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日本で一般の人からどのくらい奇形児が生まれるかといますと、外からみてすぐわかるようなものだけでも1,000人に8〜10人ほどの割合です。目立たないようにして手術して治してあることもあって、奇形など滅多にないと思われているのです。そう考えると、甲状腺の病気を持った人にそれと同じくらいの頻度で奇形児が生まれて当然なはずで、病気や薬のせいにしてしまうのはまちがいです。実際、バセドウ病や橋本病、甲状腺機能低下症の人が奇形児を産む割合は一般の女性と変わりなく、また、妊娠中にバセドウ病や甲状腺機能低下症の薬を服用して産んだ赤ちゃんに奇形がみられる頻度も、一般の赤ちゃんと差がありません。 |
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[バセドウ病] |
バセドウ病のお母さんから生まれる子供に起こることがあるただ一つの異常は、「甲状腺機能亢進症」です。1〜2%の割合で起こります。原因は、お母さんの血液中にあるTSHレセプター抗体が、胎盤を通って胎児の甲状腺を刺激するからです。
しかし“さいわいなことに”、お母さんが飲んでいる薬も胎盤を通るので、お腹の中では自然に治療ができています。お母さんの治療が赤ちゃんの利益にもなるわけです。バセドウ病の治療薬には2種類あり、一つはチアマゾール(商品名メルカゾール)で、もう一つはプロピルサイオウラシル(商品名プロパジールまたはチウラジール)です。どちらの薬もお母さんにちょうどよい量を飲むと、赤ちゃんには少し多めなので軽い甲状腺機能低下症になりますが、一時的なもので、自然に治ります。
生まれた後は、お母さんからの薬の供給が途絶えますが、TSHレセプター抗体も次第に消えます。
ただ出産するまでこの抗体の濃度が非常に高い場合は、薬の効果がなくなった後も抗体が残っていて、赤ちゃんが甲状腺機能亢進症にかかることがあります。
遺伝とは違い、自然に治りますが、少しのあいだ治療が必要です。
その時には、小児科の先生の力をお借りすることになります。なお手術やアイソトープ治療でバセドウ病を治してある人でも、まれにTSHレセプター抗体が血液中に高い濃度で残っていることがあります。妊娠中に濃度が下がることも期待できますが、下がらない場合は、お腹の中の赤ちゃんの治療が必要になることがあります。そこで、妊娠中に一度はこの抗体の検査をすることをお勧めします。
母親がヨードを含んだものを多量にとると、子供の甲状腺がはれたり、甲状腺機能低下症になると言われています。これは、バセドウ病でない妊婦さんではそうしたことが起こったという古い報告があるからです。しかし、ヨードをバセドウ病の治療薬として使うかぎり、このようなことはまず起こりません。ヨードは、前にあげた2種類の薬より作用が弱いからです。 |
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[橋本病・甲状腺機能低下症] |
例外的な場合を除けば、お母さんが甲状腺機能低下症であっても、そのために子供も甲状腺機能低下症で生まれるということはありません。
例外的な場合というのは、「特発性粘液水腫」の一部の患者さんです。
特発性粘液水腫というのは、普通の橋本病とちがって、甲状腺のはれが目立たないのに著しい甲状腺機能低下症が起きている疾患です。甲状腺ホルモンを飲めば健康な人と同じように妊娠・出産できますが、血液の中に、甲状腺機能を低下させる物質(甲状腺刺激阻害抗体)で胎盤を通るものを持っている患者さんがあり、この抗体の濃度が極めて高いと、お腹の赤ちゃんが甲状腺機能低下症になります。
甲状腺ホルモンは胎盤をごくわずかしか通らないので、お母さんが飲んでいてもお腹の赤ちゃんは甲状腺ホルモンの不足状態になります。そして生後、早めに治療を始めないと、あとで述べるように知能に影響が出ます。
お母さんの血液を調べれば、甲状腺機能低下症にかかって生まれるかどうかはっきりわかります。またどこの産婦人科でも、生まれて数日のうちに検査をしますので、手遅れになることはありません。なお、甲状腺機能低下症の原因となっている物質は、いずれ自然に消えますので、甲状腺機能低下症は生まれて半年もすると自然に治ってしまいます。それまで治療すれば、知能に影響はありません。 |
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昔、また甲状腺ホルモンの測定が正確にできなかった頃、バセドウ病の薬を誤って過剰に飲んでしまって、子供が甲状腺機能低下症で生まれることがありました。当時は、甲状腺機能低下症で生まれた子供は必ず知能低下を起こすと考えられていたために、「バセドウ病の薬を飲むと知恵遅れの子供が生まれる」と伝えられる結果になりました。今ではこのような治療上の誤りは少なくなりましたし、また、たとえバセドウ病の薬によって甲状腺機能低下症いなっても、生後自然に回復します。これが原因で知能低下になったという報告はありません。
前項で述べたように、特発性粘液水腫のお母さんから甲状腺機能低下症の子供が生まれることがあり、これはいずれ治るものですが、生まれて数か月は甲状腺ホルモンが脳の発達に欠かせない時期ですから、治るまではどうしても治療が必要です。
この他に、数千人に1人ですが、お母さんの病気と関係なく生まれつき甲状腺がなかったり、甲状腺ホルモンの合成がうまくいかなかったりして、甲状腺機能低下症になっている子供(クレチン症)がいます。この場合は治療はやめられません。先に述べたように、現在日本では出産して入院している間に赤ちゃんの検査をし、クレチン症とわかったら早期に甲状腺ホルモンを飲み始めますので、飲み方がいい加減にならないかぎり、知能に問題を残す子供はありません。なお、バセドウ病や橋本病の母親がクレチン症の子供を生みやすいということはありません。 |
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バセドウ病の薬のうち、チウラジールとプロパジールは、たくんさん飲んでいるときでも授乳は安全です。メルカゾールは母乳にでてくる量がこれれより多いので、赤ちゃんの甲状腺が影響を受ける可能性もあります。そこで、授乳を希望される場合は、チウラジールかプロパジールにしておく方が便利です。メルカゾールは効き目がとてもよいので、この薬で治療する場合もありますから、ミルクも飲める赤ちゃんに育てておいた方が安心です。またメルカゾールを飲んでいても、服用量や授乳する時間によっては、問題なく授乳することができます。
甲状腺機能低下症の治療薬である甲状腺ホルモン(一般名:サイロシキン、商品名:チラーヂンS)は、甲状腺で作られているホルモンと同じです。服用しながら授乳していけないはずがありません。 |
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バセドウ病や橋本病の体質は、遺伝することがあります。病気になる前に生んだ子供も、病気になってから生んだ子供も病気のなりやすさに違いはありません。どういう子供に遺伝しやすいかは、今のところ調べる方法がありませんが、小さい子供ほど発病することは少なく、小学生になるまでに発病することは極めてまれです。 |