンA2レセプターの異所性発現(27)またはGs α突然変異(43)によるc-AMP伝達系の慢性刺激を伴なったトランスジェニックマウスの自律的機能性甲状腺腺腫やバセドウ病、および良性の中毒性甲状腺腫大では悪性転化がまれであることからも示唆されている。

常染色体優性遺伝非自己免疫性甲状腺機能亢進症におけるTSHレセプターの生殖細胞系列遺伝子変異
バセドウ病による甲状腺機能亢進症が家族内に頻発することはよく知られた現象である。常染色体優性遺伝の非自己免疫性甲状腺機能亢進症は15年前に記述されている(44)。TSHレセプター遺伝子とGs αの体細胞突然変異が自律的機能性甲状腺腺腫で証明されてから、非自己免疫性甲状腺機能亢進症を持つ家族に対し、TSHレセプター遺伝子の生殖細胞系列遺伝子変異<注釈:突然変異には、生殖細胞系列遺伝子変異と体細胞突然変異がある。生殖細胞系列遺伝子変異とは、生殖細胞での遺伝子変異を指すものである。受精直後の細胞に変異が生じれば、その後、細胞が分裂してできた個体すべての細胞に同一の変異を持ってる。その個体の生殖細胞を調べることはすでに細胞がたくさん分裂した後ですので、実際には不可能である。したがって、生殖細胞系列由来の細胞(一般的には白血球、口腔内上皮など)を調べることにより、生殖細胞系列遺伝子変異の有無を調べたことにしているわけである。しかしそれは白血球や口腔内上皮などに遺伝子変異をおこすような異常をもっていないことが大前提で、白血病など後天的に染色体転座や変異がおこったときには、白血球を調べて変異があってももそれは生殖細胞系列遺伝子変異ではないかもしれない。一方、体細胞突然変異とは、生殖細胞系列遺伝子変異と異なり、個体の臓器や器官が形成された後に、ある細胞に遺伝子変異が後天的に生じ、それが腫瘍内に認められるもの。この場合、腫瘍に存在する変異は、生殖細胞系列の遺伝子を調べても同一のものは認められない>について再評価が行なわれた。

遺伝性の非自己免疫性甲状腺機能亢進症のある2つの家族で、生殖細胞TSHレセプター遺伝子の塩基配列決定がなされ、それにより構成的に活性化するヘテロ接合性生殖細胞系列遺伝子変異が見つかった(45)。これら2つの生殖細胞系列遺伝子変異のin vitroでの機能的特徴は、自律的機能性甲状腺腺腫(1)ですでに記載されている特徴と同様のものであり、罹患患者の甲状腺腫大と甲状腺機能亢進症はこれにより説明できる。

その後、生殖細胞TSHレセプターに異なった突然変異がある家族が他に6家族見つかった(7,9,11,46)。これらの患者には、甲状腺眼症や前脛部粘液水腫、あるいは甲状腺のリンパ球浸潤のようなバセドウ病による甲状腺機能亢進症の臨床症状がないばかりでなく、どのような甲状腺自己抗体もなかった。ほとんどの患者で甲状腺が腫大していた。甲状腺機能亢進症は新生児から大人までどの時期にも起こりうる。発症時の年齢にこのようなばらつきがあるのは、おそらく遺伝的コンポーネントとヨード摂取量や食餌性甲状腺腫誘発物質などの外的ファクターによるものと思われる。これらの患者に対しては甲状腺組織を完全に破壊する治療(手術または放射性ヨード)が必要である。その理由は多数の家族で甲状腺亜全摘後、甲状腺機能亢進症が再発し、結果的に2次的な手術または放射性ヨード治療を行なわねばならないことが報告されているからである。

生殖細胞系列遺伝子変異は遺伝することもあり、あるいは自然に起こることもある。散発性先天性甲状腺機能亢進症に罹った4名の乳児で、TSHレセプター遺伝子の生殖細胞系列遺伝子変異が確認された(9,14,17,47)。4名の乳児全員が甲状腺抗体陰性で、重症の持続性甲状腺機能亢進症に罹っていた。全ケースで、両親は甲状腺正常状態であり、TSHレセプター遺伝子の生殖細胞系列遺伝子変異やバセドウ病はなかった。したがって、これらの患者は散発性先天性非自己免疫性常染色体優性甲状腺機能亢進症患者であると分類された。4名の患者のうち2名は、抗甲状腺剤で治療中も甲状腺機能亢進症が続き、急速に腫大する甲状腺腫があったために甲状腺切除術で治療を行なった(17,47)

