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甲状腺機能亢進症のためにPTUを7年間服用している71才の女性が、急性腎不全で入院してきた。既往歴は、肺出血(喀血;入院する8ヶ月前)、心筋梗塞、高血圧、うっ血性心不全、脳虚血性発作、心房細動である。
甲状腺機能亢進症は、最初に心房細動とうっ血性心不全と診断された1990年に見つかった;T4 154nmol/L(正常60〜144)、T3
3.3nmol/L(正常0.8〜2.2)、TSH <0.01mU/L(正常0.3〜4.0)、TBG14.8μg/ml(正常12.4〜30)。触診で、小さな多結節性甲状腺腫<注釈:日本では腺腫様甲状腺腫と呼ばれる>を触れた。バセドウ病ではなかった。前脛骨粘液水腫もみられなかった。放射性ヨードシンチにて、中毒性多結節性甲状腺腫と診断した。TRAb,
TSAb, MCHAも陰性であった。PTU300mg/日が開始された。その後6年間は、PTUの服用量は100〜200mg/日であり、甲状腺機能は正常を保っていた。入院時、心房細動がみられた。血圧は135/80であった。触診で、小さな多結節性甲状腺腫を触れた。僧帽弁閉鎖不全症の心雑音が聞こえた。呼吸器の検査は、慢性閉塞性肺疾患の所見であった。皮膚の発疹や粘膜異常はみられなかった。検尿・沈渣では、血尿3+、顆粒円柱3+であった。
血液検査では、Hb(ヘモグロビン)11.3g/dl(正常12〜16)、白血球数7300(正常4000〜11,000)、血小板11.5万(正常15〜45万)、尿素窒素25.5mmol/L(正常3.3〜7.6)、クレアチニン0.22mmol/L(正常0.05〜0.09)、FT4
31.4pmol/L(正常11.6〜23.2)、TSH 0.02mU/L(正常0.35〜3.6)であった。
抗核抗体は陰性で、P-ANCA160倍、MPO-ANCA39U(正常<10)と陽性であった。
胸部X 線写真は、心胸郭比が増加していた。8ヶ月前に喀血したときにみられた右上肺野の浸潤影は消失していた。心電図は心房細動で、陳旧性の心筋梗塞の所見であった。
腎生検では、半月体形成腎炎の所見であった。蛍光抗体法では、IgM, C3, IgGがかすかに染まっていた。
PTUは直ちに中止された。プレドニゾロン(副腎皮質ホルモン剤)40mg/日とシクロホスファミド(免疫抑制剤:商品名; エンドキサン)100mg/日の経口投与が開始された。患者が放射性ヨード治療や手術を拒否したため、カルビマゾール(体内でメルカゾールになる)15mg/日が開始された。当時、我々はカルビマゾールによるMPO-ANCA関連血管炎について情報がなかった。
2ヶ月後、患者は顆粒球減少症にて入院してきた。白血球数1,100(正常4,000〜11,000)、顆粒球数1,000(正常2,000〜7,000)、血小板15.2万(正常15〜45万)、尿素窒素12.7mmol/L(正常3.3〜7.6)、クレアチニン0.14mmol/L(正常0.05〜0.09)、FT4
20.2pmol/L(正常11.6〜23.2)、TSH0.01mU/L(正常0.35〜3.6)であった。
エンドキサンとカルビマゾールは、直ちに中止された。患者は、発熱していた。G-CSF、数種類の抗生物質が投与された。プレドニゾロンは引き続き服用していた。顆粒球数も正常になり、発熱も消失した。
カルビマゾールを中止して6日後に、放射性ヨード治療を受けた(600MBq; 16.2mCi)。放射性ヨード治療2日後(入院8日目)、甲状腺機能亢進状態になり、心房細動、狭心症、うっ血性心不全、慢性閉塞性肺疾患も悪化した。カルビマゾール30mg/日が再開され、副腎皮質ホルモンは6時間毎に100mgのハイドロコルチゾン静脈投与に変更された。ベータ遮断剤(メトプロロール:商品名;
セロケン)は続けて投与された。放射性ヨード治療の追加を考えていたので、KI(ヨウ化カリウム)は投与しなかった。甲状腺ホルモンは改善したが、患者の状態は悪化していった。患者は、これ以上の検査、治療、集中治療施設への移送、心蘇生術を拒否し、入院21日目に心不全と肺不全にて死亡した。 |
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