産後期には、甲状腺ホルモンバランスの乱れが精神の健康に及ぼす影響を無視できません。ウォルターリード陸軍医療センターのClifford
C. Hayslip博士等(12)は、産後甲状腺機能低下症に罹っている女性は、産後甲状腺機能障害のない女性に比べ抑うつ状態にあり、集中力や記憶に障害が出るだけでなく、その他の訴えもずっと多いことを明らかにしました。産後期に甲状腺機能低下症になった女性の約70%が、甲状腺機能が正常な女性に比べて、不注意になり、ミスも多くなります。これらの女性は疲労や体重増加、寒さに耐えられない、および神経質になったことも訴える傾向があります。産後甲状腺機能低下症のある女性のほぼ半数が悪夢を見ますが、それに比べ正常な甲状腺機能を持つ女性では5.5%です。 |
産後うつ病のある女性は、乳児に必要な世話ができないことに大変な罪悪感を抱きます。様々な理由で抑うつ状態になりますが、それは一人一人違います。間違いなく、ストレスや母親としての役割を果たすことへの無意識の恐れ、結婚生活の軋轢、夫や家族の支えがなかったり、支えがないと思い込むことが産後うつ病の一因となっております。 |
産後うつ病や不安は、他の種類のうつ病と同じように、軽いものから非常に重いものまであります。出産後の時期に起こることのあるいちばんまれな病気は、産後精神病で、幻覚や譫妄、および不安興奮が特徴です。精神病が治療により落ち着いてきたり、よくなったりした後にうつ病が起こる場合があります。産後精神病のほとんどのケースは、甲状腺ホルモンバランスの乱れで引き起こされるものではありませんが、希なケースではそのようなバランスの乱れがあると推測されています(13)。 |
産後期に甲状腺ホルモンバランスが気分や感情に及ぼす影響はほとんど一般に知らされていないため、新しく母親になった人の多くが、彼らの家族と共に生涯でいちばん喜びを感じるであろう時期に重大な病気にかかる危険に曝されています。多くの例で、産後甲状腺疾患によるうつ病は後になって起こるのですが、大抵の場合、産後甲状腺疾患によるうつ病と産後うつ病は区別できません。そして、産後うつ病のある女性の多くが、産後甲状腺疾患が原因のうつ病の悪化を経験します。それでも、普通の産後甲状腺機能障害のある多くの患者には、何のうつ病の症状も出ないのです。 |
キャシーは36歳で、産後甲状腺機能障害の症状がいくつか出ておりました。彼女は甲状腺機能が正常に戻り始めてからやっと診断を受けたのです。彼女の症状は最初甲状腺機能亢進症をうかがわせるもので、それは2ヶ月続きました。その後3ヶ月間甲状腺機能低下症になりました。しかし、彼女も教育病院の麻酔医である彼女の夫も、彼女の症状がすべて子供が生まれたことと、新しい町へ引っ越したことからくるストレスのせいだと思っていたのです。
キャシーは彼女の症状を次のように述べてくれました。 |
赤ちゃんを産んでからじっとしていられなくなったように感じました。私は娘が生まれた後も動き回っていましたので、とうとう子宮から再び出血してしまいました。私は母乳を与えていましたが、動き回り、物事を何もかも自分でしようとしていました。 |
娘が4ヶ月になった時、私は26ポンド(12キロ)もやせていました。暑くて、震えがあり、いつも汗ばんでいました。クロゼットの中に座って、泣き、ひどく腹立たしかったのを覚えています。脈も速くなっていました。私達は単にストレスのせいだと思っていました。
2ヶ月後、落ち込んだ気分になり、突然ひどく疲れたように感じました。やせた分を取り戻し、それにプラスして15ポンド(6.8キロ)も太ってしまいました。皮膚は乾燥していました。とても眠くてたまらず、娘が昼寝をする時には一緒に寝ていました。私は医師のところに行きました。そうして先生が私の甲状腺が大きくなっていると言ったんです。 |
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キャシーが述べたのは甲状腺機能亢進症により引き起こされる多動と軽躁病の時期の後に、甲状腺機能低下症により引き起こされる抑うつ期が続くということです。 |