【図1】に示すように、自律的機能性甲状腺腺腫患者の体細胞突然変異や常染色体優性遺伝非自己免疫性甲状腺機能亢進症患者の生殖細胞系突然変異のどちらとしても数多くの突然変異がTSHレセプター遺伝子に見つかっている。これは共通の病理性理学的メカニズムを確信させる証拠である。さらに、散発性非自己免疫性甲状腺機能亢進症が、結局は遺伝性疾患になることがある。ごく早期に甲状腺機能亢進症の発病が、先天性非自己免疫性甲状腺機能亢進症の子供を持つ2名の女性で報告されている(12,46)

TSHレセプター遺伝子での様々な突然変異がc-AMP伝達系の異なった活動を生じるかどうかについての疑問には、主に11個の突然変異についてin vitroの研究で取り組んでいる(1)。突然変異の基本的活動は様々に異なっている。ほとんどの突然変異はc-AMP伝達系のみで活性化されるが、5個(I486M、A623I、I568T、T632I、およびI486F)<注釈:例えば、最初のI486Mは486番目のアミノ酸イソロイシンがメチオニンに置換されていることを示す>はホスホリパーゼC依存性伝達系でも活性化される。しかし、体細胞突然変異と生殖細胞系突然変異のin vitroでの活動は同じであり、ホット結節に異なった突然変異のある患者または生殖細胞系突然変異のある家族で発現型の違いはない。

それにもかかわらず、TSHレセプター遺伝子に生殖細胞系突然変異のある患者の臨床的特徴に基づいて何らかの予備診断および治療の結果を導き出すことができる。複数のメンバーが非自己免疫性甲状腺機能亢進症に罹っている家族、および散発性先天性甲状腺機能亢進症に罹っており、自己免疫疾患の証拠がない人では、TSHレセプター遺伝子の突然変異を捜すことが適応となる。突然変異の確認のみが確定診断につながるのである。生殖細胞系突然変異のある患者は早期に甲状腺をできる限り取ることで永久的に甲状腺機能亢進症をコントロールし、再発を防ぐ治療を行なうべきである。

TSH抵抗性
非自己免疫性先天性甲状腺機能亢進症患者に関する数件の報告で、TSHに対する甲状腺の抵抗性を持つ症候群があることが示唆されている(48-50)。罹患患者全員の甲状腺サイズは正常であったが、生物学的に活性のあるTSHの血清濃度が高かった。1名の患者では甲状腺内にサイログロブリンがなく、別の患者では甲状腺の放射性ヨード取り込みが減少していた。これは甲状腺特異性蛋白の減少と甲状腺上皮細胞の分化障害の原因としてのc-AMP伝達システムの障害と一致している【図2】。in vitroとin vivoの両方でTSH無反応性が実証されたことから、TSHレセプター(受容体)−アデニレートシクラーゼ系に異常があるという推定をさらに裏付ける証拠が得られた(49,50)。TSH抵抗性は生物学的に活性のあるTSHに対する甲状腺の反応性減少または無反応性と定義することができる。これはTSHレセプター自身の欠陥またはTSHレセプターから細胞へのシグナル伝達に関わる機構の欠陥によって引き起こされうるものである。ヘテロ接合性の自律的機能性甲状腺腺腫でのTSHレセプター遺伝子の優性機能亢進突然変異(1個だけの突然変異した対立遺伝子)<注釈:両親から一つずつの対立遺伝子を受け継ぐ>とは対照的に、機能喪失突然変異では突然変異した対立遺伝子の産生が正常TSHレセプターの対立遺伝子発現を妨げないならば、機能喪失突然変異が発現するためにはおそらく両方の対立遺伝子が必要なのではないかと思われる。この仮説を裏付けるように、TSHレセプター遺伝子での最初の機能喪失性点突然変異が甲状腺機能低下症(hyt/hyt)マウスで確認されたが、どちらの対立遺伝子も突然変異を起こしていた(51)

