|
母体の甲状腺機能亢進症に対する過度の治療は胎児の甲状腺機能低下症(37)や甲状腺腫(38,39)を引き起こすことは明白である。しかし、臨床的にほとんどは、一過性の潜在性甲状腺機能低下症(TSH軽度増加、T3およびT4値正常)がみられるにすぎない(13,15,40)。Momotaniら(13,15)は、母体と新生児の甲状腺機能の相関関係について、最も多数例を検討して報告している。一つ目の報告(13)は、甲状腺ホルモン値を正常より少し高めにするように治療していた妊婦から生まれた児には血清T4低値や血清TSH高値はみられなかった。母胎と胎児の甲状腺機能は強い相関がみられた。母体の妊娠中フリーT4が正常範囲の上1/3なら、一過性新生児低サイロキシン(T4)血症の発現率は10%にみられるだけだが、母体の妊娠中フリーT4が正常範囲の下2/3なら、一過性新生児低サイロキシン(T4)血症の発現率は36%、母体の妊娠中フリーT4が正常範囲以下だった場合、一過性新生児低サイロキシン(T4)血症の発現率は100%に跳ね上がる。重要なことは、メチマゾール投与群(43人)とPTU投与群(34人)の間で、臍帯血のフリーT4とTSHには差がないこと、それぞれの抗甲状腺薬の投与量と新生児甲状腺機能の間にも差がみられなかったことである。抗甲状腺薬の投与量と新生児甲状腺機能の間に差がみられなかったことや母体と胎児の甲状腺機能に強い相関関係があったことは、Mortimerら(41)やMomotaniら(13,15)が推測しているように胎児の甲状腺機能は、母体の甲状腺刺激抗体の影響を受けているという可能性により説明できるかもしれない。これらのことから、胎児の甲状腺機能低下症を恐れて治療が不十分になるより、もし必要なら、非妊娠時と同じ高用量の抗甲状腺薬を使用する方が利益があるかもしれない。
一方、Haddowら(42)は、母体に軽度甲状腺機能低下症があると、児の知能発達に影響を与えるという報告を発表した(この児の知能発達への影響は甲状腺ホルモン剤投与で予防できる)。しかし、Haddowらの研究で対象となった妊婦が全員、妊娠中に抗甲状腺薬を服用していたわけではない。今までの研究から、妊娠中にメチマゾールかPTUで治療を受けた母親から生まれた児のIQ(知能指数)は、同年齢の児(43)や妊娠中に抗甲状腺薬を受けないときに生まれた同胞(44)と比べて差はみられていない。しかし、上記の研究では、妊娠中の甲状腺機能について記載がないために、妊娠中に抗甲状腺薬が効きすぎて甲状腺機能低下症になっている母体から生まれた児がどれくらいいるのかを知ることは困難である。
サイロキシンと抗甲状腺薬の併用療法が、母体の甲状腺機能低下症や抗甲状腺薬による児への影響を予防できるか?今までに発表された論文から検討すると(45)、新生児甲状腺腫の頻度は、妊娠中にサイロキシンと抗甲状腺薬の併用療法を受けた群(1/165;0.6%)の方が、妊娠中に抗甲状腺薬の単独治療を受けた群(18/417;4.3%)より低かった。別の研究(40)では、妊娠中にサイロキシンと抗甲状腺薬(PTU=129mg/日)の併用療法を受けた群(7人)とPTU単独治療(PTU=150mg/日)を受けた群(4人)を比べても、臍帯血のT3,T4,TSHに差はみられなかった。この少人数での研究から分かったことは、サイロキシンと抗甲状腺薬の併用療法は必ずしも新生児低サイロキシン(T4)血症を予防できるわけではなく、妊娠中は通常の併用療法で用いるPTUより少ない量で十分であることである。
抗甲状腺薬の投与が必要以上に多くなる可能性があるので、妊娠中のサイロキシンと抗甲状腺薬の併用療法は現在では避けられる傾向にある(6)。しかしながら、もしサイロキシンと抗甲状腺薬の併用療法が胎児の低サイロキシン(T4)血症の指標となる母体の甲状腺機能低下症(13)を回避することが可能ならば、この治療法も再評価される価値があるかもしれない。例えば、ある研究では妊娠中に甲状腺機能を調べたところ、抗甲状腺薬のみで治療を受けている患者のうち32%では、甲状腺機能低下症になっていた(文献45の中で引用されている)。別の研究では、抗甲状腺薬治療中の妊婦では、25%が甲状腺機能低下症(フリーT4低値)を呈していた(13)。顕性甲状腺機能亢進症や抗甲状腺薬を中止できるような軽症の場合には、抗甲状腺薬にサイロキシンを追加する治療は実際的ではない。しかし、維持量以上の抗甲状腺薬(PTUなら150〜200mg/日以上、メチマゾールなら10〜15mg/日以上)を必要とする場合には、妊娠初期にサイロキシンと併用することはいくらかの理論的正当性を主張できるかもしれない。
この問題に対する答えは、前向き試験による長期観察を行うことでしか出ないであろう。 |
|