対照的に、学校の教師であるジャスミンは、2人目の子供を産んで1週間後に啼泣発作や気分変動、そして怒りに駆られる時期が出始めました。徐々にですが、彼女の性格が変わっていき、症状も悪化しました。彼女は29歳で、以前は健康であり、過去にうつ病に罹ったことはありませんでした。
産後期に始まった不活発な甲状腺が原因で、子供が生まれてから起こったことをどのように彼女が言い表しているかここに挙げてみます。 |
私は子供がかわいくて仕方ありませんでしたが、それ以外の回りにいる人は皆大嫌いでした。皆、物事をちゃんとできませんでした。私はくたくたになりました。私がしたいのは赤ん坊の世話とテレビを見ることだけでした。私はどんどんやせていき、それでもちゃんと食べていませんでした。母乳が十分に出ませんでした。ものすごく気分が悪くて、もうタフだなんて言えませんでした。 |
主人をとても愛していたんですが、時々見るのも嫌になることがありました。そしてこう考えるんです。「何で彼と結婚したんだろう。この消耗しきった私を見てごらんなさいよ」私は赤ちゃんの世話をし、働き、家もきれいにしていようと頑張っていました。でも私にはそのどれ一つとしてちゃんとするだけのエネルギーがなかったんです。洗濯物が山をなし、家の回りのものにホコリがたまっていくにつれ、私はますます落ち込み、エネルギーもなくなっていきました。どこにも出口がないように思えました。 |
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ジャスミンのケースは、明確な産後うつ病です。そのために結婚生活に影響が出ていました。TSH検査で、甲状腺機能低下症であることがわかりました。甲状腺ホルモン治療で彼女のうつ病は治り、元どおりの彼女に戻りました。彼女のうつ病は甲状腺ホルモン治療に反応しましたが、今日に至るまで彼女のうつ病がすべて甲状腺機能障害によるものであるのか、それとも不活発な甲状腺が彼女の産後うつ病を悪化させたのかはっきりしません。
最近私が診察したもう一人の若い女性も抑うつと不安状態にありました。彼女は産後甲状腺機能障害に罹っていましたが、彼女の主治医は彼女の不安を赤ちゃんの世話をするためのストレスによるものだと片づけてしまったのです。
彼女は自分の症状のいくつかを次のように述べてくれました。 |
私は子供を抱くのが恐ろしかったので、主人が長いこと息子の世話をしていました。私は泣きました。自分が子供を傷付けようとしている悪夢にもうなされました。なかなか眠れませんでした。2時間ほど寝て夜中に目が覚め、それから2〜3時間寝返りしてようやく眠りに落ちるという具合でした。 |
最初、一般医のところに行きました。先生は抗うつ剤をくれました。息切れがするようになりました。私の脈もちょっと速くなっていました。私はベッドから出て歩き回り、ソファーに横になりました。私の生活の中に、何もうつ病の原因になるようなことはありませんでした。とても素晴らしい主人と小さな息子がいるのですから。 |
産後甲状腺炎が診断され、治療を受けた後、彼女は甲状腺の病気が治り、症状も消えました。 |
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グレースは29歳ですが、女の子を産んだ後の産後甲状腺機能低下症のため大うつ病に罹った時のことを話してくれました。彼女はご主人が出張がちで、母親も癌の治療のため入院したばかりであったため、一人取り残されたように感じていました。
彼女が言うには |
約4週間ばかり、私は朝起きて何とか普通にやっていました。子供を産んで6週間経って、私は完全にノイローゼになってしまいました。まだガウンを着たままで、その日のことを何にも思い出せないのです。ある夜、私は店に行き、調合乳を買いました。そしてミルクの作り方についての説明を全部書き留めました。そして座ったきり全然動けなくなったんです。その間私は生きるのをやめたくなったんです。子供は育てたかったけれど、今回りで起きている、あるいは私が起きていると思っていたあらゆることに対して私はうまくやっていけないとその時感じていました。そのことをはっきり言いあらわすなんてできないと思えました。私が必要としているこのような類の助けなど誰も聞いてくれないだろうと思いました。休みが必要だったのです。私は産後の大うつ病だと診断されました。そして数日後、重症の甲状腺機能低下症だと言われました。 |