正常甲状腺機能状態であり、正常な血清甲状腺ホルモン濃度を有しているが、血清TSH濃度が高い3名の兄弟で、ヒトでのTSH抵抗性が分子レベルで最近確認された。3名の患者全員が複合へテロ接合体であり、それぞれが各TSHレセプター対立遺伝子に点突然変異を有していた。ヘテロ接合性の両親には症状がなかった。父親の対立遺伝子(Ile167Ala)は完全にTSHにより活性化される能力を失っていたが、母親の対立遺伝子(Pro162Ala)はこのホルモンに対する感受性が減少しているだけであった(52)。その後、他の家族でも6名にTSH抵抗性のある者がいることが確認された(15,18,53,54)。発端者の大部分は新生児スクリーニング時の血液中のTSH濃度増加をきっかけに見つけられた。しかし、先天性甲状腺機能低下症のある患者とは対照的に、ほぼ全員が正常な血清甲状腺ホルモン濃度を有していた(15)。彼等の甲状腺のサイズは正常であり、甲状腺の腫大が見られた患者は1名に過ぎなかった(18)。しかし、TSHに無反応で甲状腺の腫大のない先天性甲状腺機能低下症患者3名ではTSH レセプター遺伝子に突然変異が見つからなかった(55)。したがって、他の遺伝子の欠陥またはTSHレセプターの翼領域の欠陥もTSH抵抗性の原因となっている可能性がある。

TSHレセプターと自己免疫
非自己免疫性甲状腺機能亢進症や非自己免疫性甲状腺機能低下症での役割に加え、TSHレセプターには自己抗原性もある。しかし、このケースではレセプターは傍観者であるように見える。なぜなら、もともとバセドウ病患者に関連があるものと考えられていたレセプター内の突然変異が普通の家系や血縁関係のない正常な人にも見つかっているからである。

TSHレセプターは甲状腺刺激抗体(バセドウ病の場合)および甲状腺阻害抗体(慢性甲状腺炎の場合)のどちらのターゲットにもなる。甲状腺刺激抗体と甲状腺阻害抗体の大部分はやはりTSHの結合を阻害する免疫グロブリンである(56)。どちらのタイプの抗体も同じ患者に共存している場合がある(26)

他の抗体(例えば抗甲状腺ペルオキシダーゼ[TPO]抗体や抗サイログロブリン[Tg]抗体)とは違い(57)、TSHレセプター抗体は母親が甲状腺刺激抗体を持っている新生児の一過性甲状腺機能亢進症が起こることで実証されるように、直接バセドウ病の病因に関わっている(26)。しかし、少数の未治療バセドウ病患者では、血清TSHレセプター抗体が陰性である。これは現在のアッセイは感度が低いために検知できないのか、あるいはこれらの患者はバセドウ病ではないためであると思われる。

なぜTSHレセプター抗体がTSHアゴニストなのかを理解しようとする試みと、これらの抗体に対するよりよいアッセイの開発をねらい、TSHがTSHレセプターのどこに結合するのか、またはTSH、TSHレセプター刺激抗体およびTSHレセプター結合抗体の生物学的活性に関わるTSHレセプターの領域の特定に努力が払われてきた。主な発見はTSHとTSHレセプター抗体のどちらも、レセプターの細胞外領域全体にわたって数多くの不連続性残基に結合するということである(すなわち、結合部位と生物学的活性はTSHレセプターの3次元的構造の認識に依存する)(58,59)。このTSHレセプターの異なった領域に結合があるという発見から、アゴニストまたはアンタゴニスト活動をする抗体の存在についてある程度の説明ができるが、この領域についてはレセプターの3次元的構造とレセプター活性化のメカニズムの解明を待って今後さらに進展があると思われる。

結 論
TSHレセプターは、甲状腺機能の散発性および遺伝的に決まる変化に広範囲にわたって関わっている。これはアミノ酸配列に生じたわずかな変化がいつでもその配置を換えうる状態にあり、その結果固有の活動性を増したり、TSHに対する反応性が減少したりするためである可能性が高い。バセドウ病ではTSHレセプターが甲状腺刺激抗体と甲状腺阻害抗体のターゲットとなる。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 今回のさらに詳しい情報は、難しかったと思います。実は、この論文は1年前にできていたのですが、公開が延びたのは私自身、理解しづらい内容だったからです。遺伝子の話しになるとチンプンカンプンです。今回の公開に際しては、別府野口病院外科部長の内野眞也先生からいろいろ基礎的なことを教わりました。この場を借りて、内野眞也先生に感謝の意を表したいと思います。

1989年にTSHレセプターの遺伝子構造が解明されました。この発表は日本人研究者が行いました。同じ日本人として誇るべきことです。その後、TSHレセプター遺伝子の一部に変異が起こったために、甲状腺機能の異常が出現している症例が見つかってきました。多くは、機能性甲状腺腫や一部の遺伝性甲状腺機能亢進症のみで、あまり臨床的には問題になりませんが、このような研究からバセドウ病の原因解明、治療に発展していくことを望みます。
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参考文献]・[もどる