|
産後甲状腺炎のスクリーニングをすべきかどうか、もしするとすればどのような方法で行うかについては意見の一致がみられていない(37)。妊娠中に抗TPO抗体をスクリーニングすると、産後甲状腺炎を起こす可能性が11倍高い女性を見つけだすことができる。産後にTSHをスクリーニングすれば、産後甲状腺炎を見つけることができる。アメリカでは年間400万人の赤ちゃんが生まれる。全ての出産婦をスクリーニングすることは重要な健康保護になるが、そのためには人員、資金、精神的支えなどを必要とする。スクリーニングをするかどうかを決定する場合には、産後甲状腺炎の臨床的な影響を検討し、最近の文献で以下のことを考慮に入れる必要がある:1]流産と胎児の知的発達に対する妊娠中の潜在性甲状腺機能低下症の影響、2]甲状腺自己抗体と流産の関連性について。
スクリーニングをするかどうかを決定するには、以下のことも検討する必要がある:1]産後甲状腺炎のスクリーニングを行った場合、それに見合った効果があるのか?、2]産後甲状腺炎に関連した重大な問題点があるのか?、3]産後甲状腺炎の合併症を予防できるのか?、4]感度と特異性が高く、コストの安い一般的に使用されている測定法があるのか?
最初の3つの質問に対する答えは簡単である。産後甲状腺炎は頻度が高く、臨床的に問題になる症状を有し、サイロキシンで治療可能である。臨床的な問題としては、母体が感じる甲状腺機能低下症の症状(1,10,21,22)、甲状腺機能低下症は不妊の原因になること(33)、母体のT4低値(妊娠初期)やTSH高値(妊娠中期はじめ)が胎児の知的発達の遅延を引き起こす可能性(35,36)、潜在性甲状腺機能低下症では流産の頻度が高いこと(34)、未治療の甲状腺機能低下症の存在などである。
抗TPO抗体が、産後甲状腺炎を起こすかどうかのスクリーニングには最も適した検査である。抗TPO抗体は、広く普及しており、経済的であり、再現性も高い。スクリーニングとして抗TPO抗体を検討した研究から、感度は0.46〜0.89、特異性は0.91〜0.98である。産後甲状腺炎の予測は、0.4〜0.78の間である(38)。結果の差は、測定法の違いや妊娠中は抗TPO抗体価の低下が起こり、場合によっては陰性化することもあること(産後は、リバウンドで抗TPO抗体価が高くなる)などによる。
母体の潜在性甲状腺機能低下症が胎児に与える影響および甲状腺自己抗体と流産の関連性がスクリーニングの是非を討論する際に影響を与える。妊娠初期の母体のFT4低値は、児のベイリー(Bayley)精神運動発達指数の低スコアーと関連している(36)。妊娠後期はじめの母体の甲状腺機能低下症は、知能指数が7ポイント低下していることと関連している(35)。妊娠後期の母体の甲状腺機能低下症は、死産の危険性が増す(34)。この10年間の研究で、甲状腺機能とは関係なく抗TPO抗体陽性妊婦は流産の頻度が2〜4倍増えることが分かってきた(39,40)。
産後甲状腺炎のスクリーニングに関して3つの意見を述べている論文が、最近掲載されました。全員をスクリーニングする、スクリーニングをしない、起こしやすい人を選んでスクリーニングするという3つの意見である(37)。全員をスクリーニングすることを勧める意見は、産後甲状腺炎を治療することで出産婦の生活の質が向上するという仮定に基づいている。スクリーニングに反対する意見は、適正なスクリーニングの検査が合意されているわけではなく、産後甲状腺炎を治療する利益が証明されていないことを理由にあげている。選んでスクリーニングすることを勧める意見は、産後甲状腺炎になりやすい女性における高い抗甲状腺抗体陽性率を引き合いに出す。
妊娠初期に抗TPO抗体のスクリーニングを行い、抗TPO抗体陽性例に対して産後6週のTSHスクリーニングをした場合とスクリーニングをしなかった場合の費用の比較を行った研究がある(41)。妊娠初期に抗TPO抗体が陽性であった女性は、産後6週目と3〜4ヶ月目にTSHスクリーニングを受ける。産後甲状腺炎の頻度を5%と仮定すると、この研究から妊娠初期に抗TPO抗体のスクリーニングをすることで各年令毎に60,000ドルの費用削減になると結論している。しかし、この研究では妊娠初期の潜在性甲状腺機能低下症が診断されない影響については検討していない。
医学学会団体が出しているスクリーニングに関するガイドラインもまちまちで、修正しているものもある。アメリカの医学学会団体では、産後甲状腺炎に対して全員をスクリーニングすることを薦めているガイドラインはない。アメリカ産婦人科学会は、産後のスクリーニングを勧めていない(42)。アメリカ甲状腺学会は、妊娠中のスクリーニングを行うかどうかは、主治医と患者がよく話し合って決めるべきであると述べている(43)。アメリカ臨床内分泌専門医会は、以前より抗TPO抗体が陽性であることが分かっている女性に限って、産後にスクリーニングを勧めるように勧告している(44)。大阪産後健康保護協会のみが、妊婦全員のスクリーニングを勧めている(網野信行・大阪大学医学部教授、私信)。特に、大阪産後健康保護協会は妊娠初期の抗TPO抗体のスクリーニングを勧めている。抗TPO抗体陽性の女性は産後甲状腺炎になりやすいので、産後3ヶ月目と6ヶ月目に甲状腺機能を調べる。
全員に対して産後甲状腺炎のスクリーニングをする際の複雑さは、臨床予防行政のガイドラインによく表現されている(45)。臨床予防行政のガイドラインでは、すべての妊婦にスクリーニングを行うことを推奨する十分な証拠はないが、産後甲状腺炎の頻度と産後に甲状腺機能低下症が見逃される可能性が高いことがスクリーニングを必要とする理由であると結論している(45)。
甲状腺機能低下症を治療する利益と妊娠前および妊娠中に甲状腺機能を正常にする重要性を考慮に入れれば、産後甲状腺炎を起こす可能性が高い女性に対してスクリーニングをすることを勧める。特に、インスリン依存性糖尿病(タイプ1)、以前に産後甲状腺炎を起こした既往のある人、抗TPO抗体陽性であることが分かっている人、流産の既往がある人に対しては産後3ヶ月目にスクリーニングを行うべきである。産後うつ病のある女性、別の自己免疫疾患を持っている女性、自己免疫性甲状腺疾患の家族歴を持つ女性なども、産後3ヶ月目にスクリーニングを行うべきである。スクリーニングの項目として、抗TPO抗体とTSH値は入れるべきである。抗TPO抗体陰性で、甲状腺機能が正常な場合はそれ以上の経過観察は必要ない。抗TPO抗体陽性の場合、産後6ヶ月目と9ヶ月目に血清TSH値を調べるべきである。 |
|