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グレースは甲状腺ホルモン剤と抗うつ剤で治療を受けました。数ヶ月後、彼女は元気になり抗うつ剤は中止しました。うつ病が再発することはありませんでした。患者が抑うつ状態にある時、特に産後の母親がそうである時には必ず甲状腺の病気の検査をすることの重要性をこの例からも改めて強調したいと思います。 |
うつ病の病歴がある患者に産後甲状腺ホルモンバランスの乱れが起きた場合、甲状腺ホルモンバランスの乱れにより、うつ病が引き起こされることが非常に多いのです。ヒラリーは何年もの間、うつ病が繰り返し再発し、間欠的に薬を飲んでいました。彼女に最悪のうつ病症状が出たのは、2人目の子供を産んだ後でした。彼女を診ていた精神科医は、ヒラリーが2度自殺未遂をしてからやっと産後甲状腺機能低下症のことを考えたのです。 |
産後うつ病と甲状腺ホルモンバランスの乱れがある女性の中には、抗うつ剤と精神科の治療が必要となる人もいます。夫の支えやカウンセリング、そして甲状腺ホルモンバランスの乱れの医学的治療が本人と家族のうつ病に対処する能力を高めます。甲状腺ホルモンバランスの乱れを見逃すと、うつ病の症状のコントロールが難しくなってしまいます。 |
ダイアナは甲状腺機能低下症によるうつ病に罹っていました。彼女は産後うつ病であるという診断を受けましたが、甲状腺ホルモンバランスの乱れの検査は受けていませんでした。抗うつ剤で治療を受けたのですが、病気は改善しませんでした。
彼女が言うには |
息子が生まれるまで何にも病気に罹った覚えがありません。7ヶ月か8ヶ月後に私は完全にうつ状態になりました。私を診た医師の一人は出産後こんなに長く続く産後うつ病はありえないと言いました。基本的に、自分は値打ちがないのだと思っていました。何もしたくありませんでした。別の医師はプロザックをくれ、次にゾロフトを出してくれましたが、どちらも効き目はありませんでした。婦人科医が血液検査をしてくれるまで、誰も甲状腺を調べてくれませんでした。その血液検査で甲状腺機能低下症であることがわかったのです。 |
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産後うつ病と産後甲状腺機能障害が同時に起こった場合、うつ病の唯一の原因として甲状腺疾患をはっきり関連付けることはできません。甲状腺ホルモンバランスの乱れは単にその一因となるファクターに過ぎないことがあるからです。研究では産後うつ病と産後甲状腺機能障害の間に関連性があることが示されていますが、甲状腺疾患が存在しなくてもうつ病が起こったかどうか定かでないのです。ほとんどの医師は産後の症状を深刻にはとらないのです。これは文化上、女性は産後期にある程度の気分変動が起きたり、感情が不安定になるものだと思われているからです。私達の社会は、これらの新しく母親になった人達に“それに耐え抜く”ように一方的に期待します。そして、時には産後うつ病の圧倒的な感情的、身体的影響に耐えることを強いることさえあるのです。医師や配偶者、そして家族は新しく母親になった人に症状を無視し、「赤ちゃんのことを考えなさい」、そして自分が“感じるはず”の喜びのことを考えなさいとよく言います。産後うつ病と産後甲状腺機能障害の発生頻度は高いのにもかかわらず、医師はどちらの病気も無視することが多く、また産後期に抑うつ状態にある女性の甲状腺検査をすることも思い付きません。この傾向は、母親と乳児双方に対する重大な影響を防ぐために変えなければならないものです。